五
俗に強者と呼ばれる人々は、必ず幸せになれる訳ではない。その者達は他者よりも優れているが故に、目立ってしまう。その為、正しい行いだけを続けても、嫉妬などを抱いた者達の目に留まってしまうのだ。強者だろうと弱者だろうと、目立ちすぎては生きるのが難しいのかもしれない。ネイサンは、実質世界の支配者となった。しかし、参謀の地位に留まったのは、権力争いによる経験でその事を知っていたからだろう。
それとは逆に、目立つ事に快感を覚え、枠からはみ出そうとする者達もいる。無理をしてストレスを溜めてでも、人から頼られようと演技をする者等が、その典型的な例だろう。
その者達は他人からよく思われている事で、自己満足に浸れる。それだけでなく、自分が困った際に助けてもらえるとも考えている可能性が高い。この打算的ともいえる考えは、集団で生きる人間の遺伝子に刻まれており、他人に迷惑を掛けないのであれば処世術として間違えではないのだろう。
ただ、これは強者側に進もうとした例であり、逆の方向へと進もうとする人々も存在する。その者達は、敢えて自らが弱者であるように振る舞い、周りから同情をかうことで、養護される立場になっていく。この場合、自分の意見を強く主張し難い等の問題はある。だが、ある才能があれば比較的楽にたどり着ける地位ではあった。
その才能とは耐えるという辛い行為を、自分の楽しみに変えられる、ある意味で幸せな思考回路だ。省吾に飲まされた睡眠導入剤で、ついにふらつき始めたエミリは、その才能を開花させている。自虐癖にも色々なタイプが存在し、エミリは頑張っている自分に酔い、ストレスから解放された瞬間を人よりも喜べる思考を持っていた。
ごく単純な話ではあるが、平常時と炎天下の元で汗を流して働いた後に飲み飲料水では、後者をうまいと感じる。我慢すればするだけ、それから解放された上に、何かが成し遂げられていれば、より嬉しいと感じるエミリは筋力トレーニングを欠かさない。人を守る為なら苦痛も耐えられる為、トレーニングを欠かさない省吾とは、思考が根底から違う。
人が嫌がる辛い事を率先して行うエミリを、仲間達は弱者だと勘違いし、優しく接する事も増えていった。長年自分を虐め続ける事で、かわいそうな自分でいる事が快楽にすり替わっているエミリは、周りのその反応で更に自分の性質を深めていったのだ。
……想像以上だな。だが、間に合ったか。
我慢をし過ぎる傾向にあるエミリが、本来ならもう不調を訴えてもいい頃合いでも、耐えたのは省吾にとってマイナスだった。だが、そのエミリが意図せずに稼いでしまった数分間は、第三世代の者達が操作に手間取ったおかげで自然と相殺される。
「エー? どうしたの? エー? 私……あの……怖い……」
泣いているヤコブ達の隣で、闘気を高めながら鋭い目つきをしている省吾から、ケイトは数歩後ろに下がる。
……おっと、まずいな。
自分が下がった瞬間に、省吾が床を踏み出した為、ケイトは両腕で顔を庇うようにしてしゃがみ込んだ。
「なっ! なんなんだ!」
数日前、省吾に襲われる恐怖を刻み込まれているフィフスの男性は、反射的に能力で防御をした。
勿論、仲間に危害を加えるつもりが微塵もない省吾は、頭から床に激突しそうになっていたエミリを、スライディングで抱き留める。頭を抱えられながら、省吾の腹部へと倒れ込んだエミリは、朦朧とした意識の中で、淡い想いを寄せる男性の胸元を弱々しく掴む。
「あ……あれ? あの……あの……薬……」
省吾が自分のバッジを奪った事で、体が変調をきたした理由を推測できたエミリは、精一杯の声で問いかける。
「心配するな。害はない。この平和は、俺がどんな事をしてでも守って見せる。お前は、この平和な世界でしばらく眠っていてくれるだけでいい」
「は……い……」
思いを寄せる男性に騙されたエミリだが、省吾は自分を特別として扱い、守ろうとしたのだろうと勝手ない解釈をして、笑顔のまま瞼を閉じた。エミリの少し変わった思考回路は、恨まれても仕方ないと考えていた省吾の予想を、いい方向にではあるがそこでも裏切る。
