格差クラス
『恥ずかしい事を聞くね。里中さん。でもそんなこと考えてないかな』
『高校生なら、そのぐらい考えてもおかしくないと思うわ』
『僕は、クラスのマスコットなんだよ?そんなこと考えられる権利なんてないよ』
『曲がった考え方ね』
『そう?間違ったこと言ってないと思うけどなぁ』
『もっと気楽に生きた方が良いと思うわ』
『あと、そんなに自分を追い詰めない方が良いわね』
『うーん、頑張ってみるよ』
「彰、そろそろ寝なさい!!」
「わかった、もう寝るね」
『そろそろ寝るね里中さん。メールできて楽しかったよ!!』
『わかったわ。お休み黒鳥君。私もメールができてたのしかったわ、また明日会いましょう』
今日は、近所のおばさんの悲鳴も聞こえないし里中さんとも楽しくメールができた。昨日の夜の変死体の犬を見た後でトラウマが残っているのもあるし、なによりも毎夜に人の悲鳴を聞いたら病んでしまいそうだが、何とか乗り越えられそうな気がしてならなかった。
そして、平和で静かな、寝心地のいい夜が久しぶりに来たような気がした。
やっぱり、心身を休めるなら家が一番だ。
学校で嫌な思いをしている分、家ではゆっくりしたい。
そういえば、里中さんが気楽に生きた方が良いって言ってたな。
言葉で言うのは簡単だけど、現実はそんなに甘くないからな…
そろそろ寝ないと、明日に支障が出そうだから寝るとしよう。
そうだ、目覚ましで早く起きて気分転換に近所の散歩でもするかな。
朝の空気は爽やかだって言うし。
ジリリリリ
目覚ましを止めながら、布団から出た僕はパジャマから外着に着替えた。
「おはよう」
家族の寝顔に挨拶をしてから、玄関を出た。
早朝の空気は新鮮で、深呼吸をしてから散歩を始めた。
ランニングをする人や、犬の散歩をする人もいた。犬を見たとき、あの日の変死体の犬を思い出したがその姿が薄れていっていた。
散歩を、続けていると還暦を迎えているだろう白髪のおじさんに「小僧もランニングか?」と聞かれた。
僕は「散歩です。早朝の空気は気持ちがいいですね」と笑顔で答えた。
「そうだろう。早起きは三文の徳って言うぐらいだ。また会う時があったらまた会おう、小僧」
そう言い残し、去って行った。
そろそろ家に戻らないと、母さんが起きてくるかな。と公園の時計を見ながら考えた。
家に戻り、寝起きの母さんにリビングで会った。
「彰、出かけてたの?」と母さんに聞かれた。
「ちょっと散歩に出かけたい気分だったから散歩に行ってきたんだ」と答えた。
「あら、そうなのね。朝ごはんができたから食べちゃいなさい」
軽くうなずき、朝ご飯を食べ始めた。
それと同時に、設定してあったテレビが自動で付きニュースを映した。
昨日、ニュースになっていた通り魔の事件がトップニュースになり、コメンテーターは通り魔の気持ちを分かった風に解説し始めた。
本当に、コメンテーターは通り魔の気持ちが分かっているのだろうか。
僕は、クラスの人の気持ちさえ分からないというのに。
「そろそろ、学校に行かないと遅刻しちゃうわよ」
「わかってるよ」
散歩をした私服から、制服へ着替えながら答えた。
「行ってきます、母さん。有紀にもよろしく言っといてほしいな」
「言っておくわ。いってらっしゃい、彰」
玄関を出て、深呼吸をしたが早朝のような爽やかさはなかった。
学校に行っている途中、僕の本を投げ捨てた荒川が一人で登校しているのが見えた。
話しかけようと思ったが、話す事がないので見なかったことにして僕も登校した。
クラスに着くと、僕への田口からの暴力がなかった。
違和感を感じながら、田口を見ると机に突っ伏して体を震わせていた。
クラス中を見渡すと、みんなが僕と目を合わせてくれるようになっていた。
何が、起こっているのだろうか。
そして、一時間目の授業中に田口は保健室に行くため退室をした。
そのあと田口は、早退をしてしまった。
昼休みになり、昼食を食べていると田口のグループの奴らが新しいリーダーを誰にするかを決めていた。その時、一人の奴が僕に「誰がリーダーが良い?」と聞いてきた。
