3.始業日の午後
今日は始業式があるため授業は行われない。午後はクラスごとに委員会を決める話し合いが行われるだけだ。
午前のホームルームも終わり昼休みの時間になった。昼食は去年も同じクラスだった佐藤が学食に行こうと言うので、それについて行くことにする。
この学園の学食は広く、座る場所が無くなることは滅多にない。定食を注文し、佐藤と4人掛けのテーブル席に腰かける。すると…
「僕も一緒していいかな?」
同じ8組になった綾瀬だ。顔立ちからどうみても女子だが…男だ。昨年この学園に入学した時には男子の制服を着ている美少女が同じ学年にいると話題になって、佐藤と一緒にその姿をこっそり確認しに行ったことがある。
綾瀬は俺の隣に座る。
「夏希くん、任命式お疲れさま。カッコよかったよー」
…男だ。
「ありがとう、綾瀬。あんな人の中でだとやっぱり緊張するけどね」
「でもいいよなー夏希、あんな美少女揃いの生徒会で。…俺は会長押しだぜ」
「佐藤くん、夏希くんは美少女ハーレムのために生徒会に立候補したんじゃないよ。そうだよね夏希くん?」
「…そ、そうだけど?」
「おい夏希、今動揺しなかったか?」
「してないしてない!そもそも選挙で決まるんだからハーレムになるか分からないだろ?」
「…まぁ、許してやる。」
「それよりほら!午後は委員会決めなんだろ?2人ともどの委員会を希望するか決めたのか?」
「そっか、夏希は生徒会だから関係ないのか。俺は…風紀委員か美化委員ってところかな」
「やっぱりそこが人気だよね。僕も風紀委員にしようって思ってる」
「まぁこの学園だと素行が悪い生徒も滅多にいないし、学園の中を進んで汚そうとする生徒もいないからな」
「夏希くんと佐藤くんは去年風紀委員に怒られてなかったっけー?」
ぎくっ…
昨年、俺と佐藤が綾瀬の姿を確認しに綾瀬のクラスへ行った後の話だ。佐藤が『綾瀬はもしかすると何らかの事情があって男装してこの学園に紛れ込んでいるんじゃないか』という仮説を立てたため、その実証をするために俺たちは綾瀬のクラス近くの男子トイレ前で張り込みを行った。すると残念なことに綾瀬は男子トイレに入っていった。その綾瀬に続いて佐藤が中に入って確実な証拠を見ようとするので俺は止めたのだが、佐藤は男子トイレに突入し…
「なんで個室なんだー!って叫んでたのって佐藤くんだよね?」
「…はい」
男子トイレ前で張り込みをしていた時から風紀委員に危ない奴らとして目をつけられていたらしく、佐藤が男子トイレに突入して叫び声を上げた時点で風紀委員に捕まってしまった。
そういう趣味じゃないということをその時の風紀委員に説明するだけでかなりの時間を費やしたものだ。
「ごめんな綾瀬、佐藤が迷惑かけた」
「いいよいいよ。僕には何も無かったんだし」
「おぃ夏希、お前も共犯だろ!何俺が全部悪いみたいに持っていってるんだよ!」
「俺は佐藤に巻き込まれただけだ」
「まぁまぁ2人とも。この学園で風紀委員にあんなにお世話になるなんて珍しい体験できたんだからよかったと思うよ?」
綾瀬は一応被害者なんだけどな…
「…綾瀬って変わってるな」
「そう?普通の男子生徒だよ?」
「やっぱり変わってるわ」
「もう!夏希くん冷たい!」
言い合う俺と綾瀬を見た佐藤が小さい声で呟く。
「…なんで夏希の周りには美少女が集まり始めたんだろ」
■■■■
俺は生徒会役員の仕事があるため委員会には所属できない決まりだ。午後のクラスの話し合いには参加せず、生徒会で集まることになっている。
生徒会室は旧校舎のさらに別館にある。別館は3階建てで、その一番端の部屋が生徒会室だ。旧校舎はいくつかの文化部が部室として使用しているが、それでも空き教室が存在している。旧校舎の別館ともなると空き教室だらけで、そのほとんどが物置と化しおり、1年に一度の行事である学園祭や体育祭などで用いる備品は全て別館にまとめて保管しているようだ。
なぜ生徒会室がこのような場所にあるかというと…それは分からない。
別館の3階に上がり生徒会室の前に着いた。他の教室と違い入り口の扉が…新しいというか…別物?
