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思慕の情を持つ妖

 菫子の予想した通り、鼠は話が出来るようになった。

「六角、お前の名前は、六角というのか……」

 菫子の問いかけに、鼠は頷いた。その仕草はまるで人間のようである。

「そうダ、都に済んでいル妖ダ」

 見た目は相変わらず小さな鼠のままだが、人間並みの知能を持つようになった六角。

 菫子は六角という日々の話し相手を得たことを単純に喜んだが、人間並みの知能を持った妖がどういう行動に及ぶのかまでは考えなかった。

 六角は毎夜、密かに菫子の爪を齧り、髪を食した。

 そうすることで、菫子が気付かないうちに六角は徐々に妖としての力を強めていったのである。

 菫子が気付いた時には、もう全てが手遅れだった。


 菫子の前では小さく無害な鼠姿だった六角。

 だが、彼は、彼女の知らない場所で宮殿内の人々を食い散らかしていた。

「六角……お前、宮殿の人間を襲ったのかい!?」

 そのことを知った菫子が怒りを込めた目で睨みつけても、鼠は反省する様子を一切見せない。

「どうした? 菫子、菫子……」

 親しげに話しかけてくる六角は、流暢な言葉を話す完全な人間……宮中で働く青年の姿に化けていた。

 彼は、返り血で真っ赤に染まる顔で、菫子に無邪気に微笑みかける。

 足下に転がる食いちぎられた使用人の死体などまるで気にしていない様子で。


 自分の連れ込んだ妖がこんな状態になるまで、菫子何も気付けなかった。

 これが彼女の三つ目の過ちである。


 菫子にはもう、六角を止めることは不可能だった。

 徐々に浸食されて行く宮殿内部に、菫子だけでは物足りないのか、時期巫女にまで手を出そうとする六角。

 菫子は、宮殿に連れて来られた孫の麗華を、六角が眠っている隙に外へ逃がした。

 だが、六角はそんな菫子の心情など理解しない。

「菫子、どうした? 心配いらない、菫子は食べない」

 六角は出会ったときと同じ、円な瞳で菫子の顔を覗き込む。

 そこには罪の意識など微塵も無く、単純な思慕の感情だけが存在していた。


 だから、菫子は六角の凶行を恨みつつも嫌いきれなかったのだ。

 そして今、菫子の目の前には彼女を庇い血を流す鼠の妖の姿がある。

「六角!」

「……菫、子」

「そこをお退き、六角! このままでは、お前、死んでしまうよ!」

「グッ……退いたら、菫子が怪我、する」

 六角は、香葉が振り下ろす木の腕から必死に菫子を守った。


※※※


「か、香葉……?」

 結界の内側から、敬子は戸惑いの混じった声を上げる。

 香葉が祖母を狙うと、それを見た巨大鼠が身を挺して彼女を庇ったのだ。

 まるで、そうすることが分かっていた様な香葉の一連の動きに驚き、敬子は彼を凝視する。


「敬子、何その顔」

 香葉は屈託の無い顔で、こんな状況なのに面白そうに笑っている。その間も、彼の腕は巨大鼠に何度も振り下ろされていた。

「どうして、あの人を狙ったの? 巨大鼠が庇うって分かっていたの?」

「ん? ああ、分かるよ……あの妖は僕と同じだ」

 香葉の言っている意味が分からず、敬子は首を傾げる。

「敬子は物分かりが悪いね。僕にとっての豪也が、あの妖にとっての現巫女ってことなんだけど」

 彼の腕がまた振り下ろされ、鼠の苦悶の声が響いた。


 巨大鼠は尚も祖母を庇い続けている。

「ああ、もう止めておくれ! 六角、六角!」

 菫子の叫びも空しく、巨大鼠はついに床に崩れ落ちた。

 巨大鼠が崩れ落ちると同時に、小さな鼠達が蜘蛛の子を散らす様に四方に散って行った。親玉の様子から形勢不利と判断したようだ。

 黒く蠢いていた床が、ざあっと波のように引いていく。


「六角……っ」

 巨大鼠の隣で泣き崩れる菫子を、敬子は黙って横目で見ていた。香葉の言っていた意味を、ようやく理解しながら。

 あの鼠は祖母を慕っていた。それは香葉が豪也を慕っているのと同じなのだ。

 傷だらけになっても、まだ祖母を守ろうとするくらいに、鼠は彼女を大切に思っている。


 巨大鼠は、菫子を食べずに麗華や敬子を狙おうとした。

 菫子を食べられなかったのだ。

 だから、あの鼠は他の巫女を用意しようとしたのだろう。

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