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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
北の国トリオー
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無人のギルド

 二人が外に出ると、太陽はその姿を隠していて暗くなる直前の物悲しげな青さが空一面に広がっていた。周囲に目を移せば、どこに何があるのかわからないと言うことはないが見えるものはほぼシルエットであり、それが人であれば誰かを判断するのが難しい状況。


 空気は澄んでいてやや冷たく、でも寒いというほどではない。


 虫の鳴く声や風で植物がざわめく音は聞こえても、人の話し声はほとんど聞こえない。町とは違い日が落ちると騒がしくなるところはない。


 ニルとルーリーノは村長に言われたとおり、隣にある建物に足を運ぶ。村長の家よりも小さく、他の家よりもやや大きい程度の建物の鍵を開けて中へ。


 整備はしているという村長の言葉は嘘ではないらしく埃っぽいことはない。しかし外よりも明かりが無くほとんど何も見えない状態。


「ミ・オードニ・マルムルテ・ブリリ・シュトーノ」


 そんな状況を見てルーリーノが持っていた袋から小さめの石を取り出して呪文を唱える。すると、部屋の中がぼんやりと見えるほどにまで石が光り出した。


 ギルドの中は宿屋のようで、入ってすぐの所にカウンターがあり、その隣に依頼を張り出す用の掲示板。入口からカウンターまでには四人がけのテーブルとイスが四つの一組だけあり、掲示板の隣に上に上るための階段がある。


 二人は椅子に座り、ルーリーノが石をテーブルの上に置いた。


「魔法ってそんなことまでできるんだな」


 隣でそれを見ていたニルが感心したような声を出す。それに対して、ルーリーノは少し不思議そうな顔を見せる。


「ニルならこれくらい知っていると思うんですけど……」


 過去のニルの言動を思い出しながらルーリーノが首をかしげると、ニルは「うーん……」と一度唸ってから口を開く。


「呪文の大まかな意味とある程度のできることしか教えてもらってないからな。それに魔導師だからって今自分の使える魔法全部挙げてみろって言っても難しいだろ?」


 ルーリーノが頷いて返す。一度覚えた呪文を忘れることはないが、思い出すためには基本的に何をどうしたいのか――今回は石を光らせたい――というところから思い出す。感覚的には言葉をすべて述べなさいと言われているようなもので、いくつかは挙げることができてもすべてはまず無理である。


「それに、俺は魔法使えないからな。どんなことができるか調べようがないわけだ」


 そこまで聞いてルーリーノは心の支えが取れたかのようにすっきりとした表情を見せた。


「そうですね。今回の場合ですとこの石に秘密があります」


 ルーリーノはそう言って光っている石を手に取り、ニルに見えやすい位置に持っていく。


「この石が?」


 ニルの目にはその石が光っていること以外普通に見えるので思わずそんな声を出す。ルーリーノは「はい」と言って目を細めると、じっとニルを見つめて話す。


「この石は火の精霊の力を流すと光る性質があるんです。これ自体は割と普及していて、町の酒場なんかが夜も明るいのはこの石を利用した光源を使っているからですね」


「そうなると、町には下手すると一家に一人魔導師が居るような計算にならないか?」


 疑問に思ったことをニルがそのまま口にすると、ルーリーノが首を振る。


「確かに私が持っているこの石はある程度時間が過ぎればもう一度光らせるのにまた魔法を使わないといけませんが、普通使われているものに関してはそれ自体に魔法が込められてますから。例えば……ニルの持っている刀のように」


