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男と少年

 覚悟した敬子が目をつむった瞬間、不意に蛇の体が大きく傾いだ。


 蛇の動きが止まり、その頭を後ろから何かが貫いている。

 苦痛でのたうつ蛇の背後に、走り寄る人間の男の影が見えた。

 男は持っていた刃物を蛇の片目に突き刺す。切っ先を引き抜き、反対側の目に再び突き刺すと、刃に体重をかけて首の下まで一気に切り裂いた。蛇の体液が辺りに飛び散る。

 蛇は狂ったように激しくのた打ち回っていたが、やがてゴトりと首を落として息絶えた。


「全員無事だな、気付くのが遅くなってすまない」


 蛇を殺した男が、淡々とした口調で敬子達に言った。

 鋭い光を目に宿した壮年の男だった。食事時に一緒だったあの男だ。


「結界か」


 男はそう呟くと敬子に眼を移した。敬子は頷き結界を解く。


「助けて頂き、ありがとうございます」

「運が良かったな。お前が結界で時間を稼いだおかげで間に合った」


 男は敬子に向って言った。


「豪也、それ、頂いちゃっていい」


 階下から、少し低めの子供の声が聞こえた。男と一緒に宿に泊まっていた少年だろう。


「人がいる。後にしろ」


 豪也と呼ばれた男は、天井に空いた穴から蛇を階下に蹴落として言った。

 視界から蛇は消えたが、体液は床に残って消えない。体液からは腐った動物の肉の臭いがした。


 少年は、男の言葉に不服そうにしながらも階段を上ってきた。

 顎のあたりで短く切り揃えられた色素の薄い髪が印象的な美しい少年だ。

 敬子は今までにこんなにも綺麗な少年にはお目に掛ったことがない。

 空と海も同様だろう。彼女達の眼は美しい少年に釘付けになっている。


 しかし、同時に敬子はこの少年に何か異様なものを感じた。

 敬子の中の何かが、少年に近付いてはいけないと警告している。こういう時は従った方がいい。

 蜥蜴の時も蛇の時も、敬子の勘は当たったのだから。


 不意に少年が敬子を見た。敬子は思わず後ずさるが少年は視線を外さない。

 何もされていないのに、どっと汗が吹き上げてきて、敬子は少年から逃げ出したい衝動に駆られた。


「君、わかるんだ」


 少年はゆっくり笑った。その笑みにすら恐怖を感じる。


「その娘は結界を張れる。そういう勘が働くのだろうよ」

「へえ、巫女みたいだね」

「違うわよ。私は巫女なんかじゃないわ……」


 敬子がぼそりと言った。言いながらも少年から距離を取る。

 どうも彼からは、得体のしれない危険な気配がするのだ。


「うん、知っているよ。本物の巫女には、ここへ来る途中に会ったから」

 

「貴方達は、何者なのですか?」


 空が尋ねた。海も複雑な顔をしている。


「退治屋」


 男が素っ気無く言った。少年が補足する。


「豪也は、あちこちの妖を退治したり、追い払ったりしているんだ」


 彼女達が通った集落にいた退治屋というのは、彼らのことらしい。

 空は、豪也達に事情を話した。


「私達は、巫女様の従者なのです。あなた達が巫女様に出会った集落へ行く途中で、妖に襲われて逸れてしまったのだけれど」

「大した巫女様だ。従者を盾にして逃げたんだ」


 少年はけらけらと笑う。

 空は彼を睨んだ。こうして笑われることに傷ついた様子だ。

 見捨てられたという事実を突きつけられても、空も海も都に戻って働くしかない。

 豪也がそっと少年を制し、苦い顔をして言う。


「巫女なんてものは実戦じゃあ何の役にも立たない、権力者のための人形だ。人助けをするどころか、自分たちの安全の為に周りの人間を平気で犠牲にする。できるのは結界張りとお祈りだけだが、それも完璧じゃない」


 敬子も気付いていた。

 巫女の結界が完璧なら都の端に位置するこの場所に妖が出るはずがないからだ。


「今夜はここを動かない方がいい。外が妖で溢れているからな」


 豪也が言うには、巫女が守っているのは都の中心、権力者の住まう紅尋の周辺だけらしい。

 現に紅尋から離れているここは妖に襲われた。


 外では相変わらず、時々妖の足音が聞こえる。それにしても妖の数が多い。

 敬子の里ではそれほどでもなかったのに。

 何か都に原因でもあるのだろうか。

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