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身勝手な言い訳<※麗華視点>

 麗華は祖母に会った夜に、都の中央にある紅尋の宮殿から逃げ出した。

 宮殿の外の警備は呆れる程に杜撰だった。

 まるで、意図的に緩くしているかのようで麗華は心配になったが、今はその方が都合がいい。


 麗華は数個ある出入り口のうち、一番目立たない門へ向かった。

 もちろん、全ての門は固く閉ざされており、乗り越えなければならない。


 麗華は門の側に生えている木に手をかけ、上に登っていく。

 幸い、枝の多い木だったので麗華でも登ることが出来た。

 少し前に起きた妖の事件のせいで、宮殿の近くに住む者がいなくなり、外は人気がなく真っ暗だ。


「怖い……」


 いつ妖が襲ってくるのか分からない。

 首飾りを外し、巫女扱いされなくなったことで直接狙われることは減ったが、夜は妖の活動時間だ。

 恐ろしかった。


 半ば廃墟と化した街は暗く、静まり返っている。時折、妖のものと思われる鳴き声が聞こえ、その度に麗華は凍り付いた。

 怖いけれど、進まなければならない。ここにいたら、自分も祖母も助からない……

 無事に紅尋を出た麗華だが、宮殿から金を持ち出していなかったために、道中で宿に泊まることが出来なかった。


「こんなことならば、装飾品の一つや二つ持ち出して来れば良かったわ」


 仕方がないので、通り道にある民家を訪ねて回る。

 しかし、夜中と言うこともあり返事がないことはざらで、人が出て来ても断られるばかりだった。真夜中に得体の知れない女が彷徨いていたら、誰だって不審に思うだろう。厄介事には巻き込まれたくないと言うのが人の心理だ。

 その夜は民家の近くの納屋に入り込み、妖の気配に震えながら夜を明かした。惨めだった。


 翌朝早く、麗華は彩華へ向けて出発した。

 宮殿からの追ってが来るかもしれないので、街道沿いは避けて藪の中を進む。

 辺りを気にしながら進んでいるが、追っ手が向けられた気配はない。麗華を探し出そうとする人間は現れなかった。

 麗華の服は草や木の枝に絡まり、あちらこちらが解れて穴が空いている。

 