静かな寝息を立て始めたエミリを抱きかかえ、近くの机上へと寝かせた省吾は、緑色のバッジを戦闘服に取り付けた。寿命が残っていない省吾は、生きて帰ってこようなどとは思っていないが、万が一を考えてバッジを確保したのだ。その万が一とは、ネイサン達が前回とは逆に、異世界から元の世界に逃げ出した場合をさす。時間の無い省吾は、悠長にしている余裕がなく、なんとしてでも今回でけりをつけようと考えているのだ。
「えっ? あ……えっ? あの……」
しゃがんだまま、第三世代の四人とうなずき合う省吾を見て、ケイトは間の抜けた表情を作った。
……よし。後は、この二人の説得だけだ。
省吾は机の上に横たわったエミリを指さすことで、ケイトとフィフスである男性の視線を誘導する。
「睡眠導入剤だ。過去のカルテを見て、拒絶反応の無い薬は選んである。だが、最低三時間は目を覚まさないはずだ」
軽い眩暈を感じたケイトはしゃがんだまま眉間を指で強くつまみ、安心した事もあって大きく息を吐いた。その隙を見て、省吾はまだ信頼関係の十分でないフィフスの男性を納得させる為に、説明を開始する。
「あ……お……えぇぇ? なんなんだ?」
頭を乱暴に掻き毟った男性は、予想外の事態にどうすればいいのだろうと、顔を情けなく歪めた。
「こうでもしなければ、ギャビンに阻止されそうだったからな。勝手な事をして、悪いが……異世界には俺が行く」
洗脳されていた頃の影響で、すぐに指示を貰おうとした男性だが、泣いているガブリエラ達はその男性を見ようともしない。
「いや……あの……これ……いいのか? あ……」
転送装置とガブリエラ達を交互に見ていた男性は、初めて省吾の炎を思わせる意思の灯った瞳を直視し、息を飲む。
「戦闘力は、その女性が一番低いと聞いている。俺は確かにセカンドだが、戦えるだけの自信がある」
「そ……そりゃ……お前の力は、知っているが……」
省吾に敗北しているフィフスの男性は、戦闘力の面で疑ってはいないようだ。しかし、上官であるギャビンの指示に逆らっていいものかと考えている。
「ぐすっ……はぁぁ……僕が……許可します」
「俺を信じてくれ。たとえ、死んでも……俺は、必ず作戦を成功させて見せる!」
ギャビンよりも地位の高いヤコブの言葉と、省吾の胸を震わせる申し出に、フィフスの男性は逆らう事など出来ない。
「あぁぁぁ……了解。分かった。お前は、ギャビン様より強いんだ。適任だろうよ」
ヤコブ達だけでなく、態度を見て第三世代の者達にも嘘をつかれたのだと分かったケイトは、弟妹達をしゃがんだまま睨んでいた。そのケイトに省吾は手を伸ばし、立ち上がる助けをしながら、いつもと同じ真っ直ぐな言葉を投げかける。
「こうするしかなかったんだ。騙した事は謝ろう。だが、平和の為に戦う気持ちに嘘はない。だから……もう一度だ。俺を、信じろ」
省吾と共に戦えることが嬉しいケイトだが、笑顔を我慢し、嘘はまだ許せないと表情で示す。
……罪悪感はあるが、死んでしまえば全部チャラだ。ここで後には引けない。
ケイトの額に口づけをした省吾は、耳元で相手が勘違いしかしないであろう言葉を、吐き出した。
「お前は死なせない。俺が必ず守ってやる。だから……俺に戦わせてくれ」
嘘に悪意はなく、元々無茶をする性格だと納得しかかっていたケイトは、その言葉で怒りの表情が崩れる。
「もう……嘘は嫌ですからね……」
「了解だ」
死ぬならば愛する者と一緒になどと考えていたケイトが、作戦の為に手段を択ばない省吾の、心理的優位に立つ事は出来ないのだろう。
「へへっ……お熱いこって……」
旧型の機器を操作していた第三世代の者達は、視線を向けていないが聞き耳は立てており、笑顔になっている。
「ほら……手を止めないで……ふふっ……」
世界全てのかかった作戦の最中に、四人が笑えるのはそれだけ省吾を信頼しているからだろう。
ケイトとフィフスの男性が納得したところで、省吾は装備していた銃に弾を装填し、安全装置を作動させる。
……これで、俺は戦える。俺の命を、ちゃんと平和の為に使えるんだ!
