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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
南の国メリーディ
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出港

 メリーディのギルド。川沿いに作らなくてもよいこの建物は、それでも海近くの道を一本ほど隔てたところにある。それは、ここメリーディでは亜獣退治などの依頼よりも、漁の手伝いの方が多く、そう言う依頼を出すのが、大抵大きな舟を持つ、つまり海に舟を止めている人であるからだと言われている。


 しかし、たまたまそこに土地があったから作っただけで、その場所に造ったからこう言う依頼が多くなったのではないのかとも言われたりする。


 少し大きくはあるが、他の建物に溶け込むような外見で扉の近くに看板が掛けられている。ルーリーノは傘を差すことはせずのんびりとそこまでやってくると、ゆっくりと扉を開けて中に入る。


 通りとは違い、雨だからこそ多くの男たちが中で屯っていて、騒がしいというよりはだらけ切った雰囲気が満ちている。そのお陰というべきか、フードを目深にかぶった小柄なルーリーノが真ん中を突っ切って受付へと向かっても、軽く視線を向けられるだけで何かを言ってくるような人物はいなかった。


 受付にいたのは感じのよい初老の男性。ルーリーノはギルドカードを出してその男性にペレグヌスの舟について尋ねる。


 男性はカードを見て目の前にいるのがルーリーノだと分かると、作業をしながら話し始めた。


「今日は雨が降っていますから、今すぐにというわけにはいきませんね。ペレグヌス様より、すぐに使えるようにして渡してくれとのお達しでしたので。明日になれば晴れると思いますので、また明日来てください」


 言い終わり男性はルーリーノにカードを返す。ルーリーノは受け取るときにお礼を言って受付を離れる。


 それから用事も済んでしまったし、兄妹話がすむまで何をしていようかと考えていると、ギルドのドアが開かれた。現れたのは今ルーリーノが考えていた兄妹の妹の方で、ルーリーノは思わず名前を呼びそうになり、咄嗟に両手で自分の口を押さえる。


 それから、ルーリーノを見つけて手を振るエルの元へ早足で向かうとそこでようやくルーリーノは声を出した。


「どうしてエル様がこんなところに?」


 あまり小声で話しても目立つのでやや小さめの声でそう尋ねると、エルはクスっと笑ってから答える。


「一般人がギルドに来てはいけないという決まりはなかったはずですよ」


 エルの答えにルーリーノは諦めたように息を吐くと、唯一空いていた席にエルを促す。エルは促されるままに木でできた椅子に座り、その反対側にルーリーノが座った。


「ニルとの話はもう良かったんですか?」


「ええ、これ以上一緒にいてしまうとお兄様に甘えてしまいそうですから」


 ルーリーノの問いにエルは嬉しそうな恥ずかしそうな表情で答える。


「どうして私の所までやってきたんですか?」


「別れの挨拶を……と思いまして」


 そう言ってエルは小さく笑った。





「遅かったな」


 テラスのテーブルにのみ終わったコップを置いて久しいニルは、ルーリーノの姿を見て退屈そうにそう言った。


 ルーリーノは特に言い返すことはせずに素直に謝ると「ちょっと知り合いと遭遇しまして」と遅くなった理由を説明する。ニルはそれを聞くと「そうか」とだけ返した。


 それから、ルーリーノがパラソルの下に入ると飲み終わったニルのコップを見つける。


「せっかくですし、私も何か買ってきますね。ニルは何か飲みますか?」


 ルーリーノがそう尋ねると、ニルは「同じの」と言って置いてあったカップをルーリーノに手渡した。



 雨独特の酸っぱいにおいの中に香ばしい香りが漂う。結局ルーリーノはニルと同じものを頼み、真黒なそれを躊躇いもなく口に含んだ。口に広がる香りは先ほどからしているそれと同じもので、その後に苦み、ついで酸味が現れる。


