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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
東、そして壁の向こう側
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ユウシャの遺跡その4~ユウシャの手記~

「ボロボロですが、普通の家……ですよね?」


 森の中ひっそりと佇むそれを改めてみた後でルーリーノがそう口にする。その言葉に促されるようにニルが建物を見てみると、確かにルーリーノの言うように町でよく見る石造りの家であることは間違いない。


「でも、こんなところにそんなものがどうしてあるんだ?」


 ニルの疑問にルーリーノが可能性を考える。


「昔はここまで人が住んでいたか、もしくは……」


 ルーリーノがそこで意味あり気に間を取る。


「あれがユウシャの遺跡か、といったところでしょう」


「あれが……か?」


 ニルが訝しげな表情で建物を見るので、ルーリーノが「あくまで可能性があるだけです」と付け加えてから続ける。


「こんな辺鄙なところにある建物を私はユウシャの遺跡しか知りませんから。今までの遺跡とはだいぶ雰囲気が違うのは確かですが」


 確かにそうだが、とルーリーノ言葉に納得する。ルーリーノの言うように今までとは雰囲気が違うのだ。


 実際はもっと具体的に違うことがある。一つに朽ちているとは言え目の前の建物が見たことのある形状をしていると言うこと。もう一つに今までの遺跡に必ずいた使いが居ないこと。


 ニルがそのような事を考えていると、ルーリーノが声をかける。


「ここで眺めていても仕方がありませんし、亜獣の気配もない今のうちに行ってみませんか?」


 それに頷いて、ニルはルーリーノの後ろをついていく。


 窓は割れ、壁にひびも入っている家のドアをルーリーノが警戒しながら少し開け中の様子を窺うと、外見同様中も酷い荒れようであった。


 そもそも物が少ないため足の踏み場もないと言うことはないが、足の一本欠けた椅子は倒れその一本は部屋の隅にある。ベッドも掛け布団が乱れ中から羽が飛び出し、マットレスに関しても綿が中から顔をのぞかせている。


 ただ、机は部屋の中央で何とかその体裁を保っており、その上には本にしては薄い何かが乗っていた。


「ここで正解みたいですね」


 一度ドアを閉めて、ふうと息を吐いてからルーリーノがニルにそう声をかけた。それを聞いてニルが不思議そうな顔を見せる。


「だとしたら、本当に妙だよな」


「そうなんですよね。建物……はまだしも、ユウシャの使いが居ないのは少し気がかりです」


 ルーリーノも考えるようにそう言ったが「でも」と続けた。


「出会わないで済むならその方がいい気もしますけどね」


 それもそうかとニルも納得し、今度は大きくドアを開けたルーリーノと一緒に中に入る。


「すごいな」


 先ほど中を見ていなかったニルが入った直後そう声を洩らす。それから、ニルが家の中をじっくりと観察している間にルーリーノが跳ねるように部屋の中央に向かうと、そこにある机の上から何かを取ってくる。


 それをルーリーノが「どうぞ」と言ってニルに手渡した。ニルが手渡されたものを見ると、今までの遺跡にもあったのと同じ本。通りでルーリーノがここをユウシャの遺跡だと断定したわけだと思いながらニルがその表紙をめくる。


 ルーリーノはニルの横から覗き見るような形で本を見ていた。


『ここまで来たと言うことは、マオウを殺してくれると言うことだろう。だからあの壁の向こうへ行く方法を記そうと思う。しかし、その前に世界のルールとユウシャについて知っておいて貰いたい。それは本来ジンルイが知ることの許されない、いわば禁忌と言っても過言ではない。知れば後戻りはできないだろう』


 最初のページにはそう書かれていて、ルーリーノが首をかしげる。


「ジンルイってニルは分かりますか?」


 尋ねられたニルは、少し考えるそぶりを見せてから答える。


「おそらく、人と亜人を纏めたものだろう」


 それを聞いてルーリーノが「なるほど」と声を出した。それから、続けて口を開く。


「このまま行くと私まで禁忌に触れてしまいそうですね」


「それを分かった上でユウシャも書いてるんじゃないのか? わざわざ普通の字で書いてるんだから」


 その言葉にルーリーノは納得して「ここが後戻りできる最後の機会だと思いますよ?」とニルに声をかける。ニルはその言葉に答える代りにページをめくる。


 それを見ながらルーリーノは当然ですねと心の中で呟いた。


『そうは言ったもののこれを書き記すのに冷静でいられる自信はない。ともかく最初から記して行こうと思う。俺達「ユウシャ」と呼ばれる者は、魔法や亜人のいない別の世界から連れてこられた「ニンゲン」だ』


