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怒り

 敬子は豪也の家へと向かうべく、黙々と山を登っていた。

 どうも自分は麗華が絡むと冷静ではいられないらしい。巫女の一件の後からは特に。


「びっくりした、敬子が巫女にあんな態度を取るなんて……人間って面白いね」

「自分でも最低な態度だと分かっているわ……頭に血が上っていたの、反省している」


 退治屋だから、言われた通りに妖怪を退治して当然という態度を取られたことが、許せなかったのだ。


「ああいう醜さこそ、人間らしい魅力でしょう? 僕は好きだな……」

「香葉って変わっているのね、私の汚い根性が好きだなんて」


 妖は独特の価値観を持っている。

 その中でも、華葉は特に変わっていた。


 敬子は麗華の件を豪也に知らせたくなかったが、黙っているわけにはいかない。

 仕事を受ける受けないは豪也が決めることだからだ。

 麗華は、妖蜥蜴の言っていた巫女の首飾りをしていなかった。おそらく祖母に預けてきたのだろう。

 でなければ、巫女となった麗華は、大叔母の家へ辿り着くまでに妖に襲われているはずだ。


 彼女が彩夏へ来たからといって、加世まで被害に巻き込まれる可能性は少ないだろう。

 加世も、それを知っていて麗華を家に留め置いている。


「あの女に関しては、僕も敬子に同感。巫女のために豪也が出張ることないよ。豪也は、あの巫女と違って仕事に命をかけているからね……あの女、食べていいかな」


 また香葉が不穏な言葉を口にし始めたので、敬子は無言で豪也の家へと急いだ。

 敬子の話を聞いて、豪也は唯一言「そうか」と言った。寡黙な彼は、必要最低限の言葉しか話さないのだ。


「豪也、断るよね? 宮殿になんか行かないよね?」


 そう言って、香葉が豪也に責付くが、彼はため息をついて首を振る。


「……俺は、この依頼を受けるつもりだ」

「「どうして?」」


 敬子と香葉が声を揃えた。

 豪也の身の安全に関することについてだけは、意見が一致する一人と一匹である。


「現在の巫女が倒れれば、その後は次世代の巫女が目をつけられるだろう。そうなれば、下手をすると敬子まで狙われる可能性がある……」


 豪也は、敬子の身を案じていたのだった。


「でも、豪也さん……」


 敬子は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。これでは、自分が豪也を巻き込んでしまったようなものである。

 しかし、それと同時に、豪也が敬子の身を案じてくれたことに喜びを抱いてもいた。

 そんな浅ましい自分が嫌で恥ずかしい。

 心の内を知られてくない敬子は、思わず視線をそらせて俯いた。


「敬子、心配はいらない。俺一人だけで、その依頼を受けるつもりはないからな」

「……どういうこと?」

「退治屋仲間に連絡してみる。宮殿からの依頼だ、報酬目当てに人数が集まるかもしれない」


 香葉はまだ不服そうにしていたが、それ以上何も言わなかった。



「じゃあ、お祖母様を助けてくれるのね」


 退治屋一行の心境と反比例するように、麗華の声が弾んでいる。


「ああ」


 対する豪也の声は、そっけないものだった。


「……人数も集まったことだしな」


 宮殿の妖退治には、豪也の呼びかけもあって、五組の退治屋が集まった。

 高額報酬の依頼は、危険なものであっても多くの退治屋を惹き付けるのだ。


 敬子は先程から不機嫌な香葉が麗華をじとりと見ているのが気になった。

 さすがに、麗華を食べだすことはないだろうが、不穏な空気を感じる。


「香葉……その、ごめん……」


 今回の件は、敬子にも責任がある。豪也は敬子を護る為にこの依頼を受けたようなものだからだ。

 香葉は、敬子に視線を移すと、淡々とした声で言った。


「敬子。申し訳ないと言う気があるのなら、責任を取ってくれるの?」

「私にできることなら取るけど、どうやって?」

「即答だね」


 少し意外だという風に香葉が方眉を上げた。


「私だって、豪也さんを巻き込みたくなんてなかったもの。出来る範囲でなら、何でもするわ……アンタに食べられるのはごめんだけどね」


 食べられるのは嫌だと予防線を張っておかなければ、今の香葉は危険だと感じられる。

 本当に敬子を襲いかねないと本能が警告を発していた。


「豪也が護ろうと決めた者を、僕が食べる訳ないじゃん。僕は豪也の意思は尊重するようにしているんだ」


 信ぴょう性のない返答をする華葉に、敬子は尋ねた。


「だったら、私は何をすれば良いの?」

「宮殿に一緒に来て。自分のことなんだから、最後まで見届けなよ」

「うん、元からそのつもりよ。自分だけ安全な所にいて、面倒事を豪也さんに丸投げになんてしないわ。でも、それだけでいいの?」

「今はね。普通なら体中の水分を吸い出してやってもいいくらい腹が立っているんだけど……僕は、思っていたよりも、ずっと敬子を気に入っているみたい」


 そのうち、苗床になれとでも言われるのではないだろうかと、敬子は身震いした。

 本当に油断ならない妖である。

 だが、今すぐどうこうされるという危機は回避できたようだった。


 妖というのは、人間とは全く違う理屈に基づいて動く生き物だ。

 少し香葉と過ごしていただけでも、それは良く分かる。

 だが、それがどういう形で現れるのか予想がつかないのが恐ろしい。


「今すぐ香葉に食べられないというのはありがたいわ……これ以上、豪也さんの足を引っ張らない様に頑張るつもりよ」

「是非、そうしてよ」


 香葉は相変わらず不機嫌だが、彼の表情は少しだけ和らいでいた。

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