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四精霊の伝説  作者: 沢崎 果菜
第3部 動き始めた伝説
16/26

接 触

(1)


 翌朝、キリアの体調はすっかり回復し、その日の昼過ぎには塔を旅立つことになった。キリアはキルディアスとエニィルの関係を心配していたのだが、昨晩も今朝も二人は普通に会話しているように見えた。リスティルに頼んでおいた口添えが効いたのだろうか。

 別れ際に、キルディアスはエニィルに言った。

「わかっているとは思うが……第二のクラリスにはならないで欲しい。無論、わかっているとは思うが……」

「ええ……勿論。それは、勿論です」

 エニィルは大きく頷きながら少し寂しそうに笑った。

 一人で乗用陸鳥ヴェクタに乗り込もうとするエニィルに歩み寄って、キリアは声をかけた。

「ごめんなさい、エニィルさん。祖父の言うことは気にしないで下さい」

「ううん、とんでもない」

 そう言って、エニィルはキリアに微笑んだ。

「君のおじい様には、本当に感謝しているんだ」

 そして、五人は再びヴェクタでキグリスの大草原を渡り始めた。次の目的地は北のコルシカ王国の湖畔の町、「コリンズ」だとエニィルは言った。コリンズにはエニィルの知り合いがいるらしく、大賢者の塔から伝書鳥で連絡を入れたとのことだった。

「コルシカ王国かー。北の国境越えるのは初めてね」

 ヴェクタに揺られながら、キリアは言った。

「あたしも」とサラが同意する。

「俺も」とバートも言った。

「ピアン人にとっちゃあ、コルシカって遠すぎるもんな。こんな機会でもなきゃあ行かねーよな」

「でも、俺は……」

 リィルは呟くように言った。

「なんでだろう……なんか懐かしいような感じがするんだ、コルシカって。初めて行く場所ところのはずなのに……」

「もしかして、水の扉――水の精霊の影響力の強い場所ところだから、惹かれるんじゃない?」

 キリアは言って、ふと右手首の腕輪リングを見た。左手でそっと触れてみる。

「何なんだろう、”精霊”って……」

 そんな言葉が口から出た。

「精霊は精霊でしょ」

 サラがキリアを見て言う。

「いやまあそうなんだけど」

「あたし達が普段見て触れて感じている通り、で良いんじゃないかしら。それ以上でもそれ以下でもないと思うわ」


 *


 子供達四人の乗る乗用陸鳥ヴェクタの後姿を眺めながら、エニィルは小さくため息をついていた。風の扉の件は失敗だった。キリアは衝撃で気を失い、リスティルは腕輪リングの所為で負傷してしまった。炎の扉の件は特殊なケースだと思っていたのだが……まさか風の扉でも、二人の身にあんなことが起きてしまうなんて。

 しかし、それでもキルディアスは、素性の知れない異郷の者を信用し、これからの旅にキリアを、つまり腕輪リングの持ち主を同行させることを許可してくれた。キリア自身が「行きたい」と強く希望したから、というのもあったが。

(確かにアレは不可抗力ってやつで、僕の所為ではないんだけどなあ)

 それでもエニィルは全ての責任を押し付けられて責められてもおかしくない立場に立たされていたのだ。しかし、キルディアスはエニィルに「第二のクラリスにはならないで欲しい」と言っただけだった。

「クラリス、か」

 エニィルは呟いた。キルディアスの言いたいことはわかる。しかし、エニィルはクラリスとは根本的なところで違うとはっきりと自覚していた。クラリスの生き方はわかりやすくて羨ましい。でも、今のエニィルには絶対にできない生き方だった。

(今の僕はどう頑張ったってクラリスにはなれない。回り道になっても、自分が損することになっても、そういう普通の生き方は嫌いじゃないんだ)

 でも、とエニィルは思う。クラリスは、自分の息子――リィルを殺さなかった。そして、ちゃんとエニィルのもとに送り届けてくれた――。まだ自分のことを友人だと思ってくれているのかもしれない。そういう心が残っているのかもしれない。

「……なんで僕達が戦わなくちゃならないんだ」

 エニィルは悔しさに拳を握りしめた。

「ユーリアが悲しんでるの……わからないのか、クラリス。お前にとってのユーリアは……」

 ぼんやりと考え事をしながら、エニィルの乗用陸鳥ヴェクタの速度は落ちていった。だんだん子供達四人の乗る大型ヴェクタと離されていく。――来るならそろそろだろう、とエニィルは思った。直後、異質の大気の揺らぎを感じてはっと顔を上げた。手綱を引いてヴェクタを止める。

