七
戦いに驚くほど集中し、冷静に事を運んでいたはずのギャビンだが、勝利の確信によって隙を作ってしまう。それにより、弱点をされしてしまった。勝利に固執しているデビッドが、その隙を見逃すはずもない。
幼い頃に理性のネジを落としてしまっているデビッドは、敵の弱点をつく事に躊躇がない。兵士として戦場に生きる省吾も躊躇はしないが、デビッドの根底が悪意である以上、別のものといえるだろう。
首を少しだけ傾けたまま、左の口角だけを吊り上げているデビッドは、敵の弱みを見つけた事で快楽物質が脳から分泌され始めている。自分に危害を加えたギャビンを殺せるだけでなく、いたぶる事も出来ると考えたデビッドは、過ぎた喜びのせいで身震いをした。そして、狂人としか思えない充血した目を限界まで開き、痛みを堪えて立ち上がったギャビンに向ける。
「ひひっ……ひははははっ! だっせっ! おまぇ! やっぱ、くそだわ」
能力だけでなく技術的にもギャビンは、ウインス兄弟と同等ではあるが、精神的な面で勝っていた。しかし、その差は本当に些細なものであり、非力な仲間を庇いながらでは、プラスはいとも容易くマイナスに変わってしまう。
「お前! まさか!」
砕けた力の結晶を再び出現させたギャビンだが、デビッドが重傷を負った仲間を狙っているのだと分かり、顔を真っ青にする。相手に攻め込むよりも、守る事の方が難しい事はギャビンも分かっており、自分が最悪の状況に置かれたと認識できたのだろう。もし、デビッドが能力を爆発させなければ、フォースの二人は自分達だけの力で逃げることも出来ただろうが、今はそれが不可能だ。
「なに、びびってんだよ。あぁ? さっきまでの、威勢はどうしたよ? あぁ? ひひっ」
デビッドが指をならすと同時に、中空へ先程よりは少ないが、衝撃波となる発光体が出現する。
「くっ……」
攻撃の速度自体はギャビンの方が上だが、まだ十分な量が残っている膜を突き破るには時間がかかり、それに結晶を回せば防御が手薄になってしまう。オーブリー達がもう一度デビッドからの攻撃を受ければ、取り返しのつかない事になるとギャビンは分かっていた。その為、自分からは下手に動くことも出来ず、青くしていた顔を怒りで赤く変え、拳を強く握る。
「あっ……これ、詰んだなぁ。お前。どうするよ? 土下座でもしてみるか? 逆らってごめんなさいってよぉ。おぉ?」
自分より弱い立場の者をいたぶるのが、デビッドには心底楽しいと思える事が、言葉だけでなく態度でも読み取れた。
「まっ……んなもんで、許す気ねぇけどぉ……なぁ!」
「させるかぁ!」
デビッドの大きな声に合せて、宙を漂っていた発光体がオーブリー達に向かって、飛んでいく。
「くっ! こいつ!」
焦りから、敵の行動を致命的といえるほど読み違えたギャビンは、急いで結晶達の軌道を変化させた。オーブリー達へ向かった衝撃波は三つほどで、残りは全てギャビンに向かって飛ばされていたのだ。
いつでも容易く止めをさせるオーブリー達ではなく、デビッドはギャビンを最初に潰そうとしていた。他人の嫌がる事には、リアム以上に頭が回るデビッドは、ギャビンがオーブリー達のいる方向へ結晶を向かわせるだろう事が分かっていたようだ。
「こんな! これぐらいで! 私は! 負けはしない!」
オーブリー達のいる方向へと飛ばしていた結晶の一つだけを残し、ギャビンは他全てを自分の元へと呼び戻した。ギャビンの六角柱は、一つで三つの衝撃波を潰すには十分な威力があり、速度的にも勝っている。
「ぐうぅぅっ!」
瀕死の仲間二人へ向かわせた結晶を、正確にコントロールする必要があったギャビンは、自分の防御に集中できない。自分の元へ戻ってきた六角柱達で、操作の難しい盾を作れないギャビンは、衝撃波を相殺する方法を選ばざるを得なかった。
「しまっ! がはっ!」
結晶のいくつかが衝撃波の中心を撃ち抜けず、破片と呼ぶにはあまりにも大きな力が、ギャビンの肩にクリーンヒットする。凄まじい威力のデビッドが作った衝撃波は、ギャビンの肩甲骨だけでなく肋骨まで砕き、敵を吹き飛ばす。
