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黒髪ユウシャと青目の少女  作者: 姫崎しう
北の国トリオー
15/64

ルーリーノの新装備

「ユウシャ様はお元気ですか?」


 食事がひと段落したところでエルがルーリーノに尋ねる。ルーリーノはすぐに肯定しようとしたが少し考えて改めて口を開く。


「今教会に居ると思いますから実際に会ってみたらどうですか?」


 自分の口から伝えるよりはその方がいいだろうと思い、ルーリーノは言ったが、エルは首をふってそれを断った。


「どうしてですか?」


「わたくしは、あの方に合わせる顔がありませんから」


 エルはそう言って遠くを見るかのような表情を作る。そんな表情の人にはたして質問を重ねていいのかとルーリーノは逡巡したが、最後には興味が勝って「何かあったんですか?」と口にする。


「何かあったと言うよりも、何もしなかったと言った方が正しいのでしょうね。何もしてあげられないままにユウシャとして旅立たせてしまいました」


 そんなエルの悲しげな顔を見てルーリーノは思い切って口を開く。


「そんなことないと思いますよ。旅立たせてくれたことには感謝していると言っていましたし」


 嘘でない。むしろ不必要なほどに真実の言葉。ルーリーノとしてはこんなことを言うつもりなどなかった。ただ「感謝していた」とだけ伝えることができればよかったのだが、それではニルやエルを騙してしまっているのではないかと言う僅かな戸惑いが、僅かに言葉を捻じ曲げ「旅立つことだけ」に関しては感謝していると言う意味にとれる言葉にしてしまった。


 しかし、エルは言葉を発した後のルーリーノの戸惑いを見てルーリーノが決して自分を責めようと思っているのではないと分かっていたし、少なくともニルが今の状態を悪からず思っているのが分かりホッと胸をなでおろす。


「ユウシャ様のことですから、きっとルーリーノさんのことを『ルリノ』さんとお呼びしているのでしょうね」


 エルがルーリーノに気を遣わせないように話を変える。


 急に話が変わったルーリーノは最初驚きはしたけれど、自分の失言をエルが気にしていないようなので安心して口を開く。


「そうなんですよ。毎回『私の名前はルーリーノです』と訂正するんですけど聞いてくれなくて」


 ルーリーノがため息交じりに言うのをエルは楽しそうに聞く。


「恐らく、ユウシャ様はそのようなやり取りが楽しいんでしょうね」


「楽しい……ですか?」


 ルーリーノが思わず尋ね返す。エルは柔らかい表情で「はい」と答えると続ける。


「あの方は、旅立つまで閉じ込められていたと言いますから、ルーリーノさんのように対等な関係で気安く話ができる人がいなかったのでしょう。だから思わず言ってしまうんでしょうね」


 それを聞いてルーリーノは少しニルに対する考えを改める。だからと言ってルーリーノは自分がルリノと呼ばれることを認めることはできない。何せ……


「お母さんがくれた最初で最後の……」


 そこまで呟いてルーリーノは慌てて口を閉じる。しかし、エルにはその呟きが聞こえていて、そこからルーリーノの過去について何かヒントがないかと勘繰ってしまう。




 エルの下にニルとルーリーノが一緒に旅をしているという情報が入ったとき、エルはルーリーノについて調べ始めた。トリオーの北で一人で百を超える亜獣の群れを追い払い碧眼のルーリーノと呼ばれるようになったことを含め、巫女としての立場も利用しながら可能な限り調べた結果、冒険者としてのルーリーノの功績は知ることができた。


 しかし、ルーリーノが冒険者になる一年ほど前の情報を最後にそれ以前のことについて全く情報が得られなくなった。


 結果急に現れた青い目の魔導師、それがエルにとってのルーリーノの印象となった。そうであるから、エルとしてはルーリーノの過去を知りたいと思ってしまう。それがユウシャであるニルの安全につながるなら。


