蛇足その2
「で、何で急いで帰ってきたんだ?」
東の城。そのユメの私室でニルが問い詰めるようにニルが言うと、ユメは「別に急ぐ意味はなかったんだけど」と軽く返す。
「ニル君、私に何か聞こうとしてたでしょ。おそらくユウシャについて」
ユメの言葉が正しかったので、ニルは少しばつが悪そうに「そうだな」と返す。それから、この急な行動の意味を何となく理解し口を開く。
「ルリノにユウシャの事について聞かれるのがまずかったのか?」
「やっぱり、こっちの世界じゃ私のいた世界の事は広まるべきじゃないだろうし、それに、いちいち説明をするの面倒じゃない?」
そう言ってユメが笑うのを見て一瞬あきれ顔を作りかけたニルだが、ユメの表情の変化を見て真剣な表情へと戻った。
「訊かれたら嫌じゃない? イジメってなんですか? とか、ヒキコモルってどういうことですか? とか」
「ああ、そうだな」
自嘲気味な笑いを浮かべるユメにニルはそう短く返す。それから、ユメは努めて明るい笑顔を作った。
「それで、ニル君が聞きたいのは“私達“についてだよね」
「そうだな。お前を含めたユウシャがどんな人物だったのかってところだ」
「いつかは聞かれるだろうなとは思っていたんだけど……まあ、初めから話そうか」
照れた笑い浮かべてから、ユメはそう言うと「そもそも私達はみんな“ユウシャ”なんて呼ばれていい人じゃなかったのよ」と話し始めた。
ユメがまだ夢と呼ばれていたころ。親の都合で中学の友人のいない高校に入学した後ほどなく夢はクラスメイトからいじめを受けるようなった。
始まった理由としては単純に遠くの学校からやってきた生徒であるから。そのいじめは少しずつしかし着実に酷くなり、夢が二年生になることには持ち物を壊されるレベルにまで達した。
それに耐えられなくなった夢は二年生の一学期を最後に家に引きこもりはじめる。結果両親に迷惑をかけるようになってしまった夢は家でも居場所を失い、とうとう死を決意した。
ニル達のいる世界にやってきたのは丁度その時。朝起きると夢は森の中に倒れていた。あたりを見回すと近くに二人の男が自分と同じように倒れていて、夢はまず始めに自分の身体に異変がないかを確かめることにした。
衣服も特に乱れておらず、特に異変もないことを確認した所で勇気を出して倒れていた二人を起こしにかかった。
「それが、残り二人のユウシャってわけか」
「まあ、そう言うことね。年齢的には一人が私と同じくらいで、もう一人が一回り上ね」
ニルがユメに確認するようにそう言うと、ユメはすぐに答えた。
それから、ユメが続ける。
「それで、状況が分からないままに各々自己紹介したんだけど、私と同年代の方が自分のことを『ミヒロ』なんて言い出して。それに対して問い詰めてみると所謂ハンドルネームって奴でね、結局本名は教えてもらえなかったな」
呆れたような、懐かしむようなユメの声を聞いてから、ニルは「それでもう一人は?」と問いかけた。
「もう一人はカズヤ。年上だったから私はカズさんって呼んでたけどね」
ユメはニルの問にそう答えると、続ける。
三人が三人それぞれの存在の認識が終わった頃、木の陰からガサっと言う音を立てて、シルクハットにタキシードと言うその場に何一つ似つかわしくない老人が現れた。
「うんうん。ちゃんと揃ってるね」
老人はその姿からは想像できないほど若い男の子の声でそう言うと、三人を見回す。三人の方は急にやってきた老人に驚いて何も言えないでいた。
「はじめまして、私は「創造主」です。君たちを異世界へと連れてきました」
「異世界だって」
ユメとカズヤが全く反応できないでいるなか、ミヒロだけが興奮した様子で老人の言葉を繰り返す。
「そうそう、今だ剣や弓で戦い、魔法も存在する。そんな異世界」
