転回少女のループホール
『デスゲーム【リレクト】へようこそ、紳士淑女のみなさま」
コンクリートの床に突っ伏していたボクはその音声によって目を覚ました。
ゆっくりと起き上がりあたりを見回す。
真っ暗なので慣れた手つきで背負っていたリュックから懐中電灯を取り出して照らす。
個人所有地に建てられたガレージ。埃にまみれており、さらにあるべき車は無い。
シャッターが閉められているのは、ここに運び込んできたスタッフがボクに同情してすぐ見つからないようにしてくれた結果だと思っている。多分。
『現在あなた方のいる場所は中部地方のとある街。得体の知れぬ疫病でずいぶん前に住人が退去いたしました。そんなケースを知っておられる方がほとんどでしょう』
いわゆる捨てられた街だ。そんな街は今や多くある。いずれも災害や流行り病、果ては暴動の影響で住めなくなった地域だ。
まあ、こんな話はいい。
ようするに廃墟となったこの街で存分に殺し合えってことだ。
『ルールは至ってシンプル。最後の1人になるまで殺し合ってもらいます』
どこかで怒声が聞こえる。
結局ボクはいつもこの怒声の主に出会えなかった。この時点でだいぶ余裕はないようだから、会ってもなんのメリットもなさそうだけど。
『どのような殺し方でも結構。大勢で一人を殺すのも、火をつけるのも、高い場所から突き落とすのも――…』
諳んじられるほど聞いた悪趣味な説明に耳を傾けているのは結構退屈だった。
他の九十九名の参加者は固唾を飲んで聞き入っているのだろうけど。
首に重い感触。首輪だ。
指でなぞる。慣れ親しんだ、金属特有の冷たい感触。
今聞こえる音声はすべてここから聞こえている。何も知らない人が見たら口を開かないままにひとりごとを言っているようだろう。
『あなた方の首に取り付けられた首輪は生命活動が停止したと判断する装置です』
丁度いいタイミングで説明がされた。分かり切っていることだ。
生きている間は絶対に取れない。
そのゴツさからしてまだ機能があると思うのだが、それはボクにも未知数だ。
『近くに敵が接近したとき、首輪は振動します。それを活用してうまく立ち回ってください』
嫌味かよ。思いながら腰を上げる。
次のセリフでこの放送は終わり、音は消える。
そうなると活動の開始だ。さすがに喋っている時に移動すると『ボクはここですよ』という大胆不敵なアピールになってしまうからね。
『それでは、ご健闘をお祈りいたします』
予想通り、ぶつんと放送は切れた。
さて、と。
このガレージと同じ敷地内にある家へ向かおう。
何度も何度も選択を間違え、ルートを変えて来たボクだけど、このルートだけは絶対に変えてはならないと知っているから。
○
持ち主は絶対お金持ちだろうと想像できる、大きな家。
だが長年の放置により家そのものは風化して窓ガラスは割れて庭は荒れている。諸行無常だな。正しい使い方なのか分からないけど。
ちかくに転がっていたバケツと何かの台を駆使して窓の一つから侵入を果たす。
普通なら潜伏している人間がいないかびくびくしながら探すのだろうが、ボクはもう把握しているのでずんずんと台所まで行く。
ここからは見えない台所の物陰を見据えた。
さあ、もう一度。
ボクとともに地獄に付き合ってほしい。
「…こんにちは、萩原さん」
かすれた声で僕は呼びかける。
ひどく驚いたようだ。物陰からガタンと音がする。
さらに悪いことに家主は収集癖だったのかペットボトルの蓋が散乱した。
この現状で無視を決め込めないと悟ったらしい。
恐る恐る顔を出してきたのは、三十代に差し掛かるだろう男性だった。首にはやはり首輪。
「誰だ、お前は」
警戒度マックスだ。いまだ物陰に隠された手には包丁が握られているはず。
それはそうだろう、ボクたちはまだ初対面なのだから。
「ボクは夏目真理亜だ」
「……」
そういうことじゃない、と言いたげだ。
これから一つずつ面倒くさい説明をしていかなくては。
「とりあえず単刀直入に何を考えているか言ったほうがいいよね、じゃなくて、いいですよね?」
「…頼む」
「ボクと生き残ってくれませんか?」
沈黙がおりた。
ボクは身じろぎひとつせずに、彼の発言を待つ。
「………どういう、ことだ」
たっぷりとした時間のあと、ようやく絞り出された言葉。
そこには困惑が多く混じっていた。
「なんだ、どういうことなんだ。話が全く読めない」
「でしょうね」
「でしょうねじゃなくて。…敵か、味方か。まずどっちだ」
「こんなところに味方なんていないでしょうに。ボクは味方希望です」
『敵です』と言ってみたい衝動に駆られはしたが、事態をややこしくする必要はない。
それにここでゲームオーバーを迎えてしまう可能性も無きにしも非ず。
それでボクの魂も終わってしまうならいいんだけどね。余計なことはしないでおきたい。