 しかし、エルはルーリーノのつぶやきを聞かなかったことにして「そう言えば」と話し始める。


「ルーリーノさんは町で何をしていたのですか?」


 「わたくしとしては貴女が一人で話しかけやすかったのですが」とエルが首をかしげるとルーリーノは困ったように笑う。


「新しい装備を探していたんですが、サイズがなくてフラフラしていました」


 エルはそれを聞いて一度手を叩き「それならば」と楽しそうに言うと何処からともなく布の塊を取り出す。


「これを貰っていただけませんか? わたくしが使っていたので申し訳ないのですが」


 よく見ればその塊は衣類で、パッと見た感じどれもしっかりとしたつくりをしている。


「いいんですか?」


 ルーリーノが思わずそう尋ね返すと、エルは「もちろん」と言って、ルーリーノを引っ張り店を出る。その時にルーリーノはお金を払わず全てエルが支払った。




 エルに引っ張られルーリーノは小さな服屋に連れて行かれた。エルは店に入るなり店員に事情を話しそれからいくらかのお金を支払うとルーリーノを試着室へ押し込め、一緒に先ほどの装備を入れる。


 ルーリーノはあまりの出来事に少し理解が及ばなかったがとりあえずこれを着ればいいのだろうと納得し、今着ているものを脱ぐ。肌着だけになると何処か安心感がなくなり、目の前のカーテン一枚をはさんで普通に人が活動していると思うと鼓動が速くなる。


 早く着てしまおうとエルに渡された装備を手に取る。袖のないワンピースを腰から下両足のところにスリットを入れたものを被り、その上に厚手の長袖のシャツを着る。その袖は少し長いのか初めから折り返されている。下はドロワーズの線を細くしたようなひざ下ほどまで届くズボン。


 最後に革製のベルトを巻き、フードの付いたケープを羽織り着替え終わった。


 ルーリーノが恐る恐るカーテンから顔を出すと、すぐそこにエルが居て「よく見せていただけませんか?」と言われ諦めてカーテンから姿を現す。


 その姿を見てエルが「とってもお似合いですよ」と言うのでルーリーノが恥ずかしそうにお礼を言う。


 店の外に出てエルがルーリーノの方を向いて立ち止まる。


「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 そう言ってエルが笑う。ルーリーノは急にそう言われ一瞬反応に困ったがすぐに笑顔になり「こちらこそ楽しかったです」と返す。


「もう帰るんですか?」


 ルーリーノが尋ねると、エルは少し残念そうな顔をする。


「そうですね。本来なら早くキピウムに戻らないといけませんから、これ以上我儘を言うわけにはいきません。それに、ルーリーノさんに会えただけでわたくしとしては満足です」


 そう言って、エルは手を振りルーリーノに背を向けた。ルーリーノはエルが見えなくなるまでその場で見守っていた。




 エルが見えなくなった後、ルーリーノは武器屋に向かった。探しているのは杖。防具とは違いこちらは簡単に見つけることが出来た。


 魔導師の数は少ないとは言っても、魔導師であれば本来必要な品ではあるのでたくさんの種類の武器を扱う店なら申し訳程度に二、三本ディスプレイしているし、探せば専門店もある。


 ルーリーノは杖ばかり置いてある店に入ると端から順番に見て行く。中には他に客はなく、こう言った専門店では店側の方が立場が上であることが多く向こうからは話しかけてこないので、のんびりとルーリーノはディスプレイされている杖を見る。


 店の中の杖を半分ほどみたところで立ち止まった。そこに置いてあったのはルーリーノよりも背が高く、先が欠けた月のようになっていて、丁度欠けたところで赤い宝石が揺れている杖。どういうわけかそれに惹きつけられてしまったルーリーノはカウンターに向かい、本を読んでいる無愛想な初老の店主に声をかける。


