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誠実

 瞼を持ち上げ立ちながら周囲を確認すると、見覚えのある黒を基調とした色がひしめく魔王城だった。背後からの男の高笑いに連れられて振り向くと、数十メートル先に魔王と魔法使いがいた。魔王は今まで一度とも外さなかった魔法使いのフードを取って見せた。魔王の頭についている黒々とした一角の小さいものがついていた。魔法使いに視線を合わせようとするが俯いていて表情すら認識できない。



 ニタリと魔王が不気味に笑い、勇者に拘束の魔法を唱え、動きを制限すると手元に魔力で作り出された矛を出現させた。勇者が身を捻りながら脱出を試みるがびくともせずに、拘束の魔法は勇者の魔力すらも発動できないようにしていた。魔王が投げた矛は腿の腱に刺さり、勇者が悲鳴を上げ崩れ落ちてもすぐさま魔王はもう一つ出現させ投げ続ける。



 両腿の腱、腹、両肩、両腕、両手、合計九本の矛が勇者の身体を貫き、全て致命傷を外していた。近くに寄ってきた魔王を睨みながら膝をつくような形で地面と、矛によって固定されている身体を必死に動かそうとする。魔王はそれを滑稽そうに見つめながら自分の手で勇者の心臓を突き刺した。吐き出される血が顔についたところで魔王の表情は変わらず、楽しげに行為に及んでいる。勇者の心臓の部位から取り出されたのは鮮血が付着する白く光る真珠のような玉だった。その玉を飲み込み、手についた血を舐めた。



 その手を意識が無くなる寸前の勇者のうな垂れた頭部にかざし、魔方陣を展開していく。魔法使いとは一線をくつがえした巨大な黒い魔方陣が何百重にも折り重なった。魔方陣に手を押し当てようとしたとき、魔法使いが魔方陣と勇者の間に手を広げて入ったが、すぐさま魔王は魔法使いの脇腹を蹴り飛ばした。身軽な魔法使いは軽々と飛ばされ魔王城の支柱に激突し、咳き込むと同時に血を吐き出した。



「どうした。こいつに情でも移ったのか?」魔王が向ける眼差しは家族に対するものではなく、すでに裏切り者へと向ける視線に変わっていた。魔法使いが千鳥足で立ち上がり、魔王に向かって泣きながら叫んだ。「違う! お父さんは勇者さんの力を借りようとしたんだよね? なんで殺さないといけないの!?」



 魔王がもう片方の手で緑の魔方陣展開をして三重にしたあと魔法を発動させ、魔法使いの首もとを切り刻んだ。未だ冷たい視線を送り「こいつは我が家に押し込み、家族を虐殺したのだぞ。許しておけるものか」平坦な口調だが確かに憎悪が織り込まれていた。魔法使いが一番近く見てきたのだから、人一倍魔王の気持ちは分かっている。



「我が魔王のみに司る神邪気、そして神聖気、この二つが合わせれば世界の創造者である神をも凌ぐ理から外れた力を手に入れ、この間違った世界を一から作り直すことができる。今度こそ素晴らしい世界を創造するのだ。その際には貴様も始末しなければいけなかったのだが、この際に消しておくか」一片の迷いも無く言い放ち、手を魔法使いのもとへ向けたとき獣の叫び声が聞こえた。いや、獣のような勇者の叫び声だ。



 魔王は唇噛み締めた後「魔王の娘に対して守ろうとする行為が出来る者が、何故、あの時……」魔方陣の展開を解いた魔王は素手で勇者の顔面を殴り、顎を蹴り飛ばした。勇者が天を仰いだ時に魔王が見た瞳は、魔法使いの方へと向けられていた。「貴様は裏切られたのに、なぜ自分のことより心配できるのだ!」表情を怒りへと変え、動けない勇者に対して暴行を続ける。魔王が勇者の顎をもう一度蹴り上げようとしたとき、魔王の足は、中心にぽっかりと穴が空いた勇者の手によって止められた。刺さりが緩くなった際に抜いて地面に放った矛を、勇者は手に取り魔王に向けて突き刺した。その矛が触れる前に粒子になって消えるのを見て魔王はそのまま振り返って勇者のもとから離れていき「神聖気を失った貴様は既に一般の民と同等だ。我に触れる事も出来ない。最後の余生を楽しんでおけ」と言い放った。



 そのまま気を失った勇者に、這い蹲って来た魔法使いがある事を耳打ちして転移石を勇者の額に当てた。



 自分を呼んでいる声に勇者は目が覚めた。勇者を呼んでいたのは僧侶だった。「大丈夫ですか!? 勇者様、治療は済みましたがまだ動いてはいけませんよ」一安心したような表情を見せ、勇者の頬を押し上げる。勇者がいつも落ち込んでいる時、僧侶は無理矢理笑顔にしようとする。だがそんな事で癒えるはずが無い傷を負った勇者を感じ取ったのか、少しでも痛みへの意識を逸らすようにと、僧侶があのときの話をしてくれた。



「結果から言いますとこのような状態で無事でいます。あれから狼は怯んで何処かへと逃げていき、私は失血死しないように少しずつ私の血から魔力を吸収しつつ魔力の回復に努めました。そして死神や神様がちらほらお見えしたときに全回復魔法を唱えてこのような状態になりました。そして勇者様に私の無事を伝えようと思い、国へ向かうと理由は分かりませんが酷いことをされ、周りからの冷たい視線に耐えられず砂漠を彷徨っていたところで、転移石を使われて現れた勇者様がいるじゃありませんか。すたこらさっさと近くにあった廃屋のベッドに寝させて治療が終わったところです。ところで話は変わりますが、魔王から受けた傷は私でも教会の中で準備した魔法でなければ直せないので、顔を隠しながら気休めの痛み止めを国へ買いに向かったのですが、魔王の娘を捕らえたと大々的に発表していました。魔王のみが有していた黒々とした小さい一角を頭につけ、首もとから大量の出血をしながら玉座の間へ来たそうですよ。詳しい事は存じませんが魔王討伐の怨みが募った結果なのでしょうか」



