蛇足その1
蛇足です。時系列的には最終話とエピローグの間でしょうか。
蛇足とありますが、記憶が正しければその1の8割まで茶番で残り2割が蛇足。その2が本題だったりはします。
詳しくはその2のあとがきにでも書きますので、今一度お付き合いいただけたら幸いです。
大陸の東側、亜人と人が共存するこの地のさらに東側にある学園都市ウニベータ。
ここは中央にある王都よりさらに東にあり、王都の次に種族が入り乱れている地。その名の通り多くの学校が密集――と言うか東側に置いてもまともな学校はここにしかない――しており、その校舎は三から五階で且つ一階当たりの教室数が多いことを除くとその造形は様々。
そんな街にニルとルーリーノはユメに連れてこられる形でやってきていた。いつものようにフードを目深に被った状態のニルに対して、レースをあしらった白いカーディガンに胸の所に真っ赤な宝石が付いたブローチが付いていて、紺色のプリーツスカートを穿いている。
「何だかんだでやっぱりスティノが選んだ服を着るんだね、ルリルリは」
「人のことを何処かのおじさんみたいに呼ばないでください」
ルーリーノは不機嫌そうにそう返すと、ニコニコと笑うユメを見て諦めた様子で一つ溜息をつくと続けた。
「何を言ってもスティノがこういう服しか用意してくれないんですよ。今まで私がきていた服は修繕しているとしか言ってくれないんです」
それを聞いてユメが興味深そうに「ふ~む」と唸りながらあごの下の右手の人差し指を持っていく。それから「まさか、スティノがこんな子だったなんてね」と言ってから頷いた。
「王なんだからそれくらい知ってるんじゃないのか?」
ユメの言葉にふと疑問を覚えたニルがユメにそう尋ねると、ユメは首を振る。
「起きたのはこの間だし、私の前だとそう言う姿は見せないからね」
それを聞いてニルは確かにユメ相手にルーリーノと同じことをした所で意味がないだろうと言う事を理解し、内心とても納得した。
「そう言えば、誰ともすれ違いませんね」
話が一段落したところでルーリーノがそう切り出す。その言葉通り、一瞬でウニベータまでやってきた後十分以上は歩いているはずだが、三人は誰ともすれ違っていない。
王都に比べると道幅が狭いとは言え、西側では考えられないほど整備され赤茶色を基調とした落ち着いた感じの道には所々に木が植えられている。そんな場所で誰ともすれ違わないのは流石に可笑しいのではと思ってのルーリーノの発言に、ユメは「まあ、まだお昼まで二時間以上あるからね」と返した。
その視線の先にはとある校舎に取り付けられている時計に向けられていて、ルーリーノもつられて時計を見る。
「それだったらどうして人とすれ違わないんですか?」
「ここが学園都市で今は授業中だからじゃないかな? それでも全くすれ違わないなんてことはないと思うんだけど、たまたまなのか、それほどまでに学生が真面目なのかってところじゃない」
学園、つまり学校。ルーリーノもニルの力のお陰で知識がないわけではない。子供――年齢にして六歳くらいから十八歳ほどまで――に教育を施すための機関で、それにより優秀な人材を生むことができる。と、理屈では分かっていても目の前にそんなものがあると言われてもルーリーノには実感できなかった。
「それで、今日俺たちをここに連れてきたわけってのはなんなんだ?」
自分の身長よりも高い、学校の敷地を示す塀を見ながらニルが友愛に尋ねる。ユメは「ん?」と言ってからニルの話を聞きはじめ、聞き終わった後で忘れていたとばかりに「ああ~」と頓狂な声をあげた。
それを見て呆れた表情の二人を無視するようにユメが口を開く。
「せっかくだし学校を見せておこうと思ってね。私自身学校に来るのは久しぶりだし、視察ってやつ?」
コロコロと笑ってユメはそう言うと、二人の反応を待たずに続ける。
「それに、ルーリーノちゃんにこっちの常識教えるなら学校に連れてくるのが一番楽かと思ってね」
そう言ってユメがウインクをするのを見て、ルーリーノは一瞬なるほどと納得する。しかし、それからすぐに疑問が生まれたので口を開いた。
「私入学するんですか? 割とお城の事で精一杯なんですが」
