村と蜥蜴
そう言えば、ハーツからミントグリーンの町までは道が別れるとアランに聞いた記憶が甦った。
山を迂回する道が左右にあるらしいけど、ヨハンさんはどっちから回るんだろう。
どちらを通っても山を超えた先はまた1つになるんだからどちらからでも良い。
前に別れ道が見えてきた。
ヨハンさんは考え事をしている様子で、左右の道を決めかねるように見比べていた。
「トオル」
「何ですか?」
「普段は右から廻るんですが、今日は危険な左から廻りたいんです」
「理由をお聞きしても」
ミントグリーンに住んでるヨハンさんの友人が病気で、その特効薬が左の道の森にいる蜥蜴らしい。
「ただ…その蜥蜴には猛毒がありまして。狩るのがとても難しいんです」
ヨハンさんは困った顔で、国も冒険者を雇って狩らせているが捕獲が難しく品薄で高価なんだと言った。
「アランも挑戦しましたが、彼だと燃やし尽くしてしまうのでお手上げなんですよ」
『ナビ。そんなに難しいの?』
待ってもナビの返事は返ってこなかった。
「ミントグリーンまでの間の村で、幸運にも捕獲できていたら買取りしたいので今回は左の道を」
「分かりました」
考えたい事があったから、ヨハンさんより先に左へ曲って歩き出だした。
蜥蜴も気になるけど、もっと気になるのは僕の質問に答えないナビだった。
ミントグリーンまでは村2つで半月らしい。
途中にある蜥蜴のいる森は、ハーツからミントグリーンに向かう右回りの道の、間の村と村のまた間の森らしい。
「蜥蜴は体長15センチほどなんですが、群で攻撃してくるので捕獲が難しいんです」
「アランの炎はダメでも、雷を使う冒険者なら狩れると思うんですが?」
「雷ですか?雷を使える冒険者の話は聞いた事ありませんね。居てくれたら楽なのですが」
驚く話だった。
『ナビ。ホントに居ないの?』
『イマセン』
やっとナビが答えてきた。
その日の夜に着いた村に幸運にも蜥蜴があった。
買い付けてきたヨハンさんが見せたのは、からからに乾いた蜥蜴のミイラだった。
前回は1匹で大金貨48枚もしたらしい。
上級ポーションでも治らないから、値がつり上がる一方で大金貨100枚になるのも直ぐだろう。
そう言ったヨハンさんは今回大金貨60枚でようやく交渉成立、買ったそうだ。
『回復でも治らないの?』
『イエスマイマスター』
蜥蜴の話の後からナビの声が小さい気がする。
この先にナビが解答を拒む何かがあるんだろう。
夕食の後村人に狩り方を教えて貰った。
群からはぐれて森の外に迷い出てきた蜥蜴を、網で捕まえるらしい。
網の隙間から喉を切って血抜きするらしい。
イメージが湧かない。
群からはぐれて森から出てきた蜥蜴を網で捕まえる?
原始的な方法で捕まえられるのに何故高い?
