魔幻の灯籠
塵芥は碧空を寇掠し、東風が空際の遼遠まで散らせた。軌跡は流線状を描き、渦巻いたかと思うと、また衰耗して消えた。そして何処かで雨の余滴が涸渇する音が聞こえ、残響に乗せて塵芥がまた去来する。
気流に運ばれた塵粉は山嶺を二三すり抜けたかと思うと海原を通りすぎて陸を登臨したのち、さらに蒼波を越えた。やがて偏土の寺院の上空に至り、渦動しながら緩慢に降落した。
寺院は銀灰色の清輝を放ち、浅緑の瓦板が緻密に配祀されていた。円形の煙突が塵芥を集めて、僧侶たちが昼も夜も精細に経典を読誦し祈祷する。
呪願は魔幻の灯籠に火を灯した。昏蒙で蒼白な炎は明滅しながら像を結ぶ。紛い物の荒野が開展し黒塗りの傀儡が羊を食していた。羊は何度も同じように陵辱された。
羊は域土の何処にでも横たわった。横たわるたびに犠牲になった。
悪心は森林を木霊すると囁きに擾乱され四方を揺曳して鎮めなかった。対して慟哭は渓流を遡り淵源の谷底へと速やかに消えた。
葦原のさざめきは風雪に翻弄され、位相の反転した一本の茎が震動を嵩じながら折れた。
善も悪も譎詐だった。古の教えは何れの地でも秘密裏に棄却され、猩々の唸鳴にすり代わっていた。
嘆息は歯車の奏でる笛竹だった。悪罵は醜い諧謔に他ならなかった。
灯籠の炎はしばらく冬天の息吹を吸い上げたあと睡夢の中に帰去した。余熱も散逸すると灯籠は小さな石塔に戻った。魔幻に葬られた羊を顧みるものはもう誰もいない。乾いた東風が吹き、塵芥が再び還昇する。