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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
西の国デーンス
22/64

デーンスのギルドにて

 次の日の昼過ぎに二人はデーンスの町についた。デーンスの町は中央から町を二つに裂くような、小さな橋をかけなくてはならないほどの川が流れており、所々で花壇を見ることができる。


 町の中央には川を利用した噴水がありその近くにはベンチ、さらにはそのベンチに木陰を落とすために植えられている木がある。全体的に石の鼠色が目立つ町の中でこの噴水の周りだけは緑に満ちていて多くの人がここに集うのだろうと考えられる。


 町を走る道もきちんと整備されていてニルが見てきた町の中でも一、二を争うほど裕福な町であると思われる。


「何か思っていたのと違うな」


 そんな町の様子を見てニルがぽつりと呟くと、ルーリーノがそれを聞きつけて口を開く。


「ここは周りの村で作られた富が集まる場所、その中心部ですからね。町の辺境とかに行けばニルが想像していたであろう光景が見られると思いますよ?」


 「行ってみますか?」とルーリーノが問うとニルは首を振る。


「とりあえずは、泊まるところを決めて情報収集だろ?」


 ニルがそう言うと、ルーリーノは一瞬きょとんと目を丸くしてから、柔らかい笑顔を浮かべる。


「ニルもだいぶこの生活に慣れてきましたね」


「何だかんだで国境を二度は越えたわけだからな、少しでもこれをつけなくていい場所に行きたい」


 ニルがそう言って被っているフードを指さすと、今度は楽しそうにルーリーノが笑って「そうですね」と返す。


「でも、その前にギルドに行きましょう。そこで宿の話も聞けるでしょうし」


 ルーリーノの言葉にニルは頷くと二人はギルドに向かった。



 デーンスのギルドは周りの家と同じ石造りの建物で、トリオーと比べると丸みを帯びている。各町によってギルドの建物にも違いがあるのだと、一人ニルが感心している間にルーリーノがカウンターに向かう。


 まだ日が高いためかギルド内に人は少なく広い建物の中がたいの良い男たちは依頼の貼られている掲示板の前に、それ以外は椅子に座りその光景を眺めていた。


 その中に一組異彩を放つものが居た。冒険者とは思えないほど線の細い黄色の目をした優男とルーリーノより少し年下の茶色い瞳の少女の組み合わせ。


 それだけでも十分に冒険者というカテゴリーにおいては異様だが、その服装がそれをさらに際立たせる。


 常にフードをかぶっているニルとルーリーノも十分に異様ではあるが、二人とは違い優男のコンビは軽装なのである――魔導師のルーリーノはまだしも、ニルも最低限の装備しかしてはいないがそれ以上に――。


 さらに、男の方は一般人が着るには高いであろう服を着ているのに対して、少女は白のワンピースに薄汚れた赤い首輪をしている。


「あの娘奴隷みたいですね」


 受付を終えたルーリーノがニルに声をかけると、ニルが驚いたようにルーリーノから一歩離れる。そのニルの反応にクスっと笑っているルーリーノにニルは尋ねる。


「どうしてわかるんだ?」


 見た目は確かにそれっぽいが、とニルが少女を盗み見ているとルーリーノが答える。


「あの娘のしている首輪、あれが奴隷の証です。ここに来る時に襲ってきた人たちも付けている場所は違いましたが証を付けてましたよ」


 「手首とか足とかに」とルーリーノが言うのでニルは思い出そうとしてみるがうまく思い出せずに諦める。


 そうしている間に、優男が二人に気がついたのか近づいてくる。


「どうやら、僕たちが気になるようですね」


 男は笑顔でそう二人に話しかける。二人は少し驚いたような顔をしたが、すぐにニルの方が口を開く。


「どうにも冒険者に見えなくて、悪いな」


「いえいえ、確かに僕は荒事は得意としませんしそう思われても仕方がないですよ」


 男が笑顔を絶やさず言うので、ルーリーノは胡散臭さを感じざるを得ない。男はそんなルーリーノには気がつかない様子で、一緒に居た少女を指さす。


「でも、あの子の見た目に騙されちゃいけませんよ? 僕なんか足元にも及ばないほどに強いですから」


「それは、忠告どうも」


 ニルが軽くそう返すのも、男は気にしない風に笑って返す。それからすぐに今度は先ほどまで自分がいた席を指さした。


「立ち話もなんですから御一緒にどうですか?」


 直後、ルーリーノがニルに「どうしますか?」という視線を送る。ニルは男が奴隷をつれていると言う事に少し興味があったので「わかった」と男の申し出を受け入れた。


 ルーリーノは恐らくこうなるであろうことが予想できていたので一つ溜息をついてからニルに続く。


 ニルとルーリーノが隣に座り、向かいに男と少女が座ると言う位置で落ち着き、そう言えばとばかりに男が口を開く。


「まだ、名乗っていませんでしたね。僕はトリアと言います。こっちがカテナ。ほら挨拶」


 トリアと名乗った男に促されて、カテナと呼ばれた少女が立ち上る。その時の動作の優雅さは驚くほどで、ニルは「ほお……」と感心し、ルーリーノは奴隷がここまでの仕草を見せる事に異質さを感じた。