「ま……だ……」
吹き飛ばされながらも、六角柱達を操ろうとしたギャビンだが、デビッドは狂った笑顔を浮かべたまま呟く。
「はい! ざんねぇぇぇん!」
デビッドが衝撃波の数を少なくしていたのは、今の瞬間が来ると正確に先読みしていたからだ。新たに出現した複数の衝撃波は、動きの鈍った結晶達を避け、ギャビンの顔や背中に突き刺さっていく。
「ぐがあああああああぁぁぁぁぁ!」
空中で無防備だったギャビンは、頭からつま先までを突き抜ける凄まじい衝撃で、苦しみの声を上げた。
「ひゃはははははははっ! マジうける! へへっ……。お前、最っ……高に! だせぇ! 超だせぇ! ひはははははっ!」
全身から血を噴き出したギャビンは、脱力したまま床へぶつかって転がり、緩やかに動きを止める。空中に浮かんでいた力の結晶達は、一斉に砕けて行き、その破片は床に到着する前に霧散してしまう。
「あ……ああ……あぅ……」
仰向けの状態から、なんとか体を動かそうとしたギャビンだが、うつ伏せの状態になるのが限界だった。
「ざまぁ! 雑魚が、調子乗るからだ! だっせ! ひはははははっ!」
デビッドが本気で衝撃波を放っていれば、ギャビンは否応なく死んでいただろうが、そうはなっていない。自分に嫌な思いをさせたギャビンを、無理矢理にでもいたぶろうと考えたデビッドは、衝撃波の威力を敢えて弱めていたのだ。
「ああ……うぐぅぅ!」
体を動かそうとしたせいで、激痛に襲われたギャビンは、両目を強く閉じ、苦しみの声を漏らす。ギャビンの強い想いを、鉄臭い苦痛が半強制的に押し潰し、デビッドを更に喜ばせてしまう。
全身の骨を何か所も折られ、筋肉だけでなく内臓まで痛めつけられたギャビンが、動けるはずもない。ギャビンは両目を強く閉じ、襲ってきた激しい痛みに耐えようとしているが、意識を保つまでが限界だった。
痛みを繰り返し受ける事で、人間は耐性が作られ、気力によって動じなくなるようにはできているが、それにも限度がある。生命にかかわる肉体のダメージを受け、それでも動こうとすれば、生命維持の為に激痛を受けるようになっているからだ。
元々、骨が一本折れただけでもまともに動けなくなる人間が、複数個所の骨折や内臓を負傷して、動ける方がおかしいといえる。同じような状況で、パフォーマンスを向上させてしまうのは、やはり省吾が異常だからであり、ギャビンに真似は出来ないのだろう。
「こん……な……あぐっ! うぅぅぅ……」
激痛によって真っ白になりかけた意識の中で、ギャビンが愛するガブリエラの事を思い出し、床に接触していた顔を少しだけ浮かせる。それだけでも数回気を失いそうになったギャビンだが、首の骨に異常が無かったおかげで、なんとか顔を仲間へと向ける事だけは出来た。
「あ……ぐぐ……ああぁ……」
首だけを持ち上げたギャビンは、歪んだ視界で捉えたオーブリー達に手を伸ばそうとしたが、左右どちらも動かない。その視界の隅に、興奮し過ぎて大声で笑う事と暴言を吐く事を止められない、頭のおかしい人物が入り込む。
「うっわぁ! かっこ悪っ! ひゃはははっ! 自称最強とか、マジうけるわっ! だっせぇ!」
瀕死になりながらも気力だけで動こうとしている者と、人の弱った姿を見て腹を抱えて笑う者のどちらが、真に滑稽かをデビッドは分かっていない。
自分には余裕があると知らしめたいデビッドは光の膜を解除して、ギャビンとオーブリー達の間に笑いながら進んでいく。カーンのように這いずる事すら出来ないギャビンは、痛みを緩和させるほど悔しく情けない気持ちが高まっていた。一定距離は置いているが、その歯を食いしばったギャビンを見て、デビッドはしゃがむ事で目線の高さを合わせ、まるで心配しているかのように眉を下げる。
「なんだぁ? 何がしたいんだ? 手伝ってやろうかぁ? あぁ? なあ? こっちか? んん?」
わざわざギャビンの視線を目で追ったデビッドは、オーブリーの前まで這い進んだカーンを見つめた。
「オー……ブリー……。今……今行くぞ。待ってろ……すぐに……ぐうううっ!」
