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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
南の国メリーディ
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のんびりとした日常

 ニルはペレグヌスの執務室を出た後で一度昨日今日と使わせてもらっている部屋に戻った。それから、ベッドに横になると、今日一日どうするかを考えはじめる。


「練習するって言っても、ほとんど時間はかからないだろうしな……」


 ニルがトリオーの遺跡で手に入れた力。水や火、風などを操るその力は所謂魔法と違って複雑な呪文もいらなければ、もちろん小難しい魔力操作もいらない。始動の鍵となる言葉を一言二言言ってしまえば後は頭の中で思い描いたようにそれらを操ることができる。


 ただ、魔法と違って『操る』だけなので風ならば好きに操れるが、水となると水辺に行かなければ大きな力は使えない。


 しかし、海の潮の流れを変えるのであれば水は嫌というほどあるだろうし心配することはなのだけれど。


「考えてみればこんな風に時間を与えられたのもかなり久しぶりじゃないか?」


 誰に問いかけるというわけではなく、自分が状況を確認するための問いかけ。それからニルが改めて考え直して見ても最近遣らなければならない事もやりたい事もないが時間が余っているという状況は久しぶりで、ボーっと天井を見上げる。


 そうしているうちにニルはこのままではいけないと思い至り軽く反動をつけて一気に起き上がった。それから、すぐに終わるだろうけれど練習するかと部屋を出て邸を後にする。


 ニルが外に出た時丁度鐘が鳴りはじめ、今が十時だと分かる。旅を始めてそんな時間までのんびりとしていることは少なかったのでニルは奇妙な感動を覚えた。


 もちろん街もすでににぎわっていてフードを目深にかぶっているニルも少しばかりは目立たない。


 ウンダの街は他の大きな町にも負けないほど店の数が多く、しかし農作物を売っている店は少ない。ニルも初めは気が付いていなかったが、街を歩いている間にその事に気がつき疑問を覚えた。とはいっても答えてくれそうな相棒は今日はいないので、店先でパンを売っている店で適当にパンを買いどういうことか聞いてみる。


 エプロンを着た恰幅のいい女性店員はパンを袋に入れながら物珍しそうにニルを見る。それからずっと不思議そうな顔でニルを見ていたが質問にはしっかりと答えてくれた。


 要するに町の入り口まで行って直接農業をしている人から買った方が安いということらしい。


 ニルはパンの入った袋を受け取り女性にお礼を言うと今度は町の入り口の方へと歩きだした。



 町の入り口の畑群。多くの種類の農作物が育てられている場所で、各畑によって違うが大抵の所は今除草作業を行っているらしい。


 ニルがそんな様子を物珍しげに見ながら歩いていると、急に足元の方に衝撃が走った。ニルが下を見ると小さな女の子が尻もちを付いており、その右手には水の零れた桶が倒れていた。


「ごめんなさい」


 女の子は立ち上がるより先に申し訳なさそうにそう言うと、恐る恐るニルの方を見上げる。それから、その視界にフードを目深にかぶった男の姿映り思わず「ひぃ」と小さく悲鳴を上げた。


 ニルとしても、自分が怪しい格好をしていると解っているので女の子の反応は当然だとは思う。しかし、これでまた通報されるとそれはそれで面倒だと思い口を開いた。


「水汲みしてたんだろう? 手伝おうか」


 できるだけぶっきら棒にならないように気をつけながらそう話しかけると、女の子はその時に漸く桶を倒してしまっていた事に気がついたのか桶とニルを交互に見る。


 それから舌足らずに「いいの?」と首をかしげる。


「まあ、俺のせいで零したわけだしな」


 それを聞いて女の子は、花が咲いたように顔を綻ばせると立ち上がる。


「イノの名前はイノンって言うの。お兄ちゃん……おじちゃん?」


 イノンはそこまで言うと、ニルの年齢を計りかねてそこで首をかしげてしまったが結局どうでもいいかといった様子で「お名前は?」とニルに尋ねる。


「ニル。できれば水を汲む場所まで連れて行ってほしいんだけどいいか?」


 ニルが短く名前を言うと、落ちたままの桶を拾ってイノンに尋ねる。イノンは満面の笑みを作ると「いいよ」と言って歩き出す。


 前をずんずんと歩くイノンの後をニルが付いていく姿は先ほどまでよりも何倍も不思議な状況であった。



 ニルがイノンに連れていかれた先は井戸。ロープの着いた桶を井戸の中に落としてロープを手繰り寄せて水を汲むというもので、ニルがその作業を行っているときにイノンが「あーあ」と残念そうな声をあげた。