省吾の気合が入りなおすと同時に、一定間隔を置いてうなっていた転送装置が、再び光を強くしていく。
「準備完了! オーケーよ! 入って!」
機器の調整と準備を終えた第三世代の女性は、振り向くと同時に省吾達へと指示を出した。
……さあ! これが、俺の最後の作戦だ!
省吾達三人はうなずき合って転送装置へと入り、最後に中へと入ったケイトが、内側から扉を閉める。
……これは、異世界の技術か? まあ、予想などしても越えられるのがオチだろう。
エレベーターを思い出させる転送装置内は明るい。その床や壁が何故光っているかが、省吾には分からないようだ。
「座標変更……補足完了だ。データ……いったぞ」
画面に表示されていたタスクバーが端まで進み、座標が入力されているのを確認した第三世代の女性二人は、最終シーケンスに移る。
「行くわよ。いいわね?」
第三世代の男性二人が親指を立てたのを見て、転送装置にその女性は転送開始コマンドを打ち込んでいく。
「転送開始! 五……四……三……二……一……ゴー!」
転送装置のある部屋が再び光に包まれると、省吾は不快なほどの浮遊感に見舞われ、視界がブラックアウトした。
「うおっ! とおぉ!」
「きゃあああぁぁ!」
異世界の床から数十センチ浮いた場所へ転移した為、目を閉じなかった省吾だけは無事着地したが、他二人は転んでしまう。
……なるほど。映画でしかお目にかかれない光景だ。イリアなら、泣いて喜ぶだろうな。
左右を高い壁に挟まれ、前後にほぼ遮蔽物の無い、大きな水路を思わせる場所に、省吾達は転送されていた。
「状況報告を! 異常はないか?」
幻想的な黄金色に輝く都市を前にしても省吾は見とれる事なく、銃を構えて周囲の気配を読み、背後の二人に確認を行う。
「はい! 大丈夫です!」
硬い床に叩きつけてしまった掌を擦りながらも、ケイトは素早く立ち上がり、省吾に返事をする。
「こっちも、行けるぞ!」
ケイトに続いて、座ったまま周囲を見回していたフィフスの男性も立ち上がり、無事を知らせた。ケイトとその男性も、ギャビン達同様に異世界の都市が気になってはいるようだ。しかし、隙を見せない省吾に引っ張られるように、目的へすぐに意識をシフト出来たらしい。
「壁を背にして、襲撃に備える。ただし、壁には直接触れるな。罠が仕掛けてあるかも知れない」
前後が無防備になる場所に転送された為、省吾は罠や襲撃を警戒しつつ、二人に合図をして壁際まで素早く移動する。
「周囲に敵の気配はない。目的地へ向かって、微速前進。遅れるな」
「はっ、はい!」
周囲の確認を終えた省吾は、銃を構えたまま曲がりくねっているらしい道の先に鋭い目線を送り、都市中心部へ向かって移動を開始した。そして、自分の背後にいるまだ戦うだけの心構えが出来ていない二人へ、進行方向を向いたままではあるが指示を出す。
「ケイト、周囲の索敵を」
「はい!」
周囲を見回しながら、省吾の後ろを小走りについて行っていたケイトは、指示を聞いてすぐに頭部を発光させる。
「ケイトの注意が散漫になる。後方から、フォローを。前方は、俺が確認する」
ケイトにあわせて移動速度を落とした省吾は、フィフスの男性に後方の確認を素早く指示した。
「あ、ああ。分かった。任せてくれ」
壁を右に見ながら走っていたフィフスの男性は、ケイトと後方を確認する為に、壁を背にして横歩きをし始める。体のどこかを壁に向ける事で、そちら側の確認をしなくてもいいと、その男性も分かっているのだろう。
……敵の気配はない。だが、なんだ? 違和感? いや、視線を感じる?
