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泣きっ面に蜂

 子供たちが花を持って麗華の輿を取り囲んでいる。

 その周りには里の者達や、どこで聞きつけたのか隣の村から巫女を一目見ようとやってきた者達が大勢集まっている。


 敬子もまた群衆の一角にいた。

 里長の娘として、この見送りには嫌でも参加しなければならない。まるで、拷問のようだ。

 里の者たちは、長の娘でありながら巫女に選ばれなかった敬子をどういう目で見ているのだろう。

 早くも敬子は、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


 人々は巫女に選ばれた麗華を称える一方で、選ばれなかった敬子を憐憫の目で見つめ、声を潜めて仲間内で何事か囁くのだった。

 里の者たちは皆、手のひらを返したように麗華や麗華の家族に群がったが、敬子は別段驚くこともなくそれを見つめていた。


 昔から敬子は、意味もなく自分を褒め称え媚を売る里の者たちの裏の心を敏感に感じ取っていたのだ。

 里長の娘だからちやほやしてくれているだけ。それを何の感慨もなく冷静に受け止めて眺めている、そんな可愛げのない子供だった。


 敬子の両親はあの後、巫女に選ばれなかった敬子を一言も責めなかった。

 それどころか敬子を気遣い、励ましてくれた。

 大勢の前で恥をかいた上に、代々自分の家に続いていた巫女の一族の権限を失ってしまったというのに。そんな両親を見るたび、敬子は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。



 都からの使者達が麗華の輿に並び、隊列は出発しようとしている。

 敬子がふと前を見ると、偶然にも黒鵜と目が合った。慌てて目を逸らしたが、黒鵜はこちらに歩いてくる。

 敬子は彼が苦手だった。巫女決定の席で容赦ない言葉を自分に投げつけたこともそうだが、彼の真っ黒な瞳は敬子の卑屈な考えを全部見通しているように思えて、居心地が悪くなるのだ。

 黒鵜は敬子の前で立ち止まり、口を開いた。


「敬子殿、もしよろしければ、麗華様の侍女として都に来てくださいませんか?」

「は?」


 何を言い出すのだ。この男は——

 敬子を巫女に選ばなかっただけでなく、この上巫女の座を奪った女の侍女になれと。どこまで自分を追い詰めれば気が済むのか。

 あまりのことに、敬子は思わず言葉を失った。


 冗談ではない。麗華に仕えるなんて、まっぴらごめんである。

 一生劣等感にさいなまれながら、麗華に傅いて過ごすなんて絶対に嫌だ。


「申し訳ありませんが、私は里に残り両親を支えていきたいと思います。巫女様の侍女にはなれません」


 動揺しつつも、敬子はやんわりと申し出を断ったが、意外にも黒鵜は食い下がった。


「都で侍女として働き、両親に仕送りをされるほうが、このまま里に残って過ごされるよりもよほど良いかと思いますが」


 もっともな意見だ。

 やはり、十二歳の娘の浅知恵に折れてくれるような黒鵜ではなかった。

 黒鵜の言う通り、侍女として都で働くほうが、たくさんの賃金をもらえるだろう。

 巫女を輩出する一族としての両親の権限が弱まってしまった今、侍女の仕事は敬子に取って悪くない話だった。

 この先、村に居辛くなるであろう自分のために、黒鵜は善意で申し出てくれたのかもしれない。


 けれど、敬子は麗華の侍女になるのは気が進まなかった。

 黒鵜の見透かしたような態度も気に入らない。

 敬子には、まるで黒鵜が敬子のひねくれた内面を全て見抜いた上で、意地悪く自分を追いつめているように思えるのだ。


「巫女の知識を持つ敬子殿が一緒の方が、麗華様も心強いでしょう。お願いできませんか?」


 使者達の間に話が広がっていく。皆、敬子を侍女にと頼み込んできた。

 この状況は非常にまずい。だんだん断りにくくなってくる。


「いい話じゃあないか、麗華の為に行っておやりよ」


 口を出したのは、麗華の母方の叔母、民子だった。

 彼女は、近所では口やかましいことで有名な女性だ。敬子はずけずけと自分の意見を振りまく彼女が苦手だった。

 民子は、今回の麗華の巫女入りについて隣の村まで噂を流しに行った張本人でもある。

 何かと他人の事情に首を突っ込まずにはいられない性質で、おまけに無神経な人物だった。


「巫女になれなったあんたを、わざわざ都に連れて行ってやろうと言って下さっているんだ。有難いとは思わないのかい」


 勢いづいた民子は、敬子に向かって説教をする姿勢に入った。

 以前なら、民子も敬子に多少の気を使っていた。少なくとも、このような暴挙には出なかったはずだ。

 だが、今や神楽の里の権力は巫女を排出した麗華の親族に移りつつある。

 それを民子も分かって言っているのだ。


「それとも、敬子。あんた、麗華が巫女の座に就いたからって、ふてくされているのかい?」


 敬子はぎくりとした。

 民子は何も考えずに喚いているだけだ。

 しかし、今の敬子の心境を言い当てられているような気がした。


「図々しいったらないね。もともとうちの麗華の方が、何につけてもあんたより出来がいいじゃないか。誰が見たって麗華の方が巫女に相応しかったのさ」


 そう言うと、彼女は意地悪く笑った。


「民子さん、いいかげんにしないか」


 見かねた麗華の父が、止めに入ってくれた。

 しかし、敬子は民子のあまりの言葉に呆然としていた。


 常々自分が気にしていたことを、全て彼女に暴露されたのだ。民子は正しい。

 村人たちの目が痛かった。この先、村に残っても都へ行っても同じように辛い思いをするのかもしれない。

 敬子は俯き、涙が出そうになるのを必死でこらえる。


 ふと、後ろから手を引かれて振り返ると、敬子の父と母が立っていた。両親ともに複雑な表情を浮かべている。

 里長である敬子の父が、黒鵜に向かって言葉を掛けた。


「黒鵜殿。急な話ですので、娘も返事に迷っているのでしょう。少し話し合いたいのですが」

「……巫女の輿は午の刻に出立します。それまでに結論をお聞かせ下さい」


 敬子の父の言葉に黒鵜は無表情に答えたのだった。

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