「どうかしたのか?」


 ニルが尋ねると、イノンはその少し不機嫌な顔を隠そうともせずに口を開く。


「お兄ちゃんが手伝ってくれるなら桶二つ持ってくればよかった」


 可愛らしく頬を膨らませながらそう言ったイノンにニルはさらに質問を重ねる。


「いつもこの作業を二回してるのか?」


 イノンは「そうだよ」と頷いた。それを聞いたニルはこんな小さな女の子がと思うと同時に、これも練習かとユウシャの力を発動させるための言葉をボソッと呟いた。


 ニルの近くにいたイノンはニルが何かを呟いた事だけ分かったので「お兄ちゃん何か言った?」と尋ねようとして驚きで中断された。


 イノンの目に映ったのは空中に浮かんだ水の塊。ちょうどイノンの持ってきた桶の水と同じくらいの量の水がふよふよと歪な球の形をしてニルの右肩少し離れたところで浮いている。


「お兄ちゃんは魔導師だったの?」


 楽しそうにはしゃぎながらイノンはそう言うがニルは首を振る。


「魔導師とは少し違うな」


 魔導師ではないなら何なのかということは言わずそれだけ言うとニルは「どこに持っていけばいい?」とイノンに尋ねる。イノンはすぐに「こっちだよ」と言って歩き出したのでニルは少し安心してイノンの後に続く。



「こうして見ると確かに不審者だな」


 イノンとニルが畦道を歩いていると後ろからそう言って笑う声が聞こえてくる。ニルよりも先にイノンが先に後ろを向いて楽しそうな声を上げる。


「ペレグヌスさまだ」


 イノンがきゃいきゃいとはしゃぎながら走りだしていくころ漸くニルも後ろを向いてそこに立っているペレグヌスの姿を確認した。


「人気だな」


 やや皮肉じみた事をニルは言うが、ペレグヌスは意に介せずといった様子で「何せ最強の魔導師だからな」と笑う。それを聞いてイノンが何故かさらにはしゃぎだす。


「それにしてもユウシャ君が水汲みね」


 ペレグヌスが物珍しげな目を向けながらそう言うと、ニルより先にイノンが首をひねる。


「ゆうしゃさま?」


「なんだ言ってなかったのか」


 ペレグヌスが悪びれた様子もなくそう言うのでニルは一つ溜息をついて口を開く。


「説明が面倒なんだ。下手する人かどうかすら疑われるからな。もしくはユウシャの真似をした変わり者ってところか」


 ペレグヌスは聞きながら、まあそうだろうな、と他人事のように思う。


「だから、お兄ちゃんは顔を隠してるの?」


「そう言う事だ」


 「ふ~ん、大変だね」とイノンはよく分かっていないようにそう話す。


 それからイノンに連れていかれた畑に水をまく。それなりに広い畑だが、組んできた水で足りのだろうかと少し不安に思いながらニルはユウシャの力を使って雨のように畑全体に水を降らせる。


 イノンはそれを何か面白いもののように、ペレグヌスは興味深そうに見ていた。


「お兄ちゃんありがとう。お礼にパン持ってくるからここで待っててね」


 イノンはそう言って畑の近くの家に走って行ってしまったが、近くに座れそうな所はない。まあ、多少汚れてもいいかと思いながらその場に腰を下ろすとペレグヌスも隣にどっかりと座った。


 ニルは何でここにいるのだろうと思いながら、それでも丁度いいかと口を開く。


「この畑にあれだけの水で足りものなのか?」


「まあ、足りんだろうな」


 ペレグヌスは躊躇うこともなくそう即答すると笑い声を上げる。


「このへんの畑は基本的に水がいきわたるように用水路を作ってるんだが、この畑だけどうも上手くいかなくてな。一応あることにはあるんだが、どうしても一日に二・三回はああやって水を汲んでこないといけないわけだ」


「詳しいんだな」


「用水路を造ったのが俺だからな」


 ニルはそう言ったペレグヌスがまた声をあげて笑うだろうと思ったのだが、その予想は外れペレグヌスは真剣な声を出す。


「ユウシャって事はマオウを倒しに行くんだろ?」


「神にはそうするように言われたな」


 急に真剣になったペレグヌスに少し驚きながらも、ニルはそう返す。その間ニルはペレグヌスの方を見ることはなくただぼんやりと畑を見ていた。


「ユウシャ君はルーリーノの目的は知ってるのか?」


「亜人にあって魔法を教えてほしい……だろ」


 ペレグヌスはぶっきらぼうなニルを咀嚼して、一つ一つ可能性を消していくように質問して行く。


「でもユウシャ君はその亜人のトップを倒しに行くんだろう? ルーリーノを一緒に連れてていいのか?」


「別に神以外からはマオウを倒すことは期待されてないからな。それに、俺自身はマオウと話をしたいんだよ」


「ユウシャ君は亜人許容派なんだな」


「ルリノの目的知っていながらルリノのために動いてるんだからペレグヌスもそうなんだろ? それに俺は単に人と亜人の根本的な違いが分からないだけだ」


 「ま、俺は亜人許容派と言うかルリルリ許容派だがな」と、ペレグヌスが冗談交じりに言ったところでイノンがバスケットにパンを持ってやってきたので話が中断され、少し早めの昼ごはんになった。

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