表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

紀一朗の亡霊

山田鈴子は、動物霊園に使える土地を捜していた。

新しい事業を思い立ったのは、ある大型犬の死がきっかけだという。

所有するアパートの近くで飼われていた犬だった。

飼い主は愛犬の亡骸を運搬する車も人手も持ってはいなかった。

<ゴミ>扱いで処分するしか無い状況だ。

(結局その犬は、聖へのプレゼントになった)


「もちろん、ペット業界は火葬、埋葬まで広がってる。けど、まだ世間に良く知られてない。どんだけ金かかるのかウチもようしらん。この不景気で人間の墓も建てられへん人もいるのに、ペットに何十万も出せる人は限られてる」


鈴子は<格安>のペットセマタリーが必要だと語った。

「ほんでな、墓地の案内所に、剥製を飾るつもりや。埋葬するつもりで来た客が、剥製もいいかもって、思うかも知れないやんか」

提携しよう、と誘う。

聖は先の商売の事より、山の猪たちが気になった。

ガーネットの小径のことも、知らせておくべきだと気を回す


「にいちゃん、猪の心配はいらん。使うのは、広い山の、ほんの一部や」

そして<ガーネットの小径>の、位置を知りたいと言った。

小屋の北東だと告げると、電話は切れた。


「ペット・セマタリーだって」

聖は何となく、剥製達に呟いていた。


「火葬して骨を埋めるのかな。それとも土葬かな」

ふと、コイツラには墓は無いと気付く。

剥製に使わない部分は焼却炉で焼いて、骨と灰は山に蒔いている。

「そうか、ペットが死んだら土に埋めてやるか、生ゴミ処分するか、それとも剥製にする、の三択なのか」

人間よりはバリエーションが多いのだ。

と、今更ながらに思った。


<イノシシ事件>の報道は、そう長く続かなかった。


自白だけで物証は無いと思われたが、証拠は出た。

須永の家の掃除機の中から被害者とKの髪の毛が出た。

Kの髪は河原で作業中に衣服に付き家まで運ばれた。


被害者の髪も(作業が終わって着衣した)服に付いて来た。

血を浴びぬよう裸で作業したが、抜けた長い髪の一本が風に舞い

まるで選んだように数分後に須永の服に落ちたのだ。

須永の想定外の事では無かった。髪の毛が付いているかも知れないと、

家に帰ってすぐ着ていた服に掃除機をかけた。

その慎重さが災いして証拠を造ってしまった。

Kの衣類や犯行に使った道具を早々に処分したのに

掃除機の中を忘れたのはミスだろう。


月が変わった頃には、もう、ネット上の話題にもならなかった。

隣組の会合でも、事件の話は出なかった。

競売に出ていた山を、大阪の会社が買ったと、その話は皆知っていた。


「動物霊園やて。それやったら紀一朗も本望やろ。獣扱いして欲しかったんやから。よかったやんか。きっと成仏できる」


酒屋のお婆さんが、眼を潤ませて言った。

他の人たちも、この意見に同調していた。

聖は、よく分からないが、紀一朗を知っていた人たちが言ってるんだから、その通りなんだろうと思う。


「その、大阪の会社から、<赤い橋>を付け替える件で電話かかってきて、俺、全然知らなかったけど、あの橋、親父が架けたらしいですね」

この人達なら、父が橋を寄贈した経過を知ってるかもと、聞いてみた。


「そうやで。紀一朗はな、山へ行くのにセイちゃんとこの<橋>、渡って行ってたんや」

「そうなんですか」

「確か、息子が怖がる、言うてな……。見かけは、ちっとも怖くなかったけど、セイちゃんは敏感やから、本性を見抜いてたんやろうな」


酒屋のお婆さんは、そこまで喋って

「多分、そんな、ことやった」

話を終わらせた。


その夜、

聖は吊り橋の上にシロといた。


「紀一朗は、初めは、この吊り橋を渡って、小屋まで行ってたんだ。親父は、俺が紀一朗を見て怖がるから……」

何を怖がったか、考えるまでも無かった。


……戦地で何人もの首を斬った手を自分は見たのだろう。

……手が……指が……幾重にも重なってイソギンチャクのようなのを。


