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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
プロローグ
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プロローグ~出会い・旅立ち~

 『グオオオォォ』と叫びにもならない声をあげ、大きな犬のような獣が炎にのまれ灰と化す。炎を放った目の青い少女は、それを確認すると「ふう」と息をついて、振り返り背後の様子を確認する。


 その視線の先には黒髪、黒眼の男が同じ獣と対峙していた。男はいかにもやる気がなさそうに腰にぶら下げてある鞘から片刃の直刀を抜くと今にも飛びかかってきている犬を切りつける。飛びかかってくる勢いと、切りつける勢いとがぶつかり爪や牙が長く毛が逆立っているかのような犬は抵抗もなく真っ二つになった。


 血しぶきが男の背後で上がる頃には直刀を鞘の中に戻し、青い目の少女の方へと歩いていた。


 少女の方も男の方へ半ば呆れた表情で駆け寄る。


 男の方が頭一つ分ほど身長が高く、年のころは男が十代後半、少女が半ばほどと言ったところ。ともにフードの付いたマントをしっかりと着こんでいる姿はどこか怪しく見える。


「相変わらず、ユウシャ様のそれ反則級ですよね」


 少女が華奢な細い指でユウシャと呼んだ男の腰のところを指さす。


「ユウシャってのは止めてくれないか? あと、反則って人のこと言えないよな、ルリノ」


 ユウシャが言うと、ルリノと呼ばれた少女は頬を膨らませる。


「何度も名前はルーリーノだって言ってるじゃないですか」


「そんな変わらないだろ?」


 そう言って、ユウシャが笑うのを見ながら、ルーリーノはどうしてこんな男が『ユウシャ』なのだろうかと、ため息をついた。




 ユウシャとルーリーノが出会ったのは数か月前。ユウシャがギルドに加入するためにキピウムの冒険者ギルドを訪れていた時。


 すでに碧眼のルーリーノと呼ばれ新人冒険者の中でも一目置かれていた――そもそも目が青いだけで一目置かれるには十分なのだが、その理由は後述する――彼女は大陸の東側、壁を越えた向こう側に行くための方法を探して、かつてユウシャが作ったとされるこの国にやってきていた。


 二人が出くわしたとき、用心棒としては破格の値でお伴を雇おうとしていたユウシャが幾人もの候補者をのしてしまった後で、彼は退屈そうに倒れた屈強そうな男たちに背を向けて座っていた。


 それだけ強ければ、冒険者としてルーリーノのように一人でもやっていけるはずだろうに、何故わざわざ大金を払ってまで仲間を求めるのか気になったルーリーノは躊躇うことなく男に尋ねた。


 いつもそうであるように、ユウシャも初めはルーリーノを少し驚いたように見ていたが、少し考えると「もしも、お嬢ちゃんが仲間になってくれるなら教えるよ」とだけ言った。


 つまりは、ユウシャの後ろで伸びている男たちと同じように試験を受けろと言われているも同然なのだが、そこまでしないと話せないような理由にルーリーノは興味を覚え、それよりも自分のことをお嬢ちゃんと呼んだことが気に食わなくて「試されてはあげますけど、貴方の眼鏡にかなっても仲間になるかは私が決めますよ?」と挑発気味に返した。


 ユウシャもユウシャで、ここまで啖呵を切るということはそれなりの腕なのだろうと少し楽しさを覚え「それなら、君が俺の眼鏡にかなったら理由を教えるってことでいいのかな?」という。


「もちろん。それに、貴方のその髪と瞳についても教えてほしいですね」


 ルーリーノはユウシャを見据えてそう言う。黒髪に黒眼なんてまるで……とルーリーノが考えていたところで「そっちは気が向いたらね」とユウシャは曖昧な返事をする。


 ルーリーノはその返しに首をかしげながらもそれを受け入れる。


「そう言えば、貴方の名前は何ていうんですか?」


 受付の視線が刺さる――冒険者同士の諍いにおいて力で訴えることは多々あり、互いに納得のいくルールの下であるならそれも認められているが、多くの場合ギルドの建物内ではご法度となる――ので、さてギルドから出ようかという段になって、ルーリーノは尋ねる。