「トリア様の奴隷のカテナと申します。以後お見知り置きを」


 そう言いながらカテナがワンピースの裾を軽く持ち上げ頭を下げる。それからトリアに「いいよ、座って」と言われてからカテナは「失礼します」と言って椅子に座った。


 ニルはカテナの感情がないかのような声に寒気を覚える。それと同時に奴隷というものが少し理解できたようにも感じた。


「やはり、カテナはいいですね。僕の言ったとおりにしてくれます」


 満足げにトリアは言うが、ニルとルーリーノは反応に困ってしまう。それに気がついたのか否かトリアが口を開く。


「よろしければ、お名前をお伺いしても? それと、室内なわけですしそのフードは取ったら如何でしょうか」


 そう言われてしまったら、フードを取らざるを得ないかと、一度二人顔を見合わせてからフードを脱ぐ。それと同時に、トリアが思わずルーリーノを凝視した。ルーリーノはその視線を無視するように口を開く。


「私がルーリーノでこっちがニルです」


 「はじめまして」とルーリーノが言うのと同時、もしくはそれよりも速いくらいにトリアがルーリーノの手をつかむ。


「噂はかねがね聞かせていただいています。エルフの少女のごとき美しさ噂に違わぬ、いえ噂以上ですね」


 トリアの態度の変わりようにルーリーノは圧倒されてしまう。それから、今度はニルの方を向くとトリアは頭を下げる。


「それから、今代のユウシャでらっしゃるニル様貴方も」


 それを聞いてニルが警戒を強める。それから強気な口調で話しだした。


「俺がユウシャだってことは各国王と教会以外知らないはずだが?」


 それを言われてトリアの表情が僅かに歪む。


「黒髪に黒い瞳、ユウシャ以外あり得ないじゃないですか」


 歪んでしまった表情を悟られないように笑顔を作ってトリアが言うと、ニルは何となくそれで納得してしまいそうになる。しかし、すぐにルーリーノが口を開く。


「普通は黒髪黒目を見ても、ユウシャを真似ただけの人だとしか考えないみたいですよ?」


「上手くごまかせると思ったんですけどね」


 トリアはそう言って短くクックックと笑うと続ける。


「僕はこれでも王族なのですよ。デーンス国第三皇子、これが僕の正確な肩書です。こうやって冒険者をやっていることは秘密にしていていただけると助かるのですけど」


「皇子様が冒険者なんてやってていいのか?」


 ニルが問いかけると、トリアはすぐに頷いた。


「二人の兄が幾分よく出来ましてね。三番目の僕のことは半ば相手にされていないのです。それに、亜獣と遭遇しても戦うのは僕じゃなくてこの子を含む僕の奴隷たちなんでね危険もないんですよ」


 カテナの頭に手を載せながらトリアは言って、ニルはさらに気になることがあったので口を開く。


「へぇ、他にも奴隷が?」


 それを聞いたトリアの目の色が少し変わる。表情も幾分楽しそうになった。


「ええ、今のところ全部で十くらいでしょうか。すべて僕が時間をかけて探しだした自慢の奴隷たちです。中でもこのカテナは見た目も戦闘力も、その仕草さえも申し分ない僕の最高傑作ですよ」


 トリアはそこまで言って「少し熱くなりすぎましたね」とやや照れたような表情を見せる。ニルは出来るだけ嫌悪感を面に出さないように気をつけながらさらに尋ねる。


「その中で亜人奴隷ってのは居るのか?」


「国王は好きみたいですけど、僕のコレクションにはいませんよ。確かに亜人の見た目はいいですが、戦闘においてはからきしですからね。僕が求めているのは美も力も兼ね備えた奴隷。そう言った可能性のあるものを探すのが僕の生きがいですよ」


 先ほどよりはだいぶ醒めた口調でトリアは返す。ニルはそれならもう聞くことはないかと、トリアに礼を言って立ち上がる。


「悪いが今日の宿も探さないといけないし、今日はここで」


「いえいえ、僕も十分すぎる収穫もありましたし」


 それだけ言いあって、ニルがその場を離れる。ルーリーノもそれにつられて離れていった。


「ニルがあの人の話を最後まで聞いていたのは意外でした」


 ギルドを出てずっと黙っていたルーリーノが口を開いた。ニルは「そうか?」と短く言ってから続ける。


「少し気になることがあったからな」


「奴隷の娘ですよね」


 ルーリーノが一つ溜息をついてから、諦めた風に言う。ニルは「そうだな」とだけ返した。


「あわよくばあの娘と話をしてみたかったというところでしょうか。それから、亜人とも」


 ルーリーノが言った言葉にニルが少し驚く。でも、すぐにいつものように戻って口を開く。


「あのカテナって子最初からああだったと思うか?」


 ニルの返事を肯定と捉え、ルーリーノは言葉を選ぶ。


「たぶん違うでしょうが、奴隷である以上あんな風に心を閉ざしてしまった方がいいのかもしれません」


 ルーリーノの言葉を聞いてニルも頷く。少し雰囲気が暗くなってしまったので、ルーリーノが気持ちを切り替えるために話題を変える。


「それで、明日はどうするんですか?」


「教会に行って、城に行ってだろうな。ルリノも来るか?」


 ルーリーノは首を振りとりあえず「ルーリーノです」と訂正をしてから口を開く。


「私はギルドの依頼をこなそうと思います。最近あまりやっていませんでしたし、まだ余裕があるうちに路銀を稼いでいた方がいいでしょう」


「わかった」


 ニルがそう短く返し、ふと空を見上げると夕焼けの太陽に照らされた雲が自らにその影を落としくっきりとした輪郭を見せていた。

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