「別の世界……? ニンゲン……?」


 急に飛び出してきた言葉に驚いたルーリーノが思わずそう呟いた。対してニルは何も言わずに黙って文字を追う。


『俺たちをこの世界へと連れてきた存在は自ら「創造者」と名乗った。曰く創造者は複数存在しそれぞれが気ままに世界を作るのだと言う。「神」とは「創造者」が作り出した、唯一創造者が自分の作った世界に干渉することのできる媒体らしい。とは言え「神」自身にも意識があり「神」に「創造主」が命令を出す』


 そこまで読んで一度ルーリーノが本から目をそらす。


「話が壮大すぎて理解が追い付きませんね」


 そう言ってルーリーノはニルを見たが、ニルは驚いた様子も無く本を見ている。


「ニルは驚かないんですね」


「驚かないことも無いが、むしろこれくらい壮大じゃないとユウシャの力の説明がつかない気もしてな」


 それを聞いて一理あるかなと、ルーリーノが納得する。


「それにあまりにも現実感がなくてな」


「それもそうですね」


 苦笑交じりにルーリーノがニルの言葉に同意して、次のページへと目を移す。


『俺らの世界をつくった創造者はふと思った。世界をつくり、それを眺める以外に楽しいことはないものかと。そこで、自分の世界の人に力を与え別の創造者が作った世界に連れて行くことを考えた。そこで選ばれたのがたまたま目にとまった三人。創造者は三人をこの世界に連れて来るとそれぞれ違った力を与えた。俺達は始めその力を使い悠々自適に暮らしていたが、次第に元の世界に戻る方法を探し始めた』


『そうしているうちに人と亜人の戦争がはじまった。はじめは拮抗していたが、次第に亜人軍の方が人を圧倒しはじめた。後から分かったがその時亜人の王が生まれたらしい。人と交友を深め、見た目としても人に近かったこともあってか、俺たちは人を助け亜人の王を倒すことができれば元の世界に帰るのではないかと考えた』


『俺達は自分たちの国の言葉を使い自らの力を「ユウシャの力」、そして倒すべき亜人の王のことを「マオウ」と呼んだ』


「ユウシャやマオウはこの世界の言葉じゃなかったんですね」


 ここまで読んだルーリーノが驚いたように言う。ニルはそれを聞いてまた別の事に驚いて声を出した。


「驚く場所はそこなんだな」


 そう言われてルーリーノが口元に人差し指を持ってきて考える。


「確かにユウシャ達の境遇には驚く事ばかりですが、それはまだ昔の事で今には繋がっていませんからね。身近な事の方が驚きが大きいんだと思います」


 自分自身をそう分析してから、ルーリーノは言葉に対する驚きを全く示さないニルに目を向ける。


「たぶんですが、ニルはユウシャやマオウがこの世界の言葉じゃないと知っていましたよね?」


「ユウシャやマオウだけじゃなく、さっき書いてあったジンルイやニンゲンってのもそうだな」


 何事も無いかのようにニルが言うのを聞いてルーリーノが怪訝そうな顔をする。


「それもユウシャの力ってやつですか?」


「まあ、そんな所だ」


 それを聞いてルーリーノが溜息をついている横でニルがページをめくった。


『ユウシャの力を使い亜人が占領していた人の領土を取り戻すのは簡単なことだった。そのまま亜人領へと踏み入った俺達は亜人の町を見た。耳が長い者が集う町、背中に羽を生やした者が集う町、中には海の中に住んでいる者さえ居たが、その全てが人の作るそれと変わらないように見えた』


