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<イノシシ男>の遺体

時計を見れば23時50分だった。

深夜だ。

電話はしづらい。

幼なじみの刑事、結月薫に

「話がある、明日何時に電話したらいいか」と、ショットーメールを送った。

すると、すぐに電話が掛かってきた。


 <イノシシ男>事件の被害者達と同じバスだった事、

 バスの中で、拾って手渡した、被害者が持っていたキャラメルが

 自分のところにあるかも知れない。少々レアなアーモンドキャラメルで、

 残り粒が同じ、なんやら茶色い染みがある。

(幽霊の昴が死人の血だと教えてくれたとは言えない)

 気味が悪いと話してみる。

 何でも無い、偶然なんだろうけど念のためという前置きで。


 幼なじみの結月薫は、うん、うん、と聖の話を聞く、

「アーモンドキャラメルか」

 スピーカーにして、薫の声をマユに聞いて貰う。

「お前の話はだいたい分かった。俺は、その事件の担当やない、けどな。」

 そこで言葉は途切れ、長い呼吸音。

 多分、タバコを吸っている。

「ほんまに、被害者の所持品やったとして、どういう経路で、酒屋の前まで、移動したかやな」

 また少し間が空く。

 刑事は推理しているのか?


「被害者は、バスの中で、キャラメルの箱を落としてる。また、どっかで落としたかもわからんな。バスを降りたときに県道で落としたとする。ずっと喋ってたんやろ? 落としたのも気づかず行ってしまう。そこに誰かが、通りかかる」

「それは、無いんじゃないか」

 聖は口を挟む。

「あんなとこ、誰も歩いてないだろ。車を停めて、わざわざキャラメルを拾うヤツいるか? 今時さあ、道に落ちてるお菓子を拾って喰うヤツいないだろ?」

 犬が咥えていた、出何処不明のキャラメルを食べたくせに反論する。


「うん。普通は行きすぎるな。たかがキャラメルや。けど仮に13組の年寄りの誰かやったとして、ふと、キャラメルか、そうや剥製屋のシロにやろう、と思って拾ったかも」

「シロに?」

「甘いモン好きのシロに」

「お前、なんで、それ知ってんの?」

「なんでかは、忘れた。けど、昔から知ってるで。皆知ってるやろ。変わった話は広がるからな」

 そうなのか?

 シロは机の下で、

 <前のシロ>の剥製に寄り添って寝ている。

 記憶に有る限り、<前のシロ>も甘いお菓子が好きだった。

 犬は皆そうと思っていた。


「月に一回くらいは集まりがあるんやろ。会合に来てた、年寄り連中の、誰でも可能性はあるで。車の中に置いといて、次の会合でシロにやったろかと」

隣組の長老は、県道を毎日軽トラか原チャで走ってる。

さほど急ぐ用事でも無く。

忙しい人なら無視する道ばたの落とし物に、かまう余裕は充分ある。

成る程と、

聖は納得する。

「セイ、血が付いてるんだよ。女の人が県道で落としたんじゃ無い。違うでしょ?」

マユが耳元で、早口でささやく。


「今のはね、キャラメルの移動ルートとして考えられる一つです。血のような汚れが、何かわかりませんからね」

まるでマユに返事をしているかのように

薫は口調を変えた。


<死者の血痕>と昴は言い切った。

(生前は邪悪な猫殺しだったが)

澄んだ瞳の少年の幽霊の言葉を

聖は信じた。


「被害者の血だとしたら、犯人の指紋も付いてる確率は高いわ。重要な証拠品かも知れない」

と、またマユは、薫に聞こえるように言う。

「もし、被害者の血痕が付着してるとしたらね、別ルートやな。運んだのはシロの友だちやね」

「友だち?」

「そう。山の友だち。リスか、狸か……。そっちの可能性の方が高そうやけどな」

薫はのったりとした口調だ。

キャラメルの箱を、あまり重要視していないのか?


と思ったら

「わかった、カラスやな。河原で拾ったんや。嘴に咥えて飛んでるときに、これは、あの白い四つ足の友だちが好きそうな、人間の食べ物や、アイツにやったらええわと、いう事になった。カラスで決まりやな」