 ルーリーノがニルの腰にぶら下がっている直刀を指さしながら言ったので、ニルの視線が自然とそちらに向かう。


「とはいっても、ニルの刀に込められているそれは、光源として利用しているそれとは格が違いますけどね」


「格が違うってどれくらい違うものなんだ?」


 ふと気になったニルが尋ねる。ルーリーノは「そうですね……」と少し首をかしげて考える。


「そこらの光源に込められた魔力を一とすると、ニルの持っている直刀は千以上です」


「はぁ?」


 ルーリーノの言葉に意味を理解することができずニルが変な声を出す。その声に馬鹿にされたように思えてルーリーノが少し頬を膨らませて口を開く。


「本当ですよ。それだけニルの持っている刀が可笑しいんですよ」

 何故ルーリーノが怒っているのかわからないニルは呆気にとられ「あ、いや……」と言いながら視線をそらす。


「俺としては千という数字に驚いただけなんだけどな」


 正直にニルが言うと、今度はルーリーノがしどろもどろになって顔を赤く染める。


「ごめんなさい。私が早とちりしました……」


 肩を落としてルーリーノが謝ると、ニルが首をふって気にしていないとアピールする。


「ま、今日は休むか」


 ニルがそう言うとルーリーノが「そうですね」と少しだけ元気を取り戻して言う。それからルーリーノがハッとしたように自分の荷物からもう一つ石を取り出すとそれを光らせニルに渡す。


「一応ニルも持っていた方がいいと思いますから」


 そう言ってニルに手渡す。


「これ消す時はどうしたらいいんだ?」


「魔力が切れ次第勝手に消えますが、もしも邪魔だったら適当に布とか被せておいてください」


「わかった」


 ニルが短くそう返して、立ち上がる。それに続いてルーリーノも立ち上がり口を開く。


「泊まる……と言ってもどこで寝たらいいんでしょうね?」


「たぶん二階に部屋があるんじゃないか?」


 そう言ってニルが階段の方を指さし歩き出す。ルーリーノも追うように後に続くと階段を上った先、人がギリギリすれ違うことができる程度の幅をもった通路とドアが三つ。先を行っているニルが試しにそのドアを開けて行くとどの部屋にも少し硬そうなベッドと机。後はコートかけが部屋の隅に置かれている。一番階段に近い所は人が五人ほど入れるスペースがあり後の二つは一人部屋らしく部屋に入ってすぐベッドみたいな状況。


 ニルは迷うことなく一番奥の部屋の前に行くと


「俺はここで休むから」


 とそそくさと中に入ってしまった。ルーリーノはそれを見てなんて勝手なんだと少し腹を立てたが、結果部屋割りに関して諍いがあることもなく、それに自ら進んで狭い部屋に行ってくれたのだからと考えなおす。


「とはいっても、私も一人で大部屋なんて嫌なんですけどね……」


 そう言ってルーリーノも一人部屋の扉に手を掛けて中に入る。いつも着ているマントをコート掛けに掛けてから手の中で光っている石を机の上に置く。


 持ち物から小さな鍋のようなものと木でできたカップを取り出し机に置く。


「これなら井戸で水を汲んでからくればよかったですかね」


 と、苦笑気味に呟いてから「コレクティ・アクヴォ」と呪文を唱える。すると、鍋の中に水が溜まる。それからすぐさま「ヘジュティ・ボルポト」と呪文を重ねる。


 初めは特に何の変化のなかったが、次第に水から気泡が浮かびはじめ、最終的にはコポコポと音を立て湯気を立ち上らせながら水が沸騰した。


 ルーリーノは沸騰した水をカップに移しそこに発酵させた葉を入れる。すぐに透明だったお湯が赤みがかった茶色へと変わり、鼻にスッと抜けるかのような香りが辺りを包む。


「こういう時魔導師って便利ですよね」


 そんなことを言いながら、ルーリーノは隣の部屋にいる人物のことを考える。単純なようでいて随分と謎の多い人。一緒に旅はしているとはいっても宿に泊まるときは別々に泊るし、二人で旅をし始めてまだ野宿をしたことはない。


