刑事復活
「古賀さんは、お母さんの死を祟りだと受け止めているけど、須永さんは違うと思うの。雨の夜に出かけた理由に感づいていたと思うよ」
「……?」
「自分の父親の死も、祟りじゃ無いと分かってる。妻を亡くして、一人で子供育ててたのに、娘があっけなく死んじゃって……悲しみが死を招いたと」
「妹が死んだのはさ、祟りだと思っても無理ないんじゃない?」
「妹さんが祟りで死んだとは言ってなかったんでしょ?」
聖は、須永とのやりとりを思い出す。
「十七年前の冬に、インフルエンザで死んだ、聞いたのはそれだけか」
「妹さんが亡くなったのは<イノシシ男>に出会った後じゃないわ。その前よ」
「……だったとして、事件と、関係があるのかな」
「セイが赤い橋で須永さんと会った頃、彼が、どういう状況に置かれた子供だったか想像してみてよ」
母のいない暮らしにどうにか慣れた頃
またしても残酷な運命(妹の死)だ。
父は妻の死を乗り越えるのに精一杯頑張ったが
二度目の不幸と戦う気力は無かった。
「長い夏休みに、彼は淋しい家に昼間一人でいたくない」
「俺ならゲームに没頭しそうだけど」
「そう、ゲームね。彼は謎の狂人を探すゲームを始めたんだよ……夢中になってる間は悲しみが紛れたんでしょ」
古賀は母子家庭で、母親は夏休みも仕事。
須永と同じように<夏休みの予定>が無かった。
「そんで、偶然カオルに会って、思いがけなく赤い径を見つけたのか。嬉しかっただろうな」
「きっとね、毎日赤い橋でカオルさんを待ってたと思うよ」
そして、あの日、やっと頼りになる友達はやって来た。
だが喜び勇んで出かけた先に、恐ろしい<イノシシ男>が待っていた。
「<イノシシ男>を見ただけなら良かった。男の子三人、ああ恐ろしかったと興奮して、それはそれで、スゴい冒険になったでしょうに……」
「うん。怖いモノを見ただけなら、面白い体験だ。ところが古賀は捕まった。一人だけ恐怖体験しちゃったんだよな」
「その上、同じ日に、お母さんは事故で死んでしまった」
「子供だから祟りと受け止めた。……須永は、本当は祟りだと思ってないのに、古賀に話を合わせてたと思うの?」
「須永さんは、祟りとか心霊とか無いと思ってる人だよ」
「……そうかも知れない」
最後に聖の父が若死にしたのも<イノシシ男>の祟り、と言った。
あれは、<霊感剥製士>への嘲りにも聞こえた。
「須永さんは、父親が死んだのは、お酒のせいだと言ったのよね」
「酒の量が増えたのは、妹の死のせい。当たり前の因果関係だけど。それが何か?」
「じゃあ、古賀さんが<イノシシ男>に捕まって、怖い思いをしたのは誰のせいかしら?」
「誰のせいでもないだろ。しいて言えば、足が遅かった古賀自身のせいだ」
「須永さんが自分のせいだと受け止めた可能性もあるのよ。禁断の山に誘ったのが自分で、古賀さんが捕まってるのを、実は見ていた……でも、助けにいかなかったとしたら」
古賀に怖い思いをさせたという後ろめたさに、
運悪く古賀の母親が、その夜に死んだという不幸の連鎖。
自分のせいだと須永は思った。
と、マユは推理した。
「重い罪悪感を持ち続けていた。大きな借りがあると。それで古賀さんを助けたんじゃないのかな」
古賀は、佐々木ミキが自分の母親のように<祟り>で死ねばいいと願っていた。
<祟り>を信じない須永も、古賀のために<祟り>を願う。
古賀の願望を叶えるのなら
佐々木ミキは<イノシシ男>に殺されるのがベストだ。
が、アレが今も山にいるのか、わからない。
もしも、居たとしても、アレは古賀に危害を加えなかった。
二度と来るなと、言葉で脅したに過ぎない。
佐々木ミキを殺してくれる筈はないのだ。
……いっそ、自分が<イノシシ男>になり、厄介なオバサンを殺そうか?