それを聞いて、さらにミヒロの目が輝き出す。それとは対照的にカズヤは至って冷静な様子で口を開いた。
「仮にここがそんな世界だとして、僕たちがどうやって生きていくんだい? おそらく、ここから少しでも動けば命の危機に瀕するんだろう?」
自分たちの命の話をしているのに、まるで他人事のように話すカズヤにユメは違和感を覚えたが、現実的にカズヤの言った問題があるのならばこんなにのんびりしていられないのだろうと、その違和感をすぐに何処かへと追いやった。
「君はなかなか良いところに目をつけるね。正確には私が此処から居なくなった瞬間から危ういだろうね。そんなに治安がいい場所じゃないし」
老人がシルクハットをくるくると手で回しながら、三人の周りを歩く。それをミヒロは食い入るように、ユメは首が動く範囲で見ているが、カズヤだけは完全に無視して前を向いていた。
「だから、君たちにはこの世界であっても破格の能力をプレゼントしてあげるよ。一つは今君たちが話している言葉を話すとそれが現実になる力、一つは今君たちが使っている文字を使って字を書くと書いたことが現実になる力。最後に、動物までなら何でも作れる力。ただし、選べるのは一人一個。誰かが選んだものは選ぶ事が出来ない」
「早い者勝ち。さて、どれにする?」と老人が歩くのをやめて三人にウインクをする。すると、カズヤが「すまないね」とユメとミヒロに言って一番早く老人に声をかけた。
「僕は最後の力をもらうよ」
その言葉を聞いてミヒロが安堵の息を洩らす。それから「カズさんそれでいいんですか?」と野次を飛ばすように言った。
カズヤは掛けていた眼鏡をかけ直すと「ああ、眼鏡が壊れたらすぐに作れるのはたすからね」と冗談を言う。それにミヒロが笑って、すぐに口を開いた。
「じゃあ、俺は一番最初のにするわ」
そう言ってユメを見る。おそらくそれでもいいかと確認を取っているのだろう。三つの力から一つを選ぶなんてできそうになかったユメはそれに頷いてから「わ、私は二番目のでいいです」と言った。
「お、案外すんなり決まったね」
驚いた顔で老人は言うと「力をあげるのは最後の最後にするとして、何か聞きたいことはないかい?」と三人の顔を見る。
そこで、ユメがおずおずと口を開いた。
「あの……貴方は誰で、何でこんなことをするんですか?」
ユメの話を聞きながら、ニルは創造主と言う言葉が引っかかっていた。その答えはすぐに出る流れなので強いて尋ねようとはしないが、とりあえず言っておかないといけないかと思い口を開く。
「今と全く印象違うんだな」
それを聞いてユメが笑う。
「あの頃は若かったよね、本当に。何せ千年以上前だし、千年もあれば人は別人のように変わっていても不思議はないでしょ」
普通人は千年も生きないと思うがなと頭で思いつつ、ニルはそれを声にはしない。
「それで、なんて返ってきたんだ?」
「そうだね……」
「私? 私かい? 最初にも言ったけど、君たちの感覚で言うと私は創造主だよ。君たちの世界、君たちの神を作りそれを眺めている存在ってところだね」
老人が楽しそうな声を出す。どうにもユメが理解できていない中、老人はそんな事を気にせずに話を進めた。
「ついでに君たちにあげる力は神と同等、それ以上の力だけど、創造主には勝てないからそのつもりでね。とはいっても、君たちはこの世界の住人じゃないからどうなるかはわからないけれど。んで、それが君たちをここに連れてきた理由」
「違う世界での僕達の行動を見るってところかい?」
カズヤの問いかけに老人は首を振る。
