希望断絶〜新たな道〜
敬子達は一度、自宅に戻った。
家に着くと同時に敬子は泣いた。今までこらえていた様々なものが、堰を切ったように一気に吹き出す。
——我慢の、限界だった
「ごめんなさい。私の所為で、ごめんなさい」
両親に申し訳ないと思う気持ちが、より一層強くなる。
自分がもっと優秀であったら、きちんと巫女になれていれば、二人にこんな思いをさせずにすんだものを。
巫女に連なる家の者として、当然敬子は一生懸命巫女になる努力していた。だが、実を結ばなければ何の意味も無い。
——『巫女になれなかった娘を排出した家』
狭い村だ。これからしばらくは不名誉な噂が流れ、敬子の両親にとっても神楽の里は住みにくい場所となるだろう。
敬子の祖母は現役の巫女で、都の宮殿で暮らしている。
その祖母の双子の子供は敬子の父と麗華の父の二人だ。
敬子の父が長男なので、巫女の家系を引き継いだ。だから巫女の血は、敬子と同じく麗華にも流れている。
「敬子、一度里を出て都に行ってみるか?」
突然、敬子に向かって父が言った。
その言葉に不安になった敬子は、おそるおそる彼を見上げる。
「違う。麗華の侍女になれと言っているのではない。都を見てくるのもいい経験ではないかと思った」
「都に私が就けるような職などないわ。巫女に関すること以外は何も出来ないもの」
もはや麗華の侍女になる以外の道は、無いように思えた。
この神楽の里に残って惨めに暮らすか、よその村に嫁に行くか、麗華の侍女になるか。沈みきった敬子の今の心境では、そのくらいの未来しか思い浮かばない。
「私の叔母が都で薬師をやっているから、侍女が嫌になれば彼女を頼るといい。私からの文を持って行きなさい。彼女も巫女の妹だから、今のお前の心境が分かるだろう。お前の力になってくれるかもしれない」
薬師とは薬の知識に特化した医者のことだ。
確かに薬師になり、手に職を付ければ将来安泰ではある。
要するに、一応は麗華の侍女として都へ同行し、我慢ならなくなれば大叔母を頼れということのようだろう。優しい父の提案に感謝した。
それほど上手くいくのか不安だが、先ほど脳裏に浮かんだ三択よりは救いがある。
敬子は、父の用意してくれた逃げ道に縋る事にした。
「そうする。今まで巫女になることしか考えて来なかったから、いい機会かもしれないわ」
「ああ」
父はそう言うと、優しく敬子の髪を撫でた。
※
このままだと敬子の人生は彼女にとって暗いものになるだろうと、敬子の父は思っていた。
矜持の高い敬子が麗華の侍女役を不満に思わないはずがない。
だが、今の敬子がこの里で幸せになることも難しい。心ない噂におひれが付き、隣村にまで敬子の話は広がっている。
敬子は巫女に関する事しか知らない。今まで巫女になる事しか考えてこなかった娘が、突然その道を断たれたのだ。
その心痛はいかほどのものだろうと、親ながらに心苦しくなる。そして、都へ行けば娘の物の見方も変わるかもしれないと一塁の望みを抱いてしまう。
狭い里で暗い一生を過ごすよりも、新しい土地で真っ当な人生を見つけて欲しい。
そんな親心に気づいているのか、敬子は不安そうに両親を見る。
「お父さんとお母さんも、一緒に来る?」
「私たちはここでしか暮らせない。まだ役目もある。都へは一人で行くんだ」
他人の感情に聡い娘だ。
敬子はどこかで予想していたように、寂しそうに目を閉じた。
※
両親の言うことはもっともだと、敬子は心のどこかでそう感じていた。
だが、不安は拭うことができない。
父と母は、いつも敬子のことを考えてくれる。敬子が巫女に選ばれなくて自分たちの立場が悪くなっても、敬子を責めるどころか慰め、助けてくれた。
敬子にはそれが有難く、同時に申し訳なかった。
両親のもとを離れることは辛い。
けれど、このまま里で腐るよりも、都に出て少しでもまともな人間になった方が彼等を喜ばせることに繋がるのではないだろうか。
巫女にはなれないけれど、今よりもましなものになりたい。胸を張れる人生を送りたい。
敬子は震える唇を開いた。
「……私、都に行く」
十二歳の敬子は決意した。
この決断が後の彼女の人生を大きく変えることになる。