番外編 豪也と香葉(前編)
久しぶりに「ミコナレ」投稿。番外編です。
敬子の師匠である豪也と、彼と契約している妖の香葉。二人がメインの話です。
ちょっと暗め、すみません。前編と後編の二話で完結。
——後悔
豪也に出会って、その言葉の意味を香葉は初めて知った。
「あんな契約、結ぶんじゃなかった」
明るい夏の山は茂った緑で溢れ、生命力に満ちている。
山に暮らす生き物達も、活発に動く時期だ。
空には小鳥が飛び交い、地には野鼠や野兎が駆け回っている。
香葉達は、雪峰山という山で暮らしていた。遠方からの妖退治の仕事依頼がないときは、ここを拠点にしているのだ。
豪也の建てた山小屋の一角に腰掛け、香葉は窓から外を眺めていた。
この時期は、植物の妖である香葉にとっても、過ごしやすい季節だ。
外では、敬子が額に汗を流しながら、豪也と刀の稽古をしていた。
暑さでへばりながらも、敬子はなかなか健闘している。
香葉が敬子と出会って、丸一年が経っていた。
この間、敬子は退治屋としての技術を豪也に叩き込まれていたが、音を上げることなく真面目に修行を続けている。
元々、適性があるのだろう。
敬子も、香葉が拾った。
正確に言うと、拾ったのは豪也ではあるが。豪也が敬子を拾ったのは、香葉が彼女を認めたからだ。
元々、敬子は巫女になるために育てられた少女だった。その世間知らずぶりは、妖である香葉をも上回る。
次代の巫女として育てられながら、巫女になれなかった不運な少女。
そんな彼女は、自分の代わりに巫女になる少女に付き添い、都へやってきた。
しかし、到着するまでに妖に襲われて巫女の一行と逸れてしまった。そこを、香葉達が見つけたのだ。
良い拾い物をした。香葉は、そう思っている。
敬子を拾ってからの豪也は、以前よりも明るく元気になった。寡黙な彼にしては珍しいことに、敬子に厳しい稽古をつけている姿も、どこか楽しそうに見える。
豪也が敬子を拾い、退治屋として育てている最大の理由。それは、香葉のためだ。
他に、敬子の手に職を付ける、友人で敬子の叔母でもある加世に頼まれた等という理由もあるだろうが、そんなものは後付けだ。
豪也は、自分の死んだ後に妖である香葉が一人悲しまないように、寂しくないように敬子を残そうとしているのだ。
彼は、そう遠くないうちに訪れる自分の死を、予期しているのだ。
「僕は、豪也がいればそれでいいのに」
香葉は、豪也の弟子である敬子のことは気に入っている。一緒に暮らしていて、まだ香葉の胃に収まっていない人間なんて、奇跡だ。
けれど、香葉が真に必要としている人間は豪也だけ。彼に、死んで欲しくはなかった。
たとえ、その死の原因が、文字通り自分の撒いた種であったとしても——
刀の稽古が終わり、豪也が小屋の中に戻ってきた。
豪也は、棚の上に置かれている水差しを引っ掴むと、ゴクゴクと水を喉へ流し込む。
「香葉、折角のいい天気だ。外へ出なくていいのか?」
「いいよ、ここからでも充分に日の光を浴びれるもの。敬子は?」
「加世の家へ向かった。薬を取ってくるよう、俺が使いを頼んだ」
不意に、ゴホゴホと豪也が咳き込んだ。埃のせいではない、肺が苦しいのだろう。
種から伸びだ根は、着実に豪也の体を蝕んでいる。
敬子が加世の元へ取りにいった薬は、豪也の苦しみを和らげるためのものだ。
不安げな香葉の視線を感じ取ったのか、豪也が彼に話しかけてきた。
「なに、心配無用だ。俺は、まだくたばらない」
香葉は、豪也の言葉を受けて俯く。
初めは、力を与える代わりに彼の体に根を張り、新たな自身の苗床とするつもりだった。
けれども、監視も兼ねて共に暮らすうちに、情がわいた。
自分は豪也を気に入っているのだと自覚した時には、もう手遅れだった。
一度、人間の体に張った根を、取り除いて元に戻すことはできない。
豪也が香葉を責めることは無い。
けれど、香葉は時折、激しい後悔の念に苛まれるのだった。
後編に続きます。




