6.始まり
人1人がようやく通れる程度に穴を広げ、まず俺が土の壁の奥にあった空間に入る。
「…まだ奥があるのか」
懐中電灯で照らすと、その空間はまだ奥まで延びていることが分かる。
最後に入ってきた心結ちゃんに手を貸し、
「…ありがとう…ございます」
みんなが壁を通ったところで、改めて奥を見やる。
「…ここからが本番って感じだな!」
「茜、強がってんのバレバレだぞ」
「…夏希…何か…襲ってきたり…しない…ですかね?」
「…何かって?」
………。
何かってなんだよ!なるべく考えないようにしてたけど、やっぱり出そうだよね…幽霊…とか…
「夏希、暗闇だからって襲ってくるなよ!ははははは」
「まさか、茜に手出したら返り討ちに逢いそうだし遠慮しておくよ!ははははは」
「二人とも…不自然よ?」
頑張って気をそらした結果なんです…
「…進みましょうか」
会長の一声でみんな進み始める。
地面は…乾いた砂で覆われていて、硬い。自然にはこんなに平らになるはずもなく、恐らく人の手が入っていると思えた。
歩き始めてすぐにそれは見えてきた。
「…行き止まり?」
いや、下に何かある。
「…階段?」
空間は20メートル程で終わり、その突き当たりには下へ続く階段が出現した。
階段は石造りで、これで確実に人の手が入っていることが分かった。
しかし、この場所は何のための場所で、この階段の先には何があるのだろう。
「学園の中にこんな場所があるなんて…聞いたこと無いわね」
「これって地下に続いてますよね。学園の地下に繋がっているとか?」
会長も心当たりが無いらしい。俺も思い付いたことを言ってみるが
「…学園と…反対の…方向に、延びてます」
「そうだよねー」
心結ちゃんの言うとおり、階段が下っていく方向は学園がある方向と逆。学園の裏にある山の下の方へ向かっているようだ。
「墓…かな?」
楓が思い付いたことを話す。
「昔の権力者の墓って巨大なものが多いよね?古墳とかピラミッドとか。学園の裏山そのものが墓で、この階段を降りた先に石室があるのかも」
それは…確かにしっくりくる。
「…ますます肝試しっぽくなってきたな!」
「茜、震えてるぞ」
これはいよいよ引き返したほうがよくなってきたぞ…
「下りて確認してみましょうか」
「…うぅ、会長ぉ…」
この人度胸据わりすぎだろ…
「どうしたの?夏希くん?」
楓に肩をポンと叩かれ、
「夏希…今のは僕も驚いたよ…」
会長は進む気満々だ…しくしく
俺を先頭に石造りの階段を下りていく。
懐中電灯で照らす限り…この階段かなり長いな。
「…怖い…です」
「大丈夫よ心結ちゃん。私が手握っててあげるわね」
心結ちゃんは会長と手を繋いで進んでいる。
「…だだだだ大丈夫だよな?楓?」
「大丈夫、今のところ何も問題は無いよ。…」
楓が無言で差し出した手を、この暗い中でも分かるくらいに顔を赤くして茜は握る。
…一番乗り気だった茜が一番怖がってるんじゃないか?
「ところで夏希くんはさっきから誰と手を繋いでいるのかしら?」
「怖いこと言わないでください!誰とも繋いでませんから!」
会長は冗談がきつすぎるなぁ…
「そういえばさっき自然な流れで心結の手を握ってたな」
「そういえばそうだったね」
「あれも計算の内かしら?さすが会計に任命しただけのことはあるわ」
「違うから!変に理由付けしないでくれませんかねぇ?」
「…心結…夏希が…一番、怖い…です」
「あぁ!俺の評価が!勝手に下がっていく…!」
心結ちゃんの俺を見る目が怯えてるよ…とほほ。
「懐中電灯の電池、まだ持ちますかね?」
ここで灯りが無くなれば真っ暗で何も見えない。身動きすら取れなくなるだろう。
「LEDだから結構持つはずよ?」
「もし使えなくなったらスマートフォンのライトもあるぜ!」
「それも使えなくなったらロウソクがあるね」
「…ロウソクは…雰囲気…怖い、です」
それはちょっと…避けたいな。
「ロウソクを使うことになるまで長居はしたくない…な……………」
みんなで話しながらずっと階段を下りてきた…
ずっと続く階段…どこまでも下りていく階段…
「夏希?どうした?」
茜が俺に呼び掛ける。
俺はだんだん進む速度を落とし…止まる。
「夏希くん?どうしたの?」
ずっと、この長い階段を…下りてきていた…はず。
「…俺たち…階段を、この長い階段を…ずっと下りてきてたよな…?」
楓は困ったように答えた。
「急に何?ずっと下りてきたよ?」
「…だよな。下りてきてたよな」
「どうしたんだよ夏希!早く下りようぜ!電池無くなるかって思ったら…怖くなってきたし?…少しだけ」
「これ以上、下りられない」
