グリーンハーツ
次の町はグリーンハーツ。
間の2つの村を回って半月の旅だった。
「トオルが光魔法を使えるなんて驚きですよ」
「初歩の初級ポーションしか造れませんが」
「それだけでも羨ましい話ですよ」
僕の国ではみんな作れると、苦しい設定でおじさんの質問攻めを逃げた。
今まで造り貯めてきた事にして、1日大金貨100枚分を買い取って貰う話を決めたのは昨日の夜だった。
宿との商談の後話したので、おじさんから今日は商いの神様が付いてる良い日だと喜ばれた。
売値は102個で大金貨100枚。
もちろん10日に1個、小粒の宝石で代金を貰うと、正式な書類にしてある。
教会から買ったら初級ポーション100個で大金貨90枚らしいから、約大金貨5枚分おじさんも儲けが増える計算だった。
「お金を貯めて、何か欲しい物が?」
「分かりません。10年の間に出来るだけ貯めておくように、と言われただけなので」
「そうなんですか」
おじさんは笑って信用してくれたらしい。
「クロスから先は商業ギルドに納めては?」
「商業ギルドに?」
「冒険者ギルドと重複して登録できますよ」
確かに売りやすいだろうと思うが、しがらみを増やすのは嫌だった。
「止めておきます。商業ギルドに卸すようになれば教会からも目を付けられやすくなると思いますから」
「あぁ、確かにですねぇ」
おじさんは残念そうにしたけど、それ以上強くは言ってこなかった。
旅は順調で、村でもCランクとBランクでは冒険者としての扱いも違った。
「そんな顔しないで」
おじさんがむくれた顔を隠さない僕に苦笑する。
「地顔です」
「まあまあ」
おじさんは笑顔を絶やさず現実の話をした。
「トオルのギルドランクが上がるにつれて、嫌でも回りに人は群がってきますよ」
「何故?」
「人は強い者に群がるからですかね。それに、出生率が高くても死亡率も高いからですよ」
「…え?」
「戦いで、伝染病で、人は簡単に死にますからね」
おじさんの言いたい事は良くわかった。
衛生の知識の乏しいこの世界では、病気での死亡率が信じられないほど高い。
そして、魔物に殺される率もかなり高いはずだ。
「まだ解ってませんか」
諭すようなおじさんの話に思わず一歩引いた。
「強い男の子供を望むのは動物の本能、自然の摂理」
「ぼ、僕はまだ15です!」
「15は立派に大人ですよ」
背中がぞわぞわした。
思わせ振りに見てくる村の女が化け物に見えてきた。
「トオルはAランク冒険者のアランより強い。その意味を理解してますか?」
それは違う。
10年後、この世界を去る僕に求める事じゃない。
「僕は、10年後自分の国へ帰ります。ただ1つ言えるのはこの地に僕の血は遺さない、それだけです」
「え、…そうですか」
「はい」
重い話はそれで終わり、互いに持ち出さなかった。
ライトグリーンを出てから16日後、次の町グリーンハーツに着いた。
途中雨に足止めされて大変だった。
王都に近い町らしく、グリーンハーツは今までの町より着飾った人が多かった。
「生地の買い付けに行きますがトオルも来ますか?」
「是非」
おじさんに誘われて機織りの工房を見学した。
教科書で見た光景を実際に見て、酷く感動した。
「あれは?」
若草色の反物が目についた。
「草木から新しい染料が採れると分かったんですよ」
「他にも有りますよ」
見せて貰ったのは渋い黄色と赤茶の布だった。
「色々試してもっと綺麗な色を出したいと思います」
そう言って反物を見せる青年の目は輝いていた。
「あの、そのズボンを見せて貰って良いですか?」
しまった。
魔法で造ったGパンが青年の目を引いたらしい。
「生地も気になりますがその色に目が奪われました」
「これは紺色の花から採った染料で染めた物です」
思わず出任せを口にした。
「やはりそうでしたか。触ってみても?」
嫌とは言えない空気で、椅子に座って足を出した。
「厚い生地ですね」
青年にあれこれ聞かれたけど、国ではみんなこれを着てると苦しい誤魔化ししか出来なかった。
「青い花は少ないんです」
磨り潰して染料にすると説明しながら、保存方法に困っているとも言った。
直ぐ染めないと染料は腐ってしまうらしく、材料の花の時期も短いらしい。
それなら乾燥させて保存すれば、と思ったけど言わなかった。
10年後は帰る自分を考えれば迂闊に言えるはずはなかった。
「トオルは遠い国から着たとアランが言ってましたが、それが良く分かりましたよ」
おじさんはこくこくと何度か頷きながら、違う大陸から転移でこの大陸に着たに違いないと言った。
転移!