「むしろ、ルーリーノちゃんは西側で色々経験しすぎて殆ど教わることないと思うのよね。読み書き計算に、魔法の扱い。足りていないのは一般常識くらいだと思うんだけど、学校ってあんまりそう言うことって教えてくれないのよ」
ユメの答えにルーリーノが「それならどうして?」と首をかしげる。ユメはクスっと笑ってから「だって」と話し始める。
「今から行く所は、より上位の学校だからもしかすると、あのお城で働く人だって出てくるかもしれないじゃない。それに、学校は授業をしてもらうだけの場所じゃないからね」
ユメがそこまで言ったところで丁度とある学校の校門に辿り着いた。
他の学校に比べるとかなり地味であり、その校舎を見た時にニルとルーリーノは思わず「あっ」と声をあげる。
「どうかしたの?」
二人の反応の意味が分からなくて、ユメがそう尋ねたのはいいけれど、「まあ、いいか」と二人の答えを待つことなく白い長方形のような校舎を示した。
「ここがさっき言ってた学校で、私がまだ封印される前に作った唯一の学校。何度か修繕されているらしくて千年前のままってわけじゃないみたいだけど、それでも大体原型は留めてるんだね~」
後半自分の感想めいた発言が終わったところで、後者の方から初老ほど――あくまで見た目が――のエルフの男性が姿を見せた。エルフらしく整った顔立ちの温厚そうな男性は少し慌てた様子でやって来ると、恭しく頭を下げた。
「お迎えが遅くなってしまい申し訳ありませんユメ様」
「いいって、そんな事。ほら、頭上げて」
傍から見ると、いい大人が若者に頭を下げていると言う中々見る事の出来ない光景に、ニルとルーリーノは困惑しつつも、今まで自分たちをからかっていたのが確かに西側の王なのだと実感する。
男性は頭をあげると「申し遅れました」と言ってから名乗り始めた。
「わたくしこの学校の校長をしております、ストロと申します。お初にお目にかかりますユメ様」
そう言うと、ストロはもう一度頭を下げる。
「はいはい、初めまして。もう私の事は良さそうだから……」
相変わらずの国民の自分への丁寧さに関心と呆れを覚えつつ、ユメはストロの挨拶を軽く流すと、ルーリーノの方を見た。
「こっちの可愛い子がルーリーノちゃんで、反対の顔隠してるのがニル君」
「ああ、貴女様が」
ユメの紹介を受けたストロがルーリーノを見てそう言って頷く。
「確かにお若いのに、わたくしよりも強い魔力をお持ちでいらっしゃる」
「私のこと知っているんですか?」
ストロの発言にルーリーノが怪訝そうな目をして返すと、ストロが「勿論ですとも」と答える。
「まあ、ルーリーノちゃんが次期王だってもう伝わってるだろうしね」
ユメが補足をするように言った言葉で、自分がもう一冒険者と言う身分ではないのだとルーリーノは思い出した。
それから、ユメがストロに「それじゃ、適当に見て回ってもいい?」と声をかけてから、三人で校舎の方へと向かう。はじめはストロが案内をすると言っていたが、自由に見て回りたいからとユメが一言そう言っただけでストロは引き下がった。
校舎に向かうにはまずロータリーを抜ける。それから来客用の下駄箱で靴を履き替える。
「何ていうか、本当に履き替えるんですね」
知識として知っていても実際に行うのは初めてなルーリーノが何やら神妙そうに言うので、思わずユメが笑う。
「はじめてなんだから仕方ないじゃないですか」
ルーリーノがやや恥ずかしそうにそう言うと、笑っていたユメは「ごめんごめん」と平謝りしてから続けた。
「ちょっと、私たちが始めてこの世界に来た時のことを思い出してね」
それだけ言うと、「じゃ、行こうか」と歩きだす。ニルはそれに対して何か言おうと思ったが、ルーリーノが慌ててユメを追いかける姿を見て後にするかと二人の後ろをついて行った。
校舎の中は基本的に廊下で各教室がつながり、授業中の現在廊下を歩いているのはユメとニルとルーリーノの三人だけ。
廊下側の窓はそのほとんどが擦りガラスになっていて、ドアについている小さなガラスからでないとその中が覗けない。そこから覗いてみたところ、一つの教室に生徒は二、三十人ほどで全員木と鉄で作られた机といすに座っている。