『そこで俺達は漸く気がついた。それから、戦争をいち早く終わらせるべく町に手を出さずにマオウの元へと急いだ』


『マオウに戦争を止めるように言ったが、すでに何人もの亜人に手を掛けた俺達の話を聞いて貰えることはなく、また、マオウは他の亜人以上に人に酷い憎しみを持っているようだった。そんなマオウと俺たちが戦い始めるのにさほど時間はかからず、戦いが始まるとほぼ一瞬で決着がついた』


『マオウを倒しても戦争は終わりというわけにはいかなかった。むしろマオウを倒してしまったがために早急に戦争を止める方法がなくなった。幸か不幸か人も亜人も元々の領地までその勢力を戻していたので、俺達は物理的に人と亜人が接触しないように壁を作ることを決めた』


『正確にはこれを言い出したのは俺達の中の一人であり、そいつが壁を作る役目も買って出た。俺はマオウを倒し壁が出来たために戦争ができなくなったと伝えに行くために人の領地へと急いだ。境界まで壁を作ると言ったやつと一緒に向かい、それから俺が境界を越えたところでそいつが俺に「じゃあな」と言った』


『最初は何を言っているのかわからなかったが、考えてみれば簡単な事で、そいつに与えられた力で大陸を二つに分けるような壁を作るにはその命を使わなければならなかったわけだ。その時に俺が何を言ったかは覚えていないが、最後にそいつは「こうするしかなさそうだったからな。悪いな」と言った』


『その時はその意味も分からなかったが、悲しんでいる暇も無かったので後ろ髪をひかれながら人の元へと急いだ』


『俺が人のトップにマオウを倒したことと壁が出来たことを伝え、戦争が終結した。俺は人々に感謝とともに迎えられ、戦争により激減した人によって新たに作られた国に名前を付けるように頼まれた』


『新たな始まりを祝し「キピウム」と名前を付け、人のトップ、つまりキピウム王の娘と結婚し、俺は城で暮らすことになった。しかし、城で暮らしていたが故この戦争の始まりを知ってしまった。領地を広げようとした人が亜人の村で虐殺をおこなったことが始まりらしい』


『それから、帰ってきたユウシャが一人でよかったと囁かれていた。あんな強すぎるやつが三人もいたら厄介だと。最後に西側に残った亜人の処遇を聞いた。力のあるものは処刑しそうでないものは奴隷にすると言うものだった』


『それを知った俺は居ても立ってもいられなくなり、ユウシャの力を使い西側に残った亜人を集めどこか遠くにでも逃がそうとした。しかし、亜人たちは首を縦には振らなかった。人が私達を恐れるのは私達の力が強すぎるからだと、だから私達の力をユウシャの力で弱めてほしいと、そう言われたので俺は王に亜人の力を弱める代わりに処遇を変えるように、具体的には処刑をせず、奴隷にするのもやめてほしいと頼んだ』


『前者はともかく後者は認められないと思ったのだが、思いのほか簡単に了承してくれ、俺は亜人の力を人の水準まで落とした。約束通り処刑が行われることはなかった』


『そうしているうちに今度は亜獣の問題が出てきた。今更ながら別の世界から来た俺にばかり頼っていては駄目になると思った為、どうしても対処が困難な鳥型の亜獣にのみその対策を行おうと、現状把握のために各地を見て回ることにした』


『そこで見たものは亜獣などではなく奴隷以下の扱いを受ける亜人の姿だった。あるものは数日飲まず食わずで働かされ、あるものは無理やり孕まされては生まれた子をその場で殺されていた。生きているものは助けたが、一様に俺に謝ると命を絶ってくれと俺に願った』


『そうして俺は人を捨てた。亜人も捨てたと言っていい。それからは必至で元の世界に戻る方法を探した。その途中俺はこの世界のことについて知った』


『この世界にはルールがある。数は多いが個々の力の弱い人と個々の力は強いが数の少ない亜人。その拮抗した二つの種族がそれぞれ強い王の下で争い続けた先に何があるのか。それを創造者に見せるためのルール。第一に両王の力が離れすぎていてはいけない。第二に王は自らその命を絶つことはできない。第三に片方の王のみが生きている場合片方を全滅させないために残った方は新たな王が生まれるまで眠りにつかされる。第四に王がその役目を終えるのはもう片方の王を打ち倒したときである。その他細かいものはあるが根幹となるのはこの四つである』