 勇者は魔法使いを信じ続けていた。こうやって助かったのも魔法使いのおかげであり、玉座の間に向かったのは自分の父の危険を教えたかったのか、それとも転移先が決められなかったのかもしれない。



 勇者は軋む身体に鞭を入れ上半身を持ち上げ「……そいつを助けに行くぞ」と真っ直ぐな瞳で僧侶に訴えた。最初は話の主語が検討つかない様子の僧侶だったが、理解した途端笑い出した。一緒に旅をしているときも無茶なことや不可解な行動をとる勇者だったが、常になにかしら理由があっての行動だということを知っている僧侶は承諾した。



 僧侶は溜め息を漏らしつつその日の夜、勇者を背負い自分が住んでいた教会に向かった。教会は酷く汚れ、町の人から受けた傷や誹謗中傷の文字が書かれている。自慢のステンドグラスが粉々になって散乱しているのを一瞥して僧侶は準備に取り掛かった。教会は神の御加護を受け取りやすい場所でもあるため僧侶の力を増幅させるのだ。



 魔力を込めながら白いチョークで地面に魔方陣を書き、中心に勇者を寝かせた後、僧侶は魔方陣の縁に膝をつけながら祈り始めた。白い光りが勇者を包み込み、僧侶の祈りが終わる頃には勇者の傷は跡形も無く消えるはずだった。僧侶に"治した"というより、むしろ"傷つけた"という感覚が強かった。



 僧侶が勇者の服を脱がせ、傷跡を確認してみると消毒液のような紫色の泡が異常な速さで傷を治していくのだ。この治り方を僧侶は見覚えがあった。



 日が山から光りを漏らしている頃には勇者は完治しており、すぐに勇者は出かける用意を始めようとしたとき、真剣味を帯びた口調で僧侶にこれまでの経緯を詳しく聞かせて欲しいといわれた。魔法使いの一刻を争うときに話している場合ではないと僧侶に言ったが頑なに聞いてくるので、勇者は魔法使いに魔王城へ連れて行かれたこと、そして魔王城でなにがあったかを素早く話した。勇者の記憶は魔法使いが魔法で傷つけられたところまでだった。



 急ぐ勇者を制して僧侶は文献と自分の憶測をふまえてと前置きして話し始めた。「神聖気と邪神気は神から選ばれた者のみが与えられるのはご存知だと思いますが、神聖気の選ばれた者は世界に住む一割の人口です。選ばれた者に神聖力の種を植えつけられたと考えて、選ばれた人の心が大きく、そして劇的な成長する者のみが神聖気の種を開花させて、逆に同じような原理で魔物に植え付けられるのが邪神気の種です。開花した種は心臓の近くに小さな玉として存在して、種を奪われると神聖気や邪神気の力は使えなくなります。話からすると、勇者様は神聖気を無くし、そして魔王は神聖気を力に加えたということになります。勇者様も察していると思いますが、ここからが重要なところです。勇者様は魔族になった可能性が高いです」と言ったものの、勇者は話が終わったことを僧侶に確認して教会から駆け出していってしまった。勇者の頭には魔法使いのことで一杯なのだと僧侶は思って少し笑いながら勇者の後を追いかけた。



 走る勇者から一歩退く町民によって道ができ、勇者と僧侶は国王の住む城の門前が見えてきた。勇者は門を剣で切り、蹴り飛ばして進入するも走る速度を緩めない。重い鎧を着た門番には勇者と僧侶の足の速さに追いつけず、二人は城の窓ガラスを身体を使って突き破った。魔法使いが囚われている地下牢の道筋に現れる、門番の声に呼ばれた兵士達を、僧侶から身体強化魔法がかけられた勇者が急所を的確につきながら気絶させていった。曲がり角の先に地下牢へ通じる扉があったが、腰の刀の柄に手を置き構える男がいた。武具屋の店主とは次元が違うかのような筋骨隆々の肉体から繰り出される繊細な刀の一閃は、一つの森を薙ぎ倒すと言われる。この城で最強と名高い兵士であり、勇者が剣を教えてもらい、そして一度も勝ったことがない者である。勇者に進入の目的を問うが返答は、国の兵士として潰さなければいけない目的だった。



 説得は無理だと判断し、かつての弟子を敵とみなし閃光のごとく刀を鞘から取り出す瞬間、勇者が走る速度を一気に上げて刀を鞘にしまい込むように蹴りを入れ、もう片方の足で顎を蹴り上げ空中で一回転し、着地する頃には最強といわれた兵士は地に伏していた。しかし、国を背負ってきた手が勇者の足を掴む。




「行かせぬ……! 代償我が身を焦がし焔の裁きを裁断せよ!!」




 勇者は簡易魔法で僧侶を吹き飛ばし、師匠に「そこまでする理由はどこにあるんですか!」と叫んだが、顔を伏せていて表情は確認する事は出来なかった。

 師匠を中心に膨大な魔力が爆発した。国中に地響きが鳴り、爆風は門番を壊し、爆発は天を裂くように一直線に燃え上がった。

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