思わずナビに聞いていた。
『有るの?』
『イエスマイマスター』
『僕も使える?』
『イエスマイマスター』
『やった』
翌日からまた3日雨が続いた。
宿に閉じ込められて時間を持て余してたから、おじさんの帳簿付けの手伝いは時間潰しに丁度良かった。
「トオルは親が商人なのかい?魔法だけじゃなく字も書けるし計算も出来るしたいした者だよ」
「僕の国ではみんな学校で字や計算を習うんです」
「みんな?」
「そうみんな」
「そうか。この大陸の国にも学校は有るが、入れるのは王族か貴族、他は金持ちの子供だけだよ」
言われても返事に困った。
「トオルの国は豊かなんだね」
子供は未来の宝だからと笑うおじさんにやっと頷く。
「ずっとおじさんじゃおかしいね。私はヨハンだよ」
「改めまして、ヨハンさんよろしいお願いします」
「こちらこそクロスまでよろしくお願いします」
雨がやむのを待ってグリーンハーツを後にする。
次の王都ハーツまでは村が3つで10日の道程の予定だけど、上手くは進めなかった。
晴れて町を出たところで男性2人と女性1人のパーティーと一緒になった。
自分たちで上級パーティーだと威張ってたから、ヨハンさんも丁寧に受け答えをしていた。
自然僕は1人で最後尾を歩いていた。
王都に近いから魔物も少ないし、のんびり歩いて昼の休憩になった。
パーティーから離れて宿のお弁当を食べていると、馬の世話を終えたヨハンさんが来た。
手にした同じお弁当を広げで食べながら、ヨハンさんは小声で囁いてきた。
「ギルドランクは内緒ですよ」
内緒にするのは3人パーティーにだ。
僕も食べながら軽く頷いた。
食べ終えてまたのんびり歩く。
後ろから来た冒険者が急ぎ足で追い越して行っても、3人はヨハンさんの横を離れなかった。
日が落ちて、夜営の支度を始める。
ヨハンさんと3人はラスクのような携帯食を食べてたけど、僕はおにぎりを食べた。
ロンと同じく3人にもおにぎりは不味そうに見えるみたいで、チロンと見てそっぽを向いた。
残念だけどヨハンさんにもおにぎりは合わないらしく、一口で降参されてしまった。
焚き火の番はすると言う3人に、ヨハンさんはそれならと任せて早々に僕の隣で寝てしまった。
3人に見張られてる気がして落ち着かない。
僕もマントにくるまって寝た振りをする。
『ナビ。危ないときは起こして』
『イエスマイマスター』
『頼んだ』
緊張したまま1つ目の村に着いた。
3人は村でも威張っていたけど、幸い魔物の依頼は無かった。
何故3人がヨハンさんにくっついてるのか?
考えても分からなかった。
ヨハンさんと話したくても、必ず3人のうちの1人が側にくっついていた。
翌朝次の村を目指して出発した。
やはり先を急ぐでもなく、3人はヨハンさんから離れなかった。
夜には2つ目の村に着くはずの夕方に、スコールの様な雨が降った。
僕とヨハンさんは急いでマントを着てフードを深くかぶったけれど、3人はマントを頭からかぶった。
その時は深く気にしなかったけど、小降りになって前を見ると3人の体にはマントがへばりついていてヨハンさんのマントは濡れてはいるけどマントの仕事を果たしていた。
かなりな驚きだった。
夜に着いた村は、貧しくて飢えていた。
ヨハンさんが村人と居るのを確かめて、地図で見付けたうさぎを3匹急いで狩ってきた。
捌くのと焼くのは村人に任せて、分配するのだけヨハンさんがして僕と3人は少しでヨハンさんの分は無し村人には多くしてた。
毛皮は泊めて貰うからと村長に渡した。
そのくらいから、3人が苛々し始めた。
朝早くうさぎを2匹狩って村に置くと、僕とヨハンさんは朝ごはんも食べずに村を出た。
3人が起きて追い掛けて来る前に、ヨハンさんから聞いておきたい事があった。
「あの3人は私の魔法の袋を狙っているんですよ。捕まえてもハーツまで連行するのは手間ですからね。自分で歩いて貰ってるんです」
「あ、だからギルドランクですか」
「途中で逃げられたらまた誰かが狙われますからね。こちらにはトオルがいるから捕まえるチャンスだと思ったんですよ」
ヨハンさんは面白そうに後ろを見た。
「トオルは凄いね。絶対あの3人に隙を見せないで私を守ってくれてる」
誤魔化して笑ってしまった。
聞くまで解らなかったとは言えなかった。
3人は昼前に追い付いてきた。
不思議と解って3人を見るとヨハンさんの言った通りで、ハーツに着くまでが楽しみになった。




