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10年の時に  作者: まほろば
火山の大陸・ドワーフ国
57/121

アズとノアン



自分の部屋に転移するのには耐えられず、玄関を入って直ぐに転移した。

クリーンと回復を掛けようとして止めた。

「誰か来てくれ」

台所からノアンと、居間からシンが走ってきた。

2人とも足下に倒れてる子供を見てぎょっとした。

「だ、旦那様?」

「旦那様、その子供は」

おろおろするノアンに子供を任せて、シンと居間に移動して事のあらましを話して聞かせた。

連れてきた子供の話も手短にした。

「そうでしたか」

「あの子供の声を聞いた時は、何故1年前に探さなかったんだって罪悪感が強かったが、今助ければ良いと思い直した」

「それで連れてきたんですね」

シンは納得して頷いてから尋ねてきた。

「怪我を治さなかったのはノアンが居るからですか」

「ああ」

ノアンを悪く言うつもりはないが、口が軽い。

シンが言うように生活に慣れたからこそだとは俺にも分かっている。

分かっているが言って良い事と悪い事の区別が付かなければ、ザスより悪い。

明日になれば、毛皮家の店主がボロボロの子供を連れ込んだと噂になるだろう。

「シン。この話を触れ回るなら奴隷商に戻す」

「奴隷の分を忘れては仕方ありません」

ノアンが台所から出てくるタイミングで、わざとらしくシンとの会話を聞かせた。

これでも口を控えないなら戻すしかない。

ノアンは息を吸い込んで動かなくなった。

「ノアン?どうした」

さも今気付いた様子でノアンを振り返った。

ノアンはふるふると震えながら、子供を寝せている空き部屋まで逃げるように走っていった。

シンの希望で、その日は家で過ごす。

夕食の後にシンがいた村の村長に手紙を書いた。

シンの妹の話と、次に無心があったら村ごと奴隷に落とすことも考えている、と脅す文面にした。

シンが気付く前に伝書蝙蝠に出した。

ノアンがおどおどして落ち着かないのを横目で見ながら、時々子供の様子を見に行った。

「暫く寝たままかもしれませんね」

痩せた子供を見ながらシンが静かに言った。

シン自身も酷使されて生死をさ迷った過去がある。

意識のない子供が、他人とは思えないのだろう。

「1週間したら戻ってくる。後を頼んだ」

「行ってらっしゃい」

ノアンに子供の看病を任せて、翌朝フォレストブルーの冒険者ギルドに転移した。

ステルスさんに初級ポーションを渡して、昨日の売り上げを見せて貰った。

ポーションは街の冒険者ギルドだけで売ると、昨日のうちに決まったらしい。

「初級ポーションが冒険者ギルドに行き渡ったら、他のポーションも頼みたい」

「それはヨハンさんと手紙で決めてください」

ヨハンさんが冒険者ギルドに登録している事を教えて、在庫管理は任せてると話した。

「また明日着ます」

そのままヨハンさんの店へ転移した。

店の裏に回ると、丁度ヨハンさんがクロスへ出掛けるところだった。

「トオルが連日ですか。珍しいですね」

「ステルスさんに、ヨハンさんが冒険者ギルドに登録してる話をしました」

「そうですか。やはり気負ってますね」

「俺では説明できないので、ヨハンさんに任せます」

「それが懸命ですよ。スペード国はポーション危機を知りましたから在庫確保に走るのは心理ですからね」

ヨハンさんと別れて、1つ深呼吸してからドワーフ国の岩だらけの荒野に転移した。


アップルに着いたらこの味気無い旅も終点だと自分に言い聞かせ、岩だけの道を歩いた。

ただただ歩く1週間はきつかった。

これが御爺様ならと思ったら自分の未熟さばかり見えて、少しも成長してない己を恥じた。

その日から昼は黙々と歩き、夜は水晶の中で座禅を組む生活を1週間続けた。

1週間目の夜、ピーチの店に転移した。

「ただいま」

「お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」

「お帰りなさぁーい」

3人は夕食を終えてお茶を飲んでいた。

「俺の分もあるかな」

「直ぐにお持ちします」

ノアンが台所へ行ったのを見送って、シンから子供の事と変わりはないかを確かめた。

ザスは満腹で眠たそうなので部屋へ行かせた。

「4日目に意識は戻りましたが、今までの疲れからかそれからは食べては寝てばかりです」

「…安心したのかも」

ノアンがスープの深皿を持ったままポツリと言った。

「安心?」

シンが聞き返して、直ぐにああそうかと納得した。

シンの肯定にホッとした様子でノアンが話し出した。

「かなり酷い環境に居たようなので、ここは安全だと話して聞かせたら泣いてました」

シンを見たら頷いた。

「まさか俺の話や店の話までしてないだろうな」

「…え?」

「前の主に折檻されていたから連れ帰ってきたが、あの状態だったから子供の素性も確かめてない。俺が子供に確認する前にお前は何を話して何を聞いたんだ」

ノアンの顔はみるみる青ざめて、座り掛けた椅子から床にずり落ち額を床に擦り付けた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。お許し下さい」

「口は身を滅ぼす。お前は俺が連れてきた子供の話を何人にした。子供の話だけじゃない、他もだ。ここまで言っても分からないならお前は奴隷商に戻す」

泣き崩れて面倒なノアンをシンに任せて、子供が寝ている部屋へ向かった。

軽くノックしてドアを開けたら、子供は起きていた。

顔も見えてる手もガリガリで、どれだけ栄養が足りなかったのかが一目で分かる容姿だった。

俺を見ると直ぐに悟って、ベッドから這い出そうとしたが体を支えきれず上手くいかなかった。

「寝てて良いよ」

「ごめんなさい。お許し下さい」

泣きそうな男の子にまず名前と歳を聞いた。

「アズです。来月15歳になります」

15!

