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四精霊の伝説  作者: 沢崎 果菜
第4部 背中合わせの幻想
23/26

出 発

 バートはリィルの夢を見た。

 ピアン首都の街外れの空き地に二人で並んで座っていた。あたたかい日差しが降り注ぎ、青い空に白い雲がゆったりと浮かんでいた。二人はぼんやりと空を眺めていた。

「ごめん、バート」

 ふいにリィルが口を開いた。空を見上げたまま。

「何が」とバート。

「サラのこと」

 リィルはぽつりと答えた。

「サラは全力で守りたかったんだ。それこそ、俺の命に代えても。でも、結果としてサラを苦しめている。……俺の所為で」

「うーん、俺に謝られても困るんだけどな」

 バートはリィルを見た。

「でも、お前は、サラを守ったんだろ。全力で。結果はどうであれ」

「…………」

 リィルは空を見上げた格好のまま、動かない。

「俺のほうこそ、悪かったって思ってる」

 と、バートは言った。

「え?」

「俺の父親の所為で、リィルとサラに大変な思いさせちまって」

 リィルは黙って首を振る。

「でもな、俺がこの手で全てを終わらせてやるからな。父親を倒して、”ケイオス”を止める」

「……本当なら、俺も行きたかったんだけど」

 リィルは言った。バートはうなずいた。リィルなら絶対そう言うと思っていた。

「悔しいけど俺は、バートたちと一緒に”ケイオス”に行くことはできないと思う……。でも、これだけは覚えておいて欲しいんだ」

 リィルはバートを真っ直ぐに見た。

「たとえ離れていたって……たとえ身体は動けなくたって、俺はいつでも、みんなと一緒にいるから……」

「リィル……」

 透明な風が二人を包んで駆け抜けていった。

「……それってあんま前向きじゃねーな」

 と、バートは言ってやった。

「そんなこと言ってる暇があったら、さっさと起きやがれっての。早く元気で動いている姿、見せてやれよ。そうすりゃサラだって一発で元気になるからさ」

 リィルは困ったようにため息をついた。

 バートは目を開けた。窓際が明るい。朝だった。二段ベッドの上の段で寝ていたので、天井が随分近かった。

「夢……か」

 バートは梯子はしごをきしませながら下に下りた。下の段ではユーリアがぐっすりと眠っている。キリアもルトもエルザもフィルもまだぐっすりと眠っていた。

 バートはキッチンのシンクで水を飲んだ。大きく伸びをしてみる。体調は万全だった。

 ふと、テーブルの上に置かれた短剣が目に留まった。昨日、王に用意してもらった鞘に収められている。バートは手にとって鞘から抜いてみた。ずっしりと重い。


 *


 六人はいつものようにユーリアの用意した朝食をとった。それからバートとキリアはリィルの様子を見に行くことにした。相変わらずリィルは、病室のベッドで穏やかに眠り続けている。

「リィルの夢を見たんだよな」

 ベッドのかたわらに立ち、リィルを見つめてバートは呟いた。キリアがえ?と驚いたようにバートを見た。

「バートもなの?」

「え? もしかして」

「私も見たのよ、リィルが出てくる夢」

 と、キリアは言う。

「久しぶりにリィルが喋ってるの聞いて、……何だか泣けてきちゃった。色々な意味でね」

「リィル、何て言ってたんだ?」

「全部は覚えてないけど、ごめんとか色々……リィルが言いそうなこと、色々とね」

「俺の見た夢もそんな感じだったな」とバートは言う。

「さっさと起きてくれりゃあ良いのに……。やっぱり起きねーのかな……」

「エンリッジも色々手を尽くしたって言ってたから、難しいかもしれないわね」

「良いのかよ、このままで」

「良いわけないでしょ」

 と、キリアは言う。

「リィルが起きたら、絶対一緒に来てくれると思うな。だから、その気持ちだけもらっておいて、リィルの分まで全力を尽くしましょ。帰ってきたとき、リィルに良い報告ができるように」

「ああ、そうだな」

 バートはうなずいた。

 この医院の主であるエンリッジは、テーブルの上に医学書を広げて読みながら朝食のパンを食べていた。キリアはエンリッジのそばまで歩いて、声をかけた。

「じゃあ私たち、行ってくるから。リィルのことよろしくね」

 エンリッジは読んでいた本から顔を上げ、キリアとバートを見た。

「ああ、行って来い。そして元気で帰って来いよ。待ってるからな」


 *


「本当にサラに会っていかないの?」

 リンツの街道を歩きながら、キリアが尋ねてくる。

「だってなあ」

 バートは空を見上げてため息をついた。

「会ってどうするってんだよ。『行ってきます』って? 『ついてくるな』って? もしサラが思いつめた顔して『わたしも行く』とか言い出したらどうすんだ? まだ全快したわけじゃねーし、昨日だってあんなだったんだから、連れて行けねーだろ。でも、『行く』って言い出したサラを止められると思うか? だから……今は会わねーほうが良い」