 一口目、ゆっくりとそれを味わったところでニルがルーリーノに声をかけた。


「それで舟はどうだったんだ?」


 ルーリーノは手に持っていたカップを一度置き、それから口をひらく。


「今日は雨なので用意はできていないといわれました」


「まあ、そうだろうな」


 やや落ち着いては来たもののまだまだ止みそうにない雨を見ながらニルがそう返す。


「明日には晴れるだろうとの事なので遺跡には明日行くことになりますね」


「じゃあ、これを飲んだら宿でも探すか」


「そうですね」


 それ以降二人は話すことなくただただ雨の音を聞きながらゆったりとした時間を過ごした。




 次の日、昨日の雨が信じられないほどの晴天に恵まれニルはいち早く宿を抜けだしていた。天気としては昨日のことが信じられないほどではあるが、未だ地面が乾いていなかったり、不意に木から水滴が落ちてきたりと雨の余韻が残っているので、確かに昨日雨が降っていたのだという気になる。


 青空の下見るメリーディの町は昨日のそれとはだいぶ印象が変わりとても明るい町という印象を受ける。その印象の一端を担っていると思うものは、まだ朝早いという時間なのに通りを行き交い活気づいている人々。


 目的とする魚の種類により漁に出る時間が変わってくるため、朝早くであっても人が多いのはこの町では当り前ではあるのだが、そんなことを知らないニルにしてみればやや異様ともとれる。


「もう外にいたんですね」


 ニルが町を観察していると、後ろからルーリーノが声をかける。ニルはルーリーノの方を見ることなく口を開いた。


「昨日とはだいぶ雰囲気が違うと思ってな」


 それを聞いてルーリーノはなるほどと空を見上げた。それから、何かを思いついたように声を出す。


「晴れていれば勿論町に活気は出ますけど、それだけじゃなくて町の雰囲気もだいぶ変わりますからね。私も今気がつきましたけど」


「そうだな。まだまだ知らないことってのが多いもんだな」


 ニルはそう返し、今度はルーリーノの方を向いてから「ギルドに行くか」と声をかける。


 ルーリーノは朝のギルドのことを考えてもう少し時間をつぶしてから行くよう提案しようと思ったが、時間をつぶすと言っても特にやることもないので黙って頷き、ニルの前に立ってギルドへと案内しはじめた。



 ルーリーノの予想通りギルドの中は多くの冒険者で賑わっていた。そのほとんどが依頼ようの掲示板に集まり我先にと割のいい依頼を取ろうと手を伸ばす。


 そんな状況であるので必然的に受け付けにも人が集まっていて、舟の事を言いに行く隙すらない。


「何ていうか……凄いな」


 今まで朝のギルドに来たことのなかったニルは目の前で行われている熾烈な戦いにそう感想を漏らす。ルーリーノはそんなニルの反応に思わず笑みを零し「本来ならニルもあの中の一員だったんですよ?」と言う。


「依頼をこなすよりも大変だと思うんだが……」


 そこまで言ってニルはふとルーリーノの顔を見る。見られたルーリーノは小首をかしげた。


「ルリノも昔はあの中にいたんだろ? 大丈夫だったのか?」


 いかに優れた魔導師であったとしてもあの中から自分に合った依頼を取ってくるのは至難の業ではないのかと思いニルが尋ねる。ルーリーノはニルが自分の方を向いた理由がわかり納得したが、それよりも先に納得したくないことがあったので「私はルリノじゃないです」と言ってから続ける。


「私はあの中に入ったことありませんよ。いつも残った依頼しかやっていませんでしたから」


「それだと割に合わない依頼しか残らないんじゃないのか?」


 そう言った非効率な事はルーリーノは好まないのではないかと思いニルが尋ねると、ルーリーノは「そうですね」と答え始めた。


「割に合わない依頼と言っても色々ありますからね。子供のお使いレベルのものもあれば、危険に見合っていない場合ってのもあるんですよ」


 そこまで聞いてニルは一人で納得した後、確かめるように口を開く。


「つまり、割に合っていない亜獣の討伐を専門にやっていたわけか」


「そうですね。熟練者が引き受けるには報酬が少ないけれど、中堅レベルになると束にならないと勝てないような亜獣討伐依頼って言うのは割と多いんですよ。放っておいて被害が大きくなってくると報酬も増えていずれは熟練の冒険者が引き受けるような金額になりますけどね」