「ニル。そっちは?」


 男がそう言うと、ルーリーノは目を細めてクスクスと笑った。それに対してニルが怪訝そうな顔をする。


「貴方……ニルさんは本当に駆け出しなんですね。普通こういうときは『そちらから名乗るべきじゃないか?』となる所なんですけど」


 ニルはそう言われて、バツが悪そうに「それで、君の名前は?」と尋ねる。


 ルーリーノはその態度が面白く、笑顔を隠さないまま「ルーリーノと言います」と返した。



 ギルドを出た後、市場を抜け町を囲む壁を抜けた草原地帯へ二人はやってきた。壁から出たということは亜獣と呼ばれる獣に襲われる可能性もあるのだけれど、この地域ならばほぼ亜獣と遭遇することもないし、人里までやってくる亜獣の数も日に日に減ってきている。


 二人は一定距離を保ち、対峙すると戦闘態勢に入ることなく、話し始める。


「それで、ルールはどうするんですか?」


 足首まであるマントをすっぽりと被ったまま、ルーリーノは尋ねる。ニルは腰にある直刀に手をかけることすらせずに「そうだな……」と考え、人差し指を立てる。


「先に一撃でも当てた方が勝ちってことで」


「私が勝ったら、認めてもらえるってことでいいんですか?」


 冒険者としては後輩であるこの男に『認めてもらう』なんて何とも滑稽だと思いながらルーリーノは尋ねる。


 ニルは首を振った後で口を開く。


「もちろん、君が勝つようなことがあれば認めることになるけど、負けても認めることもある」


「大した自信ですね」


 ニルの言葉にルーリーノは少し腹が立って、睨みつけるようにニルを見る。


「相手を殺さなければ何を使っても構わない」


 ルーリーノの言葉を無視するかのように、飄々とした態度でニルはルールの説明を続ける。


「貴方はそれを使うんでしょうね」


 ルーリーノがニルの腰辺りを見ながら口にする。しかし、ルーリーノの予想に反してニルは首を振り、どこからともなく少々重そうな木刀を取り出した。


「とりあえず、俺が使うのはこれ」


 それを見てまるで手加減されているかのような印象を受けたルーリーノはさらに腹を立てることはせず、さっさと終わらせて知的好奇心を満たしてしまおうと考えた。


「スタートの合図はどうするんですか?」


「そっちが決めていいよ」


 ニルはそう言うと、両手で木刀を持って構える。構えとは言っても棒立ち状態で木刀を持っているだけ。


 対してルーリーノは近くにあった木の棒を手に取り、それ以外は特に構えようとする様子を見せない。


「これを放物線を描くように投げますから、これが地面に着いて以降の攻撃を有効打ということにしましょう」


 ルーリーノがそう言うと、ニルは頷き真剣な目つきをする。


 ルーリーノは特に表情を変えることはせず、この勝負の行く末を考える。この男がルーリーノの想像を超えて弱ければ勝負は一瞬。そうでなくても恐らく負けることはないだろう。