とにかく入り口に生徒会室と書いてあるし、ここで間違いないだろう。
今朝、8組に入る時とはまた違う緊張だ。
ただ何かが起こることを待っていた去年の俺とはサヨナラだ。今ここから、自分から行動を起こすんだ。
生徒会室のドアを開けると俺以外の4人がすでに集まっており…
「おっ、問題児様の登場だな!」
「まぁ選挙前日に立候補したのに他の候補者を差し置いて当選しちゃうんだから、それなりに話題にはなるよね」
「相田くん。すごかったです…」
初対面で問題児呼ばわりか…、思わぬ形で有名人になってしまったな…。
「夏希くん。清陽学園生徒会へようこそ。生徒会長の天寺琴音です。これからよろしくね」
「よろしくお願いします、会長」
俺は空いていた席に着く。
すると隣から話しかけられた。
「さっきのは冗談だよ。副会長の七瀬茜だ。よろしくな!」
七瀬茜。見るからに活発なスポーツ系女子だが、吹奏楽部所属と聞いている。吹奏楽部は体力もかなり必要だと聞いたこともあるし、それなら納得もいく。
「いやいや、悪目立ちするのもしょうがないからな。こちらこそよろしく」
「あはは。別に悪い印象は無かったけどね?僕は藤宮楓。よろしくね、夏希」
「よろしく、楓さん」
藤宮楓。テニス部所属で1年生にして団体戦のメンバー入りをしていたのを覚えている。
「さん付けなんてやめてよ。堅苦しいって。僕も副会長で、心結が書記だよ」
「初めまして。神崎心結です…。あの…、よろしくお願いします…です」
「そこまで緊張しなくても…なんだかこっちまで緊張しちゃうんだけど…、よろしくね、心結ちゃん」
神崎心結。詳しい情報はないが、なんだか儚い女の子だな…真夏でも震えてそうなほど肌の白い女の子だ。
「自己紹介が終わったところで、早速なんだけど…」
「ねぇねぇ夏希。どうして僕にはちゃん付けじゃなかったのかな?」
…えっと。
そもそも僕っ子に『ちゃん』って付けるものなのか?…いや、そういう場合もあるのかもしれない…なんと言えば…
「…それは…イメージ?ほら、心結ちゃんって…しっくりくるかなぁって!」
「ルックス見たね」
「見たな。心結は中学から成長が止まっているからな。…胸以外」
「相田くん、…ひどい…です」
心結ちゃんは両腕で胸元をガードしながら涙目で睨み付けてくる。
「違うから!…少しばかり、2、3歳年下に見えただけだから!」
「…正直ですね。これでも早生まれなんですよ?」
「ごめんごめん。あと堅苦しいから夏希でいいよ。心結ちゃんと茜は中学からの知り合い?」
「そう、心結とは中学の時に出会ったんだ。その時から病弱キャラだったな…」
「茜ちゃんは心結にそんなキャラ設定してたんだね…」
「…ねぇ?そろそろ本題に入ってもいい?」
■■■■
「今日の任命式で目安箱を設置すると言ったんだけど、早速学内に設置したいと思っているの」
ほんとに早速だな。だが確かに早めに設置したほうがいいと思う。あそこで言っておいて実際に行動に移すまでが遅ければ生徒会への期待度も下がるだろう。
「材料は何で作ります?」
「実は何年か前に使用したものが残ってるのよ。そのまま使い回しても問題ないと思うわ」
「じゃあ俺が設置してきますよ。その目安箱はどこにありますか?」
「…ここのどこかにあるはずよ」
生徒会室に入った時から気付いてはいたが、広い部屋の一角には色々なものが山積みにされていた。
「…去年はこの山にはほぼ手を付けていないわ。ただどこかに目安箱があったはずよ…」
少し見てみると…。扇風機、ガスコンロ、アコースティックギター、ボードゲーム…
隣に来た心結ちゃんは
「…うわぁ。…これは整理しないとですね」
「心結は散らかってるの嫌うからなー。でもこれはさすがに片付けないと落ち着かないな…」
俺もここまで散らかってるのはさすがにどうかと思うし、この山から何が出てくるのかも少し気になる。
「目安箱も探さないといけないし、まずは生徒会室の整理から始めるか!」
『おぉ!』