すでに人間のレベルといっていいのかも怪しいほど、勘が研ぎ澄まされている省吾は、敵から補足されている事を感じ取っていた。その省吾が勘で感じ取った事は間違えておらず、ネイサン達のいるコントロールルームには、省吾達の動きがモニターされている。
……罠。いや、コントロールルームからでも、罠は作動も解除も出来ないと書いてあった。なら、待ち伏せと襲撃を警戒するべきだな。
サラ達がこの世を去った村での惨劇と、デビッド達の顔を思い出した省吾は、爆発させる為の闘気を溜めこんでいく。
「あの、すみません。駄目です……」
ケイトの弱々しい声を聞いた省吾は、移動を止めはしない。だが、状況が分からない為、報告を求めた。
「その空間が普通じゃないようでして……。遠くても数百メートル程度しか、索敵が届きません。全く見えない場所も多いです……」
……勘だけに頼るのは危険だが、仕方ない。
「あの……すみません……」
「どうしようもない事を、気に病むだけ時間の無駄だ。自分で可能な限り、周囲を警戒してくれ。移動速度を、早めるぞ」
力になれなかった事が辛いと感じたケイトは顔を暗くするが、省吾の声でなんとか頭を切り替え、足の裏へサイコキネシスの力を回す。
「えっ? ちょ……おいおい……」
壁を背にして移動を続けていたフィフスの男性だったが、自分だけが遅れだしてしまい、正面を向いて走る事へ意識を集中させる。
「セカンド……じゃ、ないよな……」
表情には出していないが、省吾の感情は高まっており、それに呼応して黒い力が体内に充満していく。
……真の敵を、討つ!
「エー……こんな……すごい……」
瀕死のはずの省吾だが、常人では実現不可能なほどの速度で走っており、ケイト達も能力で移動の補助をしなければ、ついていけない。瞳からの炎が全身に燃え移ったように錯覚させるほど気合が入った省吾は、まさに火の玉となって異世界を突き進む。
「あの……目……」
ネイサンの指示を受け、省吾達の迎撃に向かおうとしていたデビッドは、粘度の高い唾液を飲み込んだ。
首都の隠し部屋にあった資料には残されていなかったが、異世界の都市内は簡易の転送装置でコントロールルーム側からならば、好きな場所に移動できる。それは、ケイト達第二世代の者達が時間へ介入していた頃に、一人で都市を調べ続けたネイサンの唯一といえる発見だった為、資料が残っていないのだ。
ネイサンに逆らえなくされているデビッドは、すぐにその転移装置で省吾達の元へ移動しなければいけないのだが、モニターを見たまま動こうとしない。ナノマシンの治療により、全快したはずのデビッドだが、省吾に傷をつけられた背中がうずく。異世界都市の機能で過去を確認し、省吾の正体を全て知り、負けないとデビッドは確信していたはずだが、生まれて初めて刻まれた恐怖を簡単にはぬぐえない。
「だ……大丈夫……。奴は、ただ運がいいだけだ。くそ雑魚だ。あの力も、もう使えない……。俺が負ける事はないんだ」
金属生命体達の情報交換まですでに対処していると、デビッドは自分に言い聞かせるが、体が小刻みに震えだす。類まれな才能を持って生まれたせいで、黒く肥大化していたデビッドという存在そのものに、省吾はひびをいれていたのだ。幼い頃に頭の大事なネジを落としているデビッドは、人をどんなに痛めつけようとも、兄と殺す気で喧嘩をしようとも、恐怖など感じた事はない。
