風呂と依頼
翌朝お礼を言ってアランの家を出てギルドへ行った。
またライトの街へ着たときは必ず寄るようにとベルさんに強く言われて、少し困った。
アランやベルのような押しが強いタイプは苦手だ。
それに、この世界を回るつもりだからもしかしたらもう来れないかもしれない。
ベルさんの迫力に負けてそうは言えなかった。
気分を切り替えて次の町のライトグリーンまでの依頼があるか見ると、ハート商会の依頼しか無かった。
諦めて買い物に歩く。
味見しながら美味しい物だけをいくつも買い歩いた。
甘い揚げパンやたっぷり肉を挟んだパンは多目に買ってアイテムボックスへしまった。
コショウもあったけどビックリするほど高かった。
「ナビ。コショウもアイテムボックスへ頼む」
『イエスマイマスター』
其処で気が付いた。
「ナビ。塩も有るんだろ」
『イエスマイマスター』
「…精製した塩も」
ナビに遊ばれてる気がしてムッとした。
買い物の途中、風呂を思い出してもう1日ライトに居ることにした。
「ナビ、風呂のある宿へ案内頼む」
『イエスマイマスター』
ナビの示した宿は街の中心にあった。
料金は高かったけど今日は風呂が最優先だ。
食事の前に風呂を頼んだ。
失敗だった。
垢で汚れた浴槽に水を張って使用人が火の魔法を使って水をお湯に変える。
ムリ。
急いで部屋へと戻った。
「ナビ、もっと清潔な風呂は無かったの?」
この世界の風呂はこれで精一杯らしい。
『マホウデ』
イメージは透明の浴槽に湯をためる感覚。
シャンプーとボディソープをナビが出してくれたから久々の風呂を満喫した。
残念なのは外国みたいに浴槽の中で洗髪と体を洗うしかなかったことだ。
残り湯をどうしようか迷っていたら、ナビが消す魔法を教えてくれた。
何処に捨てるのか気になって聞くと、地中深く埋めると答えが返ってきた。
この世界にシャンプーやボディソープは無いから、汚れた水を川に捨てるとかは無いらしい。
納得出来ないでいたら、地中の魔力が働いて心配しなくても浄化して土にかえすのだそうだ。
何回も湯を変えて、最後はゆっくり顎まで浸かった。
「ありがとうさっぱりした」
『ツギカラハクウカンヲカコッテヨクソウノソトデアラッテミテハ』
「あ、その手があったんだった」
それなら無駄に湯を替える必要もない。
明日の風呂が楽しみだった。
翌朝、街を出る前に冒険者ギルドへ行った。
上手く依頼があればと思っていたらハート商会の他にプール商会のライトグリーンまでの依頼があった。
本当はランクB以下は警護の依頼を受けれないらしいけどプール商会のおじさんが僕が来たら頼むと伝えてくれていたお陰でCランクでも受けることができた。
おじさんが泊まっている宿を教えて貰って、依頼を受けた挨拶をしに行った。
次のライトグリーンまでは間に村が4つで、歩いて一月程らしい。
「行商仲間が3つ目の村の近くで盗賊を見掛けたそうなので気を付けて行きましょう」
「はい」
警戒しながらも次の町への旅は順調だった。
村と村の間は離れていてのんびりした旅だった。
1つ目の村に着いて、おじさんは商売で僕は畑を荒らす狼退治をした。
狼の毛皮も金貨2枚で売れると聞いておじさんに買い取って貰う。
「トオルは凄いね。ここまで綺麗に革を剥げる冒険者に会ったのは久々だよ」
毛皮は傷の少ない程高く売れるとアランに聞いていたから倒すとき首を狙うようにしていた。
「トオルはハート国の街を回って4つの国が交わる(クロス)まで行くとアランが言っていたけど、それは本当かい?」
「はい」
「急ぎ旅でないなら、このままクロスまで警護をしてくれないかな」
「良いんですか?」
「王都でポーションを仕入れて届ける約束をしてるから続けて警護をしてくれると助かるよ」
「よろしくお願いします」
最初の村でのおじさんの商売が終わると村を後にして次の村を目指した。
2つ目の村を目指してる途中、後ろから2台の馬車が近付いてきて追い抜いていった。
追い抜き様御者台から見下ろした目にムッとした。
「あれはハート商会の馬車ですよ」
「荷台で睨んでたのは?」
「あれは店主だよ。あれでは馬がもたないね」
おじさんは自分の馬の首を撫でながらそう呟いた。
確かに、と思う。
耳に残る鞭の音が不愉快だった。
「おじさんは何故歩くんですか?」
無意識に言葉が口から出ていた。
「年取ったからだよ」
おじさんは気を悪くする様子でもなく答えた。
「私もこいつも歳だからね。昔のように納期のある旅でもないしのんびり歩こうと決めているんだよ」
頷くとおじさんの流通の話が始まった。
「商人はね、年に一度その年の仕入値を決めに国中を回るんだよ」
村や町で食糧を除く生活必需品を買い付けるらしい。
冷蔵や冷凍の技術がないこの世界では行商で食料を扱わないのは当然に思えた。
「私も昔はこいつを走らせて納期に追われていたんですが、もうのんびりしようと」
おじさんの説明に納得してしまった。
ふと、疑問も浮かんだ。
ハート商会の依頼を受けた冒険者がいたのか?
2つ目の村を過ぎて、3つ目の村まで後半日程になった昼過ぎ事件は起こった。
突然茂みから飛び出してきた男たちが、馬車の前後をふさいだ。
ナビの知らせで盗賊が茂みに潜んでいるのは分かってたけど、一瞬迷った。
おじさんの前で盗賊を切るのはやはり躊躇われた。
考えて生きたまま捕らえるのが1番に思えた。
前から襲ってきた4人を切らずに叩いて気絶させ、それから後ろに回って残る3人を気絶させた。
おじさんと2人で7人を縛り、縛った綱を荷馬車の後ろにくくりつけた。
『ナビ、こいつらのアジトは?』
『ツギノムラノチカクデス』
『残りは?』
『イマセン』
盗賊を馬車で引っ張って次の村まで歩いた。
最後尾を僕が歩いたから盗賊も諦めて歩いていた。
夕方3つ目の村に着いた。
村に入った途端、待ち構えていた10人ほどの騎士と兵士に取り囲まれた。
おじさんが盗賊を捕まえた時の話を騎士にしたけど、威圧的に引き渡せと言われた。
「此処は私に任せて」
ムッとしたけどこの場は引き渡すしかないとおじさんに言われて、腹立たしいけどおじさんに任せた。
騎士が盗賊を連れていった後、おじさんは村長に会って僕が盗賊を捕まえたと書いて貰ってくれた。
「これでトオルはBランクになりますよ」
「Bランクに?」
盗賊を殺さないで捕まえると、報酬でギルドランクが上がるらしい。
Aランクにはなりたくないから、次から生け捕りは止めようと思った。
僕が昇格に良い顔をしないのを見て、おじさんがギルドランクの話をしてくれた。
「Sランク以上になれば城にも自由に入れますよ」
SSになれば王さまと対等な権力もあるらしい。
「城の中にか」
げんきんだけど、それが可能ならあの魔方陣と魔法使いが見付けやすくなると思った。
翌朝、兵士と盗賊は村から消えていた。
理由は分からないけど、おじさんから今のうちに村を出ようと急かされた。
「良かった。追い掛けては来ないようですよ」
おじさんの言い方に疑問を持ちながらも、その理由を聞くのは無知に見られそうで聞けなかった。
4つ目の村を経由してライトグリーンへ着いたのはライトを出て35日後だった。