「すいません、あの杖が欲しいんですけど」


 そう言ってルーリーノが指を刺すと、店主はほとんどルーリーノを見ることなく指さされた杖を見る。それから視線を本に移すと、


「あれは嬢ちゃんには……」


 と言いかけて、一度ルーリーノに視線を移す。その時にその目の色を見た店主は「いや」と前言を撤回しにかかる。


「嬢ちゃんなら使いこなせるかもな」


 店主はそう言って立ち上がるとルーリーノに杖を持たせる。それから、数か月人が遊んで暮らせそうな額を要求すると、興味を無くしたように読書に戻った。


 ルーリーノは聞かれないことを分かった上で店を出る時に礼を言う。


 それから、もうニルは帰っているだろうと思い泊まっている宿屋へと向かった。





「遅かったな」


 ルーリーノは宿でニルにそうやって迎えられた。ルーリーノは何をどう話すか迷った挙句、渋い顔をして口を開く。


「私が使えるような装備ってなかなかないんですよ」


「まあ、でも似合ってるんじゃないか?」


 ニルはあまり興味もなさそうにそう言ったけれど、ルーリーノにしてみれば突然の不意打ちに少し動揺してしまう。でも、それがお世辞であるとすぐに理解し、できるだけ平生を装いぶっきらぼうに「ありがとうございます」と言う。


「ニルの方は遺跡の場所はわかりましたか?」


 ルーリーノが尋ねると、ニルは首を振る。それどころか、何かを思い出したのか露骨に嫌な顔をしていた。


「何かあったんですか?」


「いや、ユウシャってだけで長々と話を聞かされた挙句こっちから遺跡について聞くと「現在のところ発見されていません」って返ってきてな……」


 ニルの苦虫を噛み潰したような顔にルーリーノは乾いた笑みを浮かべ自然と「お疲れ様でした」と口にしていた。


 しかし、ニルは気持ちを切り替えるように一つ息を吐くと「まあ」と口を開く。


「ちゃんと話を聞いてみると、あの山が最有力だな」


 それを聞いて今度は逆にルーリーノが疲れた顔を見せる。


「あそこですか……」


「なんだったら俺一人で行こうか?」


 ルーリーノの表情を窺いながらニルがそう提案するとルーリーノは首をふる。


「これでも、ちゃんと仲間のつもりですからついていきますよ」


「そうか」


 とニルは短く返すと、ルーリーノに疑問を投げかける。


「そう言えば、そのでかい杖何に使うんだ?」


 二ルは部屋の中に居るので壁に立て掛けられてある杖を指す。ルーリーノもつられて視線を杖に移すとその存在を思い出したかのように声を上げる。


「用途としてはいくつかあるんですけど、実験のためですね」


「実験?」


 ニルが聞き返すとルーリーノは「はい」と言ってから杖の所まで歩く。それから両手で杖を持つとニルの近くまで戻った。


「この前私が倒れたことがあったじゃないですか」


 ルーリーノがそう話し始めたのでニルは「そうだな」と相槌をうつ。それを見て話を聞いていることを確認したのちルーリーノが続ける。


「そんなときにニルも回復魔法とか使えたらいいと思いまして、あと割と応用もききそうですし」


 「まあ、見ていてください」と言ってルーリーノは目を閉じて呪文を唱え始める。


「ミ・オードニ・エタ・トロムボ・スタランティ」


 それを聞いて小さな竜巻を予期したニルが不意に身構える。しかし、ニルの予想に反してルーリーノが呪文を唱え終わった後も部屋の中はひっそりとしていた。


「さすがと言いますか、やっぱりどんな魔法かは分かったみたいですね」


 呆れた口調のルーリーノに対して、わかった上で何も起こらないことに疑問を覚えたニルはぼんやりと口を開く。


「竜巻を起こそうとしたんじゃないのか?」


「そうですよ。そんな呪文でした」


 ルーリーノが笑いながらそう言うので、ニルはさらに訳が分からなくなる。


「だったら何で何も起こらないんだ?」


 そう言って首をかしげるニルにルーリーノは杖を手渡す。手渡されるままに受け取ったニルが何かを言おうとするよりも速くルーリーノは口を開く。


「私の言った通りの呪文を言ってみてください」


 ルーリーノはそう言って、ニルが頷いたのを確認してから続ける。


「エマンツィピ・ウーヌ」


「え、エマンツィピ・ウーヌ」


 ルーリーノに続いてニルが呪文を唱えた瞬間ニルの持っていた杖がニルの手を離れふわりとその場に浮かび部屋の中央に空気の揺らぎを作る。それは瞬く間に回転しはじめ、涼しい程度の風を二人に送った後消えうせる。