一人で推理を続け、

「近いうちに行くから、もうキャラメルは喰うなよ」

笑いながら言って、電話を切った。


「アイツ来るらしい」

マユも聞いていたが一応言う。


「変ね」

とマユ。

「何が?」

「刑事さん、カラスが河原で拾ったと、言ってた。……何で?」

聖は疑問に思わない。

遺体発見現場は、橋の上だ。下の河原に落ちていても不思議はない。


「橋の近くは警察が捜索してるでしょ?」

「その前にカラスが持って行ったと、アイツは推理したんじゃ無いの」

 刑事のくせにテキトーな推理だと思う。

「事件から五日経ってる。カラスは五日前に拾った獲物を今朝、咥えて飛んでたの?」

「そうだとすると、一旦巣に持ち帰ったのを、わざわざシロにやるために持ち出して……シロは工房あたりに居ないから、探して酒屋の前で見つけたのか。……ばかばかしい」

 だから、

 薫の言った事など真剣に考えなくていいかも。


「そう。あり得ない。変でしょ。……でも刑事さんが根拠の無いことを言わない筈……ということは」

 マユの視線はパソコンで止まる。

「今夜、ニュース見た?」

「見てないけど……あ、そうか」

 事件に進展があったかも、と気づく。


 H市河川敷で男性遺体と、<イノシシ男>事件被害者の頭部見つかる


 このニュースがアップされたのは今日の午後七時。

 聖は午後から作業室でハリネズミを解体し、

 遅い晩ご飯(冷凍庫にあった、いつの食べ残りかわからぬビーフシチュー)

 を、食べていた頃だ。


「首が発見されたんだ。そして、犯人らしい男の遺体も。……セイはこのニュース知らなかった。でも、刑事さんは、担当じゃ無くても知ってるでしょ? 河原でカラスが拾ったと言ってたのは、辻褄が合う状況よね」


 発見遺体は全裸だった。

 そして、イノシシの頭を被っていた。

「<イノシシ男>ね」

 死因も身元も、まだわかっていない。

 損傷が激しい、と別の記事にはある。


「河原に、あのオバサンの、バッグとダウンジャケットもあったみたいだ」

 聖は、このニュースの記事を全て読んだ。

「マスコミのヘリコプターが発見したのね」

 発見現場は工房の下を流れる川の上流だ。

 赤い橋から数キロ先になる。

 深い谷で、近くに民家は無い。

 空からで無ければ人の目に触れない場所だった。


「河原ならカラスがすぐに見つけるよな。実際食い荒らされてたんだと思う。カオルは、もちろん、それを知ってた。」

「キャラメルが被害者のバッグの中に在ったとしたら、運んだのはカラスしかない。正しい推理よね」

「でもさ、犯人が遺体で発見されたのなら、キャラメルは重要証拠じゃ無いよな」

「<イノシシ男>の死因が解ってないんだから、まだ、そう言い切れない」

「多分、自殺じゃ無いの?」

 聖は、まず自殺と思った。

<イノシシ男>は、精神を病んでいるイメージしかない。

 猟奇殺人の果ての自死。

 違和感は無い。


「……首斬り紀一朗さんが自殺だったから、、同じと思ったわけ?」

「うん、多分そうだよ。心の病の人が自爆したんだな」


「それにしても、不思議な事が多すぎるね」

マユは部屋の中をゆったりと歩いている。

不可解な事件だと、聖も解ってる。


<イノシシ男>は赤い橋を渡った佐々木ミキを惨殺した。

そして

首無し遺体を橋の上に放置。

殺した女の白いダウンジャケットとブランドのロゴ入りバッグと首は持ち去った。

何故か?

その後の行動はまだ不明。

解っているのは、

五日後に河原で、それらを携えて死んでいた、という事だけ。


「五日の間、どこに隠れてたのかな。紀一朗さんの小屋は警察が捜索してるでしょ。橋の周辺の森も虱潰しに手がかりを探していたはずよね」

 異様なコスチュームで山に居たなら、とっくに見つかっていただろう。

 

「まだ身元が分かってないからね。素性が解れば謎も解けるんだろな」

新しい情報が入るのを待つしか無い。

それは何時かわからない。

だから、またマユには

工房に来て欲しい。


まさか、こんなカタチであっさり、<イノシシ男>事件が終わると予想していなかった。

犯人の遺体発見で、早々に、この事件が解決しまえば、

もうマユが来てくれないかも。

聖の、この事件に関しての思考は私情が入って、若干、曇っていた。


「<イノシシ男>は、キイチロウさんの模倣。その事は間違いないのよ」

マユの言葉に、聖の背中がビクンと震える。

「……そう、だよな」


 首斬り紀一朗を<イノシシ男>は知っていた。

 マユの推理は正しい。

 

 父が存在を隠していた山の狂人。

 十五年も前に死んだ男を

 <イノシシ男>は知っていた。

 「犯人は、セイの知ってる人かも知れないね」

  紀一朗を知っていた人間は限られている。

  犯人が若ければ、自分のように、誰かの口から、

  おぞましい死に様のエピソードを聞いただけかもしれない。

  それでも、辿っていける狭い範囲の誰かが犯人なのだ。

 

 「村の人間なら、明日にでも分かるよ」


 しかし、その夜から二週間過ぎても

 <イノシシ男>は

 身元不明のままだった。 

 


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