 そう思うと、ルーリーノはニルが普段一人の時に何をしているのか興味がわいた。


「幸い今日はニルの部屋に行く口実もありますし……」


 そう言ってから、カップをもう一つ取り出しもう一杯お茶を作る。


 それを持ってニルの部屋の前に行きルーリーノは器用に片手で二つカップを持つとノックをする。五秒、十秒経ってもニルからの返事はなく、不思議に思ったルーリーノは首をかしげてもう一度ノックをする。反応なし。


「さすがに、外に出たとしたら足音でわかりますし……」


 眠っているだけかもしれないけれど、何かあった後では遅いと恐る恐るルーリーノは取っ手に手を掛けてゆっくりとドアを開く。


 最初は隙間から首だけを中に入れて様子を確認し、思い切って中に入る。


 そこにニルの姿はなく、窓から冷たい風が吹き込んでいる。ルーリーノは咄嗟にカップを机に置き、注意して窓から身を乗り出して村の様子を探る。月明かりに照らされた村は意外に明るく、それ故に特に異状がないことにすぐに気が付く。


 代りに上から物音がするのにルーリーノは気がついた。それと同時に心配が杞憂に終わったことにほっとする。


「でも、どうやって上まであがりますか……」


 ルーリーノは呟いて考える。ルーリーノ自身それなりに冒険者をやってきている為自力で屋根に登ろうと思えば登れるだけの身体能力は有している。しかし、それだとカップは持っていけない。


 次にルーリーノが考えたのは風の魔法を使って飛ばされるかのように真上に跳躍する方法。しかし、それだとカップに入ったお茶がこぼれるのは避けられない。


「結局ふわりと屋根に上がらないといけないんですよね。仕方ないですか……」


 ルーリーノは諦めたように溜息をつき、その直後なんて無駄なことをしているのだろうと可笑しくなってクスクスと笑う。


 両手にカップを持ってから、ルーリーノは目を閉じる。その状態で窓から外へと足を一歩踏み出す。本来ならそれで地面に落ちて行くはずのルーリーノ身体は宙に浮きふわりと上昇すると何事もなかったかのように屋根の上に降り立つ。



「こんなところで何をしているんですか?」


 ややふら付きながらニルのもとへ歩み寄りルーリーノが声をかける。


「星がきれいだなと思ってな」


 屋根の上に腰をおろして空を見ながらニルが答える。ルーリーノもその隣に腰をおろしてから「隣良いですか?」とニルに尋ねる。


「座った後に言われてもな」


「まあ、そうでしょうね。これ、どうぞ」


 笑いならルーリーノが言って持っていたカップをニルに手渡す。ニルは手渡されるままにカップを受け取りお礼を言ってから中身を確かめる。


「よくこんなの持ってたな」


 驚き半分でニルが言う。それもそのはずで本来庶民には手が出せない程度には高価なもの。普通冒険者といえば、纏まった金が入ったとしても酒に消えるか、装備に消えるかが殆どでこう言った嗜好品に使われることは稀。


 でも、ルーリーノ自体稀な存在ではあるし、少女ということも考えるとこういった方向にお金をかけること自体は普通かもしれないと、ニルは納得する。それに説得力を持たせるかのようにルーリーノが「冒険者をやっていて唯一の楽しみみたいなものですから」と答える。


