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10年の時に  作者: まほろば
ハート国
21/121

お茶と少年



ヨハンさんの仕入れの都合で、もう1日ハーツに居ることになった。

あの3人パーティーの時に知ったヨハンさんの魔法の袋は、一番大きい物で15畳分くらい入るそうだ。

「トオルの袋もかなり入る品ですよね」

「ヨハンさんの半分くらいだと思います」

先に中身を着替えと少しの保存のきく食料とポーションくらいだと話したから、深く聞かれなかった。

この日ヨハンさんから3個目の小粒を受け取った。

思えばこの世界へ着て、もう5ヶ月近い。

クロスへ着く頃には1年になっているかもしれない。

『ナビ。小粒3個で10年暮らせるかな?』

『ムズカシイカト』

『何故?』

『ホドコシデロウヒシヤスイカト』

ムッとしたが言い返せなかった。

自分としては施しではないと思ってたけど、指摘されてみると自己満足な施しかもしれないと思った。

『時間潰しに浪費しに行こう』

アランがくれた手紙を持って、地図の住所を尋ねた。

やはり尋ねる先も住宅街で、一戸建てだった。

呼び鈴が見当たらなかったので、こんこんと2回ノックして誰か出てくるのを待った。

暫く待ってみたけど留守らしい。

仕方無いから自分の名前と明日ハーツを出発する事と、プール商会に泊まっている事を書いたメモとアランの手紙をドアの隙間から中に落とした。

「どうしようか。予定が無くなったな」

ナビの返事はなかった。

時間潰しに街を歩いた。

目に付いたのは茶葉と茶漉しだった。

「ティーポットもあるの?」

鍋に沸騰したお湯に茶葉を入れて、カップに茶漉しでこしながら鍋の茶を煎れる様子が頭に浮かんだ。

「キャンプみたいだな」

横に飲ませる店もあって、試しにクッキーに見える菓子とお茶を頼んだ。

不味くはないけど美味しいお茶とは言い兼ねた。

『ナビ。日本茶と紅茶をアイテムボックスに頼めるかな。コーヒーはいらない』

『メイガラハ』

各々指定して、ティパックはNGだと伝えた。

『チャコシハ』

『旅の途中でも飲みたいから、茶漉しとコップはこの街で調達するつもり』

いくつかの店を見て回ったが、気に入ったコップは見付けられなかった。

コップのサイズで茶漉しを決めるつもりだったから、自分で作る事にした。

『材料は?』

『ドチラモツチカト』

『陶器は赤土か』

鉄も土の中から取り出せる。

街に着く寸前にあの3人パーティーを気絶させた草原を思い出して、人目の無い路地裏から転移した。

コップは何個作っても納得のいく形に仕上がらず、最後は大ぶりで歪な湯呑みに落ち着いた。

お茶を自分だけで飲むのは気が引けた。

それに、日本茶はやはり湯飲みだと思って、更に5組の客用湯飲みを作った。

最初3組にしたが自分のと合わせて4組になるので、2組追加して客用を5組にした。

普段他人との関わりを面倒だと思う自分が、もてなす湯飲みを5組も作った。

意識してなかったけど、心を許せる人がいないこの世界で、逆に人恋しくなっているのかもしれない。

湯飲みを6個並べてみて、センスの無さにがっくりしつつ湯呑みのサイズに合わせて茶漉しも作った。


此処からなら街まで歩いても1時間かからないし、時間ももて余すほどある。

それなら時間潰しに夕方になるまで鍛練してから帰ろう、と思い立った。

この世界に来てからの稽古は、何時も真夜中の型稽古のみなので久し振りに今日は本気で振りたかった。

剣が風を切る。

刀と剣では感触が違うが、だからと言って封印した愛刀を取り出す気持ちは無かった。

時間を忘れ、うむことを知らず剣を振るった。

見られている気がして、剣を振り上げた姿勢で気配を探せば、15メートルほど離れた草の上に腹這いになってこっちを見ている少年がいた。

何時から見ていたとか愚問は必要ない。

見ていた理由が知りたかった。

「ちぇっ、もう見付かっちゃったか」

パタパタと服の汚れをはたきながら、ガリガリに痩せた少年が立ち上がった。

着ている物はボロくないし、装備と剣も初心者なら普通なレベルに見えた。

剣をしまってじっと少年を見る。

少年は警戒されているのにも御構い無しに近付いてきて、肩に手を置こうとした。

すっと間合いを外ししまった剣に手を掛けた。

「そんな怖い顔するなよ。同じ冒険者仲間だろ」

「馴れ馴れしくされるのは迷惑だ」

それ以上しつこいようなら、気絶させて置き去りにするつもりだった。

王都だけに危険な魔物も獣もいない。

最悪風邪を引くぐらいだ。