「…指を組め。俺も武器から手を離す。話はそれからだ」
「こうだね――こうですね」
大人しく言う通りにする。祈りを捧げるような体制だなといつも思う。
神様なんてどこにもいないのにね。
「あと別に丁寧語じゃなくてもいい。自分の好きなように話せ、やり辛くて敵わん」
少しだけ微笑む。こんなに長い言葉、いつぶりだろう。
もう最後の――最期の方では互いに必要最低限の言葉しか交わすことが出来なかった。あまりにも殺戮に次ぐ殺戮で疲弊していたから。
「ではお言葉に甘えて。まあ、そんで、なんだ、君の方からどうぞ」
「……。まず、何故俺の名前を知っていた。どこかであったことは?」
「ないよ。ボクたちは初対面だ」
「それじゃあ、あらかじめ何らかの資料を手渡されていた?」
「ないよ。ボクはたんなる参加者の一人。志望したことは志望したけど、そんな特別扱いされる身分じゃあない」
「じゃあなんだよお前」
至極ごもっとも。
ボクは頷きながら簡潔に答える。
「この世界はループしているんだ」
「待て」
ストップがかかった。
正直ここらへんの下り覚えてないんだよね。もう少し上手い説明のしかたができないか毎回考えてはいる。
でも難しいしなぁ。
「あー…萩原さんってそういう本読まなかったっけ。ユキ姉さんが好きだったのかな」
まだユキ姉さんは出てこないけど。
あの人に会ったらとりあえず謝らなくては。見捨ててごめんなさいって。
「読む。SFからラノベまでなんでも読む雑食系のおっさんだ。でもそんなの現実であり得るわけがない、非現実だ」
「デスゲームという非現実に巻き込まれているのに?」
あまり馬鹿にするような表情にならないように気を付けながら、ボクは薄く笑む。
案の定萩原さんは黙った。
そうなんだよな、この人現状把握が恐ろしく速くて適応も素晴らしい。
加えてお人好し。
だから何度もボクはこの人に真っ先に会いに行く。
「まあギャグでも与太話でもいいから聞いてよ」
「それを」
「ん?」
「べらべらと俺に話していいのか」
「萩原さんだから話すんだ」
最終的には信じてくれるって、分かっているから。
あ、顔を赤くした。
「この世界は二十六回目。いや、二十七かな? そんな些細なことは良い。ボクは延々とこのふざけたゲームを繰り返しているんだ」
「お前だけが?」
「多分ね。他にも記憶を持ってループしたのはいるかもしれないけど…それは未確認」
忙しいのだ、基本的に。
いちいち「ループしてきました?」なんて聞く余裕ない。というかバカのすることだ。
あとはその前に殺すか、逃げているかしている。
「ボクは何度も死んだ。萩原さんも。何回も何回も。そしてこのループの呪いは消えない」
「……」
「おそらく、ループ解除の鍵はゲームクリアだ。三回目の時、萩原さんは言っていた」
「俺が? というか、ずっと俺といたのか」
「いたよ。一回目からボクを助けてくれたから。だからこうして信用している」
「いや、今の俺が信用に値するかは…」
「それはよく言ってたよ。大丈夫だ。大丈夫」
もう二度と君を疑わないから。
「クソ主催者は一人しか生き残れないとかクソッタレな事を言っていたけど、それはおいおい抜け道を探していこう。ボクは君を裏切りたくない」
そして、二度と裏切らない。
かつての苦い記憶が口内を乾かす。
あの時の叫びがまだ鼓膜にこびりついているようだ。十回も前のことなのに。
「……確かになにかと一人では不便なのも事実だ。俺はお前を信じてやる。背中から刺したら道づれにするからな」
「ああ。めった刺しにしてくれて構わない」
なんかドン引きされた。
でもなあ、それ乱心したユキ姉さんにやられたんだよなぁ。めちゃくちゃ痛かった。
死ぬかと思った。いや、死んだのか。あっはっは。
あーあ。
少し警戒するように萩原さんは立ち上がり、ボクに近寄ってきた。
そして、手を差し出す。
ボクは指を解きその手を握りしめる。いわゆる握手だ。
「俺の名前は萩原太一郎。…俺にとっては初対面なんだ、挨拶ぐらいさせてくれ」
「そうだね。改めて、ボクは夏目真理亜。マリアで結構」
「それと、夏目」
「マリアって呼んでくれよ。好きなんだ、この名前」
「……マリア」
「なにかな」
「俺が弱いからって失望してくれるなよ」
どことなく不安そうなのはいつだって同じだった。
まあ、「この世界はループしてる!」を真っ向から信じてくれた強さがあるから誇っていいと思う。冷静に考えなくてもキチガイだからね。
「あなたは強い。ボクはその強さに何度も助けられたし、なんども希望を持った」
そして何度も絶望した。
たくさん泣いて、怒って、血を流して、土を食らい、嘔吐し、頭を掻き毟った。
――そんなことは言わなくてもいい。
「今度こそ勝とう」
今はただ、それだけでいい。