事実
「私の推理、外れてたね」
殺害場所は報道によると、赤い橋の上だった。
須永の自首から数日たった。
報道番組では事件現場の航空写真を使い、
詳細に説明していた。
須永はあたかも業務報告のごとく、犯行の一部始終を詳細に話しているという。
事件当日、橋の上には落ち葉が分厚く溜まっていた。
川幅は狭い。橋の長さは約六メートル。大木の枝は橋まで届く。
「落ち葉か。足跡を捜すのは難しそうだ」
「Kさんが家族に遺棄された場所は、<イノシシ男遺体>発見現場と近いのね」
「数メートルだね。須永は一人で、河原まで動かしたんだ」
服を剥ぎ取り(ハサミで)、髪を短くし、髭を剃る……それらの作業も一人でやった。
(身体を川の水で綺麗に洗い流してしまった)
「須永の、あの日の行動は……最初に(二日前に細工した)遺体の様子を見に行く。誰にも見つかってないのを確かめに」
その後、赤い橋まで行く。移動には車を使っている。宅配の車だ。県道の何処に駐車していても不審に思われない。予め打ち合わせているバスの時間に合わせて、橋の下に隠れて待った。全裸で(血を浴びるのを予測した)、ポリ袋に入れたイノシシの頭と、凶器を持って。
「電気ノコギリで首を切断して、イノシシの歯形を付けたのね」
「被害者は橋の上で仰向け状態。そこを、橋の下から髪を掴み、引っ張って上半身が橋から、はみ出た状態で首を……」
聖は気分が悪くなってきた。
佐々木ミキが、なぜ橋の上で横たわった?
古賀が、促したと書いてある。
若い恋人のいいなりに、橋の上で……。
古賀は、ミキの身体の上に覆い被さり、ずるずると、都合の良い位置まで動かしたのだ。
「あの日は、妙に気温が高かった。須永は裸でも、平気だ。血を浴びた身体を川で洗うこともできた」
須永は服を着ると、ミキの頭とダウンジャケット、バッグを持ち、
Kの死体のある場所の近くまで車を移動させる。
Kの死体にイノシシの頭(加工済み)を被せ、ミキの頭を抱えさせた。
「その後、一軒配達してるのね」
「県道沿いの家だ。バス停から五分くらい」
「行き当たりばったりで、大胆ね。誰かに見られるとか、考えなかったんだ」
「誰も来やしないと、知ってたんだよ。それと、万が一Kの死体が発見されて、消えてたら、中止したと、思うけどね。何が何でも殺そうとまで思っていない。簡単な方法で、条件が揃ったから決行したんだ。面倒な方法を選ぶほど、熱意は無かった」
Kの死体があったのは、大きな岩の陰で発見されにくい場所だ。
<イノシシ男>が早く発見され、死亡時間に矛盾が出る、そんな心配はしていなかった。
マスコミのヘリコプターに見つけられたのは、予想外だったらしい。
「二人は電話やラインを使ってないでしょ。県道で再び落ち合う時間決めてたのかな」
「それがね、違うらしい」
須永が<通りがかりの発見者>になったのは、計画外だった。
古賀は、須永が死体の細工を終えた頃に県道に出て、通りががった車を停めて助けを求める、予定だった。
「あ、わかった。車が通らなかったか、誰も停まってくれなかったか、ね」
午後五時で、辺りは暗かった。
黒い服着て、径の脇にいても見えない。
道の真ん中に出るのも、轢かれそうで怖い。
須永は古賀が立ってるのを見て、状況を察した。
「夜になれば滅多に車は通らない。仕方ない。計画を変更するしかなかったんだ」
「<首斬り紀一朗>さんのことは、報道されてないのね」
「そう。死体に罪を被せる為のアイデアで済まされてる」
「動機は関係の清算。……ガーネットの話も出てないね」
「須永が喋ってないんだ。本当に被害者がガーネットに執着していたのか、それも判らないけど」
「真実を知ってるのは古賀さんだけ。でも心が壊れちゃった」
「そんで、世間に同情されてる。何か腹立つ」
古賀の写真は写りが良かった。
イケメンと騒がれてる。
不幸な生い立ちは、同情もよんだ。
一方、被害者は
<厚化粧のババア>と揶揄する者もいた。
虚言癖があったとか、
悪評は大げさに扱われた。
だんだん、古賀を擁護する<声>は増えた。
須永の事も、幼なじみを助けた男と、
褒めるヤツまで出てきている。
「Kさんは、殺されたんじゃ、ないのね?」
「死因は、くも膜下出血」
Kは生まれ育った家に兄一家と住んでいた。
広い家の、離れを使っていた。
引きこもりで滅多に家をでない。
兄は、人に詮索されるのが面倒で、
弟は外国にいると周りには嘘を付いていた。
兄家族とKの関係は悪くはなかった。
世間と関わり合えないだけで、Kは優しい男だった。
兄夫婦の一人娘を溺愛していた。
その姪が結婚することになり、
結納の日取りが、決まった。
(僕は、外国に居る事になっているのに、結納の日に、家にいない方がいい)
Kが言い出した。
兄夫婦と相談し、洞川温泉の旅館で、身を隠すことにした。
ところが、思いがけない不幸が起こってしまった。
車で宿に向かう途中でKは発作を起こした。
ナビで一番近い病院を捜す。だが、手遅れだった。
病院の駐車場に到着した時には、Kは息絶えていた。
「随分、間の悪いときに亡くなったのね。結納は延期になっちゃう。引きこもりの叔父の存在を隠していたのもバレちゃう」
「吉村さんが、<人斬り紀一朗>が娘の縁談に差し障ると言ってた。あれと同じだな。破談になるのを恐れたんだ。娘が結婚した後で、山で亡くなってた、そういう事にしたかったんだ」
「Kさんは、許してくれると思ったのかも。そんなに悪い人たちじゃなかったのね。自首したのだし」
「……まあね」
聖は同意したが、心では反対の事を思っていた。
自首が良心の目安になるだろうか?
須永が自首したのは罪を軽くするためだど今は思っている。
捜査の手は間近に迫っていたが、まだ参考人でもなかった。
<今のうちに>自首するメリットはあった。
「セイ、キャラメルはどうなったの?」
作業室の冷蔵庫に保管したままだった。
ふと、
須永がなぜそれを持っていたかと、考える。
ジャケットのポケットにあったとして、
抜き取る必要はあったのか?
ない。
わざわざ取ったのだ。
理由は?
(トロフィーかな。俺はやったという記念品だね)
また昴の言葉を思い出す。
きっと、それだ。
惨殺現場を写真に撮りたいが、危険。
でも、なんか、記念品が欲しかったんだ。
あらためて極悪なヤツだと腹が立つ。
普通に捨てないでシロにやったのも、
ふざけた行為だと。
「セイ、電話、なってる」
「あ、ほんとだ」
考え込んでいて気付かなかった。
電話は、山田鈴子からだった。