客人
「変わった子犬ですね、敬子様」
敬子が拾った妖犬の子犬を見た空が言った。
これから、宮殿に乗り込むにあたって色々と準備が必要になる。
宮殿へ行っている間、子犬の世話を空と海に頼もうと思い、敬子は叔母の家を訪れていた。
「私が宮殿へ行っている間、この子をお願いできない? 妖犬の子犬なのだけれど、怪我をしていてまだ歩けないの……人に危害を加えることはない妖よ」
過去に妖に襲われたこともある彼女達だ、世話を拒否されても仕方がないことだった。
「敬子様が拾われたのですか?」
「うん、今にも死にそうだったから……」
「人を襲うことは、ないのですね」
「小型の家畜を食べるけれど、人は食べないって豪也さんが言っていたわ。大人しいし、私も噛まれたことは無いの」
白い子犬は、今も大人しく敬子に抱かれている。
時折、小さな桃色の舌で敬子の手をペロペロ舐めた。 それを見た空の顔が緩む。
「可愛い……普通の犬と変わらないですね。抱いてもいいですか?」
「勿論」
敬子は、そっと子犬を空に渡した。子犬は大人しくされるがままになっている。
「あ、敬子様! 姉さんも……それは何ですか?」
おそらく仕事中だったであろう、海も傍にやって来た。
空の腕の中にいる白いふわふわした塊に目を向ける。
「子犬よ、妖犬の」
空が穏やかな笑顔で答えた。空は子犬のことを受け入れてくれたみたいだった。
しかし、海は妖と聞いて戸惑いの表情を浮かべている。
「大丈夫、人は襲わない妖なんですって。ほら、こんなに小さくて可愛らしいのよ」
空はそう言うと、腕の中の子犬を空に見せた。子犬は顔を上げて黒い瞳で海を見上げている。
「……可愛い。それに大人しくてお利口なのね……あら、怪我をしているのかしら」
海が子犬の包帯に目を留めた。
「そうなの、治ってきてはいるのだけれど。加世さんに診せたいものの、家に麗華がいるから中々妖のことを言い出せなくて……」
麗華は、妖全般に良い感情を持っていない。
駆除しろなどと言われたら、たまったものではなかった。
「麗華様は巫女様ですからね……」
空と海の二人も苦笑いを浮かべた。敬子と同じことを頭に思い描いたのかもしれない。
「分かりました。加世さんに言って、許可を貰えたら私達で面倒を見ます」
海も子犬を預かることに異論はない様子である。
敬子は、ほっと胸を撫で下ろした。
「麗華様には分からないように、隠れてお世話をします。見つかったら、普通の子犬だと言っておきましょう……加世さんも協力してくれるでしょう」
「面倒かけてごめんね、今度薬草摘みを手伝うわ」
「いいえ! 敬子様は私達の命の恩人ですから、これくらいどうということはありません」
姉妹は、勢い良く申し出を断った。
敬子には雑草摘みの前科があるので、遠回しに拒否されたのかもしれない。
※
豪也に協力してくれるという退治屋達の第一陣が、彩夏にやって来た。三人組の男達だ。
「よく来てくれた、久しぶりだな」
大叔母の家で、豪也が彼等を出迎える。
香葉と敬子、加世達も一緒だ。
「よう、豪也! お前、弟子取ったんだってな。そっちの可愛らしいお嬢ちゃんか?」
この退治屋は豪也と同じ年頃に見えるが、彼とは違って快活な性格のようだ。
麗華の方を指差してにやにや笑いを浮かべている。
彼の後ろには青年と少年が控えていた。
麗華は可愛いと言われてはにかんだ顔をしているが、敬子は不機嫌な気持ちを表情に出さない様に顔を逸らしていた。
「違うだろ次郎、退治屋がそんなお綺麗な肌をしているかよ。どう見てもこっちだ」
敬子と同じ年頃の少年が、海を指差す。
遠回しに肌が綺麗ではないと言われた海の顔は、傍目にも分かる程引きつっていた。
「ちがうよ嵐。こちらのお嬢さんだろう、彼女のほうが思慮深く落ち着いて見えるよ」
青年の言葉を聞いた空が、瞬きしながら頬を染める。
「豪也、覚えているとは思うが弟子の真と嵐だ。二人とも大きくなっただろう」
次郎と呼ばれた男は、二人の弟子の頭に手を置いて得意げに言った。
三人とも豪也の知り合いのようだ。
「……俺の弟子の敬子だ」
そんな空気の中で、豪也がぶっきらぼうに敬子を紹介した。
次郎達は驚いた様に顔を見合わせる。
敬子は、いたたまれない気持ちになった。
この三人は敬子を退治屋だとは思ってくれていなかったのだ。
「敬子です」
挨拶が多少素っ気なくなってしまったのは、仕方のないことである。
敬子の視界の端では、その様子を見た香葉が必死に笑いを堪えていた。