「伝統を残すのも大事かもしれないけど、どうしてまだあの椅子と机を残してるんだろうね」
硬そうな机と椅子を使っている生徒を見たユメが誰に言うでもなくそう呟く。
「でも、あんたの世界のスタンダードだろ?」
「まあ、そうなんだけどね」
あまり大きな声ではないけれど、静かな廊下ではどうしても響いてしまう。そうなると、一番近い教室であるならばその声は音としては認識されてしまったのか、ガラリと丁度近くにあった扉が開いて「今は授業中ですよ」と若い獣人の女性が姿を現した。
ルーリーノは内心あーあと溜息をつきつつ、事の成り行きを見守る。
「ちょうど良かった」
獣人女性の姿を見つけたユメが楽しげにそう言うと、状況が飲み込めない女性がポカンと口を開いてしまう。その目に映るのは黒い髪に黒い瞳。話に訊いていた王のみたいな人だなと思ったところで、今日学校にユメが来るかもしれないと言う事を思い出した。
気が付いてしまってからは何か言わなければと口をパクパクとさせるしかなく、結局口から出たのは「申し訳ありませんでした」と言う謝罪の言葉。
それを見ながらかわいそうな人だなと思ったルーリーノがニルに「今謝るべきなのは私達の方ではないでしょうか?」と尋ねると、「そうだな」と返ってきた。
「別に謝らなくていいから、代わりに中に入ってもいいかな?」
「も、もちろんです」
ユメの言葉に女性は焦ったように頭を下げる。それから「おじゃまします」と言ってユメが教室に入ると一気に教室がざわめきはじめた。
それから何故かユメへの質問タイムが始まったのを廊下でニルとルーリーノ、それから獣人の女性が聞いていた。
「何ていうか、ごめんなさい」
ルーリーノが困ったように女性にそう声をかけると、女性は驚いたように身体を震わせた後で、緊張した面持ちで「あ、い、いえ」とだけ言う。
「貴女がここの先生……なんですよね?」
「あ、はい……そうです」
最初の一声の時とはまるで違う弱々しい声しか返してくれない女性にルーリーノがどうしたのだろうかと、不安に思っていると隣でそのやり取りを見ていたニルが口を開いた。
「間違いなく、ユメはさっきの言葉気にしてないだろ」
「そう……ですかね?」
女性の瞳に少し安堵が浮かぶ。なるほど、王に対する失言を気にしていたのかとルーリーノは納得した所で、口を開いた。
「貴方はここの先生……でいいんですよね」
「はい。本日はユメ様がいらっしゃる事を忘れてしまっていて、失礼な事を言ってしまい申し訳ありませんでした」
先ほどまでに比べるとだいぶ落ち着いた声で先生はそう言うと、今度は目を輝かせた様子で「もしかして、ルーリーノ様でいらっしゃいますか?」と期待のこもった声を出す。
ルーリーノはその視線や声に居心地の悪輪を感じつつ「そうです」と努めて丁寧に返した。
それを聞いた先生がまた何かを言おうとしたところで、教室の方から「じゃあ、転校生を紹介します」と言う声が聞こえてくる。
声のした方に視線を移すと、ユメがルーリーノを視線と身振りで呼んでいてルーリーノは大きく溜息をついた。それでも、行かなければ恐らく実力行使と言って無理やり連れていかれるのが目に見えていたので、ゆっくりと教室の中に入った。
教卓の隣に立たされたルーリーノは目だけで中の様子を確認する。生徒は全部で二十人強で、全員がルーリーノと同じくらいの世代――のように見える――。
男女比は一対一程度で、種族もバラバラ。エルフと妖精、獣人。それから、背中にふわふわの羽を生やした子や逆に鋭い羽根を生やした子。それからたった一人だけだが、西の人もいる。
「名前はルリちゃん。転校生と言っても週に一回来れるかどうかって感じでしかないんだけどね。皆仲良くしてね」
勝手にユメがルーリーノをそう紹介して、ルーリーノは思わずユメに文句を言いそうになる。しかし、教室の生徒側真ん中の方の席から「ユメ様」とエルフの男子生徒が手を挙げた。
「フォート君どうしたのかな?」
座席表をちらっと見たユメにそう言われてフォートと呼ばれた生徒は立ち上がり、身ぶりを加えながら話す。
「ここはユメ様が作られた最上級の学校です。いくらユメ様の頼みとは言え簡単にそう言う例外を認めると言うのはできません」
