表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

イノシシ男

十五時一〇分発のバスの乗客は

三人だけだった。


「めっちゃ、綺麗、」

 と

神流聖は久しぶりに乗った路線バスの中で呟いた。

自分で運転していては、こうゆったりと眺められない。

イチョウの黄色と、もみじの赤。

柿もすっかり色づいて採り入れ間近。


バスに乗っているのには理由があった。

朝、冷蔵庫の食料が僅かなのに気づいた。

買い出しにいこうとしたら、

車の下に<ウリ坊>が二匹チョロチョロしていた。

この時期にイノシシの幼児を見るのは珍しい。

猛暑の影響で繁殖タイムがズレているらしい。

自治会からの<お知らせメール>で、

今年はイノシシが異常繁殖とは知っている。


ウリ坊は可愛らしいし、無害。

でも、姿は見えないが、きっと近くにいる親は、怖い。

シロの威嚇で退散させるのも気が引ける。

哺乳類の幼児は気まぐれだ。暫く<ロッキー>の下で遊べば他に移動するだろう。

そんな事情で、車を使うのを諦め、一番近いG駅前のスパーマーケットまでバスを使うことにした。

しかし、

午後一時から五時まで、3本しかない。

乗客は少ない。

車が無いと生活できない山村では、

バスなんか、誰もアテにしていない。

で、

このバスを利用するのは

村人を尋ねてきた来客か(普通は駅まで迎えに行くので、まれ)

あえて、

吉野の裏景色を眺める路線バスにのって、十津川温泉辺りへ行くコースを選択した観光客だ。

聖はG駅前まで、行きは一人だった。

G駅前は、奈良県から和歌山へ至る道(旧紀州街道)の最後の繁華街で

ファミレス、量販店、ホテル、何でも揃ってる。

江戸時代のまんまの通りも、聖は好きだった。

ブラブラ歩き、帰りのバスまでの2時間、そう退屈しなかった。


早めにバスターミナルのベンチに座る。

晴天で、

十一月中旬にしては異様に温かい。

黒の細身パンツに白シャツ(年中、コレ)

上に羽織ったリアルムートンのコートが、少々暑苦しい。

父のクローゼットから、適当にチョイスした。

仕事上知り合った毛皮を扱う業者から、義理で買ったか、貰ったのかも知らない。

メンズのリアルムートンコート、しかも、珍しいグレー。

高級でレア。保温効果は高かった。

そんなコト、聖は全く頭に無いが。

リッチなコートとちぐはぐな、左手だけの薄汚れた軍手。

その上、コートの下から、赤茶けた染み(もちろん動物の血)が付いた白衣の裾がはみ出ている。

少々不気味だけど、本人は、コレもまた無頓着。


バスターミナルに、聖の後から男女二人連れが来た。

女は、スマホ片手に、「うあん」「あん、あ、でたよ、ちょっと、コレ、めっちゃレア。」と、言いながら、隣のベンチに座った。

モンスターを集めるゲームをしているのだ。

と、すぐに分かった。

女は、聖に聞かせたいかのように、必要以上に声が大きかった。

喉声が耳障りだ。

黄色っぽい茶髪のロングヘアは髪の量が少ない。

たるんだ顎と枯れ枝のような細い足。

五十は過ぎている身体に

カボチャ色の(多分ハロウィンデザイン)ネイルと、ながすぎる人工睫。

白いスカートは下着が透けてるし……黄色のアンサンブルニットのスパンコールはところどころ欠けてる。白のダウンジャケットと、小ぶりの、ブランドロゴ入りトートバッグが手荷物だった。

……なんか、ヤバそうなオバサンなんだと、なんとなく感じた。

聖が、バスが到着するまで、女を、盗み見てしまったのは、

特別女に興味を覚えたせいではない。

連れの、

自分と変わらぬ年頃の男が気になったからだ。

黒いGパンに同じく黒の薄手のダウンジャケット。

ベージュのリュックを背負っている。

黒縁眼鏡で、面長。短髪。

几帳面で神経質そうな佇まいだ。

そして、全く覇気が感じられない。


女は一人喋り続けていた。

連れの男を、<コガ君>と読んでいた。

ところが、そのコガ君が発した言葉は

「ああ、そうですね」

が2回だけ。

彼の表情は見えないが、2回声を聞いただけで

オバサンと何らかの事情で、嫌々同行している、息が詰まりそうなんだと伝わった。


 オバサンはバスの中でも、スマホを触りながら甲高い声で、ずっと喋っていた。

 手を振り上げ、腰を浮かす大きなリアクションのついでに、

キャラメルの箱が、飛んで、斜め後ろに落ちた。

(手に握っていたらしい)

聖の手が届く位置だったので、仕方なく拾って、渡すしか無い。

「あ、あ、ゴメンナサイね、どうも、ありがとうございます」

大げさな言葉で小首を傾げ、両手をヒラヒラさせてから受け取った。

アーモンドキャラメルで、残りは三粒と分かるくらい、何でも無い動作に時間を掛けて。

 

聖がバスから降りたとき、まだ二人は乗っていた。

 山のいくつかの集落に用事があるのか?

それとも、

 案外、ずっと先の温泉宿にでも行くのかな、とチラリと思った。

 と、珍しく行きずりの他人に下世話な感想を抱いた。

 

連れの男の生気の無い気配が何故か、工房に戻っても頭に残った。

「二人がさ、なんか不自然な組み合わせなんだよ。夫婦、カップル、友人、親子、兄弟、仕事関係……どれも当てはまらないんだ」

 と、シロとスーパー横のケーキ屋で買ったモンブランを食べながらブツブツいってしまう。

 聖はスイーツはそう好きでは無い。が、時折無性に栗ケーキは食べたくなる。でも、一個で充分。しかし、世間に疎いとはいえ、ケーキ屋で、たった一個買うのは大人の男として無粋だと知っている。だから、三個買う。余分の二個は、甘い物好きのシロが食べてくれる。

「ま、どうでもいいんだけどね」


どういでもいい他人が記憶に残ったのは

災いの前兆、あるいは予知だったと後になって聖は思い当たる。


次の日、ヘリコプター一機が、山の上を舞っていた。

焼却炉に火を起こしていた……昼過ぎの事だった。


「まさか、」

マユの遺体が(草に隠れているのを確認したけど)見つかったとか?

何かわかるかも知れないと

ネットのニュースを見る。

<和歌山県H市の山間部に女性の首無し死体>

<付近に居た挙動不審の男性が、イノシシ男(?)に襲われたと証言>


「これか……でもイノシシ男って、なんだ?」

H市の山間部とは、工房の下を流れる川の上流だ。

つまりとても近い。

もしやと、昨日の二人連れの……<コガ君>の顔が脳裏に浮かんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