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唾棄すべき偏愛  作者: 平遥


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劇的な策(第2部)

ここまで17回も私の恋愛模様などという時間の浪費以外の何物でもない記録を見てきた皆様なら当然ご存じの通り、私は完璧にしてパーフェクトな人間である。

勉学においては常日頃から向上心を持って励み、スポーツをやらせれば何をやらせても結果を出し、常に博愛の精神でもって人と接し、その頭の中は年頃の男子学生なら誰もが持つであろう煩悩なぞ持たずに日本の未来を憂い思索に耽っていることなどは今さら説明の必要はあるまい。

嘘などついていない。もし有るとしてもそれは嘘ではなく表現の誇張だし、私の周りの人間はきっとこのように私を見ているはずである。

そんな完璧にしてパーフェクトな私も苦手なものの一つくらい存在する。

当然だ。人間とは苦手なものがあって初めて人間となるのだから。

岩田氏が料理が苦手ならば私は……演技が苦手なのである。

・・・・・・

「はい、ダメ。やり直し。」


時は放課後。窓から運動部の叫び声が聞こえる部室にて我々、文芸部男子組は二人で演劇練習をしていた。えぇい、むさ苦しい!

因みに足立さんは上の教室にて臨時文芸部員である川上結菜氏と共に練習に励んでいる。


「おい岩田、今のシーンの何処がダメだというのか?」

「セリフが棒読み、声が裏返ってる、動きが声に追いついていない、そもそも所々セリフを覚えてない、それから……まだいるか?」

「いや、もういい。というか岩田、私を自殺に追い込みたいのか?」

「オメーが言えっつったんだろうが。」

「むぅ、しかし岩田。私に恋愛劇をやれという方にも責任があると思うぞ。しかも主役とはこれは新手の演劇テロだと思うのだが。」

「おい、なんだその演劇テロってのは。」

「演劇テロというのは質の悪い演劇でもって空気を冷やす盛り上がりの必要な場におけるテロ行為である。」

「いや、まぁ確かにオメーの演技力はテロレベルではある。」

「しかも相手の女性役が足立さんというのは何の嫌がらせなのか?」

「嫌がらせじゃねーよ。わざわざ仲を深められるようにしてやったんだろーが。」

「劇中で恋人という設定なだけで彼女が振り向くと思うのか?」

「そこは、ほら。秘策を用意してあるから感謝しろ。」

「感謝しろとはまた随分と上からな物言いではないだろうか?」

「そこかよ。普段のオメーがこんな感じだろうが。」

「それはそれとして岩田よ。」

「おい、無視すんな。……ま、いいや。どした?」

「私の台本の最後の方のページに印刷ミスが有るのだが。」

そう、私の台本の最後の方、物語のクライマックスとでも言うべきシーンのセリフが丸々無いのである。

「これは一体どういうことだろうか?」

「あ!そこだよ。そこ。秘策ってそれ。」

「は?」

「だから、そこの台詞はねーのはわざとやってんだよ。」


こいつは何を言っているのだ?どこの馬鹿が台詞のない台本を渡すというのだ。 そしてこれのどこが秘策と成りうるのか。


「台詞のない台本で何をしろというのだ!私に何を求めている!」

「そりゃ、アドリブでしょうに。」


何をふざけたことをさも当然のように抜かしているのだ。いや、確かにアドリブでやるのはまぁ、10000歩譲って容認しよう。そうすることで質の上がる舞台もあろう。

しかし、問題なのはこの場面である。このシーンは恋愛劇におけるクライマックスの場面にしかみえぬ。すなわち……


「岩田、一つ確認したいのだが良いだろうか。」

「どした?」

「このアドリブのシーンだが……告白するシーンではないのか?」

「その通りだけど?」


即答であった。その速さたるや全盛期のクルーン投手の速球レベルである。


「何をしたい?」

「舞台上でお前のリアルな気持ちを直接ぶつけちまえよ。思いが通じるぜ!劇の質が上がるおまけ付きだ。」