「何かしら明確な理由があるなら考えなくもないですが」と、最後にそう言ってからフォートは椅子に座る。直後教室は一瞬静まり返り、それからざわめきだした。
なぜこのような事になっているかわからないが、ルーリーノはとりあえずユメを睨みつける。しかし、ユメはそれに気が付いていないのか敢えて無視しているのか「そうね……」と、考えるそぶりを見せた。
「それじゃあ、どうしたら認めてくれるかな?」
ユメがそう言うのを先生は気が気でないと言った様子で見ていた。何せ自分の教え子がユメと話しているばかりでなく、ルーリーノに対して認めるとか認めないとか言っているわけなのだから。
ニルはニルで面倒な事に巻き込まれないかと冷や冷やしてみている。
「あ、あの……」
「うん?」
先生に声をかけられニルが首をひねる。先生の表情は切羽詰まっていると言った感じで何を言いたいのか察することができた。
「ユメもルリノもあの程度で気に障ることなんてないだろう。むしろ、ルリノがユメに……って言うなら大いに考えられそうだけどな」
笑っているのか呆れているのかわからない声でニルが尋ねると、先生も反応に困った様子で「そ、そうなんですか」と返す。
「えっと、わたしの不学で申し訳ないのですが、ユメ様やルーリーノ様とはどういった関係なんでしょうか?」
ユメとルーリーノと一緒にやってきてやけに親しげに二人と話すニルの事がとても気になり先生が恐る恐る尋ねると、ニルは内心困ってしまう。
それでも、ただの友人として置くのがこの場ではいいだろうとニルが口を開きかけた時教室から「それじゃあ、僕に勝てたら認めてあげますよ」と言う声が聞こえてきた。
時と場所が少し変わり、ニルとルーリーノ、ユメ。それからフォートと先生、その他フォートと同じクラスの生徒が何人かが物珍しげに体育館にやってきた。板張りの床にワックスが塗られ、何本もの線が引かれているそこは十分に広く中規模の魔法になら耐えられるらしい。
外でやると必要以上に目立ってしまうと言う事で、ユメがストロに頼んで用意された場は妙な緊張感に包まれていた。
「これでも僕は同学年では負けなしですからね。そう簡単には勝たせてあげませんよ」
フォートが自信たっぷりにそう言うのに対して、ルーリーノはため息のつく思いでユメを睨みつける。
「それで、どうしたらいいんですか?」
勝つことよりも如何に手加減すべきかなんて考えながらルーリーノがユメに勝負のルールを問う。ユメは楽しそうに笑うと「あまり怪我しないように」と口を開いた。
「先に一撃決めた方が勝ちってことでいいかな?」
途中からフォートを見ながらユメが尋ねると、フォートは「構いませんよ」とためらうことなく返す。
「それじゃあ、はじめ」
そう、ユメがやる気があるのかないのかわからない声で開始の合図をしたのと同時にその目の前を氷の矢が横切って行った。
ヒューっと鳴りもしない口笛を吹くと、ユメはニルの方へと歩いて行く。
「フォート……だったか? どれくらいの実力なんだ?」
やってきたユメにニルが問う頃には、矢はルーリーノの元へと届いており、ルーリーノは軽々とそれを避ける。
「フォート君は自分でも言っていましたが、戦闘に関しては学年でトップです。もちろん成績もトップクラスなんです」
ニルの問に答えたのはユメではなく先生で、いかにもルーリーノを心配していると言った様子。それと打って変わって呑気な様子でユメが口を開いた。
「たぶん、今お城で必死にこっちの言葉を勉強してるエルちゃんと同じくらいじゃないかな? 魔力的には」
「経験は?」
「フォート君はなんだかんだいっても学校も実習レベルだよね」
それを聞いて、ニルは何でルーリーノが困った顔をしているのかが分かった。
「今必死でけがさせない方法考えてるな」
「ルーリーノちゃんの場合一撃で即死なんて簡単にあり得そうだもんね」
言葉とは裏腹にほのぼのとした様子で話す二人に先生は言葉を失っていた。
迫りくる矢の数はおよそ二十と言ったところ。ルーリーノはその間を縫うようにして避けると真っ直ぐにフォートを見る。こうやって格下の相手をしていると自分がかつて数日間人に魔法を教えていたことをルーリーノは思い出していた。