だが、実現するのはリスクが多すぎる。
そんな状況で、Kの遺体を見つけてしまった。
「頭の回転が早い人なんでしょ。完全犯罪のプランが出来上がっちゃったのよ」
須永は古賀に、Kの死体は<イノシシ男>が与えてくれたに違いない、と言う。
佐々木ミキが死ぬのは(殺されるのは)<祟り>だと。
マユは、人殺しの須永を擁護している気がした。
多分、長い時間、聖は黙っていた。
いつしかマユは消えていた。
「そのお姉さんは、いい人なんだね」
と昴は言った。
夜が明けて、
元旦の朝だ。
聖は作業室で
冷凍室に溜まった毛皮を、整理していた。
作夜の(須永との会話・マユとの会話を)
昴相手に長々と再現しながら。
「マスターは、殺人の動機が弱いと思うんだ。オバサンは古賀につきまとい、ガーネットに欲を出しただけ。殺される程のことかと。それはマスターもいい人だから、理解出来ないんですよ」
「そうかも」
なんとなく納得する。
「須永に相談した時点で、古賀はクズでしょ?……ガーネットの話も怪しいと思いますよ」
「怪しいって、どういう事?」
「オバサンがガーネット欲しがってた証拠、あるのかな?」
「……それはどうだか」
古賀が須永に話した、それだけの事実しか無いと
聖は気付く。
「作り話かも。オバサンを<自分たちの敵>にする為の、ね」
「もし、そうならホントにクズ野郎だな」
「ホームレス殺しとか、あったじゃん。あれに近いと思う。ウザイから死ね、ですよ」
「今も、後悔はないのかな? 」
「……どうだか。僕にはわかりません」
少年の幽霊はこの話題に飽きたようだ。
「ま、捕まるのは時間の問題だから」
と話を終わらせ、
「マスター、出しっ放しはマズイですよ。冷凍庫に戻した方がいい」
ステンレス台に並べた毛玉を指差した。
二週間後に、
<イノシシ男事件、事件に関与したと男が出頭>
と速報が出た。
「遅かれ早かれ捕まると諦めたんだな」
聖はスマホでニュースを見た。
スーパの駐車場で、隣にいるシロに報告する。
閉店の24時に近い。
<半額>のシールが貼られたスモークサーモンをシロに食べさせる。
ハリネズミとデグー。
初めて造った剥製を出荷した後だった。
満足のいく仕事をやり終えて、気分は良かった。
そこに、このニュースだ。
「シロ、須永は馬鹿じゃ無くて良かった。もう、俺は何もしなくていいんだ」
須永は全てありのままに自白したのか?
古賀も諦め、犯行を認めたか?
パソコンで最新情報を見たいと、
帰りを急いだ。
車を停め、工房のドアのノブに手を触れると
勝手に開いた。
「おかえり」
微笑んで
結月薫が、出迎えた。
グリーン系のセータに
黒いGパン。ラフな服装だった。
……なんで?
