クリスマス
多くの謎が残る事件、とマスコミは連日報道した。
佐々木ミキの、ツイッターも一部公開された。
事件当日は、(デートだよん)とバスの中からツイートしている。
山景色の写真を添えて。
元々頻繁にツイートするほうでは無かったようだ。
直近は一週間前で、スーパー銭湯から(人多すぎ、あり得ない)と呟いている。
首と一緒にスマホも見つかった。
履歴からバスの中で写真を取ったのが操作の最後だと解った。
「写真を撮ったのは15時22分。二人がバスを降りたのが15時58分。……須永さんの通報は17時20分なんだ」
聖は、隣に座ってるマユに、ネットに上がっている事件の記事を見せる。
「須永さん?」
マユは首を傾げる。
聖は不在票で宅配ドライバーの名字を知ったと説明する。
村の会合で留守にしていたと。
「須永さんは、被害者と一緒だった男の人を県道で見つけ、橋まで降りて行って、遺体を発見したのよね。通報までの一時間、二人は山の中に居たのかしら」
「それはどうだか。あの男が県道にどれくらい居たのかわからない」
「Aさんは未だ入院中、ってあるね。余程ショックだったのね。ちゃんと事情聴取できない状態なんだ。被害者と、何をしに赤い橋へ行ったのか、分からないのよね」
A(古賀)と佐々木ミキは大阪府内Y市の工場で働いていた。
二人とも住所はY市内だ。
「年の差カップルの、デート? ミキさんは既婚者なんだ。職場不倫だったのかな?」
古賀は独身。
佐々木ミキは夫と二人暮らし。
一人息子は結婚して家をでている。
これら被害者の親族は一切マスコミに出ていない。
工場の同僚は、インタビューに応じていた。
石鹸を造っている工場で、古賀は派遣で製造ライン。
ミキは社内食堂のパートだった。
従業員の総数は300人規模だ。
非正規で勤続年数が数年の二人と親しかった者は少ない。
古賀については、無口で、いつも一人で昼飯を食べていた、くらい。
ミキに関しては、
「お金持ちの奥さんみたいに言ってましたね。一度も働いた事がないとか。和風レストランを開業するのに、料理の勉強に来てるとか。庭が無駄に広いから、子供も手を離れたし事業を始めたいとも、ね」
と食堂のパート仲間が喋っていた。
「へーっ、凄いねって、聞いてましたよ、」
語尾は笑いで誤魔化す。
惨殺された知人への哀れみはない。
佐々木ミキの葬儀が、公営住宅の集会所で営まれたのは全国に知れ渡っている。
パート仲間のオバサンは、ミキが嘘つきだったと暴露したのだ。
「見栄っぱりな、ちょっとイタイ人だったのかな」
「多分ね。見た目も、そんなオーラ出てたから」
たるんだ顔に濃すぎる化粧、アニメの声優風のしゃべり方、
大げさな身振り……。
「で、セイはね、この二人は、どういう関係に見えたの?」
聖の頭の中に、古賀の暗い表情が再生される。
「親子ではないし、仕事のペアでもないとは分かった。プライベートな関係には違いない。親密さの度合いはわからない。知人レベルか恋人かはね。けど、男は殆ど喋らなくて、暗い顔してたよ」
「楽しそうでは無かったのね。わざわざ仕事休んで、嫌々被害者と同行してたのかしら? 赤い橋に行った理由はまだ分かっていないけど、Aさんは、被害者に誘われ、断れなくて一緒に行ったのかも知れないわね」
あるワイドショーでは、被害者が気まぐれに山中でバスを降りたのではないかと推理していた。
二人の目的地として十津川温泉が一番考えられる。
平日なら予約無しでも宿泊出来る。
(宿泊予約の事実はない。が、二人翌日も欠勤届を出していた)
不倫旅行の寄り道で<イノシシ男>に遭遇したと
どのニュースもコラムも
同じ推測をしていた。
「死体で見付かった<イノシシ男>のことは、なんて書いてあるの?」
「年齢は二十代後半から四十代。まだ身元は分かっていないようだな。何も持ってはいなかったようだね」
被っていたイノシシの頭は、すぐに出所が分かった。
イノシシ避けに付近の村人が樹に吊した物だった。
人里へ降りる道に、イノシシを引き裂いてバラバラにしたのを晒す。
昔から、イノシシを追い払うのに用いられたやり方だ。
被害者に付いていた歯形は、裸の男が被っていたイノシシのと、一致した。
「歯形は後からつけたんでしょ? まだ凶器は見つかっていないのね」
「捜索中みたいだ。今度は第二の遺体現場を中心に探してる。それにしてもコイツ、全くワケわかんねえな」
「でも、紀一朗さんを知っていた人にはちがいないよね」
「……うん」
裸でイノシシの頭を被る、異様な姿が
偶然とは考えられない。
偶然だったら怖い。
「でもさ、首斬り紀一朗の存在を、俺だって、この前の隣組の集まりに行くまで知らなかったんだ。ごく限られた近所の住民しか知らないんだ。と、すると<イノシシ男>は、この辺りの住民の親族、関係者の可能性が高い。って、言うか、それ以外にあり得ないと思うんだ。じゃあ、何故、身元不明なのか? そこが、全然わからない」
「そうよね。<イノシシ男>は首斬り紀一朗の真似をした狂人としか考えられないよね。山を裸で走り回っていて、出会い頭に被害者を殺してしまったのかな。……殺人の動機も自殺の理由も真実はまだ今はわからないのね」
<イノシシ男>は佐々木ミキの生首をしっかり抱きかかえていた。