体を引き摺る事で、床の赤い筋を伸ばしているカーンは、負傷だけでなく出血量だけでも危険なレベルに達している。それでも、指だけしか動かせず泣き出してしまった愛しい女性の元へと、自分を顧みずに全力で進んでいく。
「カ……ン……カー……ン……」
痛みすら感じなくなってきたオーブリーも、蚊の鳴くような声ではあるが、愛する男性の名前を吐き出し続ける。
「オー……ブリー……。来たぞ……オーブリー……」
数メートルの距離が、何百キロにも感じられたカーンだが、想いだけでそれを乗り越え、オーブリーのいる壁際までたどり着いた。
「カーン……どこ……見えない……カ……ン……カーン……」
ぴくぴくと痙攣のようにオーブリーが動かしている指を、カーンは血で真っ赤に染まった手で握る。
「ごほっ! ごほっ! はぁはぁ! ここだ! はぁはぁ……分かるか? 俺は、ここにいる……帰ろう……かえ……」
オーブリーが弱々しくではあるが手を少しだけ握り返し、それを感じ取ったカーンは薬師気に笑うと、全身から力が抜け、頭を床へと落とした。動いていい状態ではなかったカーンが、愛する女性を安心させる為に無理をした代償を払わされてしまったのだろう。
「カ……ン……かえっ……たら……。食……事……作ったげるね……。カ……ンの……好物を……」
なんとか意識だけは保っていたオーブリーも、カーンの手から伝わった温もりで、気力が尽きた。昏倒する意識の中でオーブリーが笑ったのは、平和の世界で愛する者と作った、暖かい家庭を想像したからのようだ。
「く……くううぅぅ……」
ギャビンはその二人を見て、敵であるデビッド以上に己の判断ミスを呪い、涙を溜めて悔しそうに顔を歪めた
「おいおい……どうするんだぁ? あれ、やべぇんじゃねぇか? なぁ? おい。自称最強さんよう。どうするんだ?」
オーブリー達に向けていた顔を、ギャビンに向け直したデビッドは、まるで心配しているかのような表情のままだ。
「たの……む……」
奥歯が欠けるほど強く噛んだギャビンは、その場で自分が選べる選択肢の中で、もっとも自分が苦しむであろうものを選ぶ。
「ああ? 聞こえねぇよ。くそ雑魚」
「たの……むっ! はぁはぁ……。私は……はぁはぁ、どうなってもいい。今後はなんでも、君に従う。殺されてもいい。だから……ぐっ! 二人を助けて……くれ……」
エリート意識もあり、特に戦いに関してプライドが高いであろうギャビンは、大人しく死を受け入れるという選択肢を選びたかっただろう。しかし、自分ではオーブリー達を助けられないと分かっているギャビンは、自己を犠牲にしてでも二人を救う為、全てのプライドを捨てる。自身を無様と蔑みたいほどになっているギャビンだが、命の重さを十分に理解しており、自分で信じる一番正しい道を選べる強さも持っていた。
「マジか? 最強が仲間にか? それ、やべぇな。おお……ちょっと、待てよ。うぅん……」
デビッドはわざとらしくギャビンに驚いた顔を見せ、顎に手を置いて自分なりの神妙な顔を作って悩んでいるかのように唸る。
「しゃあぁぁねぇぇぇ。助けてやるよ。ありがたぁぁぁく思えよ? それと、今から絶対服従な?」
仕方がないといった雰囲気で立ち上がったデビッドは、大げさに手を広げて首をふり、大きく息を鼻から吐き出す。少しだけ口角を上げそうになったギャビンだが、自分を見るデビッドの顔を見た瞬間に、全てが嘘だと覚る。嬉しそうに目を細め、口をいっぱいに開いて邪悪そのものとしか思えない笑顔を、デビッドは浮かべていたのだ。悪意の申し子であるデビッドは、頭ではなく本能で希望を与えてから突き落とす事で、人間は絶望すると知っているのだろう。
「はい! 嘘でしたぁぁぁぁ! ひゃはははははっ! ばぁぁぁぁぁぁぁぁかっ! 嘘に決まってんじゃん! おめぇみてぇな雑魚、仲間にいらねぇし! ぎゃはははっ!」
ギャビンを絶望に突き落とした事で、驚くほどの快感を得たデビッドは、下卑た笑いを周囲に響かせる。
「きさ……貴様あああぁぁぁ!」