『これを知りこの世界に絶望を覚えた頃、俺はどう足掻いても元の世界に戻れないことをも知った。その時「こうするしかなさそう」の意味に気がついた。俺たちがこの世界から解放されるには死ぬしかないとそう言うことだったらしい』


『以降俺はあいつの後を追う決心をした。一つ心残りがあるが、もう善悪の区別のつかない俺が何をしても仕方がないだろうと思い、その決定をこうやって子孫に託すことにした』


『壁を越えるには壁を消せばいい。ここまで来たのならこれだけでわかるだろう。最後に最後のページにマオウを起こす鍵を書いて俺はこの世界と決別しよう』


 途中から黙って文字だけを追っていた二人が、ここまで読んで深く呼吸をする。それから先にニルが口を開いた。


「何を言っていいのかわからないな」


「にわかには信じられない話ではありますが、いくつかわかった事もありますね」


 複雑そうに言ったニルに対して、ルーリーノがそう言うのでニルがそれは何かと尋ねた。


「はじめにこの家についてです。ちょっとその直刀でどこかを切ってみてください」


 ニルはそう言われて、不思議そうに言われたとおり直刀をふるった。その手に手ごたえはなく、切ったはずの場所は何事も無かったかのように佇んでいる。


 しかし、それは他の遺跡も同様であり今更驚くことでもないようにニルは思う。


「やはり、この家が荒れているのは以前のユウシャの人に対する怒りの表れなんでしょうね」


 ニルが切った箇所を触りながらルーリーノがそう言うが、ニルはどうしてそうなるのかわからないと言った様子で、ルーリーノを見る。


「ニルの直刀ですら傷つかない家ですよ? こんな家をこんな風にできるのはユウシャくらいでしょう。考えられる理由は人への憎しみ以外考えられませんし、何よりここは人の住んでいるような家です」


 ニルの視線にルーリーノがそう説明を加えたところでニルが納得した顔を見せる。それを見て、ルーリーノは「次に」と続ける。


「壁についてですが、ユウシャが作ったのであればペレグヌスの魔法が通じなくても納得がいきます。むしろ、何で今まで気がつかなかったのかと思うほどです」


「まあ、それはそうだな」


 ニルが他の事を考えているような、生返事を返してそれから、やや思いつめたような顔でルーリーノに問いかける。


「なあ、ルリノは人がここに書かれているような存在だと思うか?」


 それに対してルーリーノはすぐに首を振って答える。


「ニルも見てきた通り、亜人の処遇は悪いままかも知れません。ですが、人によっては亜人肯定派の人もいますし、そもそも亜人なんて知らない人だって多いはずです。少なくとも千年をかけて人々の亜人に対する認識は少しは変わってきていますから、きっかけがあればきっと劇的に変わるかもしれません」


 ルーリーノはそう言ってから、一度考える。それでニルにかける言葉を固めて話す。


「確かにこれに書かれていることは衝撃的な事ばかりです。でも、今私達に必要な情報だけを選びとらないといけません。別世界があっても今の私たちがどうすることもできませんし、千年前の戦争に今更関与もできません。でも、これからの事は変えられる。変えるのでしょう? 世界を」


「ルリノだって、ユウシャの語源とかどうでも良いところに首突っ込んでたろ」


 まじめに話したルーリーノに対して、ニルが軽口でも言うかのようにそう言ったので、ルーリーノが顔を赤くする。


「でも、その通りだな」


 「ありがとう」とニルが言ったとき、ルーリーノが今度は恥ずかしそうに真っ赤に染まる。それから、平生を装って「どう致しまして」というルーリーノを見てニルが思わず笑みを浮かべる。


「俺達はマオウに会って話をしなくちゃいけない。その為にしないといけないことはマオウを起こすことと壁を越えマオウに会うこと。幸い俺はかつてのユウシャのようにマオウに恨まれることはしていないだろうから、話しくらいは聞いて貰えるかもしれないしな」


 ニルは自分に言い聞かせるようにそう言うと、最後のページに目を移した。それからそこに書いてある文字を読んだ瞬間、膨大な量の情報がニルの頭に流れ込み、激しい頭痛とともにニルの意識が途絶えた。

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