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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
南の国メリーディ
36/64

閑話~ユウシャの旅立ち~

注:これは、一度没にした時の一話を加筆修正したものです。そのため修正しきれずに現在の設定と矛盾するところがあるかもしれません。そんな時は遠慮なく教えてください。


サブタイトル通り閑話(無駄話)なので直接ストーリーに絡むこともないと思います。漫画の連載前の読み切りみたいなものだと思ってください。また修正中に確認したかぎりこの中にある伏線のようなものはすでに全て回収されているはずです。

「本当に行ってしまわれるのですか? お兄様……」


 月明かりの差し込む寝室、十代半ばほどで明るい茶色の髪を背中まで伸ばし、青い瞳をもった少女が問いかける。兄と呼ばれた男は妹のベッドに腰かけたまま「そうだな」と事も無げに返す。


 その髪や瞳は妹のそれとは違いどちらも黒。年は妹よりも二・三上といったところか。


 そんな兄に対して、妹は心配そうな声を出す。


「ようやく安定してきたとは言っても、街の外に出れば亜獣に襲われるかもしれないんですよ。それなのに一人旅というのは……」


「正確には一人じゃないさ。街で仲間くらいは見つけるよ」


 兄は目を細めて妹に笑いかける。それでも、妹は安心する様子はなくどちらかといえば、悲観に暮れているようにも取れる。そんな妹を内心で心配しつつ、月明かりに照らされるその横顔が美しいとさえ兄は思う。


「そうは言っても……」


 妹は声を荒げるがすぐに首を振る。


「いいえ、元はといえばわたくしが悪いんですよね。わたくしが神の声を聞いてしまったばっかりに」


 そう言って俯く妹の頬に手を当てて兄はゆっくりと首を振る。


「そんなことはない。むしろ感謝したいくらいだ。ようやくこの牢獄から出られる」


 それを聞いて妹は一度兄を見た後で、一層暗い表情を作る。


「そうですよね。お兄様にしてみればここは牢獄なのですよね」


「俺はそれだけのことをしたんだよ。それに、お前のおかげでようやく出ることができる」


 兄の言葉に、妹は困った顔を見せて、一度躊躇った後で「でも、」と声を出す。


「お兄様は、神の御告げを理由に良いように追い払われるだけ……」


 兄自身、そう言うことだとは気がついてはいた。何せ仮にも一国の皇子、しかも西側の国を取りまとめるような国の皇子が『マオウ』を討伐する命を受けたというのに、同行者の一人もいないのだから。そもそも、父親たる国王から煙たがられていることくらい気が付いていないわけがない。


 兄は僅かに逡巡して、明るく取り繕う。


「お前がそう思ってくれるだけで十分だ」


 妹は何かを言いかけて一度口を閉ざす。それから、兄の黒い髪に触れると無理やり笑顔を作った。


「お父様が何を言おうとわたくしはいつまでもお兄様の妹ですから……絶対に帰ってきてくださいね」


 「それでは御休みなさい」と言ってから妹は兄に背を向けると、その大きさに見合わぬ軽さの羽毛布団を頭まですっぽりと被ってしまった。


 その意味を兄はわかっていたから、布団の盛り上がっているところをポンと一つ叩くと「お休み」と言って部屋を後にした。




 次の日、ニルは国王に呼ばれ謁見の間に居た。王の隣には心配そうな顔をしている妹姫が佇んでいる。


「ニルよ。今日よりおまえはマオウ討伐に向けて旅に出てもらう」


 一国の王にしては若いが、低く威厳に満ちた声で王は言う。それを、ニルは真剣なまなざしで聞いている振りをする。


「今回の旅、民に要らぬ心配をかけぬよう内密に行うため、国からできる援助はほぼないと考えてくれ」


「心得ております、国王」


 王の言葉にニルは力づよく返事をする。


「わかっておるとは思うが、初めは……」


「冒険者となり壁の向こうに行くための方法を探る……ですね」


 それを聞いて、王は満足したように頷く。


「援助はないとは言ったが、お前はわたしの息子だ、できる限りは支援したい」


 それを聞いてニルは内心悪態をつく。


「故に少々ではあるが貨幣を用意した。それから滞りなく冒険者になることができるよう、正式な文書も用意した」


「ありがたく頂戴いたします」


 そう言って、ニルは国王からずっしりとした重みのある袋を受け取る。王はそれを見届けてからゴホンと一つ咳払いをして真剣な目でニルを見る。


「前々から言っていた通りこの城を出た瞬間からお前はわたしの息子ではなくユウシャとして生きていくのだ」


 国王の言葉にニルはさっき自分の息子がどうこう言っていたのは何だったんだと内心嘲笑しつつ「承知しております」と頭を下げる。


「ではいくがよい」


 国王の言葉に見送られニルは謁見の間を後にした。


「お兄様」


 ニルが部屋から出たところでそう声をかけられ、振り返る。そこに居たのは妹姫のエルで、抱きつくかのように自身の身長の半分よりも長いと思われる剣を持っている。それを両の掌の上に乗せると「これを」とニルに差し出す。


「これは?」


 妹の突然の行動に少し驚きながらニルは尋ねる。


「お兄様が旅立つと決まった日から密かに作ってもらっていた剣です。わたくしにできる限りの加護もかかってあります」


 「お兄様には不必要かもしれませんが……」そう言って俯く妹の頭を撫でると、ニルは恭しく剣を手に取る。その軽さに驚きを受けるが、おそらくエルの言っていた加護によるものだろう。ニルは剣を鞘から引き抜く。片方にのみ刃のついた真っ直ぐな刀。