「ただ、私が楽しみたいだけさ。創造主と言っても何人もいてね、ある程度ルールとかあって面倒なんだよ。例えば今みたいに君たちを勝手に違う世界に連れてくるとかね。でも、この世界を作った創造主って言ってしまえば若くてね。要するに、先輩の弄りみたいなね。それだったら、ルール無視してもお咎めなしかな、なんて思ったからやってみたんだよ」
「それで、僕たちを選んだ理由は?」
カズヤが鋭い声を出すと、老人は「君らもなんとなく分かってるんじゃないの?」と言ってから続けた。
「全員が一様に元居た世界から消えたいないしは別の世界に行きたいと思ってたからこっちに連れてきたんだよ。一人は世界に絶望していたし、一人は死のうとしていたし、一人は世界に退屈して異世界に行きたいと本気で思っていた感じだね」
「それじゃ、ここらで。まだ見つかりたくないからね」と言って老人は三人の目の前から消えてしまった。
「剣、出ろ」
老人が消えた直後ミヒロがそう声を出す。その声が聞こえてからユメがミヒロに視線を向けた時にはミヒロの手には剣が収まっていた。
「ロングソードか、なるほどね」
そうミヒロが呟いたのに反応して、もう一本剣が宙に現れ地面に落ちる。それを見て驚いたのはミヒロ自身で「うわぁあ」と声をあげた。
「あの創造主ってやつが言っていた事は本当だったんだな」
ユメも何が何だか分からず、言葉を発せない状況でカズヤだけが冷静にそんな事を言っていた。
「間違いなくミヒロが異世界に行きたがってたんだろうな」
まるで迷惑だと言わんばかりの言い方でニルが言い放つ。それを聞いてユメが笑って「それでも、一番ポジティブな理由だったよ」と返した。
「それで、今のままだとミヒロと会話できないってことになった時にミヒロが「ゼンインガコノセカイノコトバヲハナセルヨウニナレ」なんて言ったから、それから先は特に困った事態にはならなかったのね」
「おそらくそう言うことにばかり頭が働く奴だろ。なるほど、通りでシセイジュウをギャクジュウジに使うわけだ」
ニルが納得した所でユメが「そうそう」と同意して笑った。
「さて、これからどうしようか」
ミヒロの言葉の問題が片付いた後、カズヤがそう残りの二人に問いかける。その時に今まであまり話せていなかったユメが口を開いた。
「とりあえず、町か村を探しませんか?」
「まあ、そうだね」
ユメの言葉にカズヤが同意した時、不意にミヒロが「モヨリノシュウラクマデシュンカンイドウ」と言った。
次の瞬間ユメの目に映ったのは申し訳程度の柵に覆われた村。まだ少し距離があるが、そこにいる人たちはみな、黒くない髪の毛をしていてユメはここは外国かなんて思ってしまう。
「やっぱり、冒険の最初は村からだよな」
ミヒロは村を指さすと、楽しそうな声を出す。それを呆れた様子で見ていたカズヤがその様子と寸分の狂いもない声でミヒロに声をかけた。
「なあ、ミヒロ。別に命令をするつもりはないんだけど、こういうことをする時は一言くらいかけてくれてもいいんじゃないか?」
「ああ、悪い悪い」
異世界に来たという実感の沸いたミヒロは、気が大きくなった様子でそう返すとすぐに村のある方を向いた。
二人のやり取りを見ていたユメはひとつ引っかかることがあって恐る恐るミヒロに尋ねる。
「ねえ、冒険……するの?」
ユメの言葉を聞いて半ば驚愕したという様子でミヒロがユメを見る。
「せっかく異世界に来たのに冒険しないってことはないだろ。こんなすごいち力も貰ってるんだから死ぬ可能性だって低いだろうし……」
ミヒロが大きな声でそう言っていたからなのか、村人の一人が三人の存在に気がついて近寄って来た。
「近づいてきたと思ったら「亜人が出たぞ」と叫ばれてね。その頃はまだ亜人って何だか分かっていなくて、気がついたら囲まれてたんだけど、「俺達は亜人じゃない」ってミヒロが叫んだら向こうが安心した顔してね」