なぜ僕に聞くのか、聞かずにはいられなかった。
僕は「なんで僕に聞くんだ?」と聞き返した。
「それは、田口が俺たちのグループの触れてはいけないルールを破ったからだ」
「破ったからって理由にはならないんじゃないのか?」
「田口は、破ったことで今日からマスコットになったんだ。それによって黒鳥はマスコットではなくなった。思い当たる点があるんじゃないか?」
「みんなが、目を合わせてくれるようになったことか」
「そうだ」
「一つ疑問なんだが、マスコットは二人いるのはダメなのか?」
「だめだ。二人以上いると反抗心を持つ可能性が出てくるからだ」
「なるほど。で、なぜ僕に意見を求めたんだ?」
「それは、黒鳥が田口に対して恨みがあるだろうからその仕返しの代表を黒鳥に決めてほしいわけだ」
「俺は、田口には恨みはない」
「黒鳥が知らないところで、多くの被害を黒鳥の周りの人間が被っているぞ。もちろん黒鳥自身も受けて来ている訳なのに恨みがないのか」
「あぁ、ないな。だから、お前たちで決めてくれ」
「了解だ。今回はこっちで決めさせてもらうが、困ったら言ってくれ力になれるだろう」
マスコットから抜け出せたことは嬉しく思う。
しかし、元田口のメンバーに入って嬉しくは無い。元々は自分を苛めていた人間を仲間だと思いたくなかったし、やっぱり胡散臭く感じてしまう。
一日のすべての授業が終わり、家に帰る前に体育館裏に寄って帰った。
そこには、里中さんがいた。
「やっぱり、ここに来てたんだね里中さん」
「そうね、ここが黒鳥君との出会いの場所ですものね」
「なかなか、照れること言うね」
「何を照れているのかわからないけれど、今日は一言だけ言いたかったの」
「何かあるの?」
「用事が多くて、大変なのよ」
「そうなんだ~」
「話がずれたから、用件を話すわね。言いたかったのは、脱マスコットおめでとうって事よ」
「ありがとう、里中さん」
「じゃあ、ここで失礼するわね。メールは今日は返信できないと思うからしない方が良いと思うわ」
「わかった!!じゃあ、また明日会おうね。里中さん」
家に帰る途中の100均でシャー芯を買おうと思って店に入った。
シャー芯はすぐ見つかったけど、店を探索したくなり店内をブラブラしていた時だった。
早退したはずの田口が目を腫らして周りをきょろきょろしブツブツと何か言いながら、果物ナイフを物色していた。
異常なのは、もちろんだが今まで僕が見た中で人間では無い何かのようにも見える。
何か、嫌な予感と寒気がしたためシャー芯を田口に見つからないように会計を済ませて店を出た。
そして無意識に、早足で家に向かって行っていた。
母と妹が声をそろえて「おかえり!!」という声を聴いたとき、緊張していた心がほぐれて一気に睡魔が襲ってきた。母に仮眠をとることを伝えて、夕食まで寝ることにした。
母から「彰、夕食が冷める前に起きなさい」という声を聴いて、リビングに行き夕食を食べ始めた。
夕方のニュースを見ていると速報が流れてきた。
通り魔が捕まったというニュースだった。名前は山城透で切りつけた人数は9人との事で「まだやることがある」と供述しているみたいだ。
母は「捕まって良かった」と安心したように言っていた。
今日は、里中さんにメールはできない。
何もする事が無いように感じた僕は、ぼーっとテレビを眺め続けていた。
何時間かぼーっとしていると、いつも寝る時間になっていた。
今日は、異常という一言が似合う一日と言える。
田口のあの姿は、何かを予感させる前触れかもしれない。
明日の学校に行くときは、身の回りに気を付けなければならないかもしれないな。
明日は、物騒な事は起こらない平和な一日であってほしいものだ。
それよりも、今夜も平和で静かな寝心地のいい時間が再び来たことに嬉しくなった。
そうだ、また明日も散歩に出かけるとしよう。
目覚ましを今日の朝と同じ時間にセットして目を閉じた。
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