まちわびて
早く、死んでしまえばいいのにと、思う。
君は、唯一変わらない。
君の存在は変わらない。
この変わらないはずの世界でさえ変わってしまうのに。
君を変えられるのは私だけ。
君を揺るがすのは、私の存在だけ。
帽子を売らない軟弱な男。
真面目になってしまうネズミ。
私に存在を作り変えられたウサギ。
性別を忘れた虫。
子どもに退行した貴族の女。
冠を戴いた女は、もっと傲慢に、もっと恐怖を撒き散らしているね。
翼を持つ獣も随分軟化してしまった。
ヒントを与えてしまうふざけた猫は、すごく厄介だよ。
そして、君に会ったときの衝撃!
君だけは変わらない。本当に。
自分が何者かも知らず、けれど私に会う頃には『アリスになっている』のだから。
私ではない私が、あの草むらで君を見付けたときの、あの喜びを想像できるかい?
信じられなかった。
私ではない私が呼ばずとも『アリス』が来る。しかも自分が何者かわかっていない。
戦慄と歓喜がないまぜになって、私のこころを満足させた。
皆、自分こそは『アリス』だと思っていたのに、君だけは訊ねてきたのだから。
私に会った君。
あの歪みきった顔。忘れない。
『アリス』を確立した君の思い込みを根底から覆すあの瞬間。
君の存在を否定できる私。
君は何度も感情を断ち、感覚を手放した。
その勝利の時。
君は本当に変わらない。
変わらないはずの世界で、君は唯一変わらないんだ。
死んで、生まれても。