「……そっか」

 キリアは言った。それからためらいがちに口を開く。

「でも、……後悔しない、かな」

「誰が? 俺たちが? なんで?」

「何となく」

「別に」とバートは言う。

「今生の別れってわけでもねーだろ。ちゃちゃっと”ケイオス”に行って、コアを倒して、帰ってくる。たかだか数日だろ」

「簡単に言うけどねー」

 呆れたようにキリアは言う。

「……それに、心残りを残しておきたい、ってのも、あるな」

 と、バートは言った。

「心残りがあるからこそ、帰ってこれるだろ」

「……わかった」キリアは言った。

「じゃあ、私も心を鬼にしてサラには会わない。後でサラに責められる覚悟も今できた」

「んな大げさな」

「大げさじゃないわよ」キリアは真顔で言う。

「本当は私、……私だってね、普通の感覚持ってるんだからね……だから、すごく……すごく、」

「?」

 バートがキリアを見つめると、

「……何でもない」

 キリアは言い放って前を見つめて歩調を速めた。


 *


 バート、キリア、ユーリア、ルト、フィル、エルザ、リスティルの七人は、乗用陸鳥ヴェクタに乗ってリンツを出た。リンツを出て半日も進むと黒い砂漠が見えてきた。”ケイオス”は確実に北進し、リンツに迫っている。

 ケイオス調査隊隊長に「一般の方はここから先には立ち入らないで下さい」と言われて、ケイオスからだいぶ離れたところにヴェクタを止めた。首都へと続いていた街道と草原が途中で黒い砂漠に呑み込まれて消えている。

 七人はヴェクタから降りて、しばらく無言でケイオスを眺めていた。

「これが、あの”ケイオス”……」

 黒い砂漠を見つめて、リスティルは呟いた。

「やはり、ケイオスの北進は止まりません」と調査隊隊長は言う。

「そろそろリンツの方たちもオデッサあたりに避難する準備を進めておいたほうが良いかもしれません。あっ、決してバート様たちが失敗するなんて……。しかし、リンツにはピアン王もいらっしゃいますし、万一のことを考えると」

「もちろんです」キリアは隊長に言った。

「避難の準備は進めておいて下さい。そして、その準備が無駄になる……それが理想です。いえ、そうしてみせます」

「はい」

 隊長はうなずいた。キリアはリスティルを見て言った。

「リスティルも、避難の準備を手伝ってあげてね」

「わかりました。……くれぐれも気をつけて、キリアさん」

「行ってきます、リスティル。……じゃあ、また」

 キリアは笑って軽く手を振った。リスティルは静かにうなずいた。

「なあバート君、本当に二人だけで良いのか? 俺たちついて行かなくて良いのか?」

 フィルが心配そうにバートに尋ねてくる。

「往生際悪いわよフィル」とエルザが言った。

「アンタよりバートのほうが強いんだから、アンタがついてったって足手まといになるだけよ」

「それは自覚してるけど」フィルは言う。

「それでも、少しでも力になれるかもしれないじゃないか。二人にこんな重大な任務背負わせて、……何だか心苦しいじゃないか」

「ありがとう、フィル兄」バートは言った。

「その気持ちだけで十分。でも、これは俺が決めたことだから。俺が決着つけるべきことだから」

「……そんな風に、思いこまなくったって良いのに」

 フィルが呟く。

「バート君」

 ルトがバートの前に進み出た。そして、鞘に収められた一振りの細身の長剣をバートに差し出した。

「あたしが現役時代に使っていた剣の中で一番良い剣だ。バート君が使い慣れてた剣と比べると頼りないかもしれないが、軽いわりに切れ味は良い。フィルにも何度か貸した。やはりその短剣だけじゃな、と思って。まあ、あたしたちの気持ちだ。受け取って欲しい」

「ルトさん……」

 バートはルトの顔を見上げ、長剣を受け取った。

「ありがとうございます」

 バートはルトの長剣を腰に挿した。腰に挿したリィルの短剣の柄の握りごこちを確認する。

「よし、じゃあ行くか、キリア」

「ええ、行きましょう」

「じゃ、ちょっくら行ってくる、ルトさん、フィル兄、エルザ姉、リスティルさん、……母親」

 バートは最後に母親の顔を見た。ユーリアは大きくうなずいて、息子を送り出した。

「行ってらっしゃい、バート」


 *


 バートとキリアは”ケイオス”に向かって一歩一歩歩いていく。そして、ケイオスの黒い砂に呑み込まれてこの大陸から姿を消した。ユーリアは二人の後姿とその先の黒い砂漠をじっと見つめていた。

「ユーリア」

 ルトがユーリアの肩を叩いた。

「……大丈夫か?」

「大丈夫」

 ユーリアはしっかりとした口調で答えた。

「ちょっと固まっちゃってただけ。聞いてはいたけど、わかってはいたけど、目の当たりにしちゃうと、さすがにね……」

「これからどうなるかなんて、誰にもわからないものさ。……いつだって、な」

 とルトは言う。

「そうね」

「だから希望はある。いつだって」

「ありがとうルト。……ごめん、私ばっかりこんなで。ルトだってエニィルのことがあるのにね」

 ユーリアの言葉にルトは首をふった。

「さ、リンツに帰ろう」

 とルトは言った。

「リンツでバート君とキリアちゃんの帰りを待っていよう」


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