 それと同時に杖が重さを取り戻し一度先端を床にぶつけるとカランと言う音を立てて倒れた。


「成功ですね」


 ルーリーノが嬉しそうに言うのに対して、ニルは訝しげな顔をルーリーノに向ける。


 その説明を求めるかのような視線に気がついたルーリーノが口を開く。


「えっと、今のは魔法それ自体を杖に閉じ込めたんですよ」


 ルーリーノがそう言ってもニルの表情は変わらない。むしろさらに不審な目をルーリーノに向かう。ルーリーノは少し困ったように考えると「ファヨラ・パファジョ」と呪文を唱え火の矢を中に浮かばせる。


「ニルと決闘した時にも使ったと思うんですが、こんな風に魔法はその場に留めておくことができるのでこの状態で杖の中に閉じ込めたと思ってください」


 そう言ってルーリーノは宙に浮かんでいた火の矢を掴むようにして消す。そこまで聞いてニルは自分の頭で理解できる範囲で考える。それから、自分の腰にぶら下がっている直刀を指す。


「この刀に掛かっているのと同じってことか?」


 ニルが尋ねると、ルーリーノは首を振る。


「その刀を含め加護が付与されている道具は永続的にその効果を得られますが、今のはあくまでも私の魔法……魔力を入れているだけなので、それがなくなれば使えなくなります。だから今この杖を持って呪文を唱えても何も起きません」


 そう言ってルーリーノは落ちている杖を手に取り先ほどニルが唱えた呪文を唱える。しかし、ルーリーノの言葉通り何も起きることはなく、杖はしっかりとルーリーノに握られている。


「回数制限つきってことか」


 ニルの言葉にルーリーノが頷く。


「ニルにはあまり関係ないかも知れませんが、これはあくまで魔法を補助することができる『杖』であるから出来る事でその他のものではできませんし、使うのは術者、つまり私の魔力なので私の采配次第で使用者を制限できます。とはいっても加護に関しても使用者制限くらいはありますが、あとからそれを変更することはとても面倒です」


 「とりあえずは、使用者は私とニルに限定しておきますね」とそこまで言って、ルーリーノが一度口を閉じる。それからルーリーノは他に何か言っておかなければならないことはなかったかと考えてから、ひとつ思い浮かぶ。


「今の魔法でこの杖に数種類魔法を入れておくことはできますが、それぞれ呪文が違います。とはいってもニルには大方予想はつくでしょうけれど、先ほどニルに唱えてもらった呪文では回復魔法を使えるようにしておきますね」


 言い終わって、再度ルーリーノは思考を巡らせる。そして、もう言うことはないなと確認し終わったところで「何か聞きたいことはありますか?」と二ルに声をかける。


「その回復魔法ってのはどれくらいの効果何だ?」


 返ってきた問いを聞いてなるほどとルーリーノは思う。確かに知っておかなければ使いどころも難しいだろう。普段はそんなことを考えていなかったので盲点だったのだ。


「そうですね。軽い傷なら一瞬で治るでしょうし、骨折くらいなら数十分もすればくっつくでしょう。でも、回復魔法と言ってもあくまで自己修復機能を高めるものなので、切断などと言う事態になると、傷口を塞ぐのが精々。致命傷などだと一時しのぎにしかなりません」


 あまりにもルーリーノが淡々と言うのでニルは少し恐怖を感じる。それと同時にそれだけルーリーノの方が冒険者として実力も経験も上なのだと実感して心の中でため息をつく。


 しかし、それをルーリーノに悟られないように敢えてからかうような声を出す。


「何だかんだで使い難いんだな」


 ルーリーノはニルにからかわれたと思い、少し頬を膨らませて「そんなこと言っていると使わせてあげませんからね」とそっぽを向いた。

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