修行
敬子は豪也に教わり、退治屋の修行を続けていた。
妖との契約に及び腰ではあるが、自ら退治屋になると言い出してしまった手前、後には引けなかった。
薬師の仕事は、大叔母に「役立たず」の烙印を押されている上に、新しい働き手である空と海が優秀すぎて敬子の出る幕がない。
豪也は敬子に、妖の知識と剣術、交渉術を叩きこんだ。
仕事の現場にも敬子を連れ出し、自分の手伝いをさせて妖退治の仕方を体で覚えさせることもある。
敬子は不器用ながらも、豪也に必死で食らい付いて行った。
綺麗だったお嬢様の手は、数日しか経っていないにも関わらず痣と豆だらけだ。
しかし、敬子はそのことについて、手が痛いとは思えど、気にすることはなかった。
人間、そこにしか自分の居場所がないとなると、案外肝が据わるものである。
豪也と香葉と一緒にいるのも、修行をするのも全く苦にならなかった。
自分でも必要とされている場所があるということが、自分を気にかける人間がいるということが敬子の気持ちを支えている。
唯一の不安要素である妖との契約については、どうすれば良いのか模索中だ。
「敬子、今日は彩夏の近くの村へ行く」
「うん、分かった」
敬子は長い黒髪を紐で一つに結ぶと、豪也に借りている小さな刀を腰に差した。
師匠である豪也のような大きな刀に憧れるが、今の敬子の力では振り回すことが出来ないのだ。
※
豪也と香葉に連れられ、敬子は妖被害に遭っているという隣村へ向かった。
「妖犬は家畜を襲う。隣村では最近連続して被害が出ていて、俺のところに依頼が来た」
「私も連れていくということは、人を襲う妖ではないということ?」
「そうだ。もし妖犬に出会っても、死ぬことはないだろうが……怖いか?」
「平気だよ、香葉よりは安全ってことでしょう?」
そう言うと、豪也は珍しく朗らかに笑った。
彼はとても無愛想なので、滅多に笑わないのだ。
「そうだな。まあ今回の妖犬の件は、直接退治する訳ではないから問題ないだろう」
村に着くと、豪也は村人達に説明を始めた。
「おおかた山にいた妖犬が、人里で家畜を襲った方が楽に餌を取れると味を占めて、この村に来るようになったのだろう」
村人達は、豪也に妖犬を殺すように依頼したが、豪也は断った。
「何せ、数が多い。一つの群れを退治しても、すぐに他の群れが来る。一匹ずつ駆除するよりも、家畜小屋に寄せ付けない方法を取る方が確実だ」
豪也が村人達に家畜小屋周辺である草を炊く事を指示すると、彼らはそれをすぐに実行に移す。
その草を炊き続けることで、妖犬の嫌いな匂いが家畜小屋に染み付き、妖犬を寄せ付けなくなるのだ。
「なんだか、あっけないね」
敬子が言った。妖対策だけで終わってしまったので、拍子抜けだったのだ。
「殺さずに済むのなら、それに越したことはない」
「……そうだね」
豪也の言う通りだ。余計な犠牲を出さずに済むのなら、お互いにとって一番だった。
村人と豪也が、今回の報酬について話し込んでいる間、敬子は村を見て回る事にした。家畜小屋で燃やすという草も気になる。
一番近くにある家畜小屋で声がしたので、敬子はそちらへ向かった。
早速、村人が草を炊いたようで、小屋の周りがやや煙たい。
声の聞こえた方を見やると、家畜小屋の裏で村の子供達が何かを囲んでいた。
いつもなら進んで子供に近づいたりはしない敬子だが、なぜか気になって彼らに声を掛ける。
「そこで、何をしているの?」
敬子の声に、子供達の輪が割れた。
「あ、さっき来ていた退治屋の人だ!」
「見て見て! こいつ、今朝捕まえたの」
得意げに、子供の一人が言った。手には火箸を持っている。
子供達の輪の中には、赤と白の斑模様の子犬がいた。
よく見ると、赤だと思っていたのは血だった。
子犬は全身傷だらけで、ぐったりしており、今にも息絶えそうである。
「どうしたの? この犬…………妖?」
嫌な感じがした。
「退治! 退治したの! こいつ悪いやつなんだよ、うちの鶏を襲ったの」
「……そうなの」
子供は得意げだ。周りの子供達も木の棒などを持っている事から、寄ってたかって子犬を嬲っていたのだろう。
確かに、家畜を失うのは村で生活する者達にとっては死活問題だ。
だが、目の前の子犬を見て敬子の心が痛む。
人間は、強い妖を恐れる一方で、自分たちよりも弱い妖には容赦しないのだ。
鶏に夢中になって逃げ後れたのだろうか、日が昇るまでに逃げおおせれば良かったものを……
要領が悪く鈍臭い子犬の姿は、まるで敬子自身を見ているかのようだった。
「この子犬、私が引き取ってもいい?」
気付いたら、そう声が出ていた。敬子の言葉に、子供達が不思議そうな目をする。
「なんで? こいつ、悪いやつだよ? 大きくなるともっと悪くなる」
「そうだよ、せっかく僕らが懲らしめてやっていたのに」
敬子は子供達の言葉に、もっともらしく頷いた。
「そうね。だから、最後に退治屋である私が、しっかり退治しておくわ」
有無を言わせず子犬を抱き上げ、持っていた手ぬぐいで子犬を巻いて懐に抱え込む。
子供達も「退治する」という言葉に、一応は納得したようだ。
「あ、敬子。こんな所にいた! 帰るよ」
振り返ると、家畜小屋の脇に香葉が立っていた。
「何、それ?」
腕の中の布に包まれた塊を興味津々で見つめている。
「拾ったの。後で見せてあげる」
そのまま、小屋を離れて小道に出ると豪也もいた。
「帰るぞ」
「……うん」
豪也は敬子の抱えているものを一瞥したが、何も言わず歩き出した。
香葉と敬子がその後に続く。こうして歩いていると、まるで親子のようだ。
「帰ったら修行の続きだ」
「うん、分かった」
敬子は今の日々に満足していた。
そして、同時にその日々が壊れてしまうことを恐れてもいた。