俺が次の1歩を踏み出す。
『……!』
これまでどおり階段を下りるなら、先頭を行っている俺はみんなより下に見えることになる。
しかし、今の俺はみんなよりも上の位置にいる。
―階段が上りになった。
いや、これだけでは驚くことはそんなに無い。地下通路のように一旦下って、途中から上りになる階段もある。
でも、そうじゃない。
後ろを振り返ると、そこにはどこまでも下へ続く階段がある。
―それまで階段を下っていたはずが、いつの間にか上っていたんだ。
「…全然気づかなかったぜ…」
「僕たちはまっすぐ、一本道を進んできた。…どこかで気づかないうちにUターンしていた可能性は…少ないね」
「…いつの間に…上りに、変わったなら…ふつう、気付く」
「そうでなくてもそれまでどおり下っていたら躓くわよね。…何が起きてるの…?」
何が起きているのだろう…
ついに非現実的なことが起こってしまったことに間違いはなさそうだ…
しかしずっとこの階段でじっとしているわけにもいかない。
「…進むか戻るか…だな」
「…上るか下るか…でもあるわね。上ればいずれどこかに出ることはできると思うけれど…」
会長の言うとおり、進めば、つまり階段を上ればどこか地上に出ることはできるだろう。
戻る、つまりこの一本道だった階段をUターンして下れば…清陽学園に戻ることはできるのだろうか…
この階段に入ってまだ10分も経っていない。試そうと思えばどちらも試すことは可能だ。
「…上ってみようか」
上ればどこかに出ることができる。出た先によっては資材置き場の奥から延びていたこの階段の謎も分かるだろう。
「そうね、進みましょう。みんな、大丈夫?」
みんなが頷く。
いつまでもこの階段から抜けることができないのではないか。そんな不安も出てきた。
とにかく早くこの階段から出たい。みんなもそう思っているだろう。
上りの階段はやはりキツい。
しかし、今までとは違うことに気がついた。
今までの道は空気も乾いていて、気温も4月の肌寒いそれだった。
だが、この階段を上るにつれて気温が上がっている気がする。階段を上ったらそりゃ暑くも感じるだろうが、そうではなく本当に暑いのだ。
さらに湿気もかなり出てきた。だんだんと肌が汗ばんでくる。
みんな恐怖と暑さによる疲れで階段を上る足がだんだんと重くなる。
「…見えた」
「夏希。何があるんだ?」
俺が指差した階段の先に、
『光だ!』
階段が行き着いた先の天井から光が漏れているのが分かる。
「ようやく出られるわね」
「全然怖くなかったな!」
「…茜ちゃん、一番…怖がってた…くせに」
「う、うるさいな!」
「どこに繋がってるのかな?夏希、どうなってる?」
「ちょっと待ってくれ、今確認してみる」
光が漏れていた部分は薄い石の板でできていた。少し重いが、押し上げればここから出ることができそうだ。
「よっ」
石の板を上げ、横にずらす。
「まぶしっ!」
頭だけを地上から出し、俺たちが一体どこに出たのか確認する。
真上には燦々と輝く太陽。
横を見ると中世風の建築の屋敷。
丁寧に手入れがされた庭には噴水もある。
「…今って、…夜だった…よな」
何が起きているのかさっぱり分からない。
学園の中にこんな建物はなかったはずだ。
これまでのことを考えると、また不思議なことが起こってもおかしくはない。
腕時計を確認すると、針はちょうど9時を回ったところ。体感的には夜の9時が正しいはずだが、残念ながら俺の時計では昼夜の区別は付けられない。
「…っ!」
ふと気配を感じ、後ろを振り向く。
そこには…地面から顔だけを出している俺の姿を見て驚く少女がいた。
俺も急に現れた少女の姿に驚きを隠せないでいたが、驚いた理由はそれだけではない。
少女の目はまるで泣いた後かのように真っ赤に腫れていた。
その少女はうちの学園の制服を着ていない。かといって他の学園の制服でもない。
レースの刺繍が入った白い、髪色と合わせているのか少し薄い青も入っているローブを着ている。
俺の目と同じくらいの高さに見える靴も学園指定のものではない。
再び視線を少女の顔に戻す。
驚かれるのも無理はない。今の状況…いきなり男が地面から顔を出したら、それは驚くだろう。…端から見たらただの変態だ。
しかし、少女の驚きの表情の中には…俺の勘違いだろうが、少し嬉しそうな感情も入っているように思えた。
まずはこの状況を説明、あるいは誤解を解かないといけない。しかしどう切り出したものか悩んでいると…少女が先に動いた。
少女は深呼吸するように大きく息を吸い…目を閉じる。
―これが『彼女』との出会いだった
そして次の瞬間、少女はこう言った…