答えに頷いて更に聞いた。

「アズの国はクラブ?」

「…はい」

「どこの町に近かったか覚えてる?」

「…あの、ご主人様は」

誰に買われたのかと不安に怯えているアズの様子が哀れで、少しでも安心させてやりたかった。

「地図にある町と街は回って歩いたし、村から子供を買う人買いの馬車を見たこともある」

クラブ国の町と街の名前を1つ1つあげた。

お喋りならノアンの話から色々分かってるはずなのに、アズは何も聞いてこない。

利口な子だと思った。

「アズ。俺の声に聞き覚えはないか?」

アズの目が迷って俺の足下に向いた。

「干し肉が3日で見付かって本は焼かれたと、1ヶ月後に行った時に使用人が話してるのを聞いた」

アズの顔が上がって、驚きが書かれていた。

「あの暗闇で、アズの声だけはしっかり覚えていた」

アズの言い掛けて言葉を飲む動作を言うように促す。

「声が優しくて僕と…」

「17になったから僕から俺に変えたんだ」

「1…7」

「ノアンから何を聞いた」

真っ直ぐアズを見て聞いた。

アズはごくりと唾を飲んで数えるように話した。

「ご主人様がSクラス冒険者でこの家にいるノアンさん、シンさん、ザスさんの3人は奴隷でご主人様が足輪を魔法で隠して、毛皮屋も3人が任せられてると」

「それをどう思った」

「足輪を見えなくしてるのはお店に立たせるためだと思いました。昨日、奴隷だとお客さんにも話してるのと聞いたら恥ずかしいから言ってないと」

恥ずかしいか。

「他の2人の事は」

アズは少し言いにくそうにしながら話し出した。

「ノアンさんは…ザスさんは馬鹿だと、シンさんは真面目過ぎてうるさいしお金に細かいと」

「アズの目に3人はどう写る」

目を見開いて一瞬だけ考えてから、アズは言葉を選んで3人を言い表した。

「まだ1度しか会ってませんが、ザスさんは素直な優しい人です。話してると優しい気持ちになります」

「シンは?」

「シンさんは頭のいい人です。シンさんとも短く2回しか話せてませんが、しっかりしてて優しいです」

「優しいと感じたのは?」

「僕を見る目が暖かくて、教え方は厳しそうだけど悪意とか意地悪とかは1つも感じませんでした」

「ノアンは?」

「ノアンさんは…、お喋りが好きな人です」

アズはそれ以上言いたく無いようだった。

「続けて」

「ノアンさんは料理も掃除も洗濯も出来ます」

「ノアンはアズに何を話した」

「…人の噂を色々、あと自分の話を…」

ノアンが奴隷になった理由を聞いてなかった、とアズの言葉で気付いた。

聞かないで、またミシェルの失敗を繰り返すかもしれなかったと反省した。

「ノアンはどう話した」

「恋人に騙されて奴隷に売られたと、その後2回売られて3回目がこの家で、家事のために買われたと」

「ノアンの話を聞いて、アズはどう思った」

「…僕も何度も売られたので、失敗の多い人だと」

話すアズの唇がぶるぶる歪んでいた。

「心配するな。アズがシンのように誠実に俺に仕えている限り失敗しても絶対売らない」

「ご主人様…」

「1つだけ教える。シンかザスが家事が出来たら、ノアンは買わなかった。その意味は分かるな」

「…はい」

「毎日の仕事はシンに習え」

「あの…僕は火の魔法が…でも直ぐ失敗してしまって…、役立たずですが一生懸命お仕えします」

アズの恐怖に震える声が返ってきた。

どう話しても、今のアズには伝わらないだろう。

「今は体を治せ」


下に降りるとノアンとシンがいた。

ノアンはまだ床で泣いていて、シンが淡々と話して聞かせていた。

げんなりしても終わらないから椅子に掛ける。

見ると目の前の食事は冷めきっていた。

「子供の方は?」

「体力が戻ったらシンが教えてやってくれ」

アズの魔法の話はしなかった。

「承知しました」

シンからノアンに視線を移す。

「こっちは?」

「ノアン。旦那様に言う事は無いのか」

ノアンは泣き過ぎて腫れた顔を上げて、しがみつこうとしたから椅子を蹴って拒否した。

「お許し下さい。お許し下さい。2度と不用意なお喋りはしません。なのでどうか戻すのだけは…」

「俺には自分に非があって泣く心理が理解できない」

ノアンはぎょっとして、目でシンに助けを求めた。

真面目すぎて金にうるさいとか言いながら、そのシンに助けを求めるノアンの心理が理解できない。

ノアンのその媚びた視線が藁の中の少女を思い出させて、吐きそうになった。

「旦那様。1度だけチャンスを与えて下さい」

シンが真面目な顔で見返してくる。

複雑な心境でシンとノアンを見た。

年齢的にシンとノアンに恋愛感情が生まれても不思議はないが、シンならもっとしっかりした女性を選ぶと勝手に思っていたから内心とてもがっかりした。

「分かった」

そこで話を打ち切り部屋へ戻ると、水晶へ転移した。




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