「何を言っている。出来るわけがなかろう。だいたい劇の一貫として告白してどうする!」

「そこは終わった後でお前がどうにかすれば良いだろ。」

「無茶言うな。成功するわけがない。」

「そこはほら、吊り橋効果的な。」

「それで結ばれたカップルは長続きしないと言われているぞ。」

「いけるって。……保証はしねーけど。」

「保証できないものを友人に勧めるとは何事か!」

「いいからやれって。」

「断固拒否させていただく。」

「部長権限で却下だ。」

・・・・・・

その後も粘り粘ってアドリブでなくするよう頼んだのだが徒労であった。あと、一月もないのにどうしろと言うのだろうか?


「全く、岩田め!ニュース的表現で言うところの[全身を強く打って]しまうが良かろう。少しはマシになるだろう。」


と歩いていると横にぼろアパートが見えた。なんということか。岩田氏の事を考えていたら道を一本間違えたらしい。ボロアパートの名は「木曽清流荘きそせいりゅうそう」であった。

・・・・・・

そう言えば以前、「木曽清流荘には神仏が住まう」と聞いたことがある。

何ともにわかには信じがたい話である。この様なボロアパートに神や仏が住まうはずがない。

しかし、それでもこの時の私は藁にでもすがりたい思いだったのである。神仏であればたとえ、貧乏神であってもすがり付いていた自信がある。すまない、訂正する。やはり貧乏になるのは嫌だ。

失礼。まぁ、要するに私はこの様な神仏が住まうどころかこのアパート自体が妖怪なのではないかといえる木曽清流荘に向かって手を合わせ、祈ったのである。

「迷える私に慈雨の如き幸せを!しかし岩田にはちょっとした不幸を与えたまへ!」

・・・・・・

さて、閑話休題。

道を戻って歩くこと十数分。どうやらかなり前の段階で道を間違えていたらしい。

人通りは少ないが一人女子高生が歩いていた。

ストーカーと間違われやしないかと不安になったが、しかし前を歩くその後ろ姿には見覚えが有った。

いや、見覚えが有るどこの騒ぎではない。

その後ろ姿が彼女(足立さん)のものであることは間違いない。それこそストーカーの如く授業中も、部活中も、休み時間も、果ては休日にも2週に1回は彼女を見るようにしている私が言うのだから間違いない。あくまで、ストーカーの「如く」である。決してストーカーではないから賢人たる読者諸兄・諸姉、その右手或いは左手に電話を持ち「いざ、この不埒なストーカー野郎を牢にぶちこまん。」としている間違った正義感を収めていただきたい。私のこの行為は美しく高尚な愛の形である。危なくないよ。


何はともあれ、

なんという素晴らしき邂逅!

木曽清流荘に住まう神仏のなんて強大なご利益!

よし、いざ彼女の元へ。


……不可能だ。なんと声をかけるべきなのかもわからぬ。というかそれだけの行動力があればきっと今ごろは美しき高校生活を送っているはずである。確証は無いのだが。


しかし、声をかけねば始まるまい。何事も踏み出さねば始まらぬだろう。行け!行くのだ!私がこの世に男として生を受けた以上勇気こそを武器とすべきなのだ!


いやしかし、偶然出会っただけで声をかけるのも如何なものか。だが、逆に偶然であればこそ声をかけることで印象に残るのでは……。

・・・・・・

結論から言おう。足立さんは私が逡巡している間に愛知県の闇夜に紛れ消えてしまった。(もちろん、九分九厘帰宅しただけである。その位は分かっている。)この私としたことがなんたる失敗!しかも帰宅後疲れ果ててしまい台本を読むことすら出来なかった為、翌日岩田氏に「この阿呆な意気地無し腐れ高校生が!」と罵詈雑言を浴びせられた後、「ロックボトム」にて部室の床に沈められた。無念。その日の背中の痛さと来たら並みではなかった。

・・・・・・

取りあえず台詞を暗記し、動きが見られるレベルになっている頃には本番が次の日であったことなどは、今更言うまでもあるまい。

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