退治屋達の戦い
「次郎! 戻った!」
嵐が一つの部屋に飛び込んだ。
その部屋の周りだけ、床が血で濡れている。奥にある襖の前には、黒く長い物体が転がっていた。
敬子は、暗闇に転がる物体に目を凝らす。
「あ……この人」
それは、仲間の退治屋の一人だった。壮年の男二人組の退治屋のうちの一人だが、彼は既に事切れている。
自分よりも、よほど玄人であるはずの退治屋の死を目の当たりにして、敬子は足が竦んだ。
部屋の中は異様な空気に包まれていた。
入ってすぐの場所に、巨大な鼠の妖が一匹血を流して倒れている。その鼠のすぐ側で、大怪我を負った次郎がうつ伏せになっていた。
彼は必死に立ち上がろうとしているが、かなりの深手を負い、力が入らない様子だ。
「……次郎!」
次郎の姿を目にした嵐が、悲痛な声で叫んでいる。
「次郎、もう大丈夫だ。助けを呼んできたからな!」
奥には二匹の鼠を相手に、苦戦を強いられている真がいた。
それを見た豪也は、真に迫っている鼠に刀を向け、後ろからその背に切り掛かる。
香葉によって力を強化されている豪也の腕で振るわれる刃は、鼠の皮膚に深々と刺さり、その身を抉って切り裂いた。
鼠が断末魔の叫び声を上げる。
契約をしている退治屋とそうでない退治屋とでは、こうも力が違うものなのか……
敬子は唖然として彼等を見つめた。
その直後、敬子のすぐ脇からもう一体別の黒い影が現れ、退治屋の三人の弟子達のうちの一人に飛びつく。まだ、別の妖が残っていたのだ。
「うわあっ!」
襲われた弟子の背には、深い爪痕が走り、肉がそげて内蔵が見えている。
弟子はしばらく痙攣していたが、やがて倒れて動かなくなった。助ける事は不可能だった。
すぐに、怒り狂った彼の師が、鼠に槍を深く突き刺した。槍は鼠の皮膚を破り、その体を串刺しにする。
敬子は自分の体温が一気に引いていくのが分かった。隣にいた敬子が、いつ襲われてもおかしくない状況だったのだ。
たまたま、運の悪い退治屋の弟子が狙われただけで。
敬子は急いで、親子連れの退治屋の子供の方に声を掛け、自分たちの周りに結界を張った。
先程のような急な不意打ちを避ける為だ。他の弟子達にも声を掛けたが断られた。自分たちは立てこもるようなことはしたくないという。
確かに彼等は敬子よりも退治屋歴が長い。対処できる術があるのならば、と敬子は無理強いすることはやめておいた。
敬子は、結界の中で他の退治屋達の様子を眺める。
数人は、敬子の結界を見てぎょっとした表情になったが、直ぐに気持ちを切り替えて妖退治に臨んだ。
隣では、子供の退治屋が真っ黒な瞳で敬子を見上げていた。
「今の私に出来るのは、足手まといにならないこと」
自分の実力は痛い程、良く分かっている。
悔しいが、今の敬子では、とてもあの鼠を倒すことなんて出来ないだろう。
「敬子、こいつらも結界の中に入れろ」
降ってきた豪也の声に顔を上げると、彼が次郎と真を救出し、引きずってきたところだった。
「……分かった!」
敬子は二人を結界の中に引き入れる。二人とも、大きな怪我をして弱っていた。
豪也が彼等を助けている間、親子連れの退治屋の親の方と、三人の弟子を連れていた師が鼠に向き合っていた。
一匹を倒したと思っても、どこからともなく別の鼠が現れてキリがない。
「香葉……」
鼠と戦っていた豪也が、低い声で香葉に呼びかけた。手伝えと言う意味らしい。
「えーっ! 鼠は嫌いだよ、僕の根っこを齧るんだもん!」
口では文句を言っているけれど、香葉は手伝う気のようだった。
香葉が腕を伸ばすと、彼の手の先から固い根が伸びた。
根は香葉の体から遠ざかる程に太く大きくなり、鼠達を絡め取る。部屋の近くにいた他の鼠にも彼の根は容赦なく巻き付いた。
香葉に捕まって身動きが取れなくなった鼠を、豪也が容赦なく切り捨てていく。
生臭い血の匂いと獣臭が、辺りに漂った。
やがて、部屋にいる鼠は全員退治屋達に駆除され、息絶えた。
退治屋達は引き続き辺りを警戒する。
しばらくすると、部屋の外から大きな悲鳴が聞こえた。甲高い、女の声だ。
「麗華?」
忘れていた。そういえば、口うるさい彼女がいない。
敬子は最初、麗華も近くに隠れているのかと思っていたのだが、違ったようだ。
来る途中で、一人逸れてしまったのだろうか。
退治屋達は、顔を見合わせると、声のする方向へと走り出した。
敬子も彼等に続こうとしたが、次郎が動けないことに気付く。彼は、ぐったりとしており、呼吸も浅い。
「俺が運ぶ。こんなところに置いておけねえ……本当は、直ぐにでも連れ出してやりたいが」
敬子のいる方へ駆けてきた嵐が、次郎を背負った。
今は、一人逸れることの方が、より危険だ。
「危なくなったら彼の周りに結界を張るわ……」
敬子も、子供の退治屋の手を引いて歩き出す。
真は、何とか自力で歩けるようだ。次郎よりは傷が浅いらしい。
部屋を数室抜けたところで、敬子達の目の前に巨大な黒い影が立ち塞がった。
今までに見た妖とは、桁違いの大きさの鼠だ。
部屋に入りきらないのか、その鼠は四つん這いになって立っている。しかし、その体は部屋の半分を占めていた。
部屋の残りの半分では、普通の小さな鼠達がひしめき合っており、足の踏み場もない。
部屋の中から溢れた鼠達が、敬子達の足下をぞろぞろと這った。
「ひっ……」
鼠が苦手な敬子の肌に、一瞬にして鳥肌が立つ。
近くにいる香葉は片っ端から、ひょいひょい鼠を摘んでは口に放り込んだ。
敬子は、別の意味でも鳥肌が立ちそうである。
強大な鼠は、何かを片手に持っている。人のような細くて小さい何か……
それは見た事のない老女だった。
老女の向こう側には、腰を抜かしてヘタっている麗華と、彼女の側で余裕の表情を浮かべて立っている黒鵜がいる。
敬子は自分の体の内側から、沸々と怒りが湧いてくるのを感じた。
自分や空や海を見殺しにした憎い男が、目の前にいる……
「あいつも黒幕だったの……?」