あの時はできの悪い弟子だったが、今目の前にいるのは逆にとてもできる子……と言っても差支えはないのだろう。ただし、魔力の量だけを見てもルーリーノの三分の一にも満たないが。
「どうしたものですか」
時折全方位攻撃をされてしまうと適当に反対の属性の魔力の塊をぶつけて抜け道を作りながらルーリーノは考える。最初はわざと負けると言うことも考えたが、思いの外にフォートの魔法が強くわざと当たると絶対に痛いだろうからすぐにその考えは止めた。
とはいえ、この猛攻を突破する威力の魔法を放つと今度はフォートの命が危ないような気がして攻めに転じる事も出来ない。
「本当にどうしましょうか」
試合が始まってからすでに五分程度経ち、ルーリーノはもう一度呟いた。
フォートが勝負をすぐに決めようと思っての全力での猛攻を始めてからすでに五分今の攻めあぐねている状況にフォートはそろそろじれったくなってきた。と言うよりも、級友も見ている中でここまでの力を出しながらも勝負がつかない事に焦ってきたというところ。
「なかなかやりますね」
口ではそんな事を言いながらも、フォートの心の中の焦りは消えない。これ以上無様姿を見られるわけにはいかないと思ったフォートが「これで最後です」と残った全魔力を最後の魔法に注ぎ始めた。
ルーリーノが異変に気がついたのは攻撃の手が弱まったことと、急に体育館の気温が下がり始めたから。今までの猛攻からフォートの得意な魔法が水と風、それを複合した氷だと言う事はルーリーノ自身気が付いていたが、流石に今感じている異変は先ほどまでのそれとはレベルが違う。
下手すれば見に来ている生徒の何人かは死んでしまうんじゃないのかと言う規模。
「仕方がないですね」
ルーリーノはそう呟いてから首を振る。それから、フォートが行おうとしている魔法と同規模の火の魔法を同じタイミングで放った。
フォートが行おうとしたのはこの体育館そのものを凍らせるような大規模の魔法。すでに周りの事など考える事の出来なくなっていたフォートがその魔法を発動させた時、想定していた冷気など全くと言うほど感じることはなくむしろ蒸し暑さを感じた。
魔法が失敗したのかと思った頃には自身の魔力がなくなってしまい、その場に膝をつく。直後フォートの耳に誰かの足音が聞こえてきたかと思うと、思いっきり頬を叩かれた。
高い音がして漸くハッとしたフォートが顔をあげた時後ろ姿のルーリーノが見えた。
「何ていうか、とんでもない子がいたものですね」
ルーリーノがニルとユメの元に戻り溜息交じりにそう言うのと同時に、静まっていた体育館が歓声に包まれる。とはいっても、一クラス分でそこまで大きくはないけれど。
「あー、楽しかった」
「やっぱりそういう目的だったんですね」
授業が始まり校舎がまた静かになった頃、ユメが背伸びをしながら言った言葉にルーリーノが呆れた声でそう返す。
ユメは反省した様子もなく「もちろん」と返すと、何か考え込んでいるニルの姿を見つけた。
「ニル君どうかしたの?」
「いや、やっぱりここがニゲルテストゥードーの所にあった建物と似てるなと思ってな」
「そう言えば到着した時も何か驚いてたみたいだけどそう言うことだったんだ」
ユメは興味深そうにそう言うと、何気なくニルに問いかける。
「その建物ってあいつが作ったんだよね。ユウシャの使いなんてものを配置して」
それを聞いてニルは一度ルーリーノの方を見る。それでルーリーノが頷いたことを確認すると「そうだな」と返した。
「そのニゲルテストゥードーっての黒い亀みたいな格好してなかった? 後、北に配置されてたりは?」
ニルは何でユメがそんな事を聞いてくるのかわからないと言った様子で、でも、律儀に答える。校舎から靴箱の方へと向かっていた三人は、その頃には目的地に到着していて靴をはいて青空のもとへと出ていた。
「確かに黒い亀だったが南のメリーディに居たな」
「南……ねぇ……」
そう言ってユメが怪訝そうな顔をする。それから真っ直ぐにニルを見ると「ユウシャの遺跡ってのがどこにあって、どんな奴が守ってたのか詳しく教えてくれない?」と尋ねる。