 エニィルはヴェクタから降りた。少し離れたところに赤い短髪の男が腕組みをして立っていた。その背中には赤い翼があった。草原を渡る風に白衣の裾が揺れた。

「いつ来るかと思ってたんだ」

 エニィルは男を見据えて言った。

「もしかしたら大賢者の塔の屋上かなって思ってたけど、さすがにそこまでバカではなかったようだね」

「フン、相変わらず言うじゃねーか」

 赤い短髪の『異形』の男――ガルディア軍・第三部隊隊長、メヴィアスが不敵に笑った。

「久しぶりだな」

「ピアンではどうも。……で。何の用かな?」

「決まってんだろ」

 メヴィアスが言うと、周囲の大気が赤く揺らいだ。膨大な熱エネルギーにあおられ、エニィルは思わず右腕で顔をかばう。口早に精神集中の言葉を呟いて水の精霊を召喚する。水の精霊は四羽の青い小鳥へと姿を変え、エニィルの四方を守るように取り囲んだ。周囲の大気が冷えて浄化される。

 メヴィアスの周囲には、前方に一体、左右に二体ずつ、計五体の赤い四つ足の獣が現れた。太い四肢で大地に立つ赤い大型獣は、野生の狼の三倍はある大きさだった。頭部の位置はほぼ人間の目線の高さ、獣の頭の大きさは人間の二倍はあった。一体だけでもかなりの殺傷力を持っていることがわかる。

「ハハハッ、これが実力の差ってやつだな」

 メヴィアスは自慢げに笑った。

「それを見せびらかすことが用件かい?」

 エニィルが冷静に尋ねる。

「早まるのは得策ではないでしょう」

 頭上で声がした。見上げると赤く長い髪の男が赤い翼を広げて舞い下りてくるところだった。――気付かなかった、とエニィルは小さく舌打ちをした。メヴィアスと自分の精霊召喚に気を取られていたのだ。しかし、メヴィアスと話すよりは、この男――ガルディア軍第五(特殊)部隊隊長、アビエスと話すほうが遥かにましだろうと思う。

「『西風の塔』でのことはだいたい見させていただきました」

 と、アビエスは言った。

「ピラキア山で炎の大精霊、西風の塔で風の大精霊の力を手に入れたようですね」

「…………」

 エニィルは答えない。

「北に向かっているということは、次は水の大精霊、ですか。どうやら我々が手に入れた『水の鍵』は、全て偽物だったようですね。本物の鍵は、今、貴方が持っている……違いますか?」

「わかっているとは思うけど」

 と、エニィルは口を開いた。

「『炎』と『風』については、奪おうとしたって無駄だ。アレを扱えるのは、今ではバート君とキリアちゃんだけだ」

「そんでお前は『水』と『大地』も手に入れようとしてるってわけだな。一人で強大な力を四つも手に入れて……いったい何を企んでいるんだ、エニィルさんよ?」

 メヴィアスが口元を歪めて笑う。

「企む?」

 エニィルはメヴィアスの言葉を繰り返した。

「お前も結局俺達と同じなんだろ。四大精霊の力を手に入れるのは……」

「この戦いを終わらせるため」

 エニィルはきっぱりと言った。

「僕は平和が好きなんだ。それ以上は望まないよ」

「まあ良いでしょう」と、アビエスが言った。

「我々は『炎』と『風』については様子を見ることにしましょう。しかし、『水の鏡』については見過ごすわけにはいきませんね」

「……なるほど、ね」

 エニィルは小さく息をついた。

「さ。どうする?」とメヴィアス。

「俺達だって無益な殺生は好まねーんだ。大人しく『水の鏡』を渡してくれりゃあ、この場は引いてやっても良いんだぜ」

「僕が応じると思って言ってる?」

「まさか。ハハハッ、お前とは一度、全力で戦ってみたかったんだ! 泣いて命乞いすることになったって知らねーからなあっ!」

 メヴィアスの声に応じて、一匹の赤い獣が地を蹴った。牙をむいてエニィルに襲いかかる。やれやれ、とアビエスが苦笑した。

「助けは呼ばないんですか?」

 と言って、アビエスは遠方の大型ヴェクタを見やった。

「それとも、本物の鏡は貴方の息子――あの少年が持っているから、呼べないんですか?」

「お好きな解釈で」

 エニィルは襲い来る赤い獣に水の精霊を放ちながらポーカーフェイスで答えた。

「じゃあ、念のため、こいつらにヤツらも襲わせておくか」

 メヴィアスが言うと、彼の周囲に残っていた四匹のうちの三匹が一斉に地を蹴った。子供達四人が乗る大型ヴェクタへ向かってまっすぐに駆けていく。アビエスが口元に笑みを浮かべながらそれを見送った。