今まで感じた事のないほど怒りが強くなったギャビンは、全身の痛みも忘れて、大きな怒声を吐き出す。想いだけで現実は変わらないが、超能力者達の強い感情は、金属生命体達によって力へと変換される。
「許さん! お前だけは、絶対にいぃぃぃ!」
ギャビンの頭上に六角柱の結晶が三つだけではあるが作られ、音の速さで敵であるデビッドへと飛んでいく。
「おめぇ……。甘過ぎんだよ! このカスがあああぁぁぁぁ!」
デビッドが指をならすと同時に、幾重もの膜だけでなく、十を超える衝撃波が空中に生み出された。
デビッドの内面がいくら腐っていたとしても、才能の有る無しと、それは関係があまり深くはない。戦いに関して、省吾やギャビンと違いはするが、優れた才能を持つデビッドは相手の先をすでに読んでいたようだ。
ギャビンの体が動かないとしても、能力は発動できる可能性があると、デビッドは一定の距離を保ち続けていた。また、能力者達が追い込まれた際に感情を爆発させ、それまで以上の力を発揮するとも、人を虐め殺してきた経験のおかげで知っている。
本来ならばギャビンを真っ先に始末するべきだが、デビッドはどうしてもいたぶりたいらしく、自分から相手に反撃できる隙を与えた。敢えて隙を見せたデビッドは、どんな反撃をしてきても対処できるように、脳の高速処理を維持し、能力もすぐ発動できる状態にしてあったらしい。人を虐げる為ならば、ギャビンの脳はリアム以上に速く回転し、相手がもっとも苦しむ方法を算出する。
ギャビンの放った力の結晶は、衝撃波達によって少しずつ力を削られ、膜を一枚も破る事なく砕けた。傑物といっていいギャビンだが、残酷といえる流れを変えるほどの資格は持っておらず、感情を爆発させた程度では、デビッドの圧倒的な力を押しかえす事が出来ない。ギャビンにとっては大変残念な事だが、世界は残酷なほどあるがままの現実を、人間に背負わせる。今まで敵よりも常に優位な立場で戦ってきたデビッドは、相手の逆転を許さない方法を熟知しているのだろう。
「ひひっ……ひはははははっ! バカだ! こいつ、マジもんのくそバカだ!」
敵とみなした者の苦しむ姿を、多少の危険を冒してでも見たいと考えるデビッドは、罪悪感を持っていないらしく、本当に楽しそうに笑う。
「く……く……そ……くぅ……うっ!」
ギャビンは守りたい者達の為、能力を使い残量減らしいてしまう。金属生命体達が、臓器の機能を内部から支えていた力を使ってしまったギャビンは、生命維持が難しい状態にまで追い込まれていく。頬を少しだけ膨らませたギャビンは、我慢できずに口内に溜まった赤い液体を吐きだし、咳き込む。
「ごほっ! うっ! あが……げほっ! いっ! ぐ……あああああぁぁ!」
咳をするたびに痛んだ体の各所が激痛を生み、涙と血にまみれたギャビンの顔が、見ている者が辛くなるほどに変わっていく。そのギャビンを見て、笑いを止めたデビッドも表情を変えるが、瞳に同情などという感情は混じっていない。
「やべっ。こいつ、思ってたより、雑魚過ぎだわ。メインイベントの前に死ぬんじゃねぇか? もう少し楽しみたかったけど……まぁ、いいかぁ」
これ以上ないというほど苦しんでいるギャビンを、まだ虐めたいと考えていたデビッドは、少し不機嫌そうに指をならす。ギャビンからオーブリー達が見えやすいように、光る膜を消したデビッドは、少し大きな発光体を空中に出現させた。
「う……うぅぅぅ……」
デビッドがこれから何をするかを想像できたらしいギャビンは、痛みによって流れ出してしまった涙の量を、悔しさで増やしていた。もう、声を出す事さえできないギャビンは、歪んでいく視界を血塗れの仲間二人に向ける事しか出来ない。
「自称最強のくそ雑魚さんは、これでどんな顔してくれるかなぁ? へはははははっ! お前が調子乗るからだ! ばああぁぁかっ!」
デビッドがもう一度指をならすと、空中に浮かんでいた発光体が衝撃波となり、手を繋いで動かなくなった二人へと向かって行く。
「なっ! あっ!」
……間に! 合ええええええええぇぇぇぇぇ!