「なんだよ……その目……。僕が、こっちにいるんだぞ? 怖くないのか?」
挫折した事のないデビッドは、そこからどう這い上がるかを知らず、モニターを見ながら浅く速い呼吸を続ける。ある日から眠るたびに、赤い瞳をした悪魔に追いかけられ続けているデビッドは、転送開始のボタンが押せない。
「ふぅふぅふぅふぅ……あの方をお守りしなければ……はぁはぁ……。リアムももう戦っている。僕が……」
大きく見開かれていたデビッドの血走っている眼球が、省吾を映しているのとは別のモニターへぎょろりと瞳を移動させる。
「おいおい……何やってんだよ……」
モニターに映し出されているリアムは、ギャビンともう一人のフィフスにより、壁際まで追い込まれていた。
フィフスとなったリアムは、フォースの頃以上に硬度を高められる膜を一度に何十枚も展開し、ギャビンの攻撃を受け流すが出来る。また、ギャビンのようにサイコキネシスの力を凝縮する事によって、掌大程度の光る刃物を飛ばす事も可能になっていた。その三日月状の刃物は、ギャビンの作った結晶と同程度の硬度があり、一度に五つまでという制限があっても恐れるに足る能力だ。
ギャビンしかまともに防げないその能力を使っていたリアムだが、防げてしまう上に多勢に無勢では押されて当然だろう。一度に数十個の六角柱を操れるギャビンが、刃物を全てうち落とし、幾重もの膜を少しずつ削る。そして、その削れた隙を見て、力の溜めに時間のかかる男性とカーン達が、攻撃を仕掛けていた。
ギャビン達に押され、どんどん後退するリアムを見て、デビッドが気持ち悪くにやりと笑う。
「これは駄目だ。あいつじゃ、勝てないな。ギャビンの方が、あの死にぞこないより強い……。なら……状況変化に対応しないとなぁ。ひへへ……」
人間の気持ちは、水が高い所から低い所に向かうように、いい訳を見つけてしまうと落ちやすくなる。省吾への恐怖が消せなかったデビッドは、都合のいい口実を見つけ、転送指定場所を変更した。
デビッドのその行動は、コントロールルームで時間を操れるネイサンですら予想できない、偶然の一つだ。その偶然が見えない歯車を回し、運命と呼ばれる流れを紡いでいく。
「くっ! このっ!」
ギャビン達に防御膜を次々に破壊され、ついに手の先だけではあるが、雷によるしびれを感じたリアムは、両手に三日月状の刃物を出現させる。リアムが自分の手前にある膜に両手をふるう事で、輝く三日月二つは、膜を迂回して敵へと飛んでいく。
「遅い! はっ! はあぁ!」
リアムからの攻撃を確認したギャビンは、腰の回転を生かして中空に連続で左右の拳を突きだし、自分の周囲に浮かんでいる二つの結晶を放つ。肉眼でも普通に確認できる程でしか飛ばない三日月は、音速で飛ぶ六角柱にいとも容易く迎撃され、砕け散った。ギャビンの結晶も砕けてはしまうが、元々出せる量に差が開き過ぎており、リアムの方が追い詰められる。
「くそっ! この私が! がはっ!」
ギャビンの結晶が無理矢理リアムの膜をこじ開け、その隙間を縫ってオーブリーのサイコキネシスが敵の脇腹を掠めた。
「いぃぃよっし! いける! いけるわよ!」
雷の経路を作っていたフィフスの男性は、オーブリーの声を聞いて、自分の力が直撃すれば勝てると口角を上げる。
「急げ! 膜が修復し始めている!」
リアムの作った膜の裂け目に、結晶を連続してぶつけているギャビンは、まだ気を緩めずに注意を促す。
