だって、未来は変えられるから
合理的?冷血漢?何でもござれ。
不幸な生き方をしない、前を向いて歩く。
それを貫こうと決めたのですよ。
「過去と他人は変えられない。
しかし、いまここから始まる未来と自分は変えられる。」
この格言をのたもうたのは
かの有名な心理学者 エリック・バーンである。
これを聞いたのは大学の講義だったかな、
何年(否、ウン十年)経った現在でも私の座右の銘になっている。
*
ミボウジーンになってから
いろいろな変化があった。
まず、職場は私を根っからの三十路独女扱いし始めた。
そういえば職場復帰してから間も無く
左手の薬指に引っ掛けていたものは外してしまった。
誰かに
「書類上は独身なので」
とか言われたのがきっかけだったと思う。
それを聞いて
何となく過去に縛られるのが面倒になってしまったのである。
確かに何年もパートナーをしていた人が
居なくなってしまって何も感じなかった訳ではない。
でも今生では二度と会うこともないその人に縛られて、
果たして私は楽しいのか?
と自問した答えはNoだった。
そうして外したリングのない指を見てなのか、
はたまた皆が天然なのか、
職場での私の立ち位置はいつしか
仕事に勤しむ三十路独女
となっていったのである。
次に友人について。
近しい友人は職場と似たような反応をした。
しかし何人かから言われたので真意は分かっている。
実は皆、心底は心配してくれているようだ。
あったかいね。
お気遣い、とてもありがたい。
*
周囲の反応はともあれ、
変えられない過去を嘆く術を持たない私には
思い出の中で生きる
…なんて選択肢が存在しなかった。
そりゃあね。
側から見たら
相当な冷血漢に映るかもしれないけれど
詮なきことなのです。
変えられない過去をセンチに考えるのって
ものすごく不毛で、
それ故にストレスが溜まるのです。
何たって
ライフイベントのストレス(ホームズ&レイ)において「配偶者の死」というものは100点満点中の100点なのだ。
如何に図太い私でも
ダメージノーカンな訳、ないのです。
そんな、ただでさえストレスなのに
さらに傷口に塩を塗るようなドMなんて
何処にいるのでしょうか。
少なくとも
苦しいのとか痛いのはノーサンキュー!
な私は違う。
だからね。
気持ちの切り替え、早っ!
とかではないのです。
敢えて早くしているのです。
Yet, life goes on.
変えられる未来を少しでも楽しくしたい。
ビートルズだって歌っているもの。
Life is very short, and there's no time〜.
まあ、これはこの件に限らず私の生き方そのものな訳で。