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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
南の国メリーディ
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愚行

 ルーリーノがウィリに魔法を教え始めて二日目。朝六時の鐘が鳴る前に目が覚めたウィリはまたあの授業が始まるのかと憂鬱な気分であった。昨日は杖を使わずに魔法を使う練習を始め結局夕方になっても無駄に身体から魔力を垂れ流すのが精一杯でいつになったら魔法を使えるのかまるで解らない。


 それだけならまだしも、師匠たるルーリーノはこれと言って助言はくれない。


 これだったら杖を使っていくつもの呪文を教えてくれた方がマシだとさえウィリは思う。そもそも今の練習をやる意味さえ感じない。


 しかし、今ルーリーノが教えてくれなくなれば次の機会が来るのかさえ怪しい。そう言うわけでウィリは朝食を食べ、家族が農作業へと向かうのを見送ってから昨日と同じく町の出入り口へ向かった。


 朝は八時に集合でウィリは早めに家を出たが、今日もルーリーノが先に来ていて何となく負けた気分になる。


 ルーリーノはウィリがやってくるのを見つけると「来ましたね。それではいきましょうか」と言って門をくぐる。ウィリはそんなルーリーノの後ろを不機嫌な顔で追いかけると昨日とおなじ海辺にやってきた。


「それでは、昨日の続きをやっておいてください」


 ルーリーノはそう言うとウィリを観察するようにその場に座り込む。ウィリはそんなルーリーノの態度に不機嫌が頂点にまで達した。


「こんなことをして何になるんだよ。杖を使えば魔法を使えるんだからこんなことする意味無いだろ」


 声を荒げてウィリが急にそう言ったので、ルーリーノは少し驚いたけれど、むしろよく今までこの台詞を言わなかったなと関心さえする。


 ルーリーノは立ち上がりパッパと付着した砂をはたき落とすと、ウィリの方を向いて澄ました顔で口を開く。


「いいですよ。それでは杖を出してください」


 ルーリーノがあっさりと折れたのでウィリは拍子抜けしてしまったのだが、これでようやく魔法が使えると意気揚々と杖を取り出す。


 ルーリーノはウィリが杖を取り出し機嫌がよくなったことに気がついて、少ししか年の変わらないこの男の子を子供だなと思ってしまう。


「それでは、杖を持った状態で海に向かって昨日の呪文を唱えてください」


 機嫌がよくなったウィリはルーリーノの言葉に素直に「わかった」と頷くとすぐに「ミ・オードニ……」と呪文を唱え始める。


「ブロヴィ・ブロヴォ」


 ウィリが呪文を唱え終わると二人の後ろから服をはためかせる程度の風が吹く。それは昨日試しにやった魔法よりも弱くてウィリは理解できずに呆けてしまう。


「まあ、こんなものですね」


 対してルーリーノは納得したように頷く。ウィリは一瞬遅れて我にかえるとルーリーノに食ってかかる。


「どういう事だよ。どうして昨日よりも威力がないんだよ」


「昨日は風向きと同じ方向に魔法を放っていた……というよりも、途中で本物の風に負けて方向を変えられたって感じでしたからね」


 ルーリーノがそう言うのでウィリは少し納得のいかないような顔をしながらも頷く。


「それでは、他の呪文も教えていきましょうか」


 ルーリーノのその言葉を聞いたウィリは直前の不確実な何とも言えない違和感を忘れて思わず「よし」と声を上げた。




 ルーリーノが新たにウィリに教えた魔法は全部で三つ。一つは風の矢、一つは風の壁、一つは小さな竜巻を起こす魔法。


 この三つはある程度風に形を持たせないといけないので、ただ風を吹かせるだけの魔法よりも数倍難しくなってしまう。実際ウィリもこの三つをその日の夕方まで練習してようやく形にはなった。だが、風の矢は葉っぱを貫通させる程度の威力で、壁や竜巻に至っては周囲にそよかぜを送る程度でしかない。