 エニィルは一瞬だけそちらを見やったたが、すぐに表情を引き締め、目の前の敵、メヴィアスに集中することにした。


(2)


 バートたち四人は大型乗用陸鳥(ヴェクタ)に乗って大草原を進んでいた。バートは自分の剣の鞘を腰から外し、それをぼんやりと眺めていた。

(大精霊”ホノオ”の力を宿した、剣――)

 五年前の誕生日に父から譲り受けた、思い出の剣だった。まさか、長い間身につけていたこの剣が、大精霊”ホノオ”の扉を開け、力を得るための『鍵』だったなんて。

(で、この剣は、俺以外は誰も触れることができない……)

 ということになっているらしい。リィルの父エニィルに「お互い気をつけるように」と言われた。風の扉の奥の部屋でキリアの腕輪リングに大精霊の力を宿した後、リスティルがその腕輪リングに触れようとした途端、ものすごい衝撃で跳ね飛ばされた。リスティルの右手はざっくりと切り裂かれていた。キリアが触れているぶんには大丈夫なのだが。

 ということは、この剣――炎の大精霊の力を宿した剣も、そういうことになっているのかもしれない。リィルあたりに剣を押し付けて試してみたいところだが、それで本当にショック死でもされたら後味が悪いのでやめておく。

「あれ」

 リィルが後ろを振り返って呟いた。

「父さん……それに、何か来る」

 リィルの声が硬くなる。バートとキリアとサラも一斉に後ろを振り返った。すぐ近くにいたはずのエニィルが乗っていた乗用陸鳥ヴェクタがいなかった。遥か遠くに黒いスーツ姿の男性が立っているのが見える。そして、そのかたわらには、赤い髪の男が二人。

「げっ。あの長髪……アビエスじゃねーか?」

「アビエス?」キリアがバートに聞き返す。

「ガルディアの……ナントカ部隊の隊長だとかなんとか」

「大変っ、引き返さなきゃ!」

 サラが叫び、リィルは了解してヴェクタの向きを変えようとした。

「っていうか、何か来てるぞ!」

 バートも叫んだ。赤い獣が三匹、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。バートは速度の落ちていたヴェクタから飛び降りて地に立った。剣を抜き放って構える。

 遠方のエニィル達のそばにも同じような赤い獣がいた。ということは、こちらに向かってくる獣達も、やつらが差し向けたものだろう。そして、エニィルは一人で赤い獣とガルディアの部隊長二人を相手にしていることになる。

「あの獣は俺が何とかする。お前らはエニィルさん助けに行け!」

 バートは叫んだ。

「一人で? 相手は三匹よ!」

 サラが言い返す。

「私も残る!」

 キリアもヴェクタから飛び降りてきた。ヴェクタに残る二人を見上げて言う。

「私が遠距離攻撃でサポートするから。リィルとサラはエニィルさんを!」

「わかった。じゃあ、ここは任せる」

 リィルはうなずいて手綱を握った。

「バート、キリア。気をつけてね」

 サラがヴェクタの上から心配そうに声をかけた。

「そっちこそ、よ」とキリアは答える。

「さっさと片付けて加勢に行きましょ、バート」

「おう」

 バートは剣を構え直した。向かってくる獣を凝視する。大きさは野生の狼の三倍くらいはあり、毛並みは赤く輝いていた。バートめがけて真っ直ぐに駆けてくる。バートも地面を蹴って駆け出した。

「ちょっと! 勝手に飛び出さないでよ!」

 キリアの声が背後から聞こえるが、バートは構わずスピードを上げる。獣達をヴェクタから引き離すつもりだった。

「リィル、行けっ!」

 獣達の進行方向を変えさせてからバートは叫んだ。

「サンキュー!」

 リィルが叫んでヴェクタを走らせる。ヴェクタはバート達を大きく迂回して駆け出した。

 それを見ながら、バートは迫り来る獣が間合いに入るのを待ち構えた。間近で見るとかなりの大きさがあるのがわかる。剣の届く位置まで引きつけ、先頭の一匹に向けて剣を振り下ろした。

