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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
東、そして壁の向こう側
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壁の向こう側

 約千年前、東と西、人と亜人を隔てた壁。それが今まさにニルとルーリーノの目の前に聳え立っている。右を見ても左を見ても、ましてや上を見てもその終わりの見えない壁は、見たところ普通の壁のように思える。何の変哲もないただの石の壁。


 何か模様が刻まれていることもなければ、大した凹凸もないそれは、見たところほとんど傷がない。


「これが『壁』なんですね」


 感慨深そうにルーリーノがそう言うと、ニルは表情一つ変えることなく「そうだな」と言った。そんなニルの様子にルーリーノは内心心配していたが、それを表に出せるはずもなく自分よりも一歩前に立っているニルの背中をじっと見つめている。


 そこから数歩ニルは歩き、壁に触れることのできる距離まで近づいた。それからすっと右手をのばしてニルは壁に触れる。


 ざらざらとした石の感触をその手に感じながら「やるぞ」とニルはルーリーノに声をかけ、首だけ動かしてルーリーノを見た。


 ルーリーノは両手を胸の前に組み、心配そうな表情をしていたがニルにそう言われると、コクンと首を縦に振る。


 それを確認したニルは視線を元に戻してゆっくりと口を開いた。


「『カベヨキエロ』」


 ユウシャの力によって、ニルが口にした言葉が現実のものとなる。約千年という途方もない年月、世界を隔てていたこの壁も一瞬にして無かったものとなってしまった。しかし、初めてニルがユウシャの力を使った時と違いその記憶は誰からも失われず、しばらくすれば壁がなくなったと大陸中で大騒ぎになるだろう。


 壁がなくなった事を目にした直後ルーリーノはニルの隣まで歩くと、その顔を見ながら声をかける。


「やりましたね」


 本来ならばこんな短い言葉で済むはずはないのだが、今のルーリーノは似たような言葉しか出てこない。


 この壁を越えるために、まだ子供と呼べる年齢ではあるが、人生をかけてきたのだ。漸く壁を越える手掛かりを見つけ、そこからも色々な事があってやっと母親が残した言葉を果たすことができる。


 だからこそ、その感慨の深さに反比例するように言葉がでなくなるのだろう。


 およそ千年隔てられていた壁の向こう側は、西側と同じく森があった。壁がなくなってしまった今となっては元々一つの森であったかのようであるが、ルーリーノにはその何でもない森にすら何かあるのではないかと勘ぐってしまうほどであった。


 ニルの隣でその様子を見ていて一つ違和感を覚えた。その違和感が何であるのかルーリーノにはわからなかったが、ともかくニルに伝えなければと思いニルの方を向くと、丁度ニルの身体がふらつきそのまま前に倒れ始めていた。


「ニル!?」


 ルーリーノが驚いたようにニルの身体を支える。何とかそのまま倒れる事だけは防げたが、肩から頬にかけて当たるニルの顔がとても熱く、意識もない。


 ルーリーノは細い体で苦心しながらゆっくりとニルを横たえると、状態を確認する。


 意識はないがちゃんと呼吸はしている。それから目立った外傷なども特にはない。試しに回復魔法をかけてみてもよくなる気配はない。


 そうなると考えられることはユウシャの力を使ったからか、もしくは心的傷害によるものなのか。ルーリーノには何となく後者のような気がしてならなかった。


 ニルと旅を始めてだいぶ経つとは言え、ニルは本来冒険者になって一年もたっていない若僧と呼ばれても仕方がない人物。それなのにこの短期間で奴隷を知り、亜人を知り、挙句の果てには人には強すぎる力を得て、戦争も始まってしまった。


 それが壁を消して、半分目的を達したニルに圧し掛かってきたのではないか。


「そんな事を考えている場合ではないかも知れませんね……」


 いくつもの気配が近づいてきているのを感じてルーリーノがそう呟く。ニルのユウシャの力を使って一瞬で飛んできたので実感はないが、本来ここは亜獣が住み着いている森。


 気配が近づいてくるのが東側からだと言う事が気になるところだが、大陸の東側であっても今までルーリーノ達がいた西側と同じような状況でもおかしくはない。


 ルーリーノがニルを庇うように、でもニルの容体が急変した時にすぐにでも対処出るように近づいてくる気配とニルの間、ニルにすぐにでも触れられる位置で膝をついて座り警戒する。


 姿を見せたのは人と似たような形をした、二足歩行の生物。人違うところがあるとすれば、一様に何かしらの動物をかたどった耳と尻尾があり、程度はそれぞれ違うが動物のそれと同じような毛が生えていること。


「近づかないでください」


 ルーリーノが威嚇するようにそう言ったが四、五人で現れた獣人たちは互いに顔を見合せて首をかしげると、恐る恐ると言った様子でルーリーノに近づく。


 その時に獣人たちは何かをルーリーノに言いながらやってきたが、何を言っているのか全く分からずそこで漸く言葉の違いがあることに気がついた。


 そうなると、自分の意思は行動で示さないといけなくなるわけだが、近づいてほしくないからと言って魔法で牽制していいものかとルーリーノは考える。


 きちんと意図が伝わればいいが、間違って伝われば間違いなくこちらが攻撃したものだとされ、戦いが始まってしまうかもしれない。そもそも、目の前の獣人たちが初めからルーリーノ達に害を為そうと思っている可能性だって十分ある。


 しかし、ルーリーノは獣人たちの言葉を何度も聞いているうちに、獣人たちが自分の知っている言葉を話していることに気がついた。


「近づか、無いで、ください」


 たどたどしくルーリーノがそう言うと、獣人たちが驚いたような顔をして立ち止まる。ルーリーノが話したのはいつも呪文で使っていた言葉。しかし、それを日常的な言語として使っていたわけではないのでどうしてもたどたどしくなってしまう。


「あんた、言葉が分かるのか?」


 獣人の一人がやや低い声でそう尋ねる。獣人はよく見ると男性三人、女性二人のパーティのようで人のように表情を変え、また人であらざる事を示すかのように尻尾や頭の上の耳が動く。


「少し、だけなら……」


 慣れない言葉にどうしてもゆっくりになってしまうルーリーノとは対照的に、獣人のパーティは話が通じる相手だと分かるや否や、五人がそれぞれに何か質問を投げかける。


 しかし、興奮のあまり早口で話しているのか、ルーリーノには全くと言っていいほど何を言っているのかわからない。それでも、ルーリーノが近づくなと言った位置から動かない辺りは多少信用に値するのかもしれないが、聞きとれなければ返すことも無理なのでゆっくり話すように頼もうとルーリーノが口を開こうとしたとき


「ほら、その子が困ってるでしょ?」


 と、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。その声が聞こえてきたと同時に、獣人たちがピタリと話すのをやめ、改まったように背筋を伸ばす。


 ルーリーノが声のした方を向くと、そこにいたのはいつものルーリーノのようにフードで顔を覆ってしまっている人物がいて、線の丸さや声からでないとその人物が女性であると判断することは難しい。


「ユ、ユメ様どうしてこのような所に?」


 獣人のリーダーであろう男性が緊張した面持ちでやってきた女性にそう尋ねる。ルーリーノはその女性の名前の響きがとても不思議な感じがしていたが、そんな事を考えている場合ではないとその女性の一挙手一投足にも気を配る。


「その子達は私の客人だから」


 ユメと呼ばれた女性はそう言って、ルーリーノの方へと歩き出すと、西で使われていた言葉で「貴方達、私を殺しに来てくれたんでしょ?」と言った。

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