驚いたが嬉しい。
「ただいま」
と、普通に返していた。
「手術、したんだよな」
「そう。肺ガンや。取ってもらった」
最近見たハリネズミの小さな肺が、頭に浮かぶ。
肺の内部に出来た腫瘍を切除。
開胸? 大手術だ。
「もう退院したんだ。随分早いな」
「入院は二週間や。胸の前と後ろに二カ所穴開けて、局部切除や」
顔色は良く、
クリスマスに会ったときより、頬がふっくらしている。
「局部切除か。じゃあステージ1で見つかったんだな」
父を胆嚢ガンで亡くしているから、
ガンの知識は多少あった。
「うん。1Aや。リンパに転移してると、抗がん剤治療や。転移が無かったら、五年生存率は九十パーセント超えるらしい」
薫は、肺ガンに罹患したと分かって、
死を覚悟したと語った。
生きられる運命に変わりそうなので、戸惑っていると。
聖は幼なじみの心情を推測した。
もしも、手術の結果、検査時点より重篤で余命短いと宣告されたら、会いに来なかったのでは。
雪の降るクリスマスイブに、秘密の赤い径へ誘った、
あの時、
別れを告げに来たかのように、コイツは優しい顔をしていたと。
「セイ。刑事さんはあと何十年も生きるよ。……はっきり感じるから」
「え?」
まさかの聞き慣れた声。
マユだ。
どこに居るのかと捜す。
マユは……応接セットのソファに浅く腰掛けていた。
半分以上透けていて今にも消えそうな姿で。
……俺の留守にカオルとマユが二人だけで、いたの?
……ふたりで話してたのか?
驚いて二人の顔を交互に見る。
そして分かった。
カオルにマユは見えていない。
マユは立ち上がり、側に来る。
つま先だって聖の耳元で囁く。
「数日後に検査の結果が出るのよ。結果待ちって凄く不安だよね。大丈夫って、セイが言ってあげてよ、ね」
マユは消えた。
この言葉を伝えるためにだけ、聖を待っていたかのように。
「ま、座れよ。……なんか喰うか?」
スーパーの袋の中を見せる。
「うん」
薫は、<オムそば>のパックを掴みだし、蓋を開けながら、
マユが座っていた場所へ移動した。
「カオル、なんか、お前、この前よりオーラが強いな」
聖は足下のシロに唐揚げを、自分は、いなり寿司を口に入れながら言ってみた。
「そうか。やっぱ、お前には感じるんだ」
幼なじみは(安堵の)ため息をつく。
「俺、一年位前からな、もうすぐ死ぬと、感じてたんや」
身体の不調は無かったと言う。
なのに、どうして?
「予知か? 自分が死ぬリアルな夢でもみたのか」
「違う。見たのは夢ちゃう。始まりは、行方不明者の顔写真や。クリスマスイブに消息を絶った綺麗な子や。山本マユちゃんていう子や」
薫の視線が室内を彷徨う。
何かを捜しているというより
何かが無いのを確認している風に。
(へっ。山本マユって言った?……マユの写真を見たってか?)
聖は叫びそうに成る程驚いた。
だが言葉に出して問えはしない。
黙って話を聞いた。
「写真見て、可哀想に、この子は死んでる……俺、何でか知らんけど、わかってん」
捜索願いの出ている<顔>をチェックするのは業務だ。
根拠の無い生死予測が頭を過ぎった経験は初めてだと言う。
「この子は死んでると感じた、その次に、ボロボロ涙が勝手に零れてきた。変やろ? 何でやと考えた。結果、俺は山本マユを知ってる。死んだのも知ってるに違いない、そうとしか考えられないという結論に辿り付いた」
つまり、具体的には
<身元不明死者リスト>に、山本マユがあったのだと、推理した。
「確認した。でも、無かった。ますます不可解や。じゃあ、どっかで会った子か? データをチェックした。心臓疾患があって、自宅静養。俺と接点は無い」
思い過ごしだと、一旦は答えを出した。
忘れようとした。
しかし、マユの顔は忘れられなかった。
「優しい顔してるねん。見れば見るほど可愛い……きっと、全てはマユちゃんの魅力のせいやと分析した」