脳の高速処理状態を維持していたデビッドは、衝撃波とオーブリー達の間に割り込んできた影の正体を正確に捉え、驚きの声を出した。ギャビンの全てを読んでいたデビッドだが、フィフスでも越えられるか怪しい罠だらけのルートから、敵の増援が来るとは夢にも思っていなかったのだろう。
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」
開けた場所を囲んでいた建物の屋上まで、省吾はぎりぎりでたどり着けた。そして両足を輝かせてその屋上を蹴り、まるで弾丸であるかのような速度で床に向けて斜めに落下していく。
省吾の姿を見たデビッドは、恐怖を思い出して体を硬直させ、衝撃波の速度もそれに同調して落ちる。
……よしっ!
床に激突するだけで、死ぬのではないかと思える速度で落ちていく省吾だが、全く恐怖を感じる事なく両腕を前へと突き出した。
「な……」
最大限に伸ばされた省吾の腕により、オーブリー達は衝撃波の射程圏外へと転がっていく。
……ここからだ! 耐えろ! 奴を……皆を奪ったあいつを、倒す為に!
二人を衝撃波から逃がした省吾だが、自身は体の一部が射程圏内に残してしまい、今から襲われるであろう衝撃に供えて歯を食いしばる。
「ぐっ! がああっ!」
省吾の腰と足の側面へぶつかったデビッドの衝撃波は、体全体を弾き飛ばすだけでなく、全身に凄まじい衝撃を伝える。ただでさえ疲労していた省吾の骨は、さらに多くのひびが走り、ベルトで固定していた装備が砕け散った。
……こんなもの! こんなものおおおおおおぉぉぉぉぉ!
床すれすれにまで落ちていた省吾だが、衝撃波によって数メートルの上空まで飛ばされ、体が回転している。落下の勢いまで付加した衝撃波は、凄まじい力で意識を刈り取ろうとしたが、今の省吾がその程度で動きを止める事はない。省吾の意志に応えるべく金属生命体達は、黒い力に輝く力を合わせて、内部から主を支える。
「な……なんなんだよ……ちくしょう……」
脳の高速処理に伴って、動体視力も向上しているデビッドは、空中で回転する省吾の目を一瞬ではあるが見てしまった。
……倒す! ここで、皆の仇を!
恐怖で体を硬直させたままのデビッドと違い、殺意を目から迸らせている省吾は空中で回転しながらも、ジャケットにつけた手榴弾のピンを抜いて投げ捨てる。
「ああ? あれ……は……」
近代兵器のほぼなくなった世界で育ったデビッドは、金属製の太短い筒を見ても、すぐに反応できない。
「うわっ! くそ! なんだよ!」
金属の筒から噴き出した煙で、視界がふさがれたデビッドは、さらに体が縮こまり、恐怖の声を出す。オーブリー達が近くにいる為、省吾が選んだのは爆発によって敵を殺傷する普通の手榴弾ではなく、相手の目を潰す発煙手榴弾だ。
「がっ! くっ!」
受け身を取った省吾だが、硬い金属の床は十分すぎるほどの衝撃を反発させ、まだ折れている右腕や体に激痛が走る。
……まだ! まだああああぁぁぁぁぁ!