ニルはどうしてユメがそこまで熱心なのかわからなかったが、簡単に説明を始めた。
「何それ馬鹿じゃないの?」
ニルが話し終えるとユメがそういって爆笑しはじめる。校舎から少し離れたところにあったベンチに座っていたが、ルーリーノは少しその声が響いていないかと心配になった。
「どういうことなんですか?」
それ以上に笑っている理由が分からないルーリーノがユメに尋ねると、ユメは目尻の涙をぬぐいながら口を開いた。
「えっと、ルーリーノちゃんはシセイジュウって知ってる?」
不思議な響きの言葉が出てきてルーリーノは首を振るが、その響きがどこかユウシャやマオウと似ていてユメが元々いたという世界の話かと推測できた。
「簡単に言うと、各方角を守っている聖なる獣だな」
「北にゲンブって亀、南にスザクって言う鳥、東にセイリュウって言うリュウ……まあ、実際に見たと思うからあんな感じの蛇みたいなやつね。で、西にビャッコって言う虎が居るわけね」
そこまで聞いて、ルーリーノに一つの疑問が生まれる。確かに言われた四匹の獣――架空のものもいるとのことだが――らしきものたちをルーリーノはユウシャの使いとして見てきた。しかし、どうしても話と違うところがある。
「それだと、東西南北が反対になっていませんか?」
「そ、だから『馬鹿じゃないの』ってなるわけよ」
「うっかり間違えた……ってわけじゃないですよね?」
尋ねながらルーリーノは半分くらいはそうじゃないかと思ってしまう。だが、すぐにユメが首を振って否定した。
「そうだったら、呆れてものも言えなくなりそうなんだけど、こういうことに関してあいつがそんな初歩的なミスはしないだろうからね」
「何となくそう言う事だとは思ってたが、結局それが何を表すんだ?」
先ほどまで説明の側に居たニルが質問の側に回り尋ねる。それには、ルーリーノも少し驚いたが黙って話を聞くことにした。
「そうね。一言でいえばギャクジュウジってところね」
ユメの言葉にニルは「なるほど」と納得したような表情を見せたが、やはり意味の分からないルーリーノが「ギャクジュウジ? ……って何ですか?」と加えて尋ねた。
その反応が楽しいのかユメは絶えず笑みを浮かべて話す。
「私も詳しくは知らないんだけど、『ジュウジ』ってのは『ジュウジカ』の事で言ってみれば、私達の世界で多く人たちに尊ばれている印。『ギャク』って言うのは『逆』ってことで、簡単に言えば神への冒涜、反逆みたいなところね」
「要するに、ユウシャは最初っから神をよく思っていなかったみたいだな」
どうしてそうなるのかに関してはわからないが、何を意味しているのかはわかったのでルーリーノもなんとなくつかえがとれたように「ああ~……」と声を出す。
「でも、そんな事私達は気が付けるはずがないですよね?」
「完全に自己満足だったんだろうね。本当『馬鹿じゃないの』」
ルーリーノの言葉にユメが鼻で笑うかのようにそう言った。そこで、ルーリーノはユメの言葉の意味を漸く理解する。
「それで、今更だが一つ訊きたいんだが……」
ニルが流れを読んでか読まずかよう話の口火を切ったときに丁度大きな鐘の音が聞こえた。西側の時間を告げる鐘のようでいて、でも、一回一回の音の高さが違う。
「ニル君の話は後で聞くとして、学校が終わったみたいだしルーリーノちゃん皆の所に行ってきたら?」
「そう言えば、一応私もあのクラスに認められたことになったんでしたっけ」
ユメの言葉にルーリーノがやや呆れたようなで返すと、後者の方からルーリーノ達に近づいてくる影が見えた。誰なのだろうかと、ルーリーノが興味半分でその人物を眺めていると顔が判別できる段になってそれがフォートだと気がついた。
何とも不機嫌そうな顔でフォートはやってきて、ルーリーノの前まで来ると、頭を下げた。
「どうして頬を叩かれたのかを考えていました」
ぽつりとフォートが呟くのをルーリーノは黙って聞いている。フォートの視線は下を向いていて、まるで独白するかのようにただ言葉を吐き出した。
「あの後から先生に聞きました。貴女がルーリーノ様だったんですね。そんな事も知らなくてあのような無礼な行動をとったこと、お詫びします」
