荒れた都
敬子達は、順調に歩を進めた。村を出て一日。妖に襲われることもなかった。昨日立ち寄った村の村長夫婦は都に近付くほど妖が増えると言っていたが、その気配もない。
都はもう目の前だった。
「巫女様は都の中心、紅尋にいらっしゃいます。たぶんもう到着されていることでしょう。今夜は都を入った所で宿をとりましょう」
暗くなってきたので、空の言うとおり都に入ってすぐの宿に泊まった。
小さな、どちらかというと粗末な宿だった。敬子は両親に結構な額の小遣いをもらっていたが、空と海はこの宿で良いと言う。
「三人分の宿代を出してもらうのですから、贅沢する訳にはいきません」
と、空。
「敬子様はもう少し良い宿に泊まられてはどうですか? ここでは、いくらなんでも……」
と、海。二人とも、とても親切だ。
「私も二人と同じ宿がいいわ」
友人と一緒にいたいという気持ちがあるし、初めての都で一人になるのも不安だった。
都は敬子の思っていたところとは少し違った。
敬子は都とは、もっと大きく華やかなものだと思っていたのだ。
けれど、ここはどうだろう。
都の外れだからかもしれないが、思ったほど華やかではなく、それどころか荒れている。
町は閑散としており、貧しい家が多い。板を張り付けただけの家もあったし、妖に壊されたと思われる家もある。
妖に簡単に壊される程に、家の造りが脆い。
背筋から冷たいものが伝わってくる感じがした。
ここは妖が出る場所なのだ。
宿には敬子達の他にもう一組客がいた。
壮年の無口な男。僧の様な格好をしているが頭は丸めていない。
そして、敬子と同じ年頃の綺麗な顔をした少年。食事時に土間で一緒になったのだが、何だか近寄りがたい雰囲気を感じて、男達とは結局一言も口を利かなかった。
敬子達の三人の部屋は二階だったのだが、古い宿のため、歩くたびにギシギシと床が鳴った。その晩はそこに布団を敷いて寝た。
※
丑の刻を過ぎた頃、敬子は目を覚ました。
何だかそわそわする、嫌な感じだ。隣を見れば空が寝ていた。海もまだ熟睡している。
そのとき、外で物音がした。何かが倒れる音と、ずるずると何かが這うような音、何かが駆ける音。どっと汗が噴き出してきた。
何かいる。その何かの見当は付いていた。やはり都にも出るのだ。
「大丈夫、ここにいれば安全だ。あいつらだって家の中には入って来られないし、ここは二階だから、大丈夫」
怖い、空達の様に熟睡していたかった。物音はなかなか去らない。
外で悲鳴が聞こえた、人間の叫ぶ声だ。敬子は布団を被って震えた。外で、この建物の直ぐ傍で誰かが襲われている。敬子以外の者はまだ起きない。
しばらくして物音が止んだ。外は嘘の様に静かになった。
「去ってくれたみたいね」
敬子は安堵したが、次の瞬間彼女の耳は更に恐ろしい事態を告げる。
カリカリ、カリカリと木を引っ掻く音に敬子は凍りついた。
近い。
カリカリという音は次第にゴリゴリという不快な音に変わっていく。敬子は飛び起きた。
今、音を立てているのは、間違いなく敬子の泊まっている宿だ。勝手口の扉か、あるいは古く朽ちかけた炊事場の壁か・・・。
とにかく、妖が宿の扉を壊そうとしている、中にいる人間を襲うために。
「……怖い」
隣の布団が動いた。物音で目を覚ました空は、起きている敬子を見て言った。
「何の音でしょう?」
敬子は答えない、硬い表情を浮かべている。
空はその表情で悟ったようだった。彼女の顔から血の気が引いていくのが分かる。
「静かに。気付かれてはいけない」
敬子が言うと空は頷いた。そっと敬子の傍に寄る。そうこうしているうちに、海も目を覚ました。
階下で扉が倒れる音がした。ミシミシと木が裂ける音もする。
宿で働く下男の喚き声が聞こえたがその声は程無く、そして不自然に途絶えた。
敬子達は二階の部屋の隅に身を寄せ合って息を殺していた。敬子は部屋の隅に小さく結界を張った。敬子達全員がぎりぎり入る程度の結界である。
それから、妖が部屋に入らないように部屋の入り口にもう一つ簡単な結界を作った。
しかし、折角作った入り口の結界は意味をなさなかった
突然地面が揺れたかと思うと、敬子達の眼の前の床に大穴が開き、そこから巨大な頭が覗いたのだ。
巨大な蛇の妖だった。
蛇はちろちろと長い舌を出し入れしながら周りを伺っている。
暗くても不気味に光る目だけは、はっきり見えた。その眼が敬子達を捉える。
蛇は一気に襲いかかってきた。敬子の小さな結界が蛇を弾く。
反動で蛇の巨大な図体が壁にぶつかり、怒り狂った蛇は敬子達の結界に何度も体を打ちつけてきた。
「……っ!」
敬子も懸命に結界で防御するが、如何せん力不足なので蛇に傷を負わせることが出来ない。
蛇の体当たりによって結界の強度が揺らいでいる。
もう、結界がもたない……!!!