「悪かったって」

少年はちょっと肩をすくめる仕草をしてからその場に座ると、懲りずに話し掛けてきた。

「お前、強いけど独りぼっちなんだろ」

ムッとして睨み付けた。

「ホントの事言われたからってそんな怒るなよ」

本気でそう思っているらしい少年に呆れた。

「待てって」

少年に構わずハーツに向けて歩きだせば、慌てて立ち上がって追い掛けて来る。

懲りずに後ろから肩を掴もうとするから、腰を落とし当て身を喰わせた。

子供だと加減したのが悪かったらしく、暫く呻いてかがみ込んでいたが懲りずに追ってきた。

「ひでぇなぁ。これでも同じ冒険者仲間なんだせ」

少年も懲りたのか2歩後ろを付いてきていた。

10分ほど歩いて街が見えてくると、少年はまた話し掛けてきた。

「なぁ。お前パーティー組める仲間も居ないんだろ?俺が組んでやっても良いぜ」

少年がパーティーリーダーをしてやるらしい。

「報酬は俺8でお前2な」

そこまで勝手に話されると、もう笑いを堪えられなくなってしまった。

独りぼっちは少年だろう。

仲間を欲しがっているのも少年の方だと感じた。

が、ムカつきは倍になった。

「他を当たれ」

「あぁーん、せっかく俺がパーティー組んでやろうって言ってんだぞ」

少年は威張って見せてるつもりなんだろう。

「ぼ、俺はクロスまでの護衛の依頼を受けている」

つい『僕』と言い掛けて慌てて『俺』と言った。

思わずしまったと思ったけど、少年には気付かれずにすんだみたいでホッとした。

「え?何だもうパーティー入ってるのかよ。そうだよなぁ、強そうだもんなぁ」

少年は歳も同じくらいだから冒険者になりたてだと思って、パーティーに勧誘したと言った。

「なぁ、お前のパーティーに空きないかな」

「無い」

馴れ馴れしい少年がロンと重なってうんざりした。

「お前ほどじゃないけど俺も強いんだぜ」

ムッとしながら無防備な少年をジロッと見た。

お前、お前言われて腹立ちしかないが、それなら名前は何だと始まるのは目に見えている。

ムカつくが関わらないのが一番だ。


少年はハーツに着いて直ぐまいた。

店を見る振りで少年から遅れて歩いて、振り向きながら喋る少年が人を避けようと自分から注意を反らしたタイミングで路地へ曲がった。

路地に人影が無かったのが幸いして、プール商会で寝起きしてる部屋に速攻転移した。

それでその少年の事は忘れてしまっていた。

翌朝、ヨハンさんとプール商会から出た処にあの少年が歩いていた。

「あっ!お前っ!」

ムッとしつつ馬車の横を歩いた。

「何だよ、プール商会に雇われてたのか」

面倒になりそうだと思っていたらやはりそうなった。

「なぁ、プール商会なら護衛は何人いても多いってことないだろ。お前の友達って言えば良いよな」

勝手過ぎる言い分に怒るより呆気に取られた。

「そんなじいさんの護衛させられてるんだ、お前だって新入りじゃねえか」

多分だけど、僕はケラケラ笑う少年を間抜けな顔で見ていたと思う。

後でヨハンさんからその時の事で随分からかわれた。

「知り合いかい?」

手短に昨日の話をすると、ヨハンさんはくすくす笑いながら少年に言った。

「旦那様に言ってみたら良いよ。使い物になると思ったら雇ってくれるよ」

「お前よりよっぽど話のわかるじいさんだぜ」

少年は身軽に体の向きを変えて行ってしまった。

「ヨハンさん」

「店主から断られればあの子も諦めるでしょう」

そう言うヨハンさんはまだ笑っていた。

「かなり口が上手いですよ」

驚きから復活して慌てて言った。

「ええ、それはよく分かりましたよ。あの子みたいな子を口から産まれたと言うんでしょうね」

ヨハンさんは少年の後ろ姿をちらっと見て、関心を失ったようにまた前を見た。

「あの子のような腕の押し売りは毎日ではありませんが着ますからね。息子の人を見る目も一人前になったと認めたから店を譲ったんですよ」

だから心配いらないと笑った。

「トオルはあの子に名乗っていませんよね」

「ええ」

「私もですよ。紹介した者の名前も知らない人を雇う店があると思いますか?」

「あ」

「でしょう?」

確かにと思って頷いた。

「あの子は浮浪者から幸運にも冒険者になったんでしょうね。装備の下の服が汚れきってましたから」

少年に同情した誰かが金を出してくれたか、大金を盗んだかだとヨハンさんは言った。

「可哀想に、力の無い者が冒険者になっても命を危うくするだけでしょうに」

ヨハンさんの話は胸に重かった。




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