森に行けば分かると村人が言った。
翌日実際森を見たけど、普通な森だった。
ステータスの地図から見てみたけど、森の中に蜥蜴は見付からなかった。
「蜥蜴を見付けるのは奇跡と言われてるんですよ」
月に2匹捕まれば良い方らしい。
それでも高過ぎる。
「この大陸では、この森にしか蜥蜴が生息してないからですよ。だから貴重なんです」
毒のせいで大量には捕まえられないとヨハンさんが説明してくれた。
「トオルが言ったように、もし魔法で捕まえられたら驚くほど価格が下がるでしょうね」
翌日に着いた村は静かな村だった。
畑も少ないし、何で生計を立てているんだろう。
気になったのは、今まで通ってきた村に比べてみんな身綺麗にしている事だ。
よほど裕福な村なんだろう。
にこやかに村人に対応してるヨハンさんも、警戒してるのが伝わってきていた。
ヨハンさんと話したいけど始終村人の目があって、まるであの3人パーティーみたいだった。
もしや。
本当は真夜中に森に行ってみたかったけど、ヨハンさんを此処へ置いて行くのは危険に感じた。
真夜中、嫌な臭いが部屋でし始めた。
まるで腐ったお香を焚いているような臭いがする。
『ナビ。この変な臭いは何?』
『ネムリクサヲヘヤノソトデタイテイマス』
『眠り草?眠らせて泥棒する気?』
『イエスマイマスター』
緊張して20分くらい待つと、そっとドアがわりの布が揺れて4人の村人が忍び込んできた。
眠り草の臭いが消えたから入ってきたのだろう。
4人はヨハンさんの魔法の袋を探していたが、胴に巻いてるので盗むのに手間取っていた。
静かに4人の後ろに立つ。
村人の数は16人、子供が居ないのが幸いした。
静かに4人を雷の魔法で感電させる。
残りの村人を地図から確認したら、部屋の少し離れた場所に固まっていた。
遠隔で雷の範囲魔法を使う。
『ナビ。この4人を外に運べないかな』
『カゼマホウデ』
頭の中に波に運ばれるようなイメージが浮かんだ。
何とか外の12人の近くに移動する。
風を操るのは思った以上に難しかった。
周りを見回して危険が無いのを確かめる。
次の瞬間、森の前に転移した。
地図を開くと、森の中の無数な赤い点とポツリと大きい点が森の奥へと移動していた。
今いる場所は月明かりで明るいけど、森の中はこの明かりも届かない。
それは果ての森で嫌ってくらい経験している。
頼りのナビは拒否してるから、地図を見ながら手探りで進むしかないだろう。
転ばないようにゆっくり進んで、やっと赤い点の側まで来たと思ったら蜥蜴が目の前を走り抜けた。
足元で何かが動いた。
暗闇の中で目を凝らせば、足の下に小さい生き物が蠢いていた。
気付かずに践んでしまったらしい。
驚いて固まってる10メートルほど前を、大量の蜥蜴が何かに追われるよう奥へ向かって走り去る。
もしかして、足の下にいるのは蜥蜴か?
多分目の前の群から外れた1匹かもしれない。
何から逃げてるのかと着た方向を見れば、3メートルほどの石のゴーレムが見えた。
「あれに追い掛けられていたのか」
ゴーレムは蜥蜴を捕まえては食べていた。
石が蜥蜴を食べるとか有り得ない現実に動けない。
ただただ目の前の光景を見ていた。
『モリノバンニン』
『森の番人?』
其で分かった。
ナビはこのゴーレムが居たから答えなかったんだ。
蜥蜴が増えすぎると、森の番人のゴーレムが森の均整を保つために蜥蜴を食べて減らすんだろう。
『ナビ。数匹だけ蜥蜴を捕まえちゃダメかな』
『リユウヲ』
『万一のためにアイテムボックスに保存したい』
『ショウスウナラ』
『ありがとう』
ナビから風魔法で喉を切ってアイテムボックスまで運ぶイメージが送られてくる。
真似てアイテムボックスを確認したら、薫製になった蜥蜴が数匹入っていた。
蜥蜴は方付いたけど、ヨハンさんは大変だった。
村人がみんな傷もなくて倒れてると分かると、小屋をみんな確かめたけどめぼしい物は見当たらなかった。
「兎に角ミントグリーンに着いたら軍に報せましょう。軍が調べれば何か解るかもしれませんよ」
ヨハンさんは首を傾げて不思議そうにしながらも、そう小声で言った。
『ナビ。あれこれアイテムボックスに入れちゃったけど良かったの?ヨハンさん探してるよ』
昨夜、森から帰ってきて直ぐナビに言われるまま村中を調べてアイテムボックスに移した。
硬貨や宝石もかなりあって、どれだけの人がこの村の犠牲になったのかが分かった。
その日の内に村を出て、ミントグリーンの町に着いたのは2日後の夕方だった。