「経路が整いました! ご指示を!」
顔の濃い男性が叫ぶのを聞いたカーンとオーブリーも、溜めていたサイコキネシスを放つ為、光っている両手をリアムに向かって突き出す。リアムも自分が窮地に立っていると分かってはいるが、ギャビンから常に高速で結晶をぶつけられており、膜を維持したままではゆっくりと後退する事しか出来ないらしい。
「一気に膜を砕く! 合わせろ!」
リアムを釘づけにする為に、放ち続けていた結晶達に、反撃をされた際の予備として傍らに浮かせておいた結晶を参加させたギャビンが、仲間へ声で指示を出した。
「機なり!」
髭を生やした男性が、必殺となる雷を放とうとしたその瞬間、ガコンという音と共に膜どころかリアム本人が四人の前から消える。
「うあああああああぁぁぁぁぁ!」
広場の端にまで後退してしまったリアムは、都市の罠を作動させてしまい、落とし穴になっている床が抜けてしまったのだ。足場を失ったリアムは、そのまま底の見えない真っ暗な深い穴に、叫び声だけを残して落ちていった。
「あ……あぁ?」
状況をすぐには理解できなかったギャビン達は、身構えたまま徐々に小さくなるリアムの声を聞き続けている。
「あっ! ああ! そうよ! この都市の罠よ! 確か、解除できないって書いてあったわ」
ぽかんと口を開けていた三人の男性は、オーブリーの言葉で事態が飲み込めたらしく、何度もうなずく。
「マイヤーズの罠かも知れない。私が、確認しよう。君達は、臨戦態勢をそのまま維持してくれ」
「お、おう。分かった」
六角柱達を自分の周辺に浮かべたまま、ギャビンは一片二メートルほどの四角い穴に近付いた。そして、恐る恐る底を覗き込む。
「あの膜は……万能ではないようだな。大丈夫だ。マイヤーズは本当に、落ちたらしい」
「あっけないものだ。まあ、因果応報とはこの事だろう……」
ギャビンの報告を聞いた髭の男性は、拍子抜けしたといった顔で、息を吐きながら落とし穴へと近づいていく。
「うわぁ……。こりゃ、助からないわね」
穴を覗き込んでいたオーブリーは、カーンに話し掛けるが、相手は首を背けて穴の底を覗き込もうとはしない。
「なに? そんなに、怖いわけ?」
基本的に高所を得意としていないカーンは、落とし穴には近付いたが、腕を組んで目を閉じたままだった。
「お前には分からんだろうが……。その……覗き込んだだけで、俺は不快になるんだ」
戦いが終わり笑い合う恋人達と違い、吸い込まれそうな闇しか見えない穴の底を、ギャビンは厳しい目つきで見つめ続けている。頭のいいリアムが過信してしまうほどの力を、デビッドも手に入れたのだろうかと、ギャビンは考えているのだ。
「ふぅぅ……。ぬんっ! むう……」
穴を覗き終えたフィフスの男性は、戦いの余韻でかすかに震える自分の手を見て、気持ちを切り替える為に軽い柔軟運動を始めた。
「この四人ならば……。あのウインス兄弟にも引けは取るまい。ふふっ……」
右肩を回しながら、仲間達を見つめたフィフスの男性は、作戦が成功すると確信し、不敵に笑う。だが、次の瞬間その男性の視界は光に包まれ、全身が弾け飛んでしまいそうなほどの衝撃に見舞われた。
「がっ……」
建物の陰から放たれた強力な衝撃波により、声も出せなかった男性は、口や耳から血を噴き出して広場の床を転がっていく。手入れを欠かさない、その男性ご自慢の腰に差した剣は、ガラスのように粉々に砕け散った。