「それじゃあ行きますね」


 場の緊張感に反してルーリーノは柔らかい微笑みを浮かべ木の棒を放り投げる。


 木の棒が落ちるまでおよそ五秒と言ったところ。ルーリーノはボソボソと呪文を唱え始める。


「ミ・オロドニ・ブロヴォ」


 上昇していた棒がその軌道を下降へと転じさせる。


「パフィ・オク」


 ルーリーノの周りの風がざわめき出す。それを察知したニルはすぐにでも動けるよう重心をやや前に乗せる。


「パファジョ」


 ルーリーノの最後の言葉と棒が地面に着くのが同時だった。


 一般人には目を凝らさないと見ることも難しい八本の風の矢がニルに向かって打ち出される。


 ニルが初めの数歩ユラユラと左右にブレながら前進し矢を避けると一気にスピードを上げ、距離を詰めてくるのをルーリーノは見た。


 その予想以上の速さにルーリーノは少し感心したが、心を乱すことなく呪文を唱える。


「ファヨロ・ガロディ・ミ」



 ニルがあと一歩でルーリーノに届くと思ったところで、チリ……と嫌な音を感じ思わずバックステップを踏む。すると、見る間にルーリーノを取り囲むように炎が現れる。


 何とかそれに巻き込まれずに済んだニルがホッと安心しかけたところでルーリーノを囲んでいた炎が消え同時に「パファジョ」という声が聞こえてきた。


 ニルが緩みかけた気を引き締めなおすと、今度は前方から火の矢が飛んでくる。それはスタート直後に飛んできた風の矢よりも黙視し易く、先ほどよりも容易に避けることができるだろうと地面を蹴る。最初の一本を右に避けたところで、目の前に風の矢が現れる。


「あ、きっつ……」


 思わずそう洩らしながら、咄嗟に木刀でガードする。しかし、その矢の鋭さのあまり僅かに勢いを殺しただけで突き抜ける。間一髪といったところで倒れ込むように避けると、今度は後方、矢が到達したと思われるところで小さな爆発が――とは言っても近距離だと致命傷になりかねないが――起き、その爆風でバランスを崩しニルは完全に片膝を着く。


「思ったよりもやりますね」


 ルーリーノがそんなことを言う。向こうはまるで余裕だというのに、ニルは肩で息をし始めたところを見るとその台詞が果たしてそのままの意味を成しているのか疑問に思いながら、「相手を殺さなければ」という一言をルールに入れた自分をニルは全力で褒める。


 今まで集ってきた奴らとは明らかにレベルが違う。碧眼とはいえ年下に見える女の子を心のどこかで下に見ていたのだろうと自分を戒め、木刀を捨て腰の直刀に手をかける。


「これで最後です」


 ルーリーノからそんな声が聞こえたのでそちらに目を向けると、最初の倍以上はあるであろう魔法の矢がニルを狙っていた。




 「最後です」という台詞を言いながら、ルーリーノはニルが腰にある武器に手を添えるのを見ていた。


 いまルーリーノの周囲には初めの総数にして初めの三倍――火が十二本、風が十二本――の矢が準備されている。万が一を考えて威力は落としてあるが、速さは先ほどと変わらない。


 ニルが直刀を抜く前に「パファジョ・クヴァル」言って、火と風、それぞれ二本ずつを射る。もしかしたら、これで終わるかとルーリーノは思ったが、ニルは想像以上に早く直刀を鞘から抜くと目にも止まらぬ速さで振り抜く。


 直刀に当たった矢は紙でも切っている方がまだ手ごたえがありそうなほどあっさりと切られ姿を消した。


 あまりにも威力を落としすぎたかと思ったルーリーノは次以降先ほどまでと変わらぬ威力で矢を放つ。残った二十本を同時に。それと並行して「フォロミ……」と次の呪文を始める。


 動き出したニルの動きが、先ほどと比べると幾分よくなっていて、魔法の矢の弾幕と接触する直前に薙いだ時にはルーリーノの目でもその軌道を追うのがやっとだった。


 しかも二十本もあった矢は先ほどと同様、空気のように切られその姿を消してしまう。


「フォソト」


 ニルが今一度ルーリーノまで後数歩という距離に来た時にルーリーノの呪文詠唱が終わる。


 現れたのは小さな火の柱。先ほどよりも速く近づいてくるニルには恐らく避けることはできないだろうと思われるタイミング。ニルはそれに気がついてもまるで気にした様子はなく直刀を縦に振り降ろす。


 ルーリーノは目の前で真っ二つになる火柱を眺めながら、ストンと座り込んでしまった。


 それに驚いたのは、ニルの方で勢いのあまり上手くとまることができずルーリーノを飛び越すと、着地の瞬間上手く膝を曲げて衝撃を地面に逃がす。


「あー……私の負けですね」


 ルーリーノは座った姿勢のまま、苦笑を浮かべそう言った。


「いや、俺の負けだろう、これ使ったし」


 ニルもニルで少し納得がいかない様子でその場に座る。それから、直刀を膝の上で鞘に戻した。




「それで、何で俺が仲間を探しているのか」


 ギルドに戻ると積まれていた男たちは散り散りなっていて、酒場のようにいくつもあるテーブルにはほとんど人がいなかった。二人は端のテーブルに向かい合うように座っている。