生まれて初めての<一目惚れ>だと、薫は告白する。
理想の<彼女>を見つけた。
でも、こんな綺麗な子は自分に釣り合わないと、心の奥であきらめてる。
「俺は『狐と葡萄』の狐やと考えた。捕れなかった葡萄は、酸っぱかったに違いないと自分を宥めた。俺は<一目惚れ>しても彼女になって貰いようがないと、よくわかってる。だからな、この子はもう死んでると、自分が傷つかないで諦める理由をこしらえたんかなと」
自己分析した後も、マユの面影は、片時も忘れ得なかった。
そして季節は春に移り、定例の職場の健康診断で肺ガンの可能性を指摘された。
「精密検査に通院した。二ヶ月に一回、経過観察や。……この若さで肺ガンやったら交通事故に遭ったようなもんや。あっという間に死ぬ」
漠然と死を覚悟しだした頃、
職務で、幼なじみの家(神流剥製工房)を尋ねた。
……そして山本マユを見たのだ。
「セイ、お前がやから、ありのままに言ってる。マユちゃん、ここに、おってん。……幽霊やねん。身体が透けてた。マユちゃんの他にもな、双子の一人の幽霊も、俺は見たんや」
遠慮がちに事実を語る。
聖は、考え違いをしていたと気付く。
薫は自分が見た<幽霊>を、聖も見ているとは、全く考えていなかったらしい。
薫に幽霊の昴がみえているのは知っていた。
マユの姿も見え、声が聞こえてるらしい、と分かっていた。
自分と同じ<霊能力>なるモノがコイツにも有るんだと単純に受け止めた。
話を聞くと<霊能力>は生まれつきではないようだ。
<山本マユ>に過剰反応し、肺ガンの疑い有りで、<死>を身近に感じてから、突如備わった<霊能力>だったのか?
「俺はなんでマユちゃんの幽霊に会えたのか、考えた」
考えてる間に、肺の影は大きくなっていた。
秋には、手術で摘出と決まった。
「俺の仕事の都合とかで、決まった手術日が、クリスマスの日や。マユちゃんが消えた日と一緒やってん」
結月薫は、現世では見知らぬ山本マユに心惹かれ、
思いがけない場所で(霊と)出会ったのは
来生で、あるいは涅槃で結ばれる運命なのかと、閃いた。
「なあ、ガーネットは、マユちゃんの誕生石や。そんなコトさえ、縁がある証拠に思えてきた」
「……そう、なんだ」
聖はマユの誕生日を記憶してない(さらっとデーターを見てはいた)
<誕生石>なるモノの存在も知ってたか怪しい。
聖は、
今聞いた薫の話を頭の中で反芻した。
1、薫はマユの画像に一目惚れした。
(そういうヤツがいても不思議では無い)
2、同時に、もう死んでいると、わかってしまった。
(コレは失踪時の状況で普通に、推理できる範囲だ。憶測を排除しても死の可能性は高かったのだと思う)
3、次にガンの疑い。
4、工房でマユを見る。
5、ガンが確定
6、マユの失踪日に手術。
4以外は現実世界でおこりうる範囲。
薫がマユと、あの世で結ばれる運命と信じたのは
ここでマユを見たからだ。
流れを追うと無理も無い気がする。
なんでマユが見えたのか、聖にも分からない。
本当に薫とマユは運命の糸で結ばれているのか?
「俺はマユちゃんの命日に、つまり手術の日に死ぬ予定やってん」
と照れたように頭をかく。
「生きてるじゃん」
と、笑ってやる。
「そうや。……どうも俺は幻を見てたらしい。まあ、お陰で、死ぬのは、ちっとも怖くなかった。あの世でマユちゃんと付き合えると妄想してんねんから」
マユの幽霊を見たのも
昴を見たのも
幻覚だったと、話を終わらせた。
幻覚だったコトにしとく、と、聖には聞こえたが。
「須永が自首したんだろ? 俺、気になってるんだ」
腹一杯になったところで話題を替えた。
パソコンの前に移動し、最新ニュースを検索する。
「須永?」
薫が後ろに居て、分厚い手が両肩の上に触れる。
「お前、なんで名前知ってるんや?」
情け容赦ない刑事の声が、
工房に響いた。