「いいや、助かる。ありがとう」


 直刀を鞘に戻し、ニルは笑顔を見せる。その笑顔を見て、エルも安心したような笑みを浮かべる。しかし、すぐにその表情に陰りを見せた。


「お帰りをお待ちしています」


 それでも努めて明るくエルは兄を見送る。ニルは後ろ髪をひかれるような思いで、しかし、数年ぶりに城の外に出ることに対する開放感に包まれて「じゃあ、行ってくる」と言って妹に背を向けた。




 城門を抜けると、少し遠くに喧騒が聞こえる。城下町、しかもあのキピウム城のお膝元となるとほぼ終日にぎわっている。昼間は市場が開かれ、夜には酒場で騒ぐ。


 ニルはマントのフードを目深にかぶってその目立つ髪を隠し、その喧騒に感動を覚えながら、とある建物を目指す。


 物珍しそうに露店を冷やかしながら、着いたのは冒険者ギルド。ニルは躊躇いもなくそこに入った。


 ギルドの中は、カウンターが複数あることや、依頼書を貼っている掲示板があること以外は酒場のような場所で、ニルが入った時には外ほど五月蠅くはなく、体格のいい男が数人酒を煽っていた。


 ニルはそんな男たちから向けられる好奇の目を無視してカウンターへ向かう。


「いらっしゃい」


 カウンターにいたのは恰幅のいい女性で、その声には疑いの色が混じっている。


「新規でギルドに登録してほしいんだが」


「わかっていると思うけど、誰でも登録できるってわけじゃないよ」


 気を抜くことなく、女性は言う。ニルはそれに対して頷く。


「わかっているなら、そのフードを取ってくれないかい?」


「ああ、忘れてたよ」


 ニルは少し慌てた様子でフードを取る。向けられる好奇の目が一層強くなる。本来なら快いものではないはずだが、いちいち目くじらを立てていても仕方がないと気にしないようにする。


 男たちに反して、女性はさらに視線を鋭くする。敵意とまではいかないが、ピリピリとした雰囲気が辺りを包む。


「お兄さん、珍しい髪の色してるね。自分が人だって証拠を見せることが出来るかい?」


 ニルは国王つまり父から貰った袋から文書を取り出し女性に渡す。


「王さまからの紹介かい。早く言ってくれれば良かったのに」


 文書を読み終わった女性が急に表情を緩める。ニルは前髪を少し掴み困った笑いを浮かべる。


「まあ、こんな髪の色なんでね。怪しまれるのは慣れっこなんだよ」


「でも、黒髪黒眼なんてまるで伝説のユウシャみたいだね。もしかして、王家の人とか言わないだろうね」


 身分が保障されたことで女性の興味は移ったらしく、手を動かしながら尋ねる。その言い方はとても軽いもので微塵にもそうだとは思っていないのだけれど。


「王家がこんなところにいるわけないだろう? それに、今の王家には子供は一人のはずだ」


 巫女として表舞台に立つ妹とは違い、生まれた瞬間からその存在を公には伏せられているのだと知っているニルそう言って笑い飛ばす。女性も「それもそうだね」と笑う。


「それじゃ、これ」


 女性がそう言って金属の薄いカードをニルに手渡す。


「名前は文書に書いてあったので良かったんだろう?」


「ああ、ありがとう」


 ニルがそう言ってその場を後にしようとしたところで、酔っぱらった男が一人ニルのもとへ近づいてきた。


「兄ちゃん今日冒険者になったのかい。俺が冒険者のなんたるかを教えてやろうか」


 ニルを見下したように笑いながらそう言った男はニルよりも一回り大きい。ニルは相手にしないでおこうかと考えたが、すぐにその考えを自分の中で取り下げ口を開く。


「それだったらついでに仲間になってくれよ」


「仲間だぁ? お前みたいな新人のか?」


 男はそう言って豪快に笑ったが、ニルが取り出した袋を見てすぐに黙りその袋を凝視する。


「これを報酬として仲間になって欲しい。ただ、弱い奴と仲間になっても仕方ないから俺との勝負に勝ったらな」


 それを聞いて男は厭らしい笑いを浮かべる。


「やるなら町の外でやりな」


 その様子を見ていた受付の女性が呆れた様子でそう言ったのでニルは、ギルド内にいた全員に向かって改めて言う。


「もし挑戦したかったら町を出て道なりに少しあるたところにいるから、挑戦しに来てくれ」


 そう言ってニルがギルドを出た後で、ギルドの中はしばし笑いに包まれた。




 ニルが町の外に出てから数時間たたないうちに男達の山ができていた。ニルはあまりにも期待外れだったその男達を横目で見つつ、ここに置いておくのは流石に危ないかと男達をギルドへと持っていくことにした、


 最初の一人を持っていった時に受付に適当に置いておいていいか了承を取り、町とギルドを何往復もして男達を町中へと運んでいく。


 ようやく全員運び終わり、「これだけお金を積んでも集まるのはこんな奴らか」と男達に背を向けて座りながらニルがそう洩らしていると「どうしてそんな大金を払ってまで仲間を探しているんですか?」という高い声が聞こえた。

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