 ニルは「そうか」とだけ言って、まだ辛うじて湯気を立てているカップを傾ける。それからそれを横に置くと「懐かしいな」と呟く。


 ルーリーノにもその呟きは聞こえていて思わず「飲んだことがあるとは意外でした」と驚きの声を漏らす。


「悪かったな。これでも家は俺を閉じ込めておいても大丈夫なくらいには金があったんだよ」


「なるほど」


 そう返してルーリーノカップに口をつける。それからその会話が続くことはなく、今度はニルが質問する。


「そう言えばよくこれ溢さずに持ってこれたな。まさか空飛んできたとか言わないよな?」


「ちょっと無理しましたが、そのまさかです」


 「正確には飛んでというよりも浮かんでって感じでしたが」そう言ってコロコロと笑うルーリーノとは対照的にニルが驚いた声を上げる。


「無理って、まさか……」


「大丈夫ですよ、昼の時ほど酷いことにはなってませんし」


 ルーリーノの言葉を聞いてニルが溜息をつく。


「ルリノ……お前馬鹿だろ」


「私の名前はルーリーノです。ですが、さっきの行動に関しては自分でも可笑しい自覚はありますよ?」


 ルーリーノは反省する様子もなく言うので、ニルは諦めた表情を作り、


「それで、本当に大丈夫なのか?」


「多少ふらつくくらいですから大丈夫ですよ」


 ニルがそれは大丈夫と言えるのかと考えている間にルーリーノが続ける。


「でも、もしもだめそうなら少しだけ肩貸してくださいね」


「いいけど、さすがに抱えて降りるのは骨が折れるから、最終的には自分で降りてくれよ?」


 ニルが溜息をつくのを見てルーリーノがクスクスと笑う。


 ニルはその笑いを無視して真っ直ぐに空を見つめる。それを見てルーリーノも視線を上にあげた。


 ルーリーノの目に映ったのはたくさんの光の粒。夜空一面に、でも均一ではなく。あるところには数が多いためか白い靄のようになっていて、あるところには点々と星が見える。


 一つ一つの星の輝きも疎らで、ある星はよく見えるしある星はぼんやりとしか見えない。しかしその星々による光は夜だというのに本が読めそうなほど。


「すごい星空ですね」


 思わずルーリーノが呟く。


「お前ならこれくらい見たことあるんじゃないか?」


 ニルが視線を動かすことなく尋ねると、ルーリーノもまた空を見上げたまま口を開く。


「見る機会だけなら、数えきれないくらいあったと思います。でも、こうやって実際に見るのは初めてですかね」


「意外だな」


 ニル自信何が意外なのかわかっていないがそう言う。


「今まではのんびり星空なんて見ている余裕がなかったんですよ。でも今は誰かさんのせいで余裕を無理やり作らされている感じです」


「困った奴だな誰かさんってのも」


 無感情にニルがそう言うとルーリーノが「もう……」と溜息をつき、ニルにばれないように微笑む。




「ルリノは夕食食べたのか?」


 ふと、ニルがルーリーノに尋ねる。


「だから、ルーリーノですってば」


 とお決まりの台詞を言ったあとで、ルーリーノは「そう言えばまだですね」という。それを聞いてからニルがパンといくつかの木の実をルーリーノに手渡す。


「いいんですか?」


「まだあるし、それにそこら辺は早めに食べないと勿体ないし」


 確かに今ニルがルーリーノに手渡したものは保存には向かない故、無駄にしないために早めに食べてしまうのが定石。しかし、それでも二、三日くらいは持つので今食べてしまっていいものかとルーリーノは考える。


「たぶん、二、三日くらいこの村にいるしな」


 ニルがそんなことを言うので、ルーリーノは諦めたようにパンに口をつける。何もついてないそれは塩と小麦粉の味しかせず、さらに口の中の水分が持っていかれる。でも、そう言った食事になれているルーリーノにしてみれば問題なく食べることができ、飲み物もある今十分な食事としてルーリーノ空腹を満たした。


「食事といえば、どうして断ったんですか?」


 村長とのやり取りを思い出しルーリーノがニルに尋ねる。


「この村今食糧不足なんだろ?」


 ニルはそれだけ言って、カップにあと少しだけ残っていたお茶を一気に飲み干す。


「確かにそうですけど、冒険者としては……」


 そこまで言ってルーリーノは口を閉じる。それから少し間をおいて、


「いえ、ニルらしいと言えばニルらしいですね」


 と言い直す。


「その言い方どこか引っかかるな」


 ニルが笑いながらそう言ったあと、二人はしばらく星空を見続けた。

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