ギャビンよりも苦しいはずの省吾だが、激痛を意思の力だけで無理矢理押し戻し、素早く立ち上がった。そして、握っただけで黒く変色したナイフを抜き、デビッドのいる方向へと、全速力で進んでいく。
サブマシンガン等の装備は壊れたが、省吾には拳銃が残っており、それを使えばより安全に戦う事は出来る。だが、もし避けられてしまえば、相手が防御態勢を整えてしまう事が予想できる。その為、接近戦で確実に仕留めようとしているのだ。
「ふざけ……ごほっ! なよ! ちくしょう! 瀕死なのは、知ってんだぞ! くそロートル野郎があぁ!」
周囲に充満した着色された煙を手でかき分けながら、デビッドは虚勢を張るが、それは所詮偽りの強がりにすぎない。省吾の姿を見た瞬間から、恐怖を思い出したデビッドは足が震え始めており、膜を展開する事すら忘れている。能力者特有の優れた直感すら麻痺させているデビッドは、どこから省吾が向かってくるかが分からず、発狂したように取り乱して左右に首を振った。
「くんなよ! ちくしょう! 前? いや、後ろか?」
……裏の、裏だ!
瞳に朱を混じらせた省吾は、輝かせた両足で床を蹴り、煙が避けられないほどの速度で、敵へと直進する。
……そこだあああああぁぁぁぁ!
罠を回避する間に疲労の限界に来ていた右足は、衝撃波のダメージもあり、省吾が跳ぶ為に全力で蹴り出した事で鈍い音と共に、砕けてしまう。それを意にも介さない省吾は、ナイフを握った左手を突きだし、デビッドの首筋だけを狙って、真っ直ぐに空中を突き進んだ。
フィフスと長期戦などすれば、実力差で敗れると省吾は知っており、足を犠牲にして短期決戦を仕掛ける。黒い力で支えられた足の骨が折れるほどの力で床を蹴った省吾は、ナイフを突き出した姿勢もあり、全身が一本の矢となったかのように敵へと迫っていく。
都市の機能を使い、省吾が詭道を常としていると知っていたデビッドは、反射的に背中側へと意識を集中させていた。しかし、優位に立っていない状況でデビッドの判断はぬるいと表現出来るものであり、省吾には読み取られている。視界がつぶれた状態にもかかわらず、勘だけでデビッドが背中を意識していると感じ取った省吾は、敵の正面へ最短距離を駆け抜けていく。
「ひっ! ひぃぃぃ!」
自分の予想に反して真正面からナイフが自分に向かってきたのが見えたデビッドが、顔をひきつらせたまま硬直させる。高速処理中のデビッドは、本来ならその黒い刃を避ける事も容易いはずだが、全身が恐怖で硬直して動かない。
デビッドは死にたくないという本能を、先程よりも強く爆発させ、直視すれば失明しそうなほど全身を発光させた。日頃異常なほどの加虐癖を見せていたデビッドだが、心の奥底は薄っぺらかったようで、爆発させた力は攻撃ではなく防御側に働く。
窮地に陥ったからといって、現実では都合のいい力など本来出せない。だが、元来持っていた力ならば発揮できる。ギャビンが感情を爆発させても、結晶を少数作るだけで限界だったのは、能力の残量だけでなく底力にも原因があった。フィフス内でも能力の量が桁はずれているデビッドは、ギャビンのように限界を超えて能力を絞り出したのではない。デビッドには残量に十分すぎるほどの余裕があり、感情の爆発によって力の出口を広げた事で、信じられない数の衝撃波を生み出したのだ。運によって逆転する事がないわけではないが、どうしても地力が高い者や、余力を十分に残した者が勝利を掴む確率は高い。
「ぐっ! こい……つ……」
デビッドの展開させた幾枚もの強固な膜は、省吾をまるで輪切りにでもするかのように挟み込みこんだ。左手で握っていた省吾のナイフは、デビッドの首に傷をつけたが、それは薄皮一枚に過ぎない。デビッドの周囲に作られた複数の膜は、空中で省吾の頭の先から足の先までを十センチ間隔で固定し、完全に動けなくしてしまった。
「ぐうっ! がはっ!」
フィフスの能力で作られた光の膜達は、省吾の体がある箇所にまで自身を伸ばそうとしている。全身を凄まじい力で圧迫された省吾は吐血し、デビッドの展開した輝いている膜の一部を赤く染めた。
省吾が自分の作った膜を壊せないのだと判断したデビッドは、恐怖に歪んでいた表情を笑顔に変える。
「はっ……ははっ……はあっはっはあああぁぁぁ! どうだ! くそ雑魚が! このままぶつ切りにしてやるよ! ははあっ!」
相手をいたぶる事に生き甲斐を感じているデビッドだが、省吾を追い詰めるとどうなるか分からないと考え、両手を省吾に向かって突き出す。狭い膜の隙間へ、能力の精度が大雑把なデビッドは衝撃波を作り出せないようだが、膜自体へと追加の力はそそげる。
省吾の体内では潰されないようにと金属生命体達が頑張っているが、デビッドに力を追加されては体をばらばらにされてしまうだろう。
「くそが! 舐めた事しやがって! 死ねよ! 死んでくれよ! おめぇ! うぜぇぇんだよ!」
安心したせいで、怒りが込み上げてきたデビッドは、両手を輝かせながら汚い言葉を省吾へと吐き捨てていく。
「くそ……。最後まで……くっそ……むかつくクズだ」
暴言を吐いていたデビッドだが、動けもしない省吾の目がまだ炎を灯している事が、怖いらしく言葉が尻すぼみとなる。
……サラの! 皆の仇だ!