 しかし、漸くより魔法らしい魔法を使うことができたウィリのはしゃぎ様は子供そのもので、ルーリーノとの別れ際に「もう教わることはない」と嬉しそうに言っていた。




 その日の夜。新しい魔法を覚えたウィリはどうしてもその力を試したくて家族が寝静まった頃こっそりと家を抜けだす。


 家の外に出ると辺りは月明かりでぼんやりとだけ見え、町の奥の方はまだ少し活気が残っている。しかし、今ウィリのいる農業地帯は全くの無人。それ故に門までは特に注意することなく到達できた。


 問題はここから。もちろん門は閉まっているので昼間のように簡単には外に出られない。だが、こう言った門の近くには管理室なるものがあり、実はそこから外に出られる。


 何のためにこうなっているかといえば、夜になって町や村に到着するという旅人というのが少なくないから。


 ウィリも門が閉まっていることを確認すると、すぐに管理室に向かう。この時は先ほどまでとは違い慎重に、できるだけ足音をたてないように細心の注意を払う。


 管理室に行ったとしてウィリのような子供を外に出してくれるとは毛頭思えない。だから、管理人が休憩などで管理室を離れている隙に外に出なくてはならない。


 そうやってこそこそと目的を達成するために暗躍する状況がどうにもウィリの中ですごいことをやっているような感じがして、自然と気持ちが高まっていく。


 管理室をこっそりと覗くシーンなどはそれこそ興奮し思わず誰かに話したいと思うほどであったのだが、そこで少しウィリは拍子抜けしてしまう。


 ウィリが管理室の小さな窓から中を覗くと中でお腹の出ているおじさんが椅子に座り机に突っ伏した状態でいびきをかきながら寝ていた。それを見て、今までの緊張感が一気に冷めてしまったウィリであったが、これは逆に好機として管理人を起こさないようにそっとドアを開け、そっと後ろを通り入ってきたところとは反対側のドアから外に出る。


 それから、ゆっくりドアを閉めると意気揚々と歩きだす。


 ウィリの目標は亜獣。かっこよくそれを倒して家族に自慢してやろうと考えている。


 しかし、町の周囲を歩きだして十分ほど経っても亜獣が現れない。それに対してウィリは少しいらつきを覚えていたが、それからすぐにカサカサと明らかに風とは違うものが地面に生えている少し背の高い草を揺らす。


 ウィリは待っていましたとばかりに音がした方を見る。暗くて見づらくはあるが、ウィリの前に現れたのは蛇のような亜獣。普通の蛇と違い、口を閉じてもその長い牙は姿を隠すことはなく、鋭く尖った尾は二股に分かれている。


「ミ・オードニ・ブロヴォ・パフィ・ウヌ……」


 相手の姿を確認してウィリは呪文を唱え始める。興奮で気が付いていないが、ウィリ自身緊張しており杖を握っている手はすでに汗でべとべとになっている。


 亜蛇は初めはジッとウィリを睨んでいるだけだったが、ウィリが呪文を唱え終わる頃に急にウィリに向かって飛びかかる。


 それに驚いたウィリは「パファジョ」と慌てて呪文を唱え終えると、いびつな形をした風の矢が人が歩くよりも少し早い速度で亜蛇に向かって放たれる。それは蛇自身の速さと相まって辛うじて亜蛇の動きを止める程度にしか威力はなく、多少の衝撃はあったが蛇自体にはほとんどダメージを与えられていなかった。