「壁の向こうに行くためだな。正確にはその準備のためだけど」


 ニルは端的にそう言うとルーリーノの反応を待った。


 ルーリーノは内心驚きを示しながらも、何と返すべきか言葉を探す。


 ここで言う壁とは町を囲っているそれではなく、海に浮かぶこの大陸のほぼ中央を南北に仕切っている巨大な壁のことを指しており、現在その壁の向こうへ行くことは不可能とされている。第一に東に行くほど――人の手が届いていないところほど――亜獣が強く凶暴になっているから。第二にそもそも壁が頑丈すぎて傷一つはいらないから。第三に海流の関係上、海にまでわたっている壁のせいで渦が起き、船が使えないから。


 そんな理由があって本来大陸の東西は現在、交流はおろか互いの情報すら入ってくることはない。


 しかし、お伽噺レベルでは壁の向こうの話もあり、その裏付けとなることも存在しないわけではない。そのお伽噺とはこう言ったものである。





 昔々、まだ大陸に壁がなかった頃、人と亜人――人に似ているが、小さいものや、耳がとがっているもの、動物のような耳や尻尾が生えたものなどその種類はさまざまで、瞳の色が人では発言しない赤や紫といったようなものが多い――が争っていた。西が人、東が亜人。数は多いが個々の戦力はそんなに高くない人と、数は少ないけれど個々の戦力が高い亜人。両陣営は長い間均衡状態であったが、ある時その均衡が崩れた。


 亜人側に強い力を持つ『マオウ』が誕生したのだ。マオウの指揮の下、人々は現在のキピウムまで、つまり大陸の七割以上を亜人に支配された。


 そんなときに神が人々に遣わせたのが三人のユウシャ。その三人に共通する黒髪、黒眼から『黒のユウシャ』と呼ばれ死闘の末ユウシャはマオウを打ち倒す。しかし、三人いたユウシャのうち二人がマオウとの戦いによって命を落とし、残った勇者がキピウムを作った。


 それを見ていた神は、こんな争いが二度と起こってはいけないと大陸中央に大きな壁を作った。



 人ならば知らないはずはないだろうとまで言われるお伽噺。実際に壁は存在するし、お伽噺のような力は持っていないが奴隷として亜人はこの西側にも僅かではあるが確かに存在する。


 そして、現在人々の生活を脅かしている亜獣はその争いの影響で動物が変化したものだとも言われている。どれも状況証拠でしかないが、このお伽噺を信じるのであれば、壁の向こうでは亜人たちが暮らしているということになる。





「何か壁を越える手段があるんですか?」


 漸く口を開いたルーリーノは、恐る恐る尋ねる。ルーリーノ自身その手段を探すために冒険者になったようなものであるから、そうであるなら食いつかないわけにはいかないし、そうであったら今まで必死に探してきた自分が少し惨めな気もする。


「可能性ならね」


 ニルの答えに、ルーリーノは諸手を挙げて喜ぶことはできず、かと言って見当違いだったと落ち込むことはなかった。たとえ答えが否定でも、ヒントすら得ていないルーリーノにしてみたら相手を蔑む道理などないのだけれど。


「それを教えていただくわけには?」


 厚かましいようだが、ルーリーノは尋ねる。その問いにニルは首を振ってこたえる。


「さすがに無理だね。たとえ仲間になってくれたとしても教えられない」


 さて、その理由を教えてくれるだろうかとルーリーノは考える。たぶん無理だろうなとすぐに答えが出る。と、なるとルーリーノに残された選択は少ない。ニルの話を信じ仲間になるか、ニルのことなど忘れてまた一人で手掛かりを探すか。どちらが自分の目的にとってプラスであるか、ルーリーノにしてみれば考えるまでもない。


