退治屋という仕事
長い間、気を失っていた空がようやく目を覚ました。
姉妹達が二人共動ける様になってきたので、加世は二人に薬師の手伝いをさせることにした。
もう宮殿に戻ることは出来ないと言った姉妹の手に、職をつけてやるためだ。
もちろん、働きによっては給料も支払ってやるつもりだ。宮殿にいた時程には出してやれないが。
空と海の二人はもともと宮殿で働いていた為か要領が良く、すぐに仕事を覚えた。
敬子よりも遙かに仕事が出来る。加世も満足していた。
「敬子よりも、空と海の方がよっぽど薬師に向いている。まさか三日坊主だとは思わなかったけれど、あんたは早いとこ退治屋に転向して正解だったね」
傍らに座して雑用として道具を磨いている敬子に向かって大叔母が言った。
敬子は黙って頬を膨らませる。事実だから言い返せないのだ。
※
海が目覚めたあの日、敬子は豪也の元へ駆けて行き、必死の形相で彼に弟子入りを志願した。
豪也は敬子が来ることをある程度予期していたらしく、敬子が拍子抜けするくらい、あっさりと弟子入りを承諾。
失礼極まりないことに、どうせ遅かれ早かれ敬子が加世の手伝いをクビになると予想していたらしい。加世は仕事には厳しい合理主義者なのだ。
敬子の修行が始まると、初めに豪也が言った。
「退治屋の仕事は人間に害をなす妖を退治する仕事だが、闇雲に妖を憎むんじゃないぞ」
「どうして?妖は恐ろしいものでしょう。人間を食べるわ」
「確かに、妖の中には人間を襲う様な恐ろしいのもいる。だが、そういう者ばかりではなく、中には友好的な者や害のない者もいる。妖と人間にとって一番良いのは両者が上手いこと共存することだ。どうしてもそれが出来ない場合、俺たちが必要になる」
香葉が豪也の隣で頷いた。
一緒にいるうちに分かってきたが、香葉は彼の食事に関することを除けば人間好きの気さくな妖だ。接し方を間違えなければ襲われることはない。
「昔はそうしていたんだ。両者は友好的ではないものの、自然に共存していたんだ。人も妖との接し方をよく知っていたし、妖の多くも、自分達に節度を持って接する人間は大切にした」
「今とは、ぜんぜん違うのね」
「妖の持つ人外の力を恐れた権力者たちが巫女の存在を担ぎ出してきた頃から、この世界の均衡は変わってしまった。極端な妖の駆除により妖の住める場所が減り、人に害を与えるかもしれないという憶測だけで多くの無実の弱い妖がたくさん殺された。だから、一部の妖は未だに人を憎んでいる。人は世界を自分達だけの物だと考え始め、妖との共存すら忘れてしまったんだ」
香葉は吐き捨てた。彼は長生きなので妖の歴史をよく知っている。
今言ったことも彼が実際に見た景色なのだろう。隣で豪也も顔を曇らせる。
「人間も妖も同じだ。害をなす奴もいれば、気のいい奴もいる」
「退治屋とは、両者の理を超えた者だ。人でありながら妖と近しく関わらずにはおれない者、両者の間に立つ者だと思ってもらえれば良い」
「私、妖との付き合い方なんて分からないわ」
「敬子は妖との距離の取り方が上手いよ、生まれ持っている本能的な物だろうね。僕に対して警戒はするけれど、僕の存在を否定はしない。人間の中には、妖と分かっただけで逃げだしたり、刀を向けてきたりする輩が多いんだ……そう言う奴は全部食べちゃうけど」
不穏な言葉が聞こえたが、豪也は笑って香葉に同意した。
「敬子は本能的に、それが出来ている。お前の唯一の特技かもしれないぞ」
唯一とは、失礼極まりないことを言う。敬子は豪也を睨みつけた。
「そう怒るな。もう少し知識を教えてやれば、お前は結構良い退治屋になれるかもしれない」
「私は、豪也さんみたいに強くないわ。刀も扱えないし術も中途半端」
巫女の力が多少扱えるだけで、大した力は無い。非力な人間だ。
「刀の扱いは今から覚えればいいさ。退治屋に必要なのは妖との交渉力、まあ妖と上手くやっていける能力だ。退治屋の中には、まったく武器を扱えない奴も少なくない」
「じゃあ、どうやって妖を退治するの」
「妖の力を借りる。普通の人間じゃあ武器を使ったところで、どうあっても強い妖にはかなわないから妖と契約をするんだ。俺は香葉と契約している。契約に否定的な輩も多いけれど、俺は契約の力はあった方が良いと思う」
「妖との契約ね、聞いたことがあるわ」
以前、都へ行く途中に立ち寄った村の村長が言っていた。
彼はそのことを得体が知れないと厭がっていたが。
豪也は妖のと契約の手順について、敬子に教えてくれた。
「契約は妖と交渉して両者合意の条件の上で行う。勿論、妖から力を借りるには相応の代償がいるし、力の弱い人間側が不利だ。契約を破ったら相手に殺されるからリスクもある」
「豪也は、僕の苗床になってくれるんだ。人間の上に根を張ると、僕の力は強くなるから。そのかわりに僕は豪也に、刀で妖怪をぶった切れる程度の怪力と、切られても再生する体をあげた」
「香葉は豪也さんと契約していたのね」
「そう、豪也を気に入ったんだ。豪也には僕の種を飲ませた。豪也が僕の力を使う毎に徐々に根を張っていく」
香葉は何てことないようにに言ったが、それはリスクが高すぎるのではないだろうか。
「それって、現在も豪也さんは生きながら香葉の苗床になっているってことじゃない! どうしてそんな契約したのよ!」
「長く生きて力の強い妖程、対価が大きくなるのは仕方が無い」
豪也は全く気にしていない様子だ。
「……豪也さんはそれで良いの? 今も体の中を蝕まれているんでしょう?」
しかし、豪也はそれには答えなかった。代わりに話を続ける。
「この仕事をする上で、より良い条件で多くの強力な妖に力を借りることが重要になってくる。お前も早く妖と契約出来るようになるんだな」
豪也は簡単に言うが、敬子に香葉の様な大妖と契約など出来るはずもないし、リスクを考えると躊躇してしまう。
敬子は早くも挫折しそうになった。
敬子はとことん根性なしです。