 ルーリーノの話を聞いてニルはやはりそうかと、自分の考えの正しさを確認する。そうしている間に沢山いた人々は数を減らし受付の前もだいぶ空いてきた。


 今必死に掲示板を見ている人は恐らく駆け出しの冒険者。駆け出しであるが故少ない選択肢でも迷っているのだろうけれど、流石にそれを待っているほどお人よしではないとルーリーノはニルに一言言って受付に向かった。



「ルーリーノ様お待ちしておりました」


 ルーリーノが受付の前に着くと、何か言う前に昨日とおなじ初老の男性がそうルーリーノに話しかけた。ルーリーノが舟について尋ねると男性はすでに用意はできていると言って舟を止めている場所を教えてもらった。


 それからすぐにニルの元へ戻ったルーリーノはニルの「早かったな」という言葉に迎えられた。




 潮風に吹かれながら大きな舟の沢山泊まっている港をニルとルーリーノは歩く。前を歩くのはルーリーノで、ギルドで教えてもらった場所を慎重に探しながら。その後ろをニルが周囲を眺めながらついていく。


 いくつかの舟は今から漁に出ようと人々が乗り込み、いくつかの舟は今帰ってきたとばかりにその中から大量の魚を持った人々が降りてくる。


「そう言えば結局ペレグヌスの言っていた島って言うのはどれなんだ?」


 歩きながらニルがルーリーノにそう尋ねる。ルーリーノはそれを聞いて失念していたとばかりに声を上げると、しかし自信たっぷりに口を開いた


「その辺にいる人に訊いてみたら分かるでしょう。有名な島みたいですし」


 そう言ってルーリーノが丁度舟から降りてきた一団の所に向かう。ニルの位置からでは何を話しているのかまではわからないが、少し会話をした後で漁師たちは海の方を指さす。


 その後、ルーリーノは彼らに頭を下げてからニルの元へと戻ってきた。


「ギリギリ見える位置にあるあの島みたいですね」


 ルーリーノがそう言って海の向こうを指さすとニルは目を凝らしてその方向を見る。そこには確かに島らしきものが見え幸いというか今居る陸地との間に障害物となりそうなものはない。これならば海の上で進むべき方向が分からなくなることなんてないかとニルは安心した。



 途中何人かに島のことを尋ねつつ、ルーリーノ達が着いたのは周りの舟とは比べるまでもなく小さな舟。両隣りが二、三十人は乗れそうな舟であるのに対して、五人も乗れないのではないかと思うほどに小さく、また風を受けるための帆がなく代わりにオールがその上に置かれている。


「まあ、これなんだろうな」


 ルーリーノが何かを言う前にニルがそう洩らす。


「そうですね。見たところ頑丈そうではありますし、二人なら十分じゃないですかね」


 ルーリーノの言葉にニルも納得はしたが、それでも何となく腑に落ちない心境でその舟に乗りこむ。そのはじめの一歩は少し不思議な感覚で、少し舟が沈みこむ感覚はニルに僅かばかりの恐怖を与えた。


 しかし、ニルにとっては初めての舟という事もありそんな恐怖もなかったかのようにそわそわしてしまう。


 ニルが乗った後にルーリーノも乗り込み、岸とつないでいたロープを外して舟の中に放り込んだ。


「あとは、ニルにお任せということでいいんですよね?」


 ルーリーノにそう言われ、ニルは「そうだな」と短く答えるとそのまま何かを呟いた。近くにいたルーリーノにはニルが呟いた事はわかったが、波の音に遮られ具体的な内容まではわからない。


 それから舟はニルが思うように――正確には潮の流れが、だが――動き始める。


 他の舟が近くにあるときにはゆっくりと、数が少なくなって来ると徐々にスピードを上げる。二人が振り落とされない程度の速さで一定となり、その風によってフードが落ちさらに二人の髪をはためかせる。


「海の上というのもなかなかに気持ちの良いものですね」


 風に煽られる髪を片手で押さえながら、ルーリーノがそう言うと、ニルも同意するように頷く。


「まあ、俺は少なからず集中していないといけないから純粋には楽しめないけどな」


 ルーリーノを羨むようにではなく軽口のようなニルの言葉に、ルーリーノが「がんばってください」とほほ笑みながら返した。

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