 ただルーリーノには、ニルの話で気になるところがあった。壁の向こうへ行く方法、それは仲間であっても教えられないこと。


 少し考えてルーリーノは口を開く。


「今の私には貴方の仲間になる資格がある。ということでいいんですよね?」


 ニルはそれに頷いて答える。


「じゃあ、私を仲間にしてください」


「いいのか?」


 今までのやり取りから、ルーリーノが興味本位でこちらの話を聞いていたと思っていたニルは少し驚く。


 ルーリーノは頷くと真っ直ぐニルを見る。ここから先下手に誤魔化されるのは避けたい。


「はい。それに、お金も必要ありません」


 ルーリーノ自身、伊達に『碧眼の』なんて見たままの二つ名で呼ばれていないので、それなりに金も地位もある。


 しかし、そんなこと知る由もないニルに取って、その言葉は少し恐ろしいものである。つまり、この少女はお金ではないもっと他の物を要求するはずである。だから、少し身構えてルーリーノの次の言葉を待った。


「その代わり、私を壁の向こうまで連れて行ってください」


「え?」


 ルーリーノの言葉にニルは思わず気の抜けた声を上げる。


「それから、貴方について話せる限りでいいので、私が仲間であるとして話してください」


 「それが私の望みです」とルーリーノは青い目を細めて笑顔を作る。


 ニルはルーリーノの言葉を反芻する。それから、一つルーリーノに問いかける。


「どうして、壁の向こうに?」


 どんな危険があるかわらかない壁の向こうにニル自信仲間を連れて行く気など毛頭なかったのだ。ここで仲間を探していたのは、その前段階を行う手伝いが欲しかったから。


「さすがに貴方も『黒のユウシャ』のお伽噺は知ってますよね?」


 ルーリーノに問われ頷く。しかし、それとルーリーノが壁の向こうに行きたい理由は今のニルにはわからない。


「私は会いたいんです。お伽噺に出てくるような亜人に。そして、彼らに魔法について教わりたいんです」


 「これでも、魔導師ですから」と、締めくくる。それを聞いてもう一度ニルは考える。


「仮にお伽噺の中のような亜人がいたとして、そいつらが素直に教えてくれるとも思わないんだが?」


「その時は諦めます。それよりも、壁の向こうの世界を知らずに生きていく方が耐えられないですから」


 力のこもった青い目がニルを見る。


 諦めますとは、恐らく『命を』ということだろう。半ば自殺気味なことを言っている少女を本当に連れて行ってもよいのか、話を聞きながらニルの懸念はそこだけになっていた。


 でも青い目を持っているし、少なくとも身を守ることはできるかと考えて、ニルはルーリーノを連れて行くことを決めた。




 西側に住んでいる、所謂『人』。彼らの中には稀にルーリーノのように魔法を操れるものがいる。その条件は先天的に才能があるかどうか。才能というよりも魔力の総量と言ったところだが、その子に才能があるかどうかを知る簡単な方法がある。それが、瞳の色。まったく才能がない人の目は茶色。それから、低い順に黄色、緑と変化していき、最も才能を持つものは青色の瞳を持っている。


 実用的な魔法を使うことができるのは目が緑色の人からで、黄色であっても並々ならぬ努力を行えば緑ほどには使えるようになる。しかし、どんなに緑の人が努力をしようとも青に届くことはない。

青い瞳を持つものは西側において十人もいないとされ、その中でも表立って知られているのは、キピウムの現在の王女。


 ただ、彼の王女様は王女であると同時に神の声を聞くことのできる巫女でもあるため、その力はただの碧眼の魔導師よりも強いといわれている。


 また、碧眼の魔導師の戦闘力は熟練の戦士以上といわれ、実質まだ若いルーリーノであっても、腕に覚えのあるニルを――最終的にはニルの切り札に敗れた形ではあるが――追い詰めることができたというわけである。



「仲間にしてもらった直後で申し訳ないんですが、早速貴方について教えてくれませんか?」


 姿勢を正してルーリーノが問いかける。


「その前に、一つ頼みたいんだが……」


 約束ではあるし、ルーリーノに話すのは何の問題もないのだがとニルは思う。ただ、日も暮れはじめギルド内に人が集まり始めたのには問題がある。自分たちが地味な人間であれば何の問題もないんだけどなと、ニルは思う。