「?!」

 いつもと違う手応えにバートは愕然とした。

 振り下ろした剣から立ちのぼる炎は強大な業火となって赤い獣を包み込んだ。その熱の熱さをバートも全身で感じた。炎は後続のもう一匹をも巻き込んで燃え上がる。そして、二匹の獣は跡形もなく消滅した。

 炎の威力が以前と比べて何倍にも増していた。それでも疲労は感じない。内側からとめどなく溢れ出てくるような、尽きることない炎のエネルギー。こんな感じは初めてだった。バートは振り下ろした剣を見つめたまましばし呆然としていた。

「何ぼんやりしてるのっ」

 背後からキリアの叱責が耳に届く。はっと顔を上げるともう一匹の獣が目の前に迫ってきていた。剣を構え直すよりも早くキリアが叫んだ。

「風の精霊!」

 バートの髪を揺らして疾風が駆け抜けていった。次の瞬間、目の前の大きな獣の首と胴がすっぱりと切断された。一瞬の出来事にバートは息を呑んだ。切り落とされた首は地面に落ち、砕けて消滅する。同時に二つに分かれた胴も赤く輝いて消滅した。

(今の、「風の刃」か?)

 バートはキリアを振り返った。キリアは右手の腕輪リングを見つめて呆然としている。

「どうした、キリア?」

 バートはキリアに歩み寄った。

「今のが……」

 キリアは小さく言う。

「まさか、『大精霊』の力……?」

「……俺も感じた。何かいつもと違う感じだった」

「まさか一撃であの大きい獣を切断できるなんて……。それに、何なの。この後から後からわき上がってくるような、この感じ」

 バートは自分の剣に目をやった。父クラリスの顔が浮かんだ。自分に剣を託してガルディアのもとへ去った父。平然とピアンの町を襲った父。自分を容赦なく切り捨てた父。

「そうか……」

 バートは呟いた。

「この力があれば……今の俺なら、あの父親に勝てる……!」


 *


 アビエスは遠くから、バートとキリアが一瞬のうちに赤い獣を消滅させたのを見ていた。メヴィアスの大型獣が足止めにすらならなかった。目の前の男エニィルも、見たところ、メヴィアスと互角に渡り合える能力を持っている。エニィルの息子と『大地』の力を持つピアン王女の乗る乗用陸鳥ヴェクタもすぐそこまで迫っている。彼らに合流されたらやっかいだ。それに、早々と大型獣を片付けてしまったバートとキリアもすぐに追いつくだろう。潮時だ、とアビエスは判断した。

「退きましょう、メヴィアス様」

 アビエスはメヴィアスに声をかけた。

「ああ?」

 エニィルの「水」の攻撃を「炎」で相殺しながら、メヴィアスが不満そうに言い返した。

「目的は達成されました。これ以上いたずらに消耗しても意味はありません」

「目的?」

 目を細めてエニィルは遠方のバートとキリアを見やった。

「ああ、なるほどね」

「何がなるほどだ!」

 メヴィアスは肩で息をしながら叫んだ。自分がこれほどまでに苦戦させられていることが面白くなさそうだった。

「良かった」

 涼しい顔でエニィルは微笑む。

「退いてくれるなら止めないし追撃もしない。言ったよね、僕は争いは好まないって」

「ちっ」

 メヴィアスは悔しそうに吐き捨てた。

「いつか……決着をつけてやるからな、エニィル!」

 ガルディアの二人は赤い翼で大空に舞い上がった。エニィルはそれを静かに見守っていた。

 間もなく、リィルとサラの乗った大型ヴェクタがエニィルのもとに追いついてきた。

「父さん!」

 息子のリィルがヴェクタの上から声をかけてきた。

「……ひょっとして、遅かった?」

「ううん」エニィルは見上げて首を振った。

「無用な戦いが避けられて良かった」

「ええ。エニィルさんが無事で本当に良かったです」

 サラがにっこりと微笑んだ。そして、後ろを振り返って呟く。

「バートとキリアは無事かしら?」

 エニィルも遠方を見やった。敵が去ったことを見届けて、ゆっくりとこちらに歩いてくるバートとキリアの姿が目に入った。

「さ、彼らを迎えに行こうか」

 エニィルは二人に声をかけた。

「うん。そうだね」

 リィルがうなずき、エニィルは自分のヴェクタに乗り込んだ。


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