「きゃあああぁぁぁ!」
日頃強気な代わりにケイトよりも土壇場に弱いオーブリーは、悲鳴を上げてへたりこんでしまう。
「ちょっ! くそっ! おい! おい! 大丈夫か? しっかりしろ!」
オーブリーを引き摺る様に歩かせ、血塗れで転がった仲間に駆け寄ったカーンは、必死に男性を揺さぶる。なんとか呼吸はしているが、複数個所を骨折するほど強く全身を打撲して意識を失っている男性が、カーンに返事など出来るはずもない。
「くっ! デビッド……ウインス!」
建物と建物の、人一人がぎりぎり通れる細さしかない隙間を睨んだギャビンは、気を抜いた自分を悔やみ、敵への怒りを声に出す。
「ひひっ……ひへへへへぇぇ! これで、一対一じゃないか。マジになんなってぇ。へへへへっ!」
へらへらと笑いながら、細い場所から出てきたデビッドは、フォースの二人を敵だとも考えていない。
「何……あいつ……まともじゃない……」
リアムよりも、何かが切れていると分かるデビッドの雰囲気で、オーブリーは恐怖に心臓を掴まれた。
「この……卑怯者が!」
「いいじゃん。別にぃぃ。どの道、死ぬのが、遅いか早いかだけだろ? それより……これで、どっちが最強か、はっきり出来るじゃん」
頭のネジが飛んでいるデビッドは、ギャビンからの言葉を笑顔で受け流し、相手を煽るような言葉を吐きだす。
「やばいぞ……。すぐに手当てをしないと……。ええい、くそっ!」
呼吸が弱まっていく男性を見て、その場ではどうしようもないと分かったカーンは、弟妹達の適切な処置を信じて、バッジのボタンを押す。ボタンを押して数秒後、血塗れで息も絶え絶えなフィフスの男性は、光に包まれて消えていく。
「おい、おぉぉい。そこのゴミ二人ぃ。多分、無駄なことしてね? あの雑魚は、もう助からないってぇ。普通、見りゃわかんじゃねぇのぉ? おっとぉ」
仲間を嘲笑した敵に、ギャビンは結晶の一つを飛ばすが、デビッドは難なくそれを回避する。しかし、それはギャビンが敢えてデビッドに避けられる速度で、それ以上喋らせない為だけに放ったものだ。
「なんだぁ? あんた、そんなレベル? あ、やべ。弱い者虐め……まあ、大好きだから手加減してやれねぇわっ!」
デビッドの言葉を無視したギャビンは、オーブリー達に顔を向け、優しく笑いながら下がっているようにと告げる。
「で……でも!」
「あの男は、口だけじゃなく。本当に、強い。ですから、下がっていなさい」
無視されただけで、眉間にしわを作ったデビッドは、弱い衝撃波をギャビンに放つが、結晶によってそれは打ち消された。
「さきほどの攻撃は、避けられるようにしただけだ。お前と違って、私は不意打ちを好まないのでね」
「あぁ?」
分かり易く威嚇の意味を込めて怒りを顔に出したデビッドに、オーブリー達が下がったのを見届けたギャビンが、鋭い眼光をぶつける。
「最強といったが……本当の最強はもう別にいる。それはお前もよく知っているんじゃないのか?」
最強という言葉で省吾の顔を思い出し、顔を赤くしたデビッドに対して、ギャビンは身構える。
「確かに私は最強ではない。だが! あの方以外に、負けるつもりはない! ましてや、貴様のようなクズにはなっ!」
ギャビンの叫びによって、最強と呼ばれていたフィフス二人による戦いの火ぶたが、切って落とされた。