 しかし、実際は黒髪の男と、少なからず人の目を惹く容姿をした青い瞳をもった少女なので、どうしても周囲の注目を集めてしまう。幸い集まってきた人の多くが昼間ニルにのされていた人々なので表だって因縁をつけられることはないが、聞き耳くらいは立てられる可能性がある。


「頼みとはなんでしょう?」


 ルーリーノが首をかしげると、ニルは相手の魔導師の能力を信頼して答える。


「俺達の会話を周りに聞こえなくするってことは出来るか?」


 半ば小声でそう言うと、ルーリーノは納得したような表情を見せ「ミ・オロドニ……」と呪文を唱え始める。


「ソラ・ヴァノド」


 呪文を唱え終わると、ニルの耳に届いていた喧騒が徐々に小さくなり、遂には聞こえなくなった。


「音の壁ね」


 感心したようにニルが言うと、ルーリーノが少し驚いた顔をする。


「魔法使えるんですか?」


 一般人ならばその目を見ることで魔法が使えるかどうかはわかるが、黒の瞳というのはある意味規格外であるのでもしかすると使えるのかもしれない。とルーリーノは自分を納得させようとする。


 それに……と自分の考えを裏付けるような考えを模索し始める。


 黒の瞳といえばお伽噺のユウシャ。そのユウシャは碧眼以上の魔法が使えたという話もある。それならば目の前の男が一目で自分の魔法を看破したのもうなずける。


 しかし、ルーリーノには二つその考えでは納得のいかないことがある。一つは先の対決で魔法を使う気配がまるでなかったこと。もう一つはこの場でルーリーノに魔法を使わせたこと。


「使えないよ」


 答えはあっさり返ってきた。ルーリーノはその答えに納得がいかず口を開く。


「じゃあどうして?」


 その問いにニルは少し悩み、それから答える。


「知りあいに魔導師が居てね。知っていて損はないとある程度教え込まされたんだよ」


 「俺が魔法使えないのが分かっていたくせにね」と乾いた笑いを見せるニル。対照的に漸く納得の行ったルーリーノは一つの仮説が生まれたので問う。


「じゃあ、その腰の直刀はその人に貰ったんですね」


「そうだな」


 自分の考えが当たってルーリーノは少しだけ誇らしく思うと同時に、ニルの知り合いというのを勘ぐってしまう。


 少なくとも碧眼の人物であるだろうと。


 確かに武器に加護を与え、通常のそれよりも強力なものにする魔法も存在するし、まったく同じとは言わないがルーリーノも似たような魔法は使える。それら武器は魔法具とか魔法武器などと呼ばれたりして、冒険者の間でも重宝されている。


 その魔法自体は緑でも使えるのであるが、あの戦いの中青であるルーリーノの魔法を容易く無効化したのだから、ルーリーノと同じかそれ以上の魔導師と考えるのが普通だろう。つまり碧眼の魔導師。


 ルーリーノ自身とても興味はあるが、今はニルのことについて聞くことが目的なのでグッと堪えて「それで、ニルさんについて聞かせてもらっていいでしょうか?」と尋ねる。


 ニルは「ニルでいいよ」と言った後で改めて話し始める。


「俺は一応ユウシャってことらしい」


 要領を得ないもの言いにルーリーノは頭にクエッションマークを浮かべる。それを見てか見ずかニルは続ける。


「俺は元々こんな髪に目だから、とある場所に半ば閉じ込められて暮らしていたわけなんだけど、先日キピウム王に呼ばれてね」


「ニルがあのユウシャと同じ黒い髪に黒い瞳も持っているからですか?」


「ある意味そうなんだけど、正確には王女様が神の声を聞いたらしい。近々マオウが復活するので黒のユウシャを探しこれを討伐せよ、といった具合に」


 マオウという言葉を聞いてルーリーノは少なからず驚く。


「それが本当ならどうして噂ですらそんなことを聞かないんですかっ」


 お伽噺のマオウが復活するとなれば、しかもそれを神が巫女を使って伝えたとなれば、もっと騒ぎになっていて然るべきはずである。それなのに、今までそんな話を微塵も聞いたことがないというのはおかしいとルーリーノは思う。