 日が落ちるまでに目的地へ着きたいと急いだのが良かったのか、その日の夕方に大叔母のいる彩華へ着くいた。

 大叔母は有名な薬師らしく、街の住人に聞けばすぐに居場所が分かった。

 無事に大叔母の元へ辿り着けたことに、麗華は心底安堵した。


「ごめんください、大叔母様……いらっしゃいますか?」


 玄関の扉を開けて声をかける。しばらくすると、ぱたぱた歩く足音が聞こえた。

 足音は麗華に近づき、少し離れた場所で不自然に止まった。


「……あ……あなたは……」


 見ると、見覚えのある顔の少女が、凍りついたように立ちつくして麗華を見つめていた。

 少女はすぐに我に返り、くるりと踵を返して家の奥へと走り去る。


「何なの……?」


 麗華は、あの少女を覚えていた。

 以前、宮殿の門の前で襲われていた下働きの姉妹の一人に似ている。


「生きていたの……でも、何故こんな場所に?」


 麗華が疑問に思っていると、家の奥から複数の足音が聞こえてきた。先程の少女が大叔母を呼んだようだ。

 奥の廊下から、薬師の服装をした壮年の女が現れる。彼女が大叔母だろう。


「あ……あの、大叔母様ですか? 私、又姪の麗華と申します」


 大叔母であろうその女性は、麗華の言葉を聞いて片眉を上げた。


「で、私なんぞに何の用だい? 巫女様?」

「え……」


 思いのほか、冷たい視線に麗華は戸惑った。

 今まで、このような視線を向けられたことはなかったからだ。


「用事があって、こんなところまで出てきたのだろう?」


 麗華は心を決めた。伝えることを伝えなければならない。宮殿の、巫女の危機を。


「あ、あの……私を助けて下さい」

「助ける? 私なんぞに、あんたを助けることなんて出来ないと思うのだがね」

「私は、宮殿から逃げてきたのです。宮殿の中に妖がいて、食べられるところだったんです……お祖母様は、まだ宮殿の中に捕まっていて……」

「……そうかい」


 無表情のままの大叔母に、麗華は心の中で憤る。

 どうして同情の欠片も見せないのか。自分の姉が危険な場所にいて、自分の又姪が命からがら逃げ延びてきたと言うのに、薄情な人間だ。

 傍らの下働きの姉妹も、麗華に対して声をかけることもしない。


 大叔母は、麗華がしばらくこの家に滞在することを許可した。

 代わりに家事を引き受けようと提案したが、下働きの二人がいるので間に合っていると言われてしまう。居心地が悪かった。

 麗華は、自分はここで歓迎されていない存在なのだと悟る。こんなところに滞在しなければならないなんて憂鬱だった。


「ここに、敬子も来ている」


 不意に大叔母が告げた言葉に、麗華は顔を上げた。


「敬子が? 生きていたの? あの山の中で、妖に襲われたはずなのに……」


 だが、この下働きの娘達も生きていると言うことは、彼女が助かったというのも本当なのだろう。


「あの、敬子はどこですか」

「今は退治屋の所にいるよ……じきに帰って来るさ」

「退治屋ですって? 敬子が?」


 驚く麗華に、少女達のうち背の高い方が答えた。


「敬子様は退治屋の弟子として、彼等の元で修行をされているのです」


 あの敬子が、あの矜持だけが高く何も出来ない御蚕包みのお嬢様が、よりにもよって対極にある退治屋の弟子なんて、麗華には信じ難いことだ。


「巫女様もご存知の方です、確か一度都に向かわれる途中でお会いされたかと思うのですが」


 背の低い方の少女が言った。

 麗華の知っている退治屋は二人だけだ。都へ行く途中に立ち寄った集落で妖を退けた二人の男達。無口な壮年の男と美しい少年だった。

 敬子のことだ。美しい少年の方に惹かれて、無理矢理押し掛けたに違いない。


 大叔母や少女達と話しているうちに、玄関の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ただいま」


 少女達が、気まずそうに顔を見合わせる。


「加世さん、戻りました」


 娘達の向こう側に見知った人物が姿を現し、麗華は息をのんだ。

 そこには、退治屋風の衣服に身を包んだ敬子が立っていたのだ。麗華を見た敬子は、驚いた様子で、その場に立ち尽くしている。


「……なんで、あなたがいるの?」


 敬子だ、本当に生きていた。

 生きているのは良かったが、彼女は里には帰らないのだろうか。押しかけられた退治屋も、さぞかし迷惑していることだろう。


 憎らしいことに、敬子は来るなり麗華にここを出て行くよう命令してきた。無論、そのような我が儘は無視である。

 大叔母と麗華が敬子に今までの麗華の話を伝えたが、敬子は顔色一つ変えない。

 周りの大叔母や娘達も、誰もそんな敬子を責めない。ここは敬子の陣地なのだ。

 俯いた麗華は、両手を握りしめた。悔しいが、今はこうするしかない。


「……あなた達が私をどう思っているのかは分かったわ……でも、私にもしなければならない事があるの……」


 声が震えていた。


「お願い……敬子、お祖母様を助けて……」


 麗華は、敬子に頭を下げた。

 とても屈辱だ、しかし背に腹は代えられない。馬鹿な従妹にでも何にでも頭を下げてやろう。


 麗華が頭を下げて祖母の救出を頼んだにもかかわらず、敬子は断ってきた。

 退治屋に妖退治を依頼したいという麗華の頼みも、全部内容を話す前に断られてしまう。


「……宮殿へ行ってもらうのが嫌だから反対しているのよ。そんな危険な場所に、豪也さんを行かせたくないわ」

「なによ、それ! お祖母様の命が懸かっているのよ? どうしてそんな我が儘で冷たい事が言えるの?」


 本当に自分のことしか考えていない、自己中心的なお嬢様だ。こんな時にまで、この女は何を言っているのだろう。

 麗華は愚かな従妹を心の底から軽蔑した。一時は巫女に一番近い身分だったにもかかわらず、こんなに簡単に宮殿を見捨てるのか。


「私は、そのお祖母様とやらには会ったこともない。お祖母様よりも加世さんや空と海、豪也さんや香葉が大事なの。彼らを危険な目に遭わせるなんて嫌なの」


 自分勝手かつ幼稚な意見で、周りを振り回す。以前よりもたちが悪い。


「危険な目に遭わせるだなんて……だって、彼らは退治屋でしょう? 妖を退治するのが仕事なのでしょう? 宮殿に関わる仕事ですもの、きっと報酬だってたくさん出るわ!」


 何が気に障ったのか、その瞬間、敬子は盛大に顔を歪めた。


「退治屋はどんな任務でも受けるわけではないの。これ以上、あなたと話すことはないわ……」


 敬子は一方的に踵を返し、部屋を出て行こうとした。


「香葉……」


 彼女が傍にいた少年を見ると、彼は全て分かっていると言う風に頷く。


「帰ろう、敬子」


 差し出されたその手を、敬子は迷わず取っていた。


 ほら、やっぱり……

 敬子は見た目の良い少年に付き纏って、厚かましくも退治屋にすり寄ったのだ。

 あのような馬鹿に構っている暇はない。

 なんとしてでも、退治屋に、早急に祖母を救ってもらわなければならない。

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