 一度は地面に落ちた蛇がまたすぐに臨戦態勢になったのを見てウィリは先ほどまでの余裕がまるでなくなり、全身を恐怖が襲う。


「ひ……」


 そう声ならない悲鳴をあげて後ずさりその場から逃げだそうとしたが、駆け出そうと振り返った瞬間その全く変わらないとも思える光景にウィリの顔が絶望に凍りついた。


 よく見れば前後だけでなくウィリを囲むように二十体ほどの亜獣がウィリに狙いを定めている。それに気がついたウィリはがくがくと震えその場に座り込んでしまった。


 もうウィリには何も考えることはできず、蛇が飛び掛かってくるのを視界の端でとらえた瞬間グッと目を閉じた。


「ミ・オードニ・ブロヴィ・ブロヴォ」


 ウィリの耳に聞き覚えのある声がしたと思った瞬間、轟音のような風の音がした。ウィリが恐る恐る目を開けると今にもウィリに噛みつきそうだった亜蛇がその姿を消していた。


 ウィリは状況判断よりも先に目の前の蛇が居なくなったことに安心したように息をはいたが、ガサガサと蛇が草むらを這う音が聞こえてきてまた身体を硬直させる。


 蛇はあくまでも吹き飛んだだけであって、下手するとダメージすらまともに受けていないのではないか、先ほどの自分の魔法を思い出してウィリはそんな事を考えてしまう。


「ザッと二十匹と言ったところですか……」


 そんな人の声が聞こえてきたのでウィリは思わずそちらに首を回す。そこにいたのはウィリの現在の師匠たるルーリーノで、その姿を見ただけでウィリの目に涙がたまっていく。


 ルーリーノはそんなウィリをひとまず置いておいて「フォーミ・ドゥデク・パファジョ」と呪文を唱えて宙に二十本の風の矢を出現させる。それから、二人に向けられる殺気にめがけて「パフィ」と言って矢を射る。


 それぞれの矢が各自目標に到達するまでにかかった時間は一秒以下。すべての矢が蛇の頭を貫き地面に縫い付けた。


 ルーリーノはそこまでやって他に周りに動く気配がないかどうかを確認してからウィリの方を見る。


「どうでしたか、魔法を使ってみて」


 ルーリーノが怒ることなくいつもの調子でウィリに尋ねると、ウィリは顔をぐしゃぐしゃにしながら「ごわがっだ、ごわがっだよう」と泣き喚いた。




 ウィリが泣きやむ前、それでも何とか立って歩けるくらいになった頃、ルーリーノは「とりあえず、町に戻りましょう。早くしないと管理人が起きてしまいます」と言って町の方へと歩きだした。


 ウィリはそんなルーリーノを見て慌てて立ち上がると、涙を流し鼻水を垂らしながらも必死にルーリーノを追いかけた。その胸中はここでルーリーノに置いていかれると今度こそ本当に命が無くなってしまうというもので、ウィリの中はルーリーノについていくことが最優先事項になっていた。


 町の門が近づき漸くウィリが安心したように表情を緩める。その頃にはウィリの顔も見れるくらいにはなっていて、多少冷静になれたせいで先ほどまでの自分の行動が信じられず頭の中で数多くの言い訳が量産されていく。


 ルーリーノはそんなウィリの事など気にしていない様子でそっと管理室を覗くとホッと息をつく。それからボソッと「まだ大丈夫みたいですね」と呟くとウィリに「早く入ってください」と声をかける。


 ウィリは言われるままに管理室に入りそのまま町の中へと足を踏み入れる。ルーリーノはその後に続いて入ると、眠っている管理人に「ごめんなさい」と言ってから町に入る。


 町の門のあたり。二人が授業に行く際に待ち合わせをする場所で、ウィリは先ほどの失態の言い訳をしようと口を開きかける。しかし、先にルーリーノが声を出した。


「とりあえず、今日はこれまでです。明日……なのか、もう今日なのかはわかりませんが夜が明けたらまたここに来てくださいね」


 そう言って躊躇いなくペレグヌスの邸の方へと歩きだした。ウィリはそのルーリーノを引きとめて何とか誤解を解こうと、今回はたまたま調子が悪かっただけなのだと、そう言おうとしたが手を伸ばしただけで、ルーリーノを引きとめる言葉を発することはなかった。


 理由は簡単で、どう考えても今回のことはウィリの力不足が招いたことであるから。ウィリ自信それを認めたくはなかったが、どれだけ自分に言い訳しても残るのは自分の力不足故に死にかけルーリーノに助けられたということ。


 それを納得したところで、今までの自分の行動が恥ずかしくなってきたところで、ウィリの足は自分の家へと向かい始めた。

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