「<赤い橋>は親父が、俺のために架けたんだ」

雪がうっすら積もっている。

風は無い。雲も無い。

月が妙に明るい。

聖は白衣の上にダウンコートを羽織り、懐中電灯を握っている。


「……最後に一回渡りたくなった。付いてきて」

裏山に入る。

シロは目的地を理解したのか、誘導するように前を走った。

おかげで<赤い橋>まで、迷わず行けた。


「こんなに小さい橋だったんだ」


手すりの位置が記憶より低かった。

自分が大きくなったから、そう感じるのだ。


「シロ、帰ろう。気が済んだ。まだ取り壊されて無くて、良かった」

来た道を戻るんだ。

あっち、と指差す。

でもシロは座り込んで動かない。

「どうした?」

顔を近づける。


「ううう」

聖が指差した方向に唸っていた。


「何?」

懐中電灯を向けようとした。

だが、明かりで照らす前に、人影を見た。


その人は、闇の中にいるのに、見えている。

薄ボンヤリだが身体が光っているのだ。

「誰?」

聞いた次の瞬間、すぐ側に、男の顔が現れた。

聖と同じ位の身長だ。

帽子を被り、眼鏡を掛けている。

白髪で口ひげも真っ白だ。

……この顔は知っている。

……いつもスーツ姿で帽子を被ってる、老紳士。


「神流さん、わたしね、おおきな勘違いを、してたようです」

生身のヒトではない。

それが知り合いのように、普通に話しかけてきた。

柔らかい声は、川の音に消されることもなく、耳の奥に届いた。


「戦地でね、わたしは、満足のいく仕事が出来なかった。何回やっても、きれいに斬れ無かったんです。一回では無理で何回も刀振ったり、一回で切れたと思ったら、位置がズレて、顎を残したりとか。勢い良すぎて、頭が飛んでったり。ほんま、下手くそやったんです」

首斬り紀一朗の亡霊は

恐ろしい話を始めた。


「戦争は終わり、私の仕事も終わりました。しかし、出来なかった事の、悔しい思いは消えなかった。上手な首斬りになりたかった」

……それで、そんな、理由でイノシシの首を斬って練習を重ねてたのか?

……正真正銘の狂人だ。

聖は、金縛りにあったように瞬きも出来ない。

おぞましい亡霊から逃げられない。


「本当は人間の白い首を斬りたかった。でも辛抱しました。獣の太い首で我慢しました。でもやっぱりイノシシじゃアカンかったんです」

人を斬ってしまう前に、自害した。

その程度の理性はあったと、説明する。


「……ここでな、綺麗な首斬りを見ましたんや」

紀一朗は黒目だけを下に向けた。


「邪魔な髪の毛を下から掴んでました。それで刃の付いた機械使って斬ってた。切り口は真っ直ぐでね、骨も綺麗に切れてました」

須永が女の首を斬るのを見ていたのだ。


「あの機械さえ使えば、あんなに綺麗に切れるんです。首斬りの技を磨くのは無意味やと気付きました……。機械に勝てそうにありません」


もう思い残しは無いとか、言う。

「ただね、神流さんには世話になったから、一目会いたいと……それだけが心残りだったんです」

自分を、死んだ父と思ってると、聖は理解した。


「この橋、私の好きな色にするって、言ってくれはったやんか。嬉しかったんです。私、赤い色が大好きやと言いました。血のような赤い色が好きやと。そしたら、その通りにしてくれた……嬉しかったんです」


紀一朗は一歩後ずさり、深々と一礼した後に、

消えた。


シロが吠えながら、何かを追うように駆けていく。

が、

すぐに戻ってきた。


「も、もう、消えたんだな」

聖は金縛りから解き放たれ、喋る事が出来た。

しかし、膝に力が入らない。

しゃがみ込む。

シロが頬を舐める。

滅多にしてくれない愛情表現だ。


「怖かった。すっげー、怖かった」


シロをしっかり抱いた。



最後まで読んで頂き有り難うございました。剥製屋事件簿シリーズ、まだ続きます。読んで頂ければ嬉しいです。                                    仙堂 ルリコ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