「その頃には西と東出違う言葉を使っていたってのは広まってたんだろうね」とユメが懐かしげに話すのを聞いて、ニルは「あー」と意味のない言葉を発する。
「で、話を聞いて亜人の存在と戦争とを聞いてやっぱりミヒロが「なるほど、俺達がマオウを倒すユウシャなんだな」って言いだして、カズさんもカズさんでそれを困った顔で見ているだけだったし、結局ミヒロに押し切られる形で旅が始まったんだけど、その辺はお伽噺とかで知ってるでしょ?」
ユメが尋ねると、ニルが頷いて話し始める。
「怒涛の勢いで西側の領地を奪い返して行ったんだろ?」
「まあ、その中で私はこの世界がどこか好きになってね。できるだけ亜人も人も殺さないように……って言ってもそもそも動物すら殺した事の無かった私が殺せるわけがなかったんだけどね。で、この世界が好きになっていくほどに元の世界に帰りたいと言う思いも強くなってね。その辺はミヒロも思っていたらしくて「マオウを倒したら元の世界に戻れる」なんて言い出して私もそれを信じていたのよ」
「実際は見ての通りなんだけどね」と、ユメが自分を見て自嘲気味に笑った。
「ミヒロも……ってことはカズヤはどうだったんだ?」
ニルの疑問にユメの表情が暗くなる。
「カズさんはずっと違ってたんだよ。最初に力を貰う段階から。私やミヒロの力が強すぎるっていち早く気がついたんだろうね。たぶん、もう死ぬ以外に道はないという状況まで考えて、もしかすると私達の力だと死ぬ事が出来なくなるんじゃないかと思っていたんだと思う。だから最初に謝られたし、マオウを倒した後すぐに神をも越える壁を作るって無理をして死んだんじゃないかな」
「でも、そうだとすれば、カズヤが一番この世界の住人として生きていきやすかったんじゃないか? 力も強すぎないし、すぐに死なないといけないことなんてなかっただろ?」
ニルの言葉にユメが首を振る。
「これはもう私の想像でしかないんだけど、カズさんは私達が元居た世界ではなくて、世界と言うものすべてに絶望していたんじゃないのかな? だから別に自分の命の話になっても冷静でいられたんだろうし、マオウが倒されて私達につきあう義理もなくなったから先に死んだんだと思うよ。もしくは死んだのは私達に教えてくれたのかもね」
「教えてくれた?」
ニルがユメに疑問をぶつけると、ユメは「そ」と短く言ってベッドに仰向けに倒れた。
「もう元の世界に戻れないし、この世界から抜け出すためにはもう死ぬしかないんだってね」
ユメがそう言ったところで、ノックが聞こえ続いてスティノの声が「ルーリーノ様がお戻りになりました」と言った。
「ありがとう、スティノ」
ユメは扉の向こうのスティノに聞こえるようにそう言うと、ニルの方を向いた。
「って事で話はこれでおしまい。満足した?」
からかうようなユメの声が部屋に響いた後で、ニルはゆっくりと口を開いた。
「いろいろな謎は解けた気がするな」
それからルーリーノを出迎えたユメが、ルーリーノにひたすら文句を言われているのをニルが何とも言えない目で見ていた。
いかがだったでしょうか。友人に三人目のユウシャって結局なんだったんだということで、書き始めた話でしたが見ての通り途中で力尽きてます。
三人目のユウシャであるカズヤは話の展開からすれば、残りの二人に絶望を与えるための立ち位置みたいなものです。もう死ぬしかないんだ……と。
あくまでもユメやミヒロが居てからこそのキャラだったので本編では扱いが適当だったとそう言う役割です。
その1に関しては完全なる蛇足。一応こんな設定だったんだけど誰も気が付かないよな。みたいなところをついで何で書いてたらああなりました。
さて、これで黒髪ユウシャは本当に終わりのつもりです。
長々とお付き合いくださりありがとうございました。




