事件の後
「敬子……貴女に巫女の座を返すわ」
食事を終えた香葉を連れて豪也達の元に戻ると、駆け寄ってきた麗華が唐突に敬子に告げた。
「巫女の座を返す?」
「ええ……今回の件で分かったの、私よりも貴女の方が巫女に相応しいと。敬子は妖にも動じないし、結界だって張れるもの」
「返さなくてもいいよ。私は、巫女になる気はないもの」
「……でも、敬子」
戸惑いを隠し切れない麗華に向かって、敬子は過去に豪也に言われた話をする。
「巫女なんて、本当は必要ないのよ」
「そんな。どうして、そんなことを言うの?」
「他を見捨てて宮殿だけを守る巫女なんて、私は必要だとは思わない。どうしても必要だと言うのなら、貴女がなれば良いじゃない。私は、今のまま退治屋を続けるわ」
麗華は少しだけ逡巡し、やがて意を決したように敬子を見た。
「本当に、巫女になる気はないのね?」
「……くどいわよ」
「……そう。……なら、やっぱり私が巫女になるわ。結界だってお祖母様に教わる。敬子は巫女なんて必要ないと言うけれど、私はそれでも巫女がいなくていいだなんて思えないの」
麗華は、黙って祖母の菫子を見た。敬子も同じように彼女を見つめる。
「でも、今までと同じような形の巫女が良いとは、私も思わない。私は、今までにない巫女になって、宮殿や国全体の状態を改めるわ」
麗華は、何やら壮大な決意をしたようだった。
「黒鵜……」
麗華は、傍らに捕えられている男に目を移す。
「何ですか、麗華様」
黒鵜は捕えられても尚、不遜な態度を崩さない。
今回の件に関しても、彼は全く罪悪感を抱いていないようだった。
「手伝いなさい。貴女は宮殿内のことや、政全体に詳しいでしょう?」
「まさかまさか、私は巫女様の使いっ走りでしかありませんよ」
「嘘おっしゃい。あなたが影で暗躍していた事は、もう皆の知る所です。今の宮殿はほぼ、あなたが動かしている……ここには、あなたの息のかかった役人しかいないわ」
麗華の言葉に、黒鵜は面白そうに目を光らせた。
「私とお祖母様とあなたで、この宮殿を改革し……巫女の役目を改めるの」
敬子には、それは夢物語に思えた。
だが、麗華は本気だ。彼女はいつも本気で、だからこそ手に負えない。
「私には関係ないし、勝手にすれば? その代わり、もう二度と豪也さん達を巻き込まないでよね……今回、あなたの為に出た犠牲を忘れないで」
麗華の依頼のせいで、退治屋達には多大な被害が出たのだ。
危険な任務と分かっていて退治屋達も参加したのだから、麗華一人に文句を言っても仕方が無い。
だか、今回は壮年の退治屋二人に弟子連れの退治屋四人、それに次郎が犠牲になった。真も大怪我をしている。嵐を見ると、表情を無くして部屋の隅に蹲っていた。
今回の任務で失ったものは、大きい。
その代わり、敬子には得たものがあった。
鼠退治に参加して、敬子は気付いたことがある。妖と契約している退治屋と、契約していない退治屋の差についてだ。
香葉と契約している豪也の存在が無ければ、鼠を倒すことは難しかっただろう。それくらい、契約の差は大きいものだった。
豪也は今も、体内にある香葉の根の成長に苦しんでいる。
今回の依頼で、香葉の力をたくさん使った代償だ。力を使えば使うほどに、香葉の根は広がっていく。
無表情に座っているかのように見える豪也だが、彼は時折苦痛に顔を顰めていた。
香葉は、それを後悔しているかのように、近くで暗い顔をしている。
それを見ていた敬子と目があった彼は、言い訳するかのようにボソリとつぶやいた。
「種なんて飲ませるんじゃなかった……と、時々後悔するんだ。今更、取り返しがつかないけどね」
契約した当初、香葉は豪也に対してそれほど懐いていなかったのかもしれない。
だが、今では契約を後悔するほどまでに、香葉の中で豪也の存在は大きなものとなっている。
「敬子も、妖と契約するときは気を付けなよ。何なら、僕が相手を見極めてやっても良い」
「遠慮しておくわ、まだ妖と契約する気はないの」
契約による力の差を見せつけられてもなお、敬子は妖との契約に躊躇してしまう。苦しむ豪也の姿を見ると尚更だった。
臆病だと自分でも思うが、こればかりはどうしようもない。
「ま、それもいいかもね。万が一、妖にやられたら、僕が敬子の亡骸を食べてあげる」
「死んだ後のことは分からないから、香葉の好きにすれば良いわ」
「ふふふ、約束だよ」
香葉が、怪しく目を光らせる。
けれど、その表情はどこか満足そうに見えた。