デビッドは省吾の目から強さが消えていないのは、ただ諦めていないだけだと、勝手に勘違いした。
既に勝機を見出している省吾は、デビッドと共有している周囲が驚くほどゆっくりと動く世界の中で、右手に握っていた金属製の筒からキャップを外す。そして、キャップを外した奥から出てきた赤いボタンを、そのまま親指で押しこみ、左腕の腕時計を爆発させた。
ナイフが外れた時の事まで考えていた省吾は、最悪の場合、自爆する気でおり、ケイトから回収していた起爆スイッチを握っていたのだ。
光の膜内で逃げ場がない爆発の力は、省吾の左腕だけでなく、デビッドの顔や上半身を食らっていく。
「ぐっ! がっ!」
二の腕までが膜内にあった省吾の左腕は、左肘部分までが再生不能なほど粉々になってしまった。だがその代償のおかげで、デビッドの頭などの重要器官も道連れに出来ており、刹那の戦いは省吾の勝利で膜を閉じる。
デビッドの体がぐしゃりと崩れ落ちると同時に、省吾を空中へ固定していた光の膜が消滅した。
「はぁ……はぁ……ごほっ……はぁ……」
膜によるダメージですぐに動けなかった為、床に腹を強く打ち付けた省吾だったが、腹部を押さえて立ち上がる。そして、意識を無くしながらも手を繋ぎ続けた恋人達の元へ、片足を引き摺りながら近寄っていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁぁぁ……」
……よし。よし! 間に合った。
二人の首筋にはわせた手で、オーブリーとカーンの脈がまだある事を確認した省吾は、少し大きく息を吐く。
……元の世界に、帰還さえできれば。
省吾は急いで二人のバッジにあるボタンを押し、少しだけ距離を取って、光に包まれて消えていく仲間を見送る。
……後は。
左腕の動脈を右腕で圧迫してはいるが、自分の手当てを後回しにして、省吾は動けなくなっているギャビンの元へ向かう。
「はぁはぁ……んっ!」
うつ伏せの状態だったギャビンを横方向にころがし、胸元のバッジを確認した省吾は、迷わずにボタンを押す。治療を急がなければいけないほどギャビンがダメージを受けている事は、血塗れの外見で省吾はすぐに判断出来たのだろう。
(貴方は……本当に貴方という人は……。腕が……足まで……なんという……)
相手の体に触れた際に流れ込んできた強い想いのこもった念話に、省吾は真っ直ぐな強い視線と言葉で応える。
「ガブリエラ達親子は、今まで苦労してきた。これから、あいつらを幸せにするのが、お前の仕事だ。ここは……俺に任せろ! 必ず、敵を討って見せる!」
涙を流しながら笑ったギャビンは、光に包まれて元の世界へと帰還していく。
……急ごう。もう、俺の時間はほとんど残ってない。まだ、動ける間に。
崩れるように座り込んだ省吾は、戦闘服のポケットから、小さな救急セットを取り出し、片腕で怪我の応急処置をしていく。
……よし! これで、まだ戦える!
砕けたサブマシンガンの銃身を添え木にし、折れているはずの足で、省吾は再び立ち上がる。そして、都市の中心部に目を向け、自分の残り少ない命を消費して、前へと進んでいく。