「表向きには下手に民を混乱させないためらしいな。各教会のトップとか各国の国王とかにはすでに使いを出しているらしい」


 まるで他人事のようにニルが言う。しかし、ルーリーノはその態度よりも初めの言葉が気になった。


「表向きと言いますと?」


「キピウム王は亜人が攻めてきたところで負けるはずがない、と思っているらしいな」


 「おそらくキピウム王だけじゃないだろうけど」と、言われルーリーノが苦虫を噛み潰したかのような表情を作る。


「確かに、こっち側の亜人は力のない奴隷ですからね」


 苦々しい口調でルーリーノは言うと一つ溜息をつく。


「まあ、そんなところだな。だから、人のことをユウシャだと言いながらこれと言って何もしてくれなかったわけだし。まあでも、外に出られた事だけでも感謝しないとな」


 軽い口調でそんなことを言うニルの言葉を聞いてルーリーノは一つ息をはいて気持ちを入れ替える。


「じゃあ、これからはどうするんですか? まっすぐ東に?」


 そうであってほしいなと言うルーリーノの希望も混じった言葉を言うと、ニルは首を振る。


「そうできるなら、俺も仲間を探さないよ」


 それを聞いてルーリーノは少し肩を落とす。


 しかし考えてみれば確かにニルは元々壁の向こうに仲間を連れて行こうとしていなかったような態度をしていたのだと、自分の浅はかさを恥じる。


「それじゃあ、どこへ?」


「ユウシャの残した遺跡を探しに……かな」


「そんなものがあるんですか?」


 ルーリーノは半信半疑で尋ねる。長い間……というわけではないが一応冒険者として各国の主要な都市くらいには行ったことのあるルーリーノであるからそれなりにどこに何があるかについては知っている――とは言っても覚えているものはルーリーノの趣向に依っているが――がそんなもの聞いたことがなかったのだ。


「公には出てないだろうけど、一つはこの国にあって割と話題になってるんじゃないかと思うんだけど」


 ニルの言葉にルーリーノが頭をひねる。このキピウムの事で話題に。


「もしかして、はずれにある大穴のことですか?」


 ひとつ思いついたことをルーリーノが口にする。


 キピウムのはずれで大穴が発見されたのが数年前。大きな建物がすっぽりと入るほどの大きさで、ルーリーノが初めてキピウムに来た時に何があったのかギルドで聞いてみたのだが、目立つような場所ではなく気がついたら穴が出来ていたという答えが返ってきた。


「そう、それ」


「そこに遺跡があったというんですか?」


 ニルは頷く。


「それじゃあ、壁を越える方法というのも分からないんじゃないんですか?」


 何があるのかはわからないがすでに一つ欠けていて大丈夫なのだろうかとルーリーノは心配になる。


 しかし、ニルはそんなルーリーノの思いとは裏腹に「それは大丈夫」という。


「遺跡は事故で大穴になったけど、秘密裏に発掘は進んでいたらしいから、重要そうなものは失われていなかったし」


「なるほどです」


 言われてみればあの大穴が元々はユウシャの遺跡だと分かるくらいには調べられていたのだろうとルーリーノは納得した。


「それでは次は何処へ?」


「わかっている限りだととりあえず北にあるトリオーまで行って、最終的にはさらにその北にある人の手が届いていない山の奥……だな」


 それを聞いてルーリーノが少し不安そうな顔をしたが、すぐに気を引き締めなおす。


「それはだいぶハードですね」


 そんなルーリーノの微妙な気持ちの変化を察したニルは、口を開く。


「まあ、何にせよこれからよろしく。ルリノ」


「私の名前はルリノじゃなくてルーリーノです」


 音の壁の小さな空間でそんなルーリーノの声が響いた。


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