岩にもたれ掛かる姿で、下半身は川の水に浸っていた。
ので、
ふやけて魚に喰われ、骨が露出の状態だった。
身長165センチから170センチ
体重70キロ前後
面長。
髪は天然パーマで5分刈り。
上前歯が二本欠損。
公開された情報の身長が曖昧な程、
下半身は、肉食の鳥に啄まれた上半身より
激しく損傷していた。
「幼なじみの刑事さんからも連絡ないんだよね」
マユはため息をついた。
冷たい風が聖の頬にかかり、
……マユは消えた。
月が変わっても事件の新しい情報は無い。
結月薫からの連絡も無い。
マユも工房に来ない。
聖は忙しかった。
冷凍室の中には受注した剥製の毛皮を丸めたのが溜まっている。
それに、冬支度もそろそろ始めなければならない。
神流剥製工房の暖房は薪ストーブがメインだった。
石油ストーブだけでは、真冬の寒さに追い付かない。
生活必需品を買いに街へ行く以外は
作業室に籠もるか薪を切るかで、
晩秋から冬への時は過ぎた。
「手足と尻尾の切断は正解だったけど、頭を切り離したのミスったな」
12月24日
ハリネズミのパーツ(それぞれがラップで包んである)を電子レンジで解凍して、呟いた。
頭の針と背の針が、一度切り離してまたくっつけるのは微調整が難しそうだ。
「ミスじゃない。切り離さないと、俯いたカタチになるじゃん。ちょっと顎あげて、こっちを向いてた方が、絶対カワイイ」
昴が横で言う。
「確かにそうかもな。手間だけどな」
アドバイスに納得する。
「直ぐに、くっつけて元通りにするからね」
と優しく声をかけ、小さな頭部を手のひらに載せて眺める。
何でだか、佐々木ミキを思い出してしまった。
「犯人らしき男は、被害者の首を抱きかかえてたんだ……なんでだろ?」
呟けば昴が、自分には思いつかない理由を言うかもと期待して。
「大切な物だから、じゃないの?」
「オバサンの生首がか? じゃあ、それが欲しかったから、首を切ったのか?」
「それは違うでしょ。頭が目的なら、もっとシンプルな手段を選ぶよ。本当に犯人だとしたら、ソイツの目的は<イノシシ男>に変身して、首をちょん切ることに決まってるじゃん。切り取った頭はトロフィーかな。俺がやったという記念品だね」
「成る程」
剥製を造るために子猫をさらって殺していた、その口が言うのだから納得する。
「マスター、そんな事より、尻尾がないですよ」
昴は作業台に並んだパーツを指差す。
「ほんとだ」
冷凍室の中を探す。
二センチ位のトゲトゲの付いた……。
「あった、これだ」
取り出し、早速解凍しかけたら、昴に止められる
「マスター、それは違う」
「?」
「よく見て」
「……あ、」
先週受注したデグーの尻尾だと気づく。
ハリネズミもデグーも初めて手がけるので、カタチを見慣れていなかった。
「もっと短くて毛なんかないやつ……マスター、せめて一匹は一つの袋に入れといたらどうですか? 整理整頓のスキル、低すぎますよ」
「袋には入れた。口を閉じてなかっただけ。細いから冷凍庫かき混ぜてる間に、袋の外に出ちゃったんだよ」
冷凍室には食料品も入っている。
その事も無神経だと叱られた。
「偉そうに言うな……けど、サンキュー。助かった。お前が指摘してくれなかったら間違いに気付くのは、ずっと後だったからな」
偶然にも、別の小さな尻尾を見つけたんで、自分が探していたモノと思い込んだ
ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。
遺体で発見された<イノシシ男>は、赤い橋に現れた奴と断定していいのかと。
裸でイノシシの頭を被っていた、だから同じ男でいいのかと。
「河原にあったのは、裸男の死体、山にあったイノシシの頭、被害者の頭、被害者の鞄とコート。一番考えられるのは裸男が犯人ってことでしょ。もし犯人じゃなかったら、真犯人が全部のパーツを1カ所に揃えて置いたんですよね」
「まさか、」
あり得ないと言いかけたが、同じ奴で無いなら、その可能性があるではないか。
「犯人なら持ってたパーツだし、」
「……裸男の死体は持ってないだろ」
「それは製造可能でしょ。男を殺して裸にすればいい。これって、他殺の証拠が出なかったら完全犯罪かも。あ、推理小説で、アリバイ作りの為にホームレス殺すっていうの、あったじゃないですか。凄く頭のいい犯人で、」
昴は生き生きと喋る(幽霊なのに)。
聞いてる間に、真犯人は別にいる可能性はゼロではないと思えてきた。
猟奇的な殺人を犯した真犯人が、偽装工作したのか?
分からない。
マユならどう考えるだろう。
会いたい、話したいと強く思ってしまう。
「マスター、なにボンヤリしてんの? シロ吠えてるよ。誰か来たみたいなんだけど」
今日シロは、作業室に入って来なかった。
「ほんとだ」
慌てて部屋から出る。
結月薫が、居た。
可愛らしいデザインの箱を、頭の高さに掲げている。
シロは、その箱の臭いを嗅ごうとジャンプしている。
「お前、なんで、いきなり入って来るの?」
「何回も呼んだけど、出て来ないからや。まだ鍵つけてないんやな」
「お前、一人か?」
連れ(刑事)の姿が無いので聞く。
結月薫は軽く頷いて、
「メリークリスマス」
と微笑んだ。