言葉と声が合わないままにフォートが頭を下げると、ルーリーノは溜息をつくしかなかった。それから、ちらりと校舎の陰から先生の姿が見えもう一度溜息をつく。
それをユメは楽しそうに、ニルは面倒臭そうに見ていたが、二人ともただ見ているだけで何も言わない。
ユメとニルの様子を確認して黙っていても仕方がないかと確信したルーリーノが諦めて口を開いた。
「貴方はそれを言いにわざわざここまでやってきたんですか?」
声を出す前にルーリーノは一度息を吐き、肩を落とすとそう言った。それを聞いたフォートは一度ルーリーノの目を見てもう一度視線を落とすと「そう……です」と返す。
「大方、あの先生に謝ってこいと言われたんでしょうけど」
ルーリーノは努めて物陰の人物に聞こえるように大きな声で言うと、やはりまた溜息をつく。
「私が貴方を叩いたのは、貴方が周りのことを考えず大規模な魔法を使おうとしたからです。私が打ち消さなかったら何人死んでいたと思いますか?」
それを聞いてフォートが驚愕の表情を浮かべた。それが魔法を打ち消していたことに対するものなのかそれとも、自分が誰かを殺していたかもしれないと言う事に対してなのかはルーリーノにはわからなかったが、そのまま続ける。
「ですから、貴方は私にではなくクラスメイトに謝るべきなんです」
「ですが」
フォートがそのプライドから声を出す。その態度を見たルーリーノは溜息をつくでもなく、諭すでもなく、ただ冷たい視線をフォートに向けた。
「先生が私の所に謝るように言ってきたのは恐らく、貴方が私に殺されても仕方がないような事をしたからなのでしょう。と、言うことは今ここで私が貴方を殺したところでたいした問題にならない、そう言うことでしょう」
ルーリーノがそう言うと、フォートが急に身震いを始めた。気温は変わっていないはずなのに、とても寒そうに。自分の身に何が起きたのかわからないフォートが困惑した顔をしているのを見ながらルーリーノは続ける。
「私は今までに沢山の人を手に掛けて来たので今更その数が一人増えたところで大して何も思いません。ですから、もうさよならです」
それを聞いたフォートが死を意識し何かを言おうとしたとき、しかし、その口が動くことはなかった。代わりにその目から涙があふれてくる。
ただ、冷たく、寒く、そして身体が動かなくなっていく感覚。
これが死ぬことなんだろうとフォートが諦めかけた時
「と、言ったところで反省してくれましたか?」
無表情だったルーリーノ急に表情を柔らかくしてフォートに問いかける。問われたフォートは唖然とした様子で、自分の体の変化に気がつくと「ごめんなさい」と言いながら泣き続けた。
「いやあ、なかなかスリリングだったね」
後ろで見ているだけだったユメがそうニルに声をかける。
「その割に余裕の表情だったけどな、お前」
「そもそも何で見ているだけだったんですか」
呆れたニルの声の後、ルーリーノがそれ以上に疲れた声を出す。そんなルーリーノの問にユメは笑うだけで答えた。
「あ、あの……」
そんな女性の声が聞こえて来たので三人が声のした方向を見る。そこにいたのは、困惑した様子でフォートを抱いている先生。
「どうかしましたか?」
ルーリーノがそう尋ねると、先生が怯えたような声をあげる。
「な、何かお咎めなどは……」
「さっき言ったとおりです。クラスメイトにきちんと謝らせておいてください」
ルーリーノがもう何も気にしていないと言った様子でそう言うと、ユメがにやりと笑ってから口を開いた。
「いっそ、ルーリーノちゃんも一緒に行ってあげたらいいじゃない」
「どうして私が……」
「そりゃあ、これからクラスメイトになるわけだし」
ルーリーノの反論をちゃんと聞くこともなくユメはそう言うと、どこからか紙とペンを取り出しサラサラと何かを書いてルーリーノに手渡す。
「帰ってくる時はそれを持って念じてくれたからいいから。それじゃあね」
ユメはそう言い残し、ニルと一緒にルーリーノの目の前からいなくなる。残されたルーリーノは今日一番の溜息をついてから「それじゃあ、行きましょうか」と先生の声をかけた。




