ボーナスステージ
闇の支配者と名乗る少年が現れて、りん子に勝負を挑んできた。
少年の体は、水に落とした墨のような色に縁取られていた。まるで星空を人の形に切り取ったようだった。りん子は吸い寄せられるようにその色を見つめた。
「どうやって戦えばいいの?」
「そんなことも知らねえのか。バカな娘だ」
妙に大人びた、張りのある声だった。
湿り気を帯びた夜の空気に、少年は手をかざした。体にまとう闇色が、指先に集まっていく。
「見ろ、こうだ!」
少年の髪が逆立ち、黒い瞳が赤く光る。両手から電流を放ち、それが稲妻となって宙を走る。いくつもの星を散らし、光る。焦げつくような、暗い光だ。
「ステキね」
りん子は少年の背後に回り、思い切り突き飛ばした。
「だろぉ? まあこんな攻撃、お前みたいな凡人には逆立ちしたってぃあああああああー!」
少年は自分の放った雷撃の中に飛び込み、黒く燃えた。サンバイザーが溶け、Tシャツが煙を上げ、鬼のような形相で何かを唱えていたが、やがて聞こえなくなった。嫌なにおいの煙が立ちこめ、引いた時には雷撃も収まっていた。
りん子は焼け落ちた少年の四肢を拾い集め、むしゃむしゃと食べた。
「変な味」
食べきってしまうと、胃の辺りに小さな炎が灯ったような、温かい感触がした。それは体の内から外へと広がり、闇色のオーラになってりん子を包み込んだ。
「何かしら。これって、まるで」
「ははははははは! 引っかかったな!」
腹の底から少年の声が響いた。りん子は飛び上がり、下腹に手を当てた。太鼓のようにびんびんと震えている。
「いいか、よく聞け。お前は俺の新しい体だ。俺の思い通りに動き、歌い踊るのだ!」
「何言って……」
「問答無用! さあ、一曲目だ」
りん子の声が押し返され、少年の声が体中から吹き出した。
この手にあなたを託して
何もかも忘れて
私の声 私の闇
朝焼けなど消してしまいましょう
歌に合わせて、体を縁取る闇が羽ばたくように動いた。力強い歌声だった。気持ちがいいと思ったのは一瞬で、後には猛烈な疲労が襲ってきた。りん子の体を絞って、削って、少年は歌い続ける。
歌は一晩中続いた。喉が渇き、骨や筋肉がきしむのを感じた。それでも、まといつく闇に引っ張られて動き続けた。
とうとうりん子はばったりと倒れ、動かなくなった。
りん子の腹を割いて、少年は無傷で出てきた。着ぐるみを脱いだような気安さで、汗を拭いてその場にあぐらをかいた。
「やれやれ。楽しい夜はすぐ終わっちまう」
少年はりん子の体を両手でむしり取り、ばりばりと食べた。
りん子は暗がりの中にいた。痛みはなかった。急速に生気が戻ってくるのを感じた。裂かれても飲み込まれても、りん子の体はなくならなかった。
「な〜るほど。これが“新しい体”ってわけね」
りん子は箱の中の人形になったように、息を潜めた。少年が腹をさすり、立ち上がろうとしたのを見計らい、体をぐっと丸めた。少年は突然アスファルトの上を前転し、突き当たりまで行ったところで今度は後ろに転がった。
「んな、何しやがる!」
「でんぐりどんぐり、でんでんどんぐり」
りん子はでたらめな音程で歌った。少年は抵抗しようとしたが、潰れかけた虫が必死で手足を動かすようなものだった。
「すごーい。子供の体って軽いのねぇ」
りん子は駆け出し、爪先でスキップをした。ガードレールに飛び乗り、くるりと回り、通り過ぎる車に煽られては体を反らし、また起き上がった。
この柔らかさなら、道の向こう側まで飛べるんじゃないか。そう思って、車道に飛び出した。トラックのヘッドライトが、少年の体を浮かび上がらせた。星空の色をした影が歪み、無残な音を立てて引きずられていった。
「あら、死んじゃった?」
りん子はトラックの下から這い出した。道に張り付いた少年の残骸をできるだけ丁寧に剥がし、パンケーキのように畳んだ。冷たくなってしまっていたが、構わず口を開けてかぶりついた。
「よし。今度は俺の番だ」
腹の中で、少年が嬉しそうに言った。
そんなことを三日三晩繰り返していたので、二人の体は継ぎ接ぎだらけになった。りん子は自分の顔をさわり、肌がひび割れていることに気づいた。少年の顔も土気色になり、闇というよりも埃か黄砂をまとっているように見えた。
二人は私鉄を乗り継いで、温泉宿へ行った。海の見える露天風呂で、りん子は石垣にもたれて体を伸ばした。夜の海と、温泉と、雲の多い空が、境界をなくしてりん子を溶かし込んでいった。
「これよこれ、サイコーだなあ」
板仕切りの向こうで、少年が歌うように言った。
りん子は耳まで湯につかりながら、自分